副隊長とデート
街へ買い出しに来ていたアキは、見回り中だというイズルに出会った。そこでイズルが、にこにこと笑いながら言った。
「アキ、たまには僕とデートしようよ」
「え?」
「シロウには言っておくから」
一切のやましさのない笑顔で話す相手を、アキは見上げた。
銀色の短い髪に、優しげな顔立ち。シロウたちと同じ深緑の軍服の上に魔術師のローブを羽織り、手にはいつも、背丈ほどある大きな杖を持っている。
イズルの話し方は優しく穏やかで、普段から細やかな心配りを見せる。制服を脱いでしまえば、とても軍人とは思われないだろう。
シロウとは正反対だ。
イズルは女性にとても人気がある。
以前、路地裏でイズルが女性と睦み合っているところを偶然見かけた。とても慣れた風だったので、相当に遊んでいるのだろうなというのがアキの印象だった。
そういうところもシロウとは正反対で面白い。
そんなイズルと、そういえば王都に来てからゆっくり過ごしたことはなかった。
「イズルさんとふたりで話したことって、あまりなかったですね」
「うん。アキが王都に来てからは、あまりシロウとの時間を邪魔しないようにしていたんだ。でも、そろそろいいかなと思って。僕もアキと仲良くなりたい」
「ふふ。もう仲良しのつもりですけど」
「じゃあ、もっと仲良くなりたいな」
柔和な笑顔につられて、アキもにこにこと笑って了承した。
イズルとのデートは、二日後の午後から夕食前までということになった。初回からいきなり長時間のデートは疲れるだろうからと言われ、慣れているなという印象がアキの中で強くなった。
その日、昼食を済ませたアキが待ち合わせ場所へ向かうと、すでにイズルは待っていた。
「やあ、アキ」
軽く右手を上げるイズルは、もちろん軍服ではないし、いつもの杖も持っていなかった。着ているのは街の青年が着るような普通の服であるはずなのに、姿勢が良いのか中身が良いのか、すらりと格好いい青年だった。とても軍人には見えない。
「……イズルさんの私服って、あまり見ることがないので新鮮です」
「ふふ。惚れ直した?」
「はい。シロウさんの次くらいに格好いいですよ」
「あはは。じゃあ、行こうか」
ごく自然に手を取られて、ゆるりと繋がれた。
「今日のデートのことをシロウに話したら、なんだかすごく気にしていたよ。もしかしたら、どこかで様子を見に来るかもね」
「なんででしょう?」
「ふふ。アキが心配なんじゃない?」
「心配されるようなこと、してないはずですけど」
「いやー、魔獣を持ち帰って食べようとしたりすれば、なかなか……」
そんなことを話しながら歩いていれば、ふとアキの目に留まるものがあった。
雑貨屋に目を向けたアキに気づいたイズルが、ふふっと笑って手を引いた。
「ちょっと見て行こうか」
店の中に入ると、窓から見えたものが並んでいて、アキはひとつ手に取った。横でイズルが首を傾げる。
「鳥のぬいぐるみ? ……え、変わってるね、これ」
そのぬいぐるみは手のひらに乗るくらいの大きさの鳥で、羽の色が青みがかった灰色をしていた。体はふっくら可愛らしいのに、なぜか紺色の瞳はぬいぐるみらしからぬ鋭さがある。灰青に紺という配色はまさにアキの故郷の鳥、セキレイと同じだった。
妙に鋭い瞳があまり女性に好まれそうな見た目ではないので、イズルは少し不思議そうにしている。
「アキ、気に入ったの? ……ああ、瞳の色がシロウと同じだね」
イズルにはセキレイの話はしていないので、このぬいぐるみがシロウと同じ瞳の色だからアキは気にしているのだと判断したようだ。
アキにとっては、これはセキレイであり、シロウでもある。
じっとぬいぐるみと見つめ合っているアキを見て、イズルが言った。
「よし、買ってあげよう」
「え、いいですよ」
「いいのいいの、遠慮しないで。僕が買ってあげたいんだ」
そっと手の上のぬいぐるみを持ち上げて、イズルはさっさと店員に代金を払ってしまった。とても手慣れている。
「はい、どうぞ」
きれいな手提げ袋を渡されて、アキはありがたく贈り物を受け取ることにした。ここで断るほど、アキにとってイズルは遠い人ではない。
それに、この有無を言わせず贈り物を与える感じは覚えがあった。これは故郷の兄が妹であるアキを可愛がりたいときと同じだ。こういうときは、逆らわずに素直になるのがいい。
「……ありがとうございます。嬉しいです」
「うん。今日のデートの記念にね」
喜びを伝えたアキに、イズルも嬉しそうに微笑んだ。
店を出て再び手を繋いで歩き出したところで、見慣れた人物が向こうからやって来るのが見えた。
「あれ、シロウさん?」
「あ、ああ。アキとイズルか。奇遇だな」
不自然に笑って答えるシロウにアキが目を瞬けば、ぶふっと、隣で噴き出す音が聞こえた。
そんなイズルに眉をひそめて、シロウが顔を近づける。
「…………イズル、その、問題ないか?」
「大丈夫だよ、アキはいつも通り可愛いよ。まあ、ちょっと変わったぬいぐるみを気に入ったくらいかなあ」
