11話『協力者』
23日、2話目の更新です。
「朝か……」
エーヌビディア王国の王城にある客室で目覚めた俺は、カーテンの隙間から差し込む朝日を見て、欠伸を漏らした。
流石に王城の客室なだけあって、部屋の居心地は最高だった。昨晩は食事も豪勢だったし、ベッドもふかふかでよく眠ることができた。インテール王国を出てすぐにこれほど上質な環境を堪能できるとは……幸先はいいが、ここまでくると逆に今後の生活が不安である。
「上の階に行かなければ、好きにしていいと言ってたし……軽く散歩でもするか」
顔を洗って着替えを済ませた俺は、城の外にある庭園に向かった。
朝靄が激しい。昨晩、寝ているうちに雨でも降ったのだろうか。湿った石畳を歩いていると、いつの間にか四方八方全てが靄に包まれていた。庭園の美しい景色を見に来たつもりだが、時間帯が悪かったかもしれない。
再び城の中に戻ろうとした時、ふと目の前の靄に、不思議なものが映っていることに気づいた。
――巨大な影。
城の二階、いや三階まで届きそうな高さの影だ。それが何かは分からないが――動いている以上、生き物に違いない。
モンスターか?
瞬時に警戒し、頭の中にある知識を総動員して、目の前の現象の解明に努める。
しかし心当たりは全くなかった。
「――誰じゃっ!?」
前方から少女の声が聞こえる。
警戒を維持したまま無言で待っていると……影が映っていた靄の中から、ルシラ様が現れた。
「なんじゃ、お主かネット」
「……おはようございます」
「うむ! おはようなのじゃ!」
ルシラ様は朝からお元気な様子だ。
「あの、今、何かがここにいませんでしたか?」
「何か? 今は妾しかいない筈じゃが……」
不思議そうに小首を傾げるルシラ様を見て、俺は警戒を解いた。冷静に考えればこんな場所にモンスターがいる筈がない。
「ところで、ネットはこれからどうするのじゃ?」
ルシラ様に今後の予定を尋ねられる。
取り敢えず、先程の影は気のせい……ということにしておくか。
「まずは冒険者ギルドに登録して、収入源を確保しようと思います」
「うむ、お主はインテール王国でも冒険者じゃったし、それがいいじゃろうな」
ルシラ様が頷く。このご時世、冒険者ギルドは大抵どの国にもあるが、残念ながら連携は完璧ではない。エーヌビディア王国で冒険者として活動する場合、俺はまた登録し直さなくてはならなかった。等級も一番低いところからやり直しだ。
「では、メイルをお主の案内役につけよう」
「……いいんですか?」
「昨晩は楽しませてもらったからのう。そのお礼じゃ!」
気前のいい王女殿下だ。
港町から城まで馬車で来たため、まだこの街の道には詳しくない。ルシラ様の善意に甘えることにしよう。
◆
「では、これから私が街を案内しよう。冒険者ギルドに行きたいんだったな?」
「ああ、よろしく頼む」
城で簡単な朝食を済ました後、俺はメイルと共に街を歩いた。
エーヌビディア王国の王都は快適だった。治安は良く、活気もある。走り回る子供たちや、散歩する老夫婦はまさに平和の象徴だ。
「ところでネット。昨日、ルシラ様に語った冒険譚だが……あれはどこまで本当なんだ?」
その問の意味が分からず、俺は首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「空中神殿に行ったとか、火山を丸ごと凍らせたとか……まさか事実ではないだろう? ルシラ様を楽しませるためとは言え、自分の功績を誇張しすぎるのはあまり感心しないな」
成る程。どうやらメイルは、昨晩、俺が語った内容に不信感を抱いているらしい。
「誇張なんて一切していない。全部、本当にあったことだ」
「……いやいや、そんな馬鹿な。もしあれが全て事実なら、お前はA級どころかS級の冒険者だぞ」
「俺はA級だけど、周りが皆、S級なんだよ」
だから実現できたんだと伝えると、メイルは深刻な表情でうつむいた。
