25話『事情』
ルシラの泣き声に、メイルが駆けつけてから五分が経過した頃。
状況を理解したメイルは、額に手をやった。
「王族を殴るとは……思ったよりも大胆だな、お前は」
「貴族や王族と仲良くなるコツは、下手に出すぎないことだ。伝えるべきことは、はっきり伝えないとな」
「……一理あるようにも聞こえるが、それが罷り通るのは恐らくお前だけだ」
メイルは深く溜息を吐いた。
五分前。部屋に駆けつけたメイルは、泣きじゃくるルシラと、その隣にいる俺を見た瞬間に扉を閉めた。……メイルは俺の存在を匿うことにしたのだ。表向き俺はまだ追われている身だが、少なくとも彼女は信頼していいだろう。
「それで……いい加減、事情を話して欲しいんだが」
ようやく泣き止んだルシラに、俺は告げる。
目を真っ赤に腫らしたルシラに対し、メイルは同情の眼差しを注いでいた。
「ルシラ様。よろしければ、私の口からご説明を……」
「……いや、妾が説明するのじゃ。こうなってしまった以上、全てを打ち明けた方が話も早い」
そう言ってルシラは、ゆっくりと顔を上げる。
ルシラは諦念の色を込めた瞳で、俺を見据えた。
「毒魔龍の被害は、エーヌビディア王国だけに留まらず、他国にも及んだと話したことを覚えておるか?」
「ああ」
「毒魔龍の巣はエーヌビディア王国にある。じゃから通常、毒魔龍は他国に渡っても、長期間そこに滞在することはない。しかし……過去、一度だけ例外があるのじゃ」
小さな声で、ルシラは言った。
「数年前、毒魔龍はインテール王国へ侵攻し、そこで凡そ一ヶ月間、暴虐の限りを尽くした。その被害は甚大で、未だに回復しておらぬ。……そして、エーヌビディア王国はその責任を問われておるのじゃ」
沈痛な面持ちでルシラは語った。
「……そう言えば、四年か五年くらい前に、辺境の田舎町がモンスターに丸ごと潰されたという話があったな。もしかして、それのことか」
「それじゃ。……というか、逆にお主は何故今までそれを思い出さなかったのじゃ」
「多分、その時、俺は他の国にいたんだろうな」
人に関する情報は積極的に集めているが、それ以外の情報は必要に応じて集める主義だ。俺はよく諸外国へ旅しているため、幸い毒魔龍の件とは縁がなかったのだろう。……それが今となって、ここまで大きな影響をもたらすとは想像もしていなかった。
「しかし、モンスターは天災みたいなものだろう。その責任を国が問われているのか?」
「事情があるのじゃ。……お主も、エーヌビディア王国の別名は知っておるじゃろう?」
その問いに、俺はルシラの言いたいことを察する。
「龍と契りを結んだ国、か……」
「そうじゃ。……毒魔龍はこの国で生まれたモンスターじゃし、不信感を抱かれるのも無理はない。それに実際、エーヌビディア王国では龍の保護活動を行うこともある。毒魔龍だけ例外と言っても、納得はされんのじゃ」
つまり、エーヌビディア王国は意図的に毒魔龍を放置しているのではないか? と疑われているのだ。流石に保護をしているとは思われていないだろうが、討伐に消極的であると判断されているのかもしれない。
「インテール王国ほどではないにせよ、毒魔龍はあらゆる国で暴れておる。……被害を受けた国が、怒りの矛先を求めるのは自然と言えよう。この一件に関して、エーヌビディア王国はまさに四面楚歌というわけじゃ」
味方になってくれる他の国もいないらしい。……怒りの矛先というが、厳密には他の国も「エーヌビディア王国が賠償金を払ってくれるなら儲けもの」程度に考えているのだろう。本来なら理不尽極まりない主張だが、それが多数派の意見であるため安易に撥ね除けられない状況だ。
成る程。確かにこれは、追い詰められている。
「さて、ここからが重要じゃが……以前から、インテール王国は我が国に賠償責任を求めていた。しかし先日、あちらの国王がその意見を覆したのじゃ」
「覆した……?」
訊き返すと、ルシラは首肯した。
「父上によると、インテール王国の国王はこう言ったらしい。……『先刻、エーヌビディア王国にネットと呼ばれる凄腕の冒険者が向かった。その者に毒魔龍の討伐を依頼せよ。成功した暁には賠償の件を取り下げる』、と」
「……俺を、名指ししたのか」
ルシラは首を縦に振って続ける。
「討伐できなければ、今まで宙ぶらりんだった賠償の件を本格的に進めるそうじゃ。……最低でも、ネットを戦いに参加させなければ、向こうは納得してくれないらしい」
「……なんだそりゃ」
流石にこうも露骨な条件をつけられると、俺も気づく。
あのアホ陛下め……最初から俺が狙いか。
最低条件という名の妥協点を作っているところが、また嫌らしい。要は俺を戦いに参加させれば、たとえ討伐できなくても交渉の余地は残すと言っているのだ。エーヌビディア王国の立場上、そんなことを言われたら食いつくに決まっている。
