わたくしはお寿司をこよなく愛しております
秋の桜子さま作
「スシノ=カズハ=ヤーリイーカ、第四王子イクラスとの婚約を解消し、第三王子エビダスと婚約関係を結ぶことを、ここに宣言する」
父王さまの、野太い声が大広間に響きます。
ふ、ようやく……
(ようやくですわ)
わたくしは、深く深く息を吸い込み、そして何度も深呼吸をいたしました。ようやく、この晴れやかなる日を迎えることができた、喜び。そっと胸を押さえて、そしてもう一度息をつきました。
「はい、承知いたしました」
心が急くのをなんとか抑えながら、慇懃にこの申し出を受けることとします。
さて。
第三王子エビダスさまとは?
この国、世界でも有数な広さの領土を誇る、カッパースシ国を統治する王を父に持ち、その父王の側近、宰相のおひとりでもあらせられる、この国の頭脳と評されるお方です。
先日、エビダスさまは結婚の約束を交わしておりました、遠戚ハラミー皇女との婚約を白紙に戻すこととなり、その結果、第四王子の婚約者であったわたくしに、白羽の矢が立ったというわけです。
わたくしもこの歳(18歳ですおほほ)としては珍しく、早くから婚約者がおりました。第八王子ヒラメルさま(3歳)との婚約から始まり、そこから第七王子(5歳)、第六王子(7歳)……と、なぜか段階的に上がってまいりまして、ようやく第三王子エビダスさま(18歳なのでピッタリです)の婚約者、という地位までまいりました。
ここへ来るまで、回転寿司レーンのごとく相当な、紆余曲折を経たわけでございますが、まあそれはさておいて。
皆さまもご存知でいらっしゃるかとは存じますが、婚約者争い、もとい王子との婚姻争いというものは熾烈の極みでございます。
わたくし。
わたくしには、そんなお寿司に関して秘めたる野望がございます。その野望を完遂すべく、とにかく上を上を目指さなければなりません。
第三王子の婚約者に任命されたとはいえ、これからももちろん、小さな失敗ミスや失態も許されない立場でございます。
いわゆる修羅場。
地獄?
ええ、ええ。もちろんそうです。そうでございます。
小さなミスひとつが、命取りになるというもの。
嫁入りとは死線を匍匐前進にて進みながら、途中途中に転がるお寿司を取りこぼすことなく、食すべきもの。女にとっては、生き死にに関わる重大ごとでございます。
王が、わたくしに向かって、ニヤリと笑いかけてきます。
「スシノ、おまえには期待しているのだぞ。なかなかにしたたかで見どころのある姫だと聞いておる。第三王子エビダスは、賢く聡明な男。おまえに王子の婚約者が務まるのかどうか、見定めたいと思っておる」
了解した!
わたくしは心の中で、親指を立てたい気持ちになりました。
もちろんこれは、グッジョブの儀式。
ただ、実際には右 人差し指中指の二本を掲げ、そしてそれを左手で包み込む。これが、寿司職人のグッジョブのお作法でございます。
私はそうやって、お寿司握りの敬礼を、流れるように優雅な動作で、王に披露してみせました。
「お任せくださいまし」
頭を下げながら、心でほくそ笑みましたことよ。
わたくしの前に座すは、妃を数年前にお亡くしになられたばかりの、カッパースシ国の独身王。見かけはおじさんですが(髭のせいでもある)、実はまだお若いのでございます。
わたくしには今。必要なものがあります。お教えしましょう。ハッキリと口にするのは少しはばかられますが、批判を恐れず申し上げます。
それは、揺るがない財力!
今後、第二→第一王子を経て、王よ。
あなたの妃の座を狙います!