わたくし念願の「転生寿司」開店でございます
「おめでとうございます!」
花輪をたくさんちょうだいしましてよ。皆さま、まことにありがとうございました。
パンパカパーン!
本日。お日柄も良く。
開店日和でございます。
ようやく。
ようやくでございます。
この晴れやかなる日を迎えることができました。
どれだけの、婚約と婚約破棄を繰り返してきたのでしょうか。
胸に刺した寿司の刺繍に、わたくし、握りこぶしをトントンと。
涙が。
みるみるミル貝。
感無量でございます。
「いやさあ、めでてーなあ! あんたあ、がんばってたかんねえ。ほんに良かったべ」
こう労いの言葉をかけてくださったのは、米農家コマチサンさま。
「や、あっぱれだなやあ。これからもあんたのために、じゃんじゃん魚釣ってくるべなあ」
そう仰ってくださっているのは、漁船「スシゴテンマル」の船長、丸やんさま。
わたくしは、お祝いのお言葉を頂戴しながらも、こちらからもお祝いのお言葉を差し上げますことよ。
「まあ、ご夫婦でいらっしゃってくださったのですね? この度は、ご結婚おめでとうございます」
「いやあ、スシノさま。あんたには世話になったなあ。丸やんと夫婦になれたのも、あんたのお陰だべ」
コマチサンさまが、頬を染めていらっしゃいます。可愛らしい奥様でございますことよ。
「これからもお幸せに!」
そして、わたくしが差し上げました夫婦湯呑みのお礼といたしまして、お二人から開店祝いをいただきました。どうやら、サプライズプレゼントのようでございます。
「こ、これは……」
「しゃもじだべ」
真っ白で、表面にツブツブのある代物でございます。ひっくり返してみると、小さく『読サーほにゃらり謹製』と書いてございます。
「これは、かの有名な……」
「んだべ。それを持って白飯を前にしただけで、白米をひたすらかき混ぜたくなるという不思議なしゃもじだべ」
「今世紀最初で最後の伝説のアスリート、カンダガワソイヤッッッッッさんが愛用しているという?」(パラレルワールド)
「それであんた、寿司を作って作って作りまくるんだべよ!」
みるみるミルキィ。母の味。
わたくしは、うおんうおんと泣きながら、お二人と抱き合いましたわ。縁もゆかりもない異世界で、このようなご近所さん付き合いに匹敵するほどのご縁ができるだなんて。このような温かい交流ができるなんて。
胸が熱くなりました。
いただいたしゃもじを持ち、胸に捧げ、敬礼いたします。
「わたくし誓って、生涯、このしゃもじを大切にいたします! さささ、中へ入ってお寿司を食べていってください。もちろんご馳走させていただきますわ」
第1号のお客様でございます!
お二人は店の中へと入っていき、なんと。
カウンターへと腰をおろすではございませんか。
カウンターで、恋は育まれる。回転寿司においてカウンターとは、肩と肩が触れ合う、ドキドキ感溢れる距離。大将との戦いに疲弊してしまう、高級店のカウンターとはわけが違います。
「俺がお茶をいれるよ。君は座ってて」
「ありがとう。じゃあ私、醤油を用意するわ」
「これ、美味しそうだね。君が先に食べなよ」
「やだ。一緒に食べたい」
「バカだなあ。じゃあ食べさせあっこする?」
「うん。はい、アーンして」
「アーン」
「ほら、口に白米がついてる。チュ」
「こらあ、こんなとこで恥ずかしいだろ」
「だってえ、お米がついてるんだもん。そっちの方が恥ずかしいでしょ?」
「バカだなあ、コイツゥ!」
※ 以下永遠。
このようにいつまでもいつまでも際限なくキャッキャウフフできるわけでございます。
ご覧になってください。
丸やんさまとコマチサンさま。後ろからスパンッと頭を叩きたくなるくらいではございませんが、仲睦まじく肩を寄せ合い、回転してくるお寿司を待っておいでです。
そのお二人の背中を見ていますと、ああ、夫婦とは良いもんですナと、あとは若いモンでやっとくれと、どこか生温かい目で見ている自分に気がつくのでございます。
わたくしも結婚を考える歳となりました。
結婚も良いのかもしれない。夫婦円満、仲良く二人で肩を寄せ合ってお寿司を食すのも悪くない、そう思うのでございます。
そして、そうこうしているうちについに回転お寿司1号が、ススススススと進み出でてきます。
もちろん、最初の一貫は、わたくしが選びに選び抜いた「マグロ握り」でございます。
お二人は、回転寿司のレーンから、ササササササっと取り上げます。
「わあ、これが丸やんが釣った魚だべか」
「いやあ、我ながらいい仕事したべ。そういうコマチの白米も、綺麗に光っているべや」
「隣国クラクラ国より輸入いたしました、ヨツカン酢によるものでございます。ツヤツヤでございましょう? さあ、こちらのお醤油とワサビにつけて、お召し上がりください」
お二人は慣れないお箸でマグロ握りを掴み上げ、珍しいものでも見るように、あちらこちらの方向からご覧になっておいでです。
が、お口にお入れになりました。
一瞬。
時が止まり。
そして。
「「うんめえ!」」
感動が湧き上がってまいります。
船酔いしては釣り上げた魚。運ぶのには腰がエビとなってしまうほどに重すぎた米。炊飯器の調子が悪く、どれだけカスタマーセンターへとお電話したことか。建築現場で現場監督さまに、「こんな図面役に立たねえ!」と、目の前で図面を破り捨てられ、どれだけ辛抱耐えたことか。
今までのお寿司への苦労と愛情が、報われた気持ちになりました。
わたくし、お寿司が好きで良かった。
わたくし、お寿司に命を捧げることができて、本当に良かった。
嬉し涙が頬を伝います。ああ、泣いている場合ではございませんのに。
丸やんさまとコマチサンさまのお二人は、仲睦まじくお腹をいっぱいにして帰っていかれました。
「満足だあ」
その言葉を残して。
おーほほほほ。
次回、最終回。真実はいつもひとぉつ!