「……いやいやいや。騙されないぞ、私は。だって、その話が本当なら…………空中神殿に辿り着いたパーティは、三つしかないし……そのうちの二つはこの国にいる筈がない。しかし、残り一つだとすると、ネットは…………あり得ない、あり得ない。流石にそれはあり得ない……」
メイルはブツブツと何かを呟きだした。だいぶ混乱させてしまったらしい。
彼女は思ったより冒険者の事情に詳しいのだろうか? そういえば昨日、冒険者パーティ『白龍騎士団』の団長に心酔していると言っていたことを思い出す。
「道はこっちであっているのか?」
「あ、ああ。あっているぞ。この角を右に曲がったところだ」
メイルが我に返り、案内を再開してくれる。
「ネット、ギルドに登録した後はどうする? すぐに仕事を受けるのか?」
「そのつもりだ。ルシラ様は今日も城に泊まっていいと言ってくれたが……流石にこれ以上世話になるのは申し訳ないし、今日の分の宿代は稼いでおきたい」
「分かった。それなら私も手伝おう」
その言葉は予期しておらず、俺は目を丸くした。
「ルシラ様から、今日一日はお前の行動に付き合えと言われている。私は一応、B級冒険者としてギルドに登録しているから、依頼も受けられるぞ。……不要なら帰るが」
「いや、ありがたい。ただ一応、協力者は既に用意していてな。先に簡単な顔合わせだけしてもらってもいいか?」
「勿論だ。……しかし既に協力者を用意しているとは、伊達に座右の銘が他力本願ではないな」
「それしか俺の取り柄はないからな」
メイルが協力してくれるなら、予定よりも簡単に金を稼げそうだ。
冒険者ギルドは、街や国の依頼を斡旋する役割を持つ。その依頼の中には最低人数が指定されているものもあり、三人いるならやや規模の大きい依頼にも挑戦できる。
「ここが冒険者ギルドだ。中に入るぞ」
メイルが扉を開け、俺も後に続いた。
ギルドの雰囲気はどこも同じらしい。古めかしいがどこか趣のある木造建築に、武器や防具を持った男女がいたるところで話し合っている。すぐ隣には酒場があり、まだ午前中だというのに賑やかな声が聞こえていた。
「一人目の協力者とは、ここで待ち合わせているが……まだ来てないな」
「では、あちらのテーブルで待つとしよう」
メイルの案内に従い、テーブル席につく。
「それで、協力者とは誰のことなんだ?」
「それは……」
説明しようと思ったが、少し考えた末、言葉を引っ込めた。
「……折角だから、内緒にしておこう」
「む、なんだそれは」
「まあ、すぐに分かるさ。多分メイルは驚くと思うぞ」
サプライズというやつだ。
その後、五分ほど経ったところでギルドの扉が開いた。
「お、来た」
ドアの方をぼーっと眺めていた俺は、目当ての人物が来たと気づく。
そんな俺の声に、メイルも振り返るが――。
「――――――――は?」
現れたその人物を見て、メイルはポカンと口を開いたまま硬直した。
真っ白な甲冑を身に纏う彼女の登場に、ギルドはざわついていた。「おい、あれ」「どうしてここに」「まさかあの人って」「美しい」……そんな声が至るところから聞こえる。
「そこにいたか、ネット」
「よっ、久しぶり」
久々に見たその顔に、懐かしさと安心感を得る。
「あ、あぁ……ま、まままま、まま、まさ、まさか、まさか……!!」
こちらに近づくその女性を見て、メイルの混乱は一層激しくなっていた。
「ネット、彼女は?」
「二人目の協力者だ」
「そうか、なら自己紹介をしなくてはな」
メイルはとっくに、彼女のことを知っていると思うが……まあいいか。
「『白龍騎士団』団長、レーゼ=フォン=アルディアラだ。よろしく頼む」
騎士たちにとって憧れの的であり、メイルも心酔しているという冒険者。
そして、俺の友人の一人でもあるレーゼは、静かに微笑んだ。
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