02話『さらば二人の旧友よ』
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『星屑の灯火団』の仲間たちへ
通信が繋がらないので手紙を送る。
既に聞いてるかもしれないが、皆に二つ伝えたいことがある。
まず一つ目。
この度、『星屑の灯火団』はインテール王国の国王によって勇者パーティに任命された。これからは富も名声も思いのままだろう。存分に楽しんでくれ。
……なに? どうして他人事みたいに書いてるんだって?
では説明しよう。
二つ目の伝えたいことだ。
アホな国王のせいで、俺はパーティを離脱することになった。
どうやら俺はインテール王国の勇者パーティに相応しくないらしい。
俺の代わりに近衛騎士の優秀な若手が入るらしいので、これからはそいつと仲良くやってくれ。
正直、お前たちを連れて何処かへ行ってしまおうかとも考えたが、なにせ相手は一国の王だ。下手に逆らうと面倒なことになるだろう。
それに、勇者パーティに選ばれるなんて紛れもない栄誉だ。俺一人の都合でお前たちがそれを失うことはない。……まあお前たちは誰も栄誉なんて興味ないと思うけど。
とにかく、そういうわけだから俺たちはここでお別れだ。
元々一年前に結成したばかりのパーティだし、出会いが唐突なら、別れも唐突なのかもしれないな。
魔王討伐よろしく。
お前たちなら多分倒せるよ。代わりにすげー被害出そうだけど。
また会ったら土産話でも聞かせてくれ。
PS:魔王城の食堂でめっちゃ旨い饅頭が売ってるらしいから、買っといて。
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「うーん……」
王城の廊下にて。
俺は自分で書いた手紙の内容を、歩きながら推敲していた。
「『正直~』の件はいらないか。消しとこ」
ペンで幾つか文章を消す。
手紙が完成したので、適当に折ってポケットに入れた。
「しかし、腰巾着ね。……遂にバレたかって感じだな」
髪を掻きながら呟く。
正直――陛下が告げたことは事実だった。俺は『星屑の灯火団』における腰巾着で、優れた実力を持った冒険者たちに半ば養われていたようなものである。
少なくとも客観的に見れば、それは紛れもない真実。
そして勇者パーティとは、国の名を背負って多くの注目を浴びる組織だ。俺が外れるのも無理はないかもしれない。
「やあ、ネット」
廊下を歩いていると、誰かに声を掛けられた。
振り返ると、そこには白銀の鎧を纏った男がいる。
「これはこれは、近衛騎士団のホープ、ユリウス殿ではないですか」
「……気色悪い口調をするな。いつも通りでいい」
本人にそう言われたので元に戻すことにする。
人が折角、謙ってやったというのに。
「感謝しろよ、ネット? 私が機転を利かせなかったら、今頃貴様は分不相応な重荷を背負っていたぞ」
その言葉に、俺は眉根を寄せた。
「お前が俺の追放を提案したのか」
「そうだ! 貴様の追放を進言したのは、この私さっ!!! ははははっ!」
ユリウスは愉快そうに笑った。
「私は貴様が幼い頃から何をしてきたのか、よーく知っているからな。だから私だけは騙されん。貴様は顔が広いだけで、それ以外はただの凡人だ。いつもいつも誰かに頼ってばかりで、自分は何もしないくせに。……が、学院の中間試験や、卒業試験の時も、私をいいようにこき使いやがって……!!」
騎士団のホープ殿は途端にプルプルと身体を震わせた。
情緒不安定なのだろうか。
ユリウスと俺は幼い頃からの付き合いである。どちらもこの国で生まれ育ったため、学院で同級生となり、そこで知り合った仲だ。
とは言え、仲がいいわけではない。
どちらかと言えば悪い方だろう。
「貴様に魔王討伐など無理だ! しかし、私なら問題ない! 近衛騎士団の中でも歴代最高の逸材と呼ばれるこの私なら、勇者パーティを正しく導けるだろう! そして魔王を討伐した暁には、私は姫様と結婚し……ぐふ、ぐふふ……っ!」
「……人選ミスだろこれ」
この男は昔から、あのアホ陛下の娘……つまり王女殿下に恋しており、殿下と結ばれるためだけに近衛騎士になったようなものだ。その情熱は凄まじく、本人が口にした通り逸材と評価されるほどの実績を積み上げてきたが、根本的な動機の部分が劣情まみれの男である。
