14話『誇り高き性癖』
レッド・ワイバーンが目撃された場所までは、馬車で移動することになった。
王都の近くにある森に入った辺りから、路面が雑になり、車体がよく揺れるようになる。ガタン、ゴトン、という音と共に視界が揺れる中、対面に座るメイルは、ずっと硬い表情で視線を下げていた。
「……メイル。いい加減、落ち着いたらどうだ」
「お、落ち着けるわけないだろ……」
メイルは俺の隣に座るレーゼを一瞥する。
よほどレーゼに憧れていたのだろう。メイルの緊張っぷりは凄まじかった。
「す、少し外を警戒してくる!!」
緊張が限界に達したのか、メイルは逃げ出すかのように馬車のドアを開き、外に出た。
走ってどこかへ向かうメイルを、俺とレーゼは窓から見送る。
「メイル殿は張り切っているな」
「空回りしなければいいけどな……」
張り切っているというより、緊張半分、興奮半分といった様子だ。
「ところで、ずっと訊きたかったんだが……ネットはどうしてエーヌビディア王国に来たんだ?」
レーゼが訊く。
そう言えば、まだ説明していなかった。
「ざっくり説明すると――」
俺はできるだけ簡単に、これまでの経緯を伝えた。といってもレーゼとは付き合いが長く、通信によるやり取りも何度かしていたため、真新しい情報はあまりない。伝えるべき内容は、王城で陛下に言われた話のみだった。
「そうか。勇者パーティから、追い出されたのか……」
全てを説明すると、レーゼは同情の眼差しを俺に注いだ。
「……さぞ、複雑な気分だったろうな」
「別に、そこまで複雑というわけではないが……」
「我慢する必要はない。私はお前の過去を知っているのだから」
それを言われると弱る。
レーゼとは、正式に同じパーティで冒険したことがない。しかし出会った時期は昔の方だ。だから彼女は俺の事情をある程度、知っている。
「ふむ、これはいよいよ私の出番か」
「……ん?」
そう言って、隣に座るレーゼはすっと俺に身体を近づけた。
互いの太腿が触れる。耳元でカチャリと甲冑の擦れ合う音がした。レーゼは背が高いため、俺の目と同じ高さに彼女の肩がある。
嫌な予感がした。
「ネット……甘えたい気分になったら、いくらでも胸を貸してやるぞ」
耳元でそっと囁かれる。
背筋が凍った。
「やめろ」
「遠慮することはない。今、胸当てを外すから少し待て」
「マジでやめろ」
「ふふ、相変わらず照れ屋だな。……さあ、外したぞ。いつでも跳び込んでこい。私がお前に温もりを与えてや――」
「やめろって言ってんだろ」
「あいたっ」
異様な速さで胸当てを外し、抱き留める気満々なレーゼの頭に俺は手刀を叩き込んだ。
レーゼは残念そうな顔をする。
「つれない男だな……お前のせいで私の欲求は蓄積する一方だ」
「知るか」
思わず額に手をやり、俺は言う。
「何度も言ってるけどな……その甘やかしたがりな性格は早く直してくれ。巻き込まれる側からすると、たまったものじゃない」
「私だって何度も言ってるが、それは無理な相談だ。これは私の生まれ持った性分……つまり性癖なのだから」
レーゼは片手を胸の前にやり、誇らしげな笑みを浮かべて言った。ここまで自信満々に己の性癖を吐露できる女性が他にいるだろうか。
深く、溜息を吐く。
――レーゼ=フォン=アルディアラは、母性本能が強い。
具体的には、年下の男に甘えられたいという欲求が強い。これはレーゼと親しい一部の者のみが知る事実だ。レーゼは今、二十一歳で、俺は十八歳。年の差は三つしかないが、レーゼにとって俺は十分、性癖の対象となるらしい。
何が怖いって……レーゼは淡々と己の欲求を満たそうとしてくるのだ。
いつも通りの表情で、いつも通りの口調で、彼女は欲の捌け口を探し求める。
「なんで俺の周りは、こう、変な奴ばかりなんだ……」
「その答えは簡単だ。類は友を呼ぶ」
その理屈が罷り通るなら、俺とレーゼは同類ということになる。
勘弁して欲しい。
「……『白龍騎士団』の仲間たちも、その性癖には迷惑しているんじゃないか?」
「いや、そんなことはない。部外者の前では隠しているからな。それに皆も『ネットなら別にいい』と言ってくれるぞ」
「なんで俺は公認されてるんだよ……」
「皆も背中を押してくれるし、だから私もネットに対してだけは遠慮しないことにしているんだ」
「……一度、『白龍騎士団』との関係を考え直さないといけないな」
団長が団長なら、団員も団員である。
俺は少し、あのパーティと距離を置くべきだろうか。
「こんな奴が、騎士たちにとっては憧れの的なんだから……世も末だ」
「周りの評判など関係ない。私は私だ。……というわけで、傷心しているなら私に甘えるがいい。頭を撫でてやろうか? それとも膝枕がいいか? こんなこともあろうかと耳かきを携帯しているぞ」
「どっちも不要だし、耳かきは捨てろ」
迫り来るレーゼの手を、俺はぺしりと払いのけた。
頼むから自重して欲しい。
「取り敢えず、早く胸当てを付け直してくれ。目の毒だ」
「やれやれ、お前のためにわざわざ外したというのに……仕方ないやつだな」
「仕方ないのはお前の頭だ」
胸当てを外したレーゼの上半身は、水着よりも薄い肌着一枚の状態で、豊満な身体つきがくっきりと浮かび上がっていた。
急に疲れた気分になる。頭が重たく感じた。
再び溜息を吐いた、その時――。
「戻ったぞ。辺りを見渡したが、まだモンスターは見つかりそうにな――」
外に出ていたメイルが、馬車に戻ってくる。
瞬間、メイルは目を見開いた。
狭い馬車の中。俺とレーゼは肌が触れ合うほど密着している。そしてレーゼの姿は、人に見せられるものではなく――。
「お、おおお、お前ぇぇ――ッ! レーゼ様に一体、な、何をしているんだ!?」
「逆なんだよなぁ……」
思わず頭を抱える。何かされそうになったのは俺の方である。
メイルの誤解を解くために、わざわざ馬車を停めて十分ほど費やした。
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