「流石にそれが、きな臭い提案であることくらいは妾も察している。しかし……父上は、この提案を受け入れたようじゃ。我が国にとって、損がないという理由で……」
「……まあ、それはそうだな」
俺が毒魔龍を討伐できれば儲けもの。
失敗して俺が死んだところで、両国の関係は取り敢えず今まで通り維持できる。
「提示された賠償金はあまりにも莫大で、到底飲み込めるものではない。じゃからといって、我が国が置かれている立場を考えると、安易に撥ね除けるわけにもいかぬ。……すまぬ。本当に、申し訳ないのじゃ。妾たちは、圧力に屈してしまった」
下手に撥ね除ければ、エーヌビディア王国は毒魔龍の件について一切非を受け入れるつもりがないと捉えられてしまう。それは巡り巡って外交問題に発展するかもしれない。
「ネット、ひとつだけ誤解を解かせてくれ」
メイルがはっきりとした声音で言う。
「殿下は最初から、この件に否定的だった。私たちがギルドの依頼をこなしている間も、殿下は父君を……陛下を必死に説得しようと試みたそうだ。しかし、それでも陛下は理解を示さなかったため、殿下はやむを得ず、陛下よりも先に自らの手でお前を拘束しようとしたのだ。……私たちが拘束すれば見せかけだけで済むからな。しかし陛下が動けば荒っぽくなってしまう」
「……そうだったのか」
どうりで性急な動きだと思った。
ルシラは俺を守るために焦っていたのだ。国王が動くよりも早く、自分の手で俺を拘束しなければならないと思ったのだろう。
事情を説明できなかったのは、恐らくインテール王国のアホ陛下に、この件について口止めされていたからだ。……まあ、どのみち説明されたところで意味はない。「悪いようにはしないから拘束させてくれ」と言われて、「分かりました」と両手を差し出すほど、俺は馬鹿ではないつもりだ。
「ルシラ、殴って悪かったな」
「い、いいのじゃ。悪いのは妾じゃし……で、でも、凄く痛かったのじゃ。死ぬかと思ったのじゃ……うぅ」
そこまで強く殴った覚えはない。
軽く小突いた程度だ。扉をノックする時とほぼ同じ力である。
「ルシラが悪いわけじゃない。……というか、どうやらこの件は、俺の事情も絡んでいるみたいだ」
「……お主の事情?」
溜息交じりに言った俺に、ルシラが首を傾げた。
「俺がインテール王国を出た理由も、あの国の陛下といざこざがあったからでな。実は――」
ルシラとメイルに、俺とアホ陛下の因縁について伝える。
全てを話し終えた時、二人は目をまん丸に見開いていた。
「ゆ、勇者パーティを、追放……?」
「ああ。その結果、今の勇者パーティは度々暴走することになり……恐らくその影響で、俺が狙われることになったんだろう」
驚愕するメイルに、俺は頷いて言う。
「だから今回の一件は、俺が発端になっている気もする。……二人を巻き込んだのは俺の責任だ。申し訳ない」
頭を下げた。
今回の件、もしかすると俺がエーヌビディア王国に来なければ、起きなかったかもしれない。
「ネットが悪いわけではないだろう。聞けばその王、相当な暗君だぞ」
「うむ……メイルの言う通り、理不尽なのはあちらの王じゃ。……それに元々、毒魔龍の件は水面下でずっと揉めておった。発端はネットかもしれぬが、遅かれ早かれこういう問題は起きていたのじゃ」
確かにそうかもしれない。実際、インテール王国は今、勇者パーティによる大量の損害を被っているのだ。その回復のために、エーヌビディア王国から金を搾り取ろうとしているだけという可能性もある。
「悪いのは――インテール王国の国王だな」
あのアホ陛下さえどうにかできれば、この件は解決する。
方針が決まった。
毒魔龍の討伐ならともかく――人が相手なら、まだやりようはある。
「ルシラ。毒魔龍の討伐について、期限は決まっているのか?」
「……今週中じゃ」
「また無茶な」
思わず笑ってしまう。
あのアホ陛下、本当に露骨にも程がある。毒魔龍は連合軍を編成しても返り討ちにされたほどの脅威だ。一週間でマトモな戦力なんて用意できる筈もない。要は俺に「死ね」と言っているのだろう。
――今週中に、なんとかケリをつけるか。
ある意味、丁度いい機会だ。
今後のことを考えるなら、アホ陛下との因縁は早めに断ち切った方がいい。
「今晩、王城に泊めてくれ」
「……?」
「体裁上、拘束されていた方がいいだろ? 俺も落ち着いて色々考えたいし、取り敢えず受け入れる」
そう言うと、ルシラは頼りなく笑ってメイルの方を見た。
「メイル、ネットを拘束せよ。……飛び切りいい部屋へ閉じ込めておけ」
「……承知いたしました」
大体2話分の文量になりましたので、本日はもしかしたらこの1話のみの更新かもしれません……。余裕があれば、もう1話投稿します。
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