「ぬいぐるみ? それくらいなら、まあいいのか……」
「心配いらないよ。ちゃんと夕食前には帰すって」
「いや、そういう心配ではなく、」
イズルとこそこそ話をするシロウは、なにかを心配しているらしいが、アキはひとまず黙っていた。シロウを心配させるようなことなど、アキはしたことがないはずなのにという不満は言わないでおく。
しばらく顔を寄せ合っていた男ふたりだったが、やがてシロウは納得したのか、アキの頭を撫でてから去って行った。
「あはは、本当に来たね。最近のシロウは面白いなあ」
「そんなに変なことなんて、しないのに……」
「愛ゆえにだよ。気を取り直して、お茶しよう」
それからイズルがアキを連れて来たのは、王都で評判だというカフェだった。
午後のお茶の時間ということもあり店内はにぎわっていたが、イズルは常連なのか予約をしていたのか、店員と少し話をした後、景色の良い窓際の席へ当然のように案内された。
イズルのおすすめだというパンケーキを注文して、お喋りをしながら待つことしばし。運ばれてきたパンケーキに、アキは目を見張った。
「こ、これ……、三つも重なってますよ!」
真っ白な皿の上には、三段も重ねられたどっしり分厚いパンケーキが、優しい黄色をたたえて鎮座していた。最上段にはちょこんとホイップバターが乗せられ、その上から飴色のシロップが惜しみなくかけられている。さらにその横には、たっぷりの生クリームも添えてあった。
見ただけで美味しいと分かるパンケーキの登場に、アキは興奮で手が震えそうになりながらもなんとかフォークですくい、そっと口に入れた。
「っ、……ふわっふわで、ふるふる! 口の中でしゅわっと消えました!」
想像以上の美味しさにアキは暴れたくなったが、なんとか堪えた。ここで騒動を起こせば、またシロウに要らぬ心配をさせてしまう。
だが感情を抑えきれずにイズルへ訴えれば、嬉しそうに笑ってくれた。
「ふふ。そんなに喜んでくれると、連れて来た甲斐があるなあ」
「これは幸せの味がします。ありがとうございます、イズルさん!」
「うんうん。ゆっくり食べて。気に入ったなら、また来ようね」
大満足のお茶の時間を終えた後、しばらく街を散策してからイズルはアキを家の前まで送ってくれた。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「うん。僕も楽しかった。またデートしようね」
「はい」
にっこり笑ったアキに、イズルもにこにこと笑いながら優しく頭を撫でて去って行った。
長い時間ではなかったが、アキはイズルとのデートを満喫した。イズルは女性を楽しませることに慣れた人物だというのが改めてよく分かったし、本人もそれを楽しんでいるようだ。
やはり、シロウとは正反対で面白い。正反対のふたりだから、きっとあれだけ仲が良いのだろう。
「ただいま、シロウさん」
「おかえり、アキ。楽しかったか?」
「はい、とっても!」
家に入れば、先に帰宅していたシロウが出迎えてくれた。なにやら妙な心配をしていたようなので、なにも問題は起こらなかったと主張するようにアキは笑顔で今日の報告をする。
「これ、イズルさんが買ってくれました」
さっそく、今日いちばんのとっておきを見せた。
「ぬいぐるみ? ……ああ、イズルが言っていたな」
「ちょっとだけ、セキレイっぽいなと思って」
「……セキレイというと、アキが以前に言っていた鳥か」
「そうです。シロウさんみたいに格好いい鳥です!」
これが自分に似ているのかと、シロウは少し複雑そうな顔で鳥のぬいぐるみを見つめている。この鳥は実際にはセキレイではないだろうし、ぬいぐるみということもあってかなり可愛らしい雰囲気にされているからだろう。ただ、目だけは鋭い。
「本物のセキレイは、もっと体格が引き締まっていて風格がありますよ」
「そうなのか?」
「そんなセキレイに似ているシロウさんは、私にとって最高に格好いいです」
「そ、そうか」
目元を染めたシロウが口をもぞもぞさせていたので、アキは背伸びをしてちゅっと口づけた。
「っ、」
驚いたようなシロウに笑ってアキはそのまま離れようとしたが、すぐにシロウの両手に頬を覆われ、しっとりとした口づけが降ってきた。
ゆっくりと離された唇の感触の余韻に浸りながら、アキはシロウのたくましい胸に顔を埋めてぎゅうぎゅうと抱き着く。
シロウは言葉にするのがあまり得意ではないが、こうして行動で示してくれるのがアキには嬉しい。今も、優しく髪を撫でてくれている。アキは思ったことはすぐに口にしてしまうので、そういう意味で相性は良いのかもしれない。
そのまましばらく、アキはシロウの硬い体を堪能した。
イズルに買ってもらったぬいぐるみは、どこに置こうか迷って寝台の横に置くことにした。朝、目を覚ましたときにそこにあるとなんだか嬉しいからだ。
そして部屋を出れば、もっと格好いいシロウに会える。
素晴らしい住環境にアキは満足している。