01話『プロローグ:さらば勇者パーティ』
人脈が武器になると気づいたのは、何もかもを諦めた十五歳の時だった。
以来、俺は人脈という武器をひたすら磨き続け、自分なりに理想の人生を歩もうとした。俺の予想通り、その武器はあらゆる面で活躍し、今まで何も特筆すべき点がなかった俺に確たる強みを与えることになる。
多くの仲間と共に、様々な場所を冒険して、早三年。
自惚れているわけではないが、俺の人脈によって成し遂げられた歴史的偉業は多い筈だ。
ただ、欠点があるとすれば――。
「ネット=ワークインター。貴様を冒険者パーティ『星屑の灯火団』から追放する!」
俺の武器は、他人に理解されにくい。
◆
遡ること、数分前。
俺はインテール王国の王城にある、謁見の間を訪れていた。
「お呼びでしょうか、陛下」
「うむ。面を上げよ」
ゆっくりと頭を上げる。
眼前の玉座には、大柄の男が座していた。年老いて顔に皺を刻んだ男……インテール王国の、国王陛下である。
「貴様が、冒険者パーティ『星屑の灯火団』のリーダーである、ネット=ワークインターだな?」
「はい」
肯定すると、陛下は口を開いた。
「単刀直入に言おう。『星屑の灯火団』を、我が国の勇者パーティに任命したい」
「勇者パーティ、ですか……?」
その言葉の意味は分かる。
勇者パーティ。それは突如現れた魔王を討伐するために、世界各国が派遣している少数精鋭のチームのことである。人々はこの勇者パーティが持ち帰る成果に一喜一憂し、それが経済に影響を与えることもあった。
「昨今、魔王討伐に向けて、あらゆる国が勇者パーティを派遣している。その時流を鑑みて、我が国も一念発起し、勇者パーティを結成することにした」
陛下の説明に、俺は相槌を打つ。
「我々は長い時間をかけて、勇者パーティに相応しい者を選定した。その結果、目を付けたのが貴様ら『星屑の灯火団』だ」
「……光栄です」
俺の知らないところで、随分と勝手に話が進んでいるものだ。
勿論、そんなことは言えないので唇を引き結ぶ。
「聞くところによると、随分と優秀なパーティのようだな」
「ええ。なにせ俺が世界各地を渡り歩いて集めた、自慢のメンバーが揃っていますから」
パーティのことを褒められるのは素直に嬉しい。
だから俺は正直に答えた。
「その自慢のメンバーは我々にとっても魅力的だ。だからどうか、『星屑の灯火団』を我が国の勇者パーティにさせてもらいたい」
なんてことはない。これは栄光を掴み取るための一歩だった。
断る理由なんてあるわけがない。
「謹んで、拝命いたし――」
「――但し、貴様を除いてな」
その言葉は、すぐには理解できなかった。
「は?」
時間をかけても理解できなかったので、俺は疑問の声を発する。
すると陛下は溜息を吐いて説明した。
「『星屑の灯火団』のメンバーは皆、優秀だ。但し貴様だけは……リーダーである貴様だけが実力不足だ。他のメンバーがS級の冒険者だというのに、貴様は辛うじてA級を維持しているような冒険者だろう。はっきり言って邪魔なのだよ」
「いや邪魔って……リーダーは俺ですよ」
「ふん! 役職に縋り付くとは、なんとも情けない男だな!」
途端に陛下は口調を荒くする。
こちらが本性なのだろう。
「大体そのリーダーという肩書きも疑わしい! 冒険者ギルドを通して、貴様らのことは調べてあるぞ! メンバーたちの役割をそれぞれ説明してみろ!」
「ええと、メンバーは俺を含めて五人います。攻撃も防御も担当する騎士に、切り込み隊長を任せられる戦士、回復役の僧侶に、遠距離戦を得意とする魔法使い……」
「で、貴様は何だ!?」
「マネージャーです」
「いらんわ!!」
そんな馬鹿な。
騎士、戦士、僧侶、魔法使い、マネージャーは定番の構成なのに。……俺の中では。
「貴様、パーティのメンバーたちには『人脈が武器』だとほざいているようだな! 実にくだらぬ言い訳だ! 貴様はただ、誰かに守られないと何もできないだけだろう!」
「まあ……それは、そうかもしれませんが」
「言い訳していたことを認めたな。所詮、貴様はただの腰巾着だ。そんな輩に勇者パーティのリーダーは任せられん!」
陛下は憤慨した様子で告げる。