うちの国王……人を見る目がないなぁ。
自他ともに、上辺だけを気にする性格なのだろう。
「こうなってしまった以上、抵抗する気はないが……お前、ちゃんと俺の代わりにあいつらの手綱を握ってやれよ。でないと最悪、国が滅びるからな」
「はっ、何を訳の分からんことを。負け惜しみのつもりか?」
そんなつもりはないが、自信があるようなのでアドバイスも不要だと思い、俺は口を閉ざす。
その時、廊下の奥から誰かがこちらに近づいてきた。
金髪碧眼の、美しい顔立ちをした少女だ。
「……姫様?」
少女の正体を口にすると、ユリウスは素早く振り返り、気色悪い笑みを浮かべた。
「おお、姫様! 本日もご機嫌麗しゅ――」
「――ネット様!!」
「ぐえっ」
王女殿下は近づいたユリウスを弾き飛ばして俺のもとまで来た。
鳩尾を押さえるユリウスを他所に、殿下は俺に迫る。
「どうしてネット様が勇者パーティから外れるんですか!? 意味が分かりません! 抗議しに行きましょう!」
相変わらず圧が強い少女である。
肌が触れ合うほどの距離だ。絹の如く滑らかなその髪からは甘い香りがする。流石に密着しすぎているので、少し離れようとすると、殿下はすぐに距離を詰めてきた。諦めてそのまま話す。
「残念ながら、もう抗議した後だ」
溜息交じりに答えると、ユリウスが目を剥いて怒った。
「き、貴様! 姫様に、なんて無礼な口の利き方を――!」
「おやめなさい、ユリウス。ネット様の口調は私がお願いしたんです」
「ぐぬ……!!」
ユリウスが悔しそうにする。
何故ネットは様付けで、私は呼び捨てなのですか……とでも言いたげな表情だ。
俺だって、伊達に人脈が武器と豪語していない。
王女殿下とは何度か交流があり、今ではこうして気軽に話せる間柄となっている。……悔やまれるべきは、陛下とも交流を持っておくべきだったということだ。陛下に関しては、あまりいい噂を聞かなかったので意図的に交流を避けていたところはあるが、その判断が裏目にでてしまったのかもしれない。……いや、仮に交流があったとしても、あの口ぶりではどのみち俺を追放するつもりだったか。
「心配しなくても、『星屑の灯火団』は俺がいなくても皆自由に暴れ回り…………もとい、元気にやっていく筈だ。あいつらなら本当に魔王を討伐できるかもしれない」
ちゃんと制御できればの話だが。
「だから、一緒に応援してやってくれ。魔王が討伐されて、世界が平和になることが一番だ。……姫様も、そう思うだろ?」
「それは……そうですね」
殿下は納得した様子を見せる。
「分かりました! ネット様の言う通り、私は今の勇者パーティを応援いたします!」
良くも悪くも純粋な王女殿下は、簡単に説得することができた。
ふぅ、と一仕事終えたような気分になっている俺を、ユリウスは白々しい目で見る。
「貴様……相変わらず、口の巧さだけは一級品だな」
「まあな。なにせ俺の座右の銘は、他力本願。口の巧さは必須技能さ」
ユリウスは顔を顰めた。
これ以上、こいつと同じ空間にいたくないとでも言いたげだ。
俺もそろそろ立ち去った方がいいかもしれない。
これ以上、王城に残っていると、面倒な輩に絡まれそうだ。
「あ、ユリウス。これを『星屑の灯火団』のメンバーに渡しておいてくれ」
そう言って俺は、ポケットに入れていた手紙をユリウスに渡した。
「なんだこれは?」
「かつての仲間たちに向けた、別れの手紙だ」
「ふん、こんなもの渡すわけがないだろう。すぐに捨ててやる」
意地の悪い笑みを浮かべてユリウスが言う。
「じゃあ姫様に頼むか」
「呼びましたか、ネット様?」
殿下が俺の傍まで近づき、上目遣いをしながら訊いた。
ユリウスの顔が憤怒に染まる。
「く、くそぉ、そういうとこだ……ッ! お前のそういうとこが、気に入らないんだ……ッ!」
「まあ達者でやれよ。今回の件で、この国の王様や貴族は大嫌いになったけど、お前はそこまで嫌いじゃないぜ」
「私は貴様が大嫌いだ!!」
そう言ってユリウスは、手紙を甲冑の内側に入れた。
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