小話:部下が見たのは
シロウがアキを王都へ連れ帰って数日。
せっかく共に暮らせるようになったのに、シロウは調査隊の報告やその他の雑事に忙殺されて、アキとゆっくり話すことができないでいた。
アキ自身はひとりの時間も好むようで、気にしていないと言うが、シロウはもっとアキと過ごしたいと思っている。
目下、いちばん気になっているのは、いつの間にかアキの左手首につけられていた、二連の青い鎖の腕輪だった。
シロウは贈っていないし、森にいたころのアキはつけていなかったはずだ。王都に来て買ったのかもしれないが、いやに大事そうにしているのが、妙に引っかかる。
だが、シロウはそう簡単に口に出して尋ねることはできないのだった。
そんなある日、軍の詰め所を歩いていたシロウのもとへ、部下のナガラが赤髪を振り乱して駆け寄ってきた。
「隊長、大変です!!」
シロウの隊には、副隊長のイズルの他に三人の部下がいる。
その三人の中で最も元気があるのが、ナガラだった。何か問題を起こして持ってくるのも、大抵はこの赤髪だ。
「ナガラ、まず落ち着け」
「はい!」
だが根は素直なので、シロウが言えばきちんと従う。
目の前で直立不動の部下を眺め、シロウは頷いた。
「よし。では報告」
「はい。王都の街を定期巡回していたのですが、……その、」
この国における軍人とは、平時は治安維持を担う存在だ。シロウたちのような実働部隊は、普段は王都の巡回を行っている。
「えー、あのー、」
「……なんだ? はっきり言え」
ナガラが珍しく、歯切れ悪く口籠る。
シロウが眉をひそめたところに、ナガラの巡回の相方だったオタカが寄って来た。
巡回を終えてふたりで軍の詰め所まで戻って来たが、ナガラがシロウの姿を認めていきなり走り出してしまったのに、ようやく追いついたらしい。
オタカはナガラと違い、寡黙な青髪の青年だ。部下三人の中では、最もシロウと性格が似ている。そういえば、髪の色もシロウの濃藍色と同系色だ。
この場に居ないあとひとりの部下のショウズは、髪色が派手な金髪で、シロウとは正反対の性格だった。
「隊長。自分が代わりに報告を」
「オタカ、頼む……」
ナガラがほっとしたようにオタカを見つめた。
それほどに言いにくいことなのだろうか。
「さきほど、アキさんを見かけました」
「ああ、王都は自由に歩いて構わないと伝えてあるからな」
アキが王都にやって来てまだ数日。
話を聞くに、アキは国どころか大陸も違う場所からの迷子であるようなので、まずはこちらに慣れてもらうことを先決として、好きに過ごしてもらっている。
アキは早く仕事を探したいようだが、シロウとしてはずっとそのまま好きに過ごしてくれていても一向に構わないと思っている。軍人はそこそこの給金を保障されている。シロウにも、アキひとりを養うくらいの甲斐性はあるのだ。
「なんだ、アキがひとりで出歩いているのが心配になったのか? アキも子供ではないのだから、そこまで心配することはないだろう」
先日まで派遣されていた森とは違うのだ。そこまで過保護になる必要はない。
「いえ、アキさんはひとりではありませんでした」
「うん? 友人でもできたのか」
アキからそのような話は聞いていないが、もしかしたら早々に王都の友人ができたのかもしれない。
「ひどく美形の、中性的な顔立ちの青年と一緒でした。とても親しそうで……、あれは友人という関係だとは思えません」
「は?」
思ってもみないことを言われ、シロウは口をぽかんと開けて固まってしまう。
「うわ、はっきり言っちゃった……。おい、オタカ、もうちょっと遠回しにさ、」
「だが、報告は要点をはっきり伝えるべきだろう」
「いや、そうだけどさ。…………あー、やっぱり副隊長に先に報告するべきだった?」
「うん? 僕がどうしたって?」
「副隊長!」
そこへ、ちょうど通りかかったイズルが話に入ってきた。
「シロウ、どうしたの? なんだか固まってるけど」
「…………アキが、街で知らない男と一緒に居るのを、ナガラたちが見かけたと」
「へえ。友達じゃないの?」
「いや、アキからそういった話は聞いていない……」
「それに、あれは友人っていう感じじゃなかったですよ!」
「もっと親しそうでした」
シロウの後に、部下ふたりが付け加える。
それを聞いて、シロウはますます悩ましくなる。
だが、イズルはなんでもないことのように首を傾げる。
「ふうん。……よく分からないけど、アキが困っているわけじゃないなら、いいんじゃない? 王都で親しい人ができるのは、いいことだよ」
「…………だが、男というのは、」
「はいはい、気持ちは分かるけど、狭量すぎると嫌われるよ。アキが好きなのはシロウなんだから、そこはどーんと鷹揚に構えていないと!」
「…………」
いつもイズルが持ち歩いている杖をぐっと胸に当てられ、シロウは押し黙った。
「うおー、さすが副隊長。モテる男は違うな」
「たしかに」
「後で、ショウズにも教えてやろう」
「そうだな」
隊長を黙らせた副隊長に、部下二人が感心したように頷いて、もうひとりの部下にも教えてやろうと盛り上がっていた。
その日急いで帰宅したシロウは、アキの隣に立つ存在にすべてを悟った。
「……アキ? それは、」
「シロウさん、おかえりなさい。ヌシが遊びに来てくれました!」
にこにこと笑うアキの隣に立つのは、確かに、「ひどく美形の、中性的な顔立ちの青年」に見えた。
だがシロウはこの存在を知っている。
王都のような人間の多い場所では滅多に見かけない高位の精霊。シロウたちが先日まで派遣されていた郊外にある森の泉を縄張りとし、泉のヌシと呼ばれていた存在だ。
「ふふ、わたしがここに居ることが、そんなに不思議かい?」
にんまりと笑うその姿は、こうして近くで見れば女性的である。
だが、ナガラたちがヌシを見たのは遠目であったようだし、体の線が出ないような衣装を着ているために、男性と誤認したのだろう。精霊はその姿を自由に変えられるというので、もしかしたら、街に出ていたときは姿を変えていた可能性もある。
「アキには、腕輪を与えておいたのさ。寂しくなったら呼びかければ、わたしに声が届くからと」
「まさか本人が来てくれるだなんて思いませんでした!」
あの腕輪は、アキが王都へ行くと決めたとき、ヌシが餞別として渡したものだったらしい。どうりで、森ではつけていなかったはずだ。
ひとまず、部下の報告からの懸案は解決した。
だが、ここにヌシが居るということで、次の問題が持ち上がった。
(……まさか、ここに居座る気か?)
嬉しそうにヌシと話すアキに、すぐに帰ってもらえとは言いにくい。
シロウは、良かったな、としか言えなかった。
それからしばらくして、アキと過ごして満足したのかヌシはするりと消えた。
とりあえず、シロウの家に居座ることはないようなので、そこはひと安心だ。
だがアキが大切そうに撫でている腕輪は健在であるので、おそらくまたやって来るのだろう。
(いや、アキがヌシの存在を恋しく思って呼ばないようにすればいいのか……)
アキが腕輪に呼びかけたということは、きっと寂しくなったのだ。
その寂しさを埋めるのは、ヌシではなく、シロウであるべきだ。
やはり、早急にアキとゆっくり過ごす時間を確保する必要がある。
そのために、抱えている仕事をどこまで副隊長のイズルに押し付けられるか、シロウは考えを巡らせ始めた。