「ネット」
その時、陛下の傍に佇んでいた男が俺の名を呼んだ。
この国の宰相だ。
「分かってくれ。魔王討伐の使命を帯びた勇者パーティは、世界中から注目されるんだ。それ故に、パーティに不釣り合いな人間が混じっていると、多くの非難を受けることになる。それは巡り巡って、インテール王国の品格に泥を塗ることになるだろう」
「……じゃあ、他の冒険者パーティに頼めばどうですか?」
「君が集めたメンバーは、他では見られないほど優秀なんだ。私も調査して驚いたよ。全能神の加護を一身に受けた騎士、飲まず食わずで永遠に戦い続けることができる戦士、死者すら蘇らせることができる僧侶、賢者の勲章を三つも持つ魔法使い……一体どこで集めたんだというほどの人材ばかりだ」
そりゃあもう、本気で探したからなぁ……。
どうやらこの国の上層部たちは、意地でも『星屑の灯火団』を勇者パーティにしたいらしい。
しかし、彼らは分かっていない。
冒険者パーティ『星屑の灯火団』のメンバーは、全員、いい意味でも悪い意味でもただの人間ではないのだ。
「この際ですから、はっきり言いましょう。確かに俺は『星屑の灯火団』のリーダーですが、実際にやっていることはリーダーというより猛獣使いの方が近いんです」
「……何を言っているんだ、貴様は?」
「あのパーティは、俺が制御する前提で集めたメンバーばかりです。俺の仕事は主に渉外……彼らの戦いによる被害が外に出ないよう、事前に話し合うこと。その仕事をする者がいなくなってしまうと……」
陛下たちに向かって、俺は告げた。
「多分……後悔すると思います」
謁見の間を、沈黙が支配した。
やがて、陛下と宰相はその表情を崩し、
「ぷっ」
「くはっ!」
小さな笑い声が響く。
「そうか、そうか! 後悔か! なら精々楽しみにしておこう! 貴様が本当に優秀なら、私は後悔するかもしれんな!」
陛下は俺を嘲笑する。
「言い忘れていたが、貴様の代わりに、我が国の近衛騎士であるユリウスをパーティに加える予定だ。奴は貴様と同い年だが、貴様と違って逸材中の逸材。貴様が抜けた穴は十分過ぎるほど補えるだろう。だから何も心配する必要はない」
そう言って陛下は、見下すような目で俺を見る。
「言いたいことはもうないな? では、改めて告げる」
勝ち誇ったような笑みを浮かべて、陛下は告げた。
「ネット=ワークインター。貴様を冒険者パーティ『星屑の灯火団』から追放する! ……さあ、速やかに消えろ。分かっているとは思うが、勇者パーティと接触することは許さんからな」
話が全く通用しない。
俺は小さく溜息を吐いて、謁見の間を後にした。
◇
「これで邪魔者は消えた。……我が国は、最強の勇者パーティを手に入れたぞ!」
「ええ、彼らが活躍すれば、あっという間に他国を出し抜けるでしょう」
喜ぶ国王に、宰相は頷いた。
「宰相。先程のやり取り……貴様は相変わらず口が巧いな」
「陛下ほどではありませんが、あの程度の若造ならいくらでもやり込めてみせましょう」
ははは! と二人は笑い合う。
「『星屑の灯火団』のメンバーも哀れなものだな。あのような無能な餓鬼に、いいように使われて……解き放ってやった私に感謝するがいい」
「単に人がいいのか、それとも弱みでも握られているのか。……いずれにせよ、あれほどのパーティをネット一人が独占するのはあまりにも勿体ないことです。彼らにはきちんと国のために働いてもらいましょう」
宰相の発言に、王は満足気に頷く。
「ネットと勇者パーティの間にある繋がりは今のうちに潰しておけ。確か奴らは通信できる道具を持っていた筈だ。すぐに取り上げろ」
「承知いたしました」
宰相は深々と頭を下げ、早速、仕事に取りかかった。
謁見の間から宰相が出ていく。閉められた扉を見て、王はゆっくりと玉座にもたれ掛かった。
「くはは……魔王を討伐するのは我が国だ。私の名は、世界中の歴史に刻まれるぞ……ッ!!」
王は愉悦に浸った笑みを浮かべる。
その頭は、偉大な英雄として世界中から賞賛される自分を妄想していた。
本人は知る由もないが――数十年後、確かに王の名は歴史に刻まれる。
但しそれは英雄ではなく……最低最悪の暗君としてだった。