わたくし米農家コマチサンのもとへと参ります
「マグローニさま、それではわたくし、出かけてまいります」
「ああ、おまえには本当に世話になった。どれだけ、金を使っても良い。米農家になんの用があるのかはわからんが、おまえの好きにするがいい」
マグローニさまが、モジモジとされております。言いたいことは分かりましてよ。
密会でございますね。
「タラモ姫が、十の刻の頃、東の館の塔でお待ちしておりますよ」
段取りもオッケー。これは、ふ、ふ、ふ、不倫には、当たりはしませんね? まだ、婚約中でございますから、う、う、う、浮気ということでしょうか?
いくら婚約者のわたくしが了承済みとはいえ、人目がございますから、こっそりとやっていただきたいと思います。
わたくしは、マグローニさまのお顔を、目立つことのないよう黒いショールで巻いて差し上げました。
ほう、これはこれは。立派な軍艦巻きの出来上がりでございます。
「それでは、いってらっしゃいませ。わたくしも、夕刻には戻りますゆえ」
本日。
お日柄もよく。
わたくし、米農家との契約を結びに、今度は陸地へと参ります。
「馬車のようなもの」に揺られながら向かいますわ、マグローニさまのお友達のお父様の知り合いのご近所さんからご紹介をいただきました、米農家であらせられるコマチサンの元へ。
そして、道をゆくこと5時間。これはもう秘境と言ってもいいのではないか、そんな番組もございますわね、のレベル。ガタガタ道でございますので、わたくし尻と腰をしこたまやられてしまい、果てはエビになってしました。ですが、至極光栄なこと。エビはお寿司の中でも上位に入る、人気寿司ネタでございます。そんなエビと同等の、腰。嬉しいことでございます。
それにしても完全なる回転寿司までの道のりの長いこと長いこと。挫折しそうになりながらも、わたくしはお寿司のためでございましたら、この身を投げ打ってでも、突き進んでいくでござるですのよ。おーほほほほほ。
それでも。あまりにも疲れましたわ。
そして、ヒッヒーンといきり声をあげ、「馬のようなもの」がストップします。どうやら、到着したようでございます。
一軒の農家でございます。わたくしは、ドアを拳で叩きました。ドンドンドン‼︎
いえいえ、あくまでこれはノックでございます。
「たのもう、たのもう! コマチサン殿、わたくしスシノ=カズハ=ヤーリイーカと申します。どなたかいらっしゃいませんか! たのもう!」
すると、中からホオッカムリを被った女性が、白タオルで手を拭きながら、のこのこと出てくるではありませんか。
「なんの騒ぎだべか?」
わたくしは寿司職人御用達の、御機嫌ようの舞を、優雅に決めましてよ。左手の中に右手の二本指を置いて包み込む。わたくしにとっては最上級の敬意でございます。
「コマチサンさま。わたくしにあなた様のお米を譲ってはいただけませんか?」
「お貴族さまのお嬢さまがオラの米を? バカ言ってんでねえ。アンタに売る米はねえ」
コマチサンは、何度お願いを申し上げても、あんたに食わす米はねえ、の一点張りでございます。
わたくしは、相当困ってしまいましたが、なんとか説得できるようにと、懐からあるものを出しました。
「あ、あんた、それはっっ」
おや、さっそくの効果があったようでございますね。
ご飯茶碗です。そう。こんなこともあろうかと、懐に二つ忍ばせていた、茶碗。夫婦茶碗でございます。
「わたくしも、まさかまさかと思いました。米農家のコマチサンさまが漁船スシゴテンマルの船長さまと、お知り合いとは。わたくし、とても驚きましてよ」
コマチサンは、わたくしから二つの夫婦茶碗を受け取ると、大切な宝物でも手にしたように、うやうやしく包み込みました。いえ、大切な思い出と申しましょうか。
「これは、おらが小せえころ、幼なじみの丸やんにあげた茶碗だあ。ほら、そこんところの縁側でな。新米を炊いてよく一緒に食べたもんだ。懐かしいべ」
「(丸やん?)そうでございますか。幼なじみでございましたか。わたくしが次には米農家コマチサンをお訪ねすると申し上げましたところ、懐から大切そうにお出しになって」
胸ポケットから夫婦茶碗。ハットからハトをだすマジシャン的な技を披露しながら、丸やん船長さまはこう、わたくしに伝言をされました。
『おうおうコマチやい。おめえは元気でやっとっか? 漁でひと山当てたら、おめえを迎えにいくっていうアレな。もうすぐ達成できそうや。なあ、そこのアンタ(わたくしのことでございます)。これを、コマチに渡してくれねえか。必ず、必ず、迎えにいっからな』
「ま、丸やんがかあ?」
「そうでございます。その夫婦茶碗が、愛の証でございます」
コマチサンは、ほんのりと頬を染め、そして大切そうに夫婦茶碗を懐に仕舞いました。イリュージョン!
「コマチサンさま、これはわたくしの夢でございます。丸やん船長さまが釣った魚と、コマチサンさまが作った新米とが力を合わせましてタッグを組み、立派なお寿司を創り上げる。夢のコラボでございます。どうぞ、このわたくしの熱意に免じて、お米を売ってくださいまし」
少し意味がわからない部分があるかとは思いますが、このようにわたくしはコマチサンを説得いたしました。
「んだな、わかったべ」
「まあ、本当ですか!」
わたくしはあまりの嬉しさに思わず、コマチサンを抱きしめてしまいましたことよ。
「ああ、ありがとうございます。これこそ無上の喜び。わたくし。わたくしきっと、素晴らしいお寿司をこさえてみせますとも。そしてお二人の愛の結晶を完成させた暁には、丸やん船長さまとコマチサンさまには、ぜひにわたくしのお寿司を食べていただきとうございます!」
「それは、うめえもんなのか?」
わたくしは興奮していた胸を、ふううっと撫で下ろし落ち着かせました。
そして。
「はい。お寿司とは、この世で一番、美味しく美しく、そして尊いものでございます」
コマチサンからいただきました米一俵を、「馬車のようなもの」によっこいせっと積み込むと、わたくしはコマチサンとの契約書を持って、パッカラパッカラと帰途に着きました。
ようやく、米農家との契約に漕ぎ着けましたことよ。
おーほほほほ。
❇︎❇︎〜米農家コマチサン契約書〜❇︎❇︎
コンバイン購入額 50000 ガリ
米一俵当たり 200 ガリ
人件費 150 ガリ× 5名
輸送費 月48 ガリ