21話『逃走』
ルシラ様が宣言すると同時に、部屋の両脇に立つ騎士たちが剣の柄に手を添えた。
ここで俺がルシラ様の話に承諾しなければ、すぐにでも拘束するつもりなのだろう。
「ま、待て! お前たち! これはどういうことだ!?」
メイルが困惑した様子で、部屋に入ってきた騎士に尋ねる。
騎士たちはメイルと同じ鎧を身に纏っていた。つまり、彼らはメイルの同僚だ。だからこそメイルには、目の前の事態が理解できないらしい。
「メイル、事情は後で話す。だから今は我々に協力して、あの男を拘束しろ」
「で、できるわけないだろう! ネットは恩人だぞ!!」
「殿下の命令を優先しろ。……近衛騎士メイル、貴様の役目はなんだ?」
その言葉に、メイルは口を閉ざした。
「く、う……ッ!!」
騎士としての義務と、人としての道理の間で、メイルは葛藤していた。
強く歯軋りする彼女の唇から、一筋の血が垂れ落ちる。
――さて。
どうするべきか、俺は考えた。
メイルは力になってくれそうにない。いや、恐らく助けを求めれば動いてくれると思うが、今の彼女の精神状態ではマトモに戦えないだろう。
今回の元凶であるルシラ様に、俺は改めて視線を注いだ。
よく見れば目が赤く腫れている。……直前まで泣いていたのだろう。しかし、先程までは自責の念を感じていた様子だったルシラ様だが、今は強い意志を秘めた瞳で俺を見据えていた。狼狽するメイルとは裏腹に、ルシラ様は覚悟を決めたようだ。
「ルシラ様。残念ながら、俺は冒険者の中でもかなり弱い部類です。毒魔龍の討伐なんて、できませんよ」
「……お主は口が巧いとも、聞いておる」
「……成る程」
苦笑する。少なくともこの場では説得できそうになかった。
しかし、だからと言って、今の俺が毒魔龍を倒せるのかというと――――当然、不可能である。
「流石に……頷くことはできないな」
近くにいた騎士たちが一斉に剣を引き抜いた。
迅速な判断だ。しかしルシラ様は拘束すると言っていた。……騎士たちに俺を傷つける意図はない。その剣は脅しだ。
「一端退かせてもらうぞ」
そう言って、俺はポーチの中から小さな球体を取り出し――床に叩き付けた。
瞬間、球体が割れ、中から大量の白い煙が噴射される。
「なっ!? 煙幕っ!?」
「に、逃がすな! 必ず捕まえろ!!」
騎士たちに包囲されるよりも早く、俺は近くの窓を開けて外に飛び出た。
ポーチの中から鉤縄を取り出し、真正面にある城壁へ投擲する。先端の鉤が壁の窪みに引っ掛かったことを確認し、俺は縄を掴みながら遠くの足場へと着地した。
「な、なんて逃げ足だ……もう、あんなところに……っ!?」
「くそっ! 追え!!」
遠くから騎士の喧騒が聞こえる。
これでも逃げ足には自信がある方だ。なにせ俺は、単独で戦えばほぼ間違いなく敗北してしまう。だからその状況から逃れる術は常に幾つか用意している。
とは言え……その逃げ足すら極めることができなかったから、俺は人脈を磨くことにしたのだ。
ポーチの中から通信石を取り出し、頼りになる相手へ連絡を入れる。
「レーゼ、緊急事態だ。助けてくれ」
『承知した』
レーゼは短く協力の姿勢を示した。
ありがたい。こういう時は本当に、頼りになる相手だ。
『場所はどこだ?』
「王城の裏口を出たところだ。今、ギルドの方に向かっている」
狭い路地を抜けると、背後から「いたぞ!」と騎士の叫び声が聞こえた。
人目を気にしている場合ではない。表通りに出て、沢山の露店が並ぶ道を真っ直ぐ駆け抜ける。通行人たちはそんな俺を見て驚愕していた。
構図がマズい。騎士に追われている俺は、傍から見れば逃走中の犯罪者だ。正義感溢れる市民が、今にも飛び出してきそうで恐ろしい。
とにかく早く、この状況から脱しなければ。
『ネット。敵は、倒してもいい存在か?』
通信石から聞こえたその問いに、俺は少し悩んだ。
相手はエーヌビディア王国の騎士たちだ。俺はともかく、『白龍騎士団』はこの国に拠点を持つ冒険者パーティ……王国と『白龍騎士団』が敵対するのは、お互いにとって損しかない。
「……無力化に留めてくれ。なるべくレーゼがやったという証拠も残さない方がいい」
『承知した。どうやら、きな臭い事情のようだな』
理解が早くて助かる。
そう、今回の一件は本当に――きな臭い。ルシラ様の態度も気になるし、このタイミングで起きたことも気になる。
『七秒後、頭を下げろ』
レーゼの声が聞こえた。
俺は通信石をポーチに戻し、立ち止まる。
「よ、よし……なんとか、追いついたぞ……ッ!!」
「抵抗するなよ……! そのまま、じっとしていろ……ッ!」
二人の騎士が警戒しながら近づいてくる。
ここまで走ってきたのだろう。顎から汗を滴らせ、肩で息をする彼らには些か申し訳ないが――。
「歯、食いしばった方がいいぞ」
「は?」
騎士が首を傾げた刹那、その背後で光の斬撃が閃いた。
勢いよく吹き飛んだ二人の騎士は、頭を下げた俺の真上を通過し、最後は壁に激突して動かなくなる。
「助かった」
「なに、お安いご用だ」
目の前から悠然と歩いてやって来るレーゼに、俺は礼をした。
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