16話『生き様』
打ち所が悪かったのか、俺に突進してきたレッド・ワイバーンは死んでいた。
レーゼが残る一体のワイバーンを一刀両断して、すぐにこちらへ歩いて来る。
「今の光は、対象を敵の攻撃から守る魔法……《護身衣》だな。それもかなり高位の術だ。いつの間に用意していたんだ?」
レーゼが俺に訊く。
しかし俺は、ここ最近の出来事を思い出したが……。
「……用意した覚えはない」
思わず脱力しながら、俺は答えた。
「また、誰かが勝手にかけたんだ。……感覚からして、多分リズだろうけど」
こういうことが多いから、俺はギルドに登録する際、特殊武装の項目に「その時による」と書いたのだ。非常に不本意ではあるが、俺は自分でも知らないうちに、変な魔法がかけられていたり、変な装備を持たされていたりすることがよくある。
「リズ殿は勇者パーティの魔法使いとして活動中ではないのか?」
「あいつ、最大で四百個くらい魔法を並列起動できるし……昔自分がかけた魔法を、忘れたまま維持することもあるからな」
しかし俺は自分にかけられた魔法ならしっかり記憶しているため、断言できる。この《護身衣》は無断でかけられたものだ。
助かったため、文句はないが……せめて一言言って欲しいとは思う。
「心臓に悪いからやめてくれと言っているんだが……何故か皆、こればかりはやめてくれないんだ。どの魔法使いも会う度に、勝手に俺の身体に魔法をかけるし、俺の身体にかけられた魔法を自分の魔法で上書きしたがる……」
「……お前、それはマーキングというやつでは……」
「何か言ったか、レーゼ?」
「いや、なんでもない。ネットは知らない方がいいだろう」
何かを呟いたような気がするが、レーゼは首を横に振った。
「とにかく、これで一つ目の依頼は達成したな。残りのオーガ討伐も今日中に済ませよう」
◇
全ての依頼を達成した後。
ネットたちは冒険者ギルドに戻ってきた。
「二人とも、今日は助かった。依頼の達成を報告してくるから二人はここで待っていてくれ」
ネットは慣れた様子で依頼の証拠品となるものをカウンターへ届けに言った。レッド・ワイバーン三匹分の爪、オーガ十体分の角を、それぞれポーチの中から取り出す。
そんなネットの姿を、テーブル席に座ったメイルとレーゼは見届けた。
「レーゼ様。その、本日は共に行動していただきありがとうございます。大変勉強になりました」
メイルは対面に座るレーゼに、深々と頭を下げた。
するとレーゼは微笑を浮かべる。
「その様子だと、緊張も多少は解れたようだな」
「す、すみません。やっと落ち着いてきたところです」
出会ったばかりの頃は尋常ではなく緊張してしまった。思い出すと恥ずかしい気分になる。
「あの、レーゼ様。答えにくいようでしたら、答えていただかなくても構わないんですが……」
依頼をこなすうちに緊張が和らいだメイルは、かねてより気になっていたことをレーゼに尋ねた。
「……何故、貴女ほどの人物が、ネットに協力しているんでしょうか?」
ずっと疑問だった。なにせレーゼは国内でも特に有名な冒険者であり、常に多忙な身である筈だ。にも拘わらず、レーゼはネットのためにわざわざ時間を作り、依頼に協力した。嫌な顔ひとつせず……それどころか、やる気に満ち溢れた様子で。
「端的に言うと、返しきれないほどの恩があるからだ」
短く、しかしはっきりと、レーゼは告げた。
かの有名な冒険者パーティ『白龍騎士団』。その団長であるレーゼに「返しきれない」と言わしめるほどの恩とは一体何なのだろうか。
疑問を深めるメイルを他所に、レーゼはそれ以上、何も説明しない。
代わりに他のことを告げる。
「過去の恩を抜きにしても、ネットは背中を押したくなる男だぞ。……座右の銘は、他力本願。言うは易く行うは難しとは、まさにこのことだな」
どこか誇らしげにレーゼは告げた。
「ネットにも並々ならぬ苦悩と挫折があり、その結果、あのような生き方を選んでいる。……私はその生き方を、心の底から尊敬しているからこそ、協力しているのだ」
「尊敬、ですか……」
自分がレーゼに対して抱いている感情を、レーゼはネットに抱いているらしい。
正直、それは――想像がつかないことだった。確かにネットには独自の強さがあり、ある種の尊敬の念は既に抱いている。しかし、レーゼほど尊敬できるかと問われれば難しい。
結局のところ、ネットの力はどこまで突き詰めても他力本願でしかない。
珍しいとは評価できても、レーゼが言うように心の底からの尊敬となれば、今のところできそうになかった。
「メイル殿もいずれ分かるさ。あの男のために剣を振ることが、どれだけ誇り高いかを」
レーゼが心を見透かしたかのような眼でメイルを見る。
数十秒後、カウンターの方からネットが戻ってきた。
「悪い、待たせたな。報酬を貰ってきたぞ」
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