24話『号泣殿下』
「では、私はここで失礼します」
ヘルシャがゆっくりと頭を下げる。
彼女に案内されて辿り着いた場所は、ルシラ王女殿下の私室の前だった。ここから先は俺一人で行くべきだろう。俺も頭を下げて感謝の意を伝える。
「ネット様なら、ルシラ殿下の凍った心を、溶かすことができるかもしれませんね」
「……? それはどういう意味だ?」
「私の口からはお答えできません。詳細は、殿下か……近衛騎士のメイル様に」
そう言ってヘルシャは踵を返した。
静かに去って行くヘルシャの背中を見届けると……ふと、部屋の方から声が聞こえる。
「……ん、あっ!」
扉の向こうから聞こえてきたのは、少女の……嬌声だった。
静かな廊下に、その声だけが響く。
「ぅ……んぁっ! はぁっはぁっ……あぁんっ!」
おいおいおいおい――――。
凍った心って、まさか欲求不満とか、そういうことだろうか?
流石にその心を溶かすのは、俺では力不足だ。
一瞬、思考が停止してしまいそうになったが、今の俺は追われる身。手をこまねいている場合ではない。
「おい」
扉をノックする。
「んなぁっ!? だ、誰じゃ!?」
「ネットだ」
「ままま、待て! 待つのじゃ! 待つのじゃ! 待つのじゃああああッ!」
扉の向こうからドタバタと騒がしい音が聞こえる。
三十秒ほど待っていたが、まだ忙しない音が聞こえていた。
――逃げられたら面倒だな。
扉の向こうで何をされているのか分からない以上、あまり悠長に待ってはいられない。城の騎士たちに通報されたら、また振り出しに戻ってしまう。
俺は意を決して、扉を開いた。
「入る」
「ふぃあっ!?」
真っ先に目に入ったのは、ベッドの上で驚愕する少女の姿だった。
顔は上気しており、服装も乱れているせいで胸元や足の付け根が露出している。真っ白な肌には汗が浮かんでいた。
「な、ななな、なな、何の、何の用じゃ……っ!? そそ、それに、どうやってここまで来たのじゃ!?」
ルシラは立ち上がり、こちらを指さしながら訊いた。
しかしすぐに自分の格好に気づいたのか、慌てて乱れた服装を正す。
「ここに来た方法は黙秘する。……用件は勿論、毒魔龍の討伐についてだ」
「わ、妾が話すことはない! お主が引き受けてくれるかどうか、それが全てじゃ!」
「それじゃあいつまで経っても平行線だぞ」
そう言って、彼女に近づこうとすると――。
「わあっ!? 待て、暴力反対じゃ!!」
ルシラは大袈裟なほど怯えた様子を見せた。
「近づくでないっ! ぼぼぼ、暴力だけはいかんぞ!」
自らの片手を胸元に押さえながら、ルシラは告げる。
そう言えばルシラは、戦いや争いが苦手だと言っていた。つまりこの状況は彼女にとって一番恐ろしい事態なのだろう。それは分かるが、態度があからさま過ぎて……。
「……フリか?」
「フリではないわっ! と、というか、お主! どさくさに紛れて、話し方が砕けておるのじゃ!」
「いきなり人を拘束しようとする奴に、示す礼儀はないな」
「うぐ……っ」
正論だと認めたのか、ルシラは返す言葉を見失っていた。
「悪いが、俺は王族が相手だろうと、やるべきことはきっちりやるぞ」
そう言って俺はルシラに近づき、
「人に迷惑をかけた子供には、お仕置きだ。――ていっ」
「にょごっ!?」
その頭にげんこつを落とした。
勿論、手加減はしている。俺は存在力1であるため、そこまで強くはない筈だが――。
「う、うぅ……っ!」
ルシラはその綺麗な瞳に、みるみる涙を溜めて、
「うわーーーーーーん!!! メイルーー!!! メイルーー!! 来るのじゃーーー!!!!!」
ルシラの号泣が、部屋に響いた。
(一応)ルシラ様が部屋で何をやっていたかについては伏線です。
【作者からのお願い】
「面白かった!」「続きが気になる!」といった方は、
広告の下にある☆☆☆☆☆からの評価や、ブクマへの登録をお願いいたします!
執筆の励みになりますので、何卒お願いいたします!!




