3. 隊長から、ちゃんと言葉が欲しい
翌日、いつもの集合場所に向かったアキを待っていたのは、笑顔のイズルによるお説教だった。
「シロウに聞いたよ。昨日、あの後ひとりで怪異に向かったんだって? だめじゃない」
「う、」
「そういう場合は、僕たちにちゃんと言ってくれないと。危ないだろ。……怪我なんかしなかったよね?」
「あ、はい。シロウさんが来てくれたので……」
「あーあ、昨日、シロウが君を追いかけていくのを、変な気を回さずについて行けばよかったよ。アキはひとりじゃ戦えないんだから、気をつけないと」
「はい…………」
にこにこ笑っているが、これは怒っているなというのがびしびしと伝わってくる。
少し離れた場所に立っている部下トリオも、イズルの言葉に頷くばかりで助けてくれそうにない。
「分かったな? ひとりで怪異に向かうなど、うかつなことをするな」
最後のひとりであるシロウは、頭に手を置いて慰めるような仕草をしてくれるが、言っていることはイズルと同じだ。
味方のいない状況にアキが思わず涙目になりかけたところで、ようやくイズルが怒りをといてくれた。
「僕たち、もう仲間なんだからさ。もっと頼ってよ」
「はい……。心配かけて、ごめんなさい」
自分のうかつさで心配をかけてしまったのは申し訳なくて反省するしかないものの、こうして心配されるというのは、仲間だと認めてもらえているようで嬉しくもあった。
調律師の能力は、アキの家系のみに受け継がれるものだ。
故郷では敬われることの多い職業だったので、このように気軽に接してくれるような存在はほとんどいなかった。
家族以外から心配して怒られるなんて、初めての経験だ。
迷子になった先がここで良かったなと、アキはこっそり思った。
それから数日後のある日、その日の調律を終えてシロウに送られたアキを、泉のヌシが出迎えた。
泉の上に立つその姿は、アキが話しやすいように今は人間の姿になっている。
泉のヌシのような精霊には性別はないが、今の姿は腰までの長い白髪に体の線が出ないような布を重ねた衣装で、女性寄りであるようだ。アキの性別に合わせてくれているのかもしれないし、もともとそういう性質なのかもしれない。
アキは、ヌシからなんとなく母性のようなものを向けられていると感じるときがあるのだ。
そんなヌシが、アキは好きだった。
「アキ、ずいぶんと森の調律を進めてくれたね。ありがとう」
「うん。調律は私の仕事だし、ヌシにはお世話になっているしね」
「森の気の流れがだいぶ正常に戻ってきたおかげで、今回の元凶の場所が分かったよ。……ここから西へ行った辺りの大木の下に、何かあるようだね」
「西……」
元凶さえ取り除いてしまえば、この森の調律も完了だ。
明日、さっそくシロウたちに伝えようと、アキは頷いた。
翌日、ヌシが示した場所へ向かってみると、それまでとは明らかに桁の違う不協和音が辺りに響いていた。
「これは…………」
大木の下に、地面が見えないほどに濃い靄が広がっている。
あの木の下にこの不協和音の元凶があるのは間違いない。
であれば、この場の気の流れを正してあれを排除してやれば、この森の調律は完了するはずだ。
そう告げれば、シロウも同意して頷いた。
「ああ。では、俺たちで靄を引き付けておくから、アキは調律をしてくれ」
「はい」
「イズル、お前はここで俺たちの補佐をしつつ、アキを守れ」
「了解」
アキたちが頷いたのを確認して、シロウは部下三人に指示を飛ばす。
「お前たち、あの靄はこれまで以上に注意が必要だ。無理に攻撃せず、アキが調律を終えるまで引き付けることを優先するように!」
それぞれが靄に相対したのを確認し、アキは杖を取り出して調律を始める。
調律して気の流れを正してしまえば、あの靄は消えるはずだ。
不協和音を生み出している元凶が何であるかは不明だが、それは魔術師であるイズルが対処してくれる。
今はとにかく、調律を終えることが先決だった。
呼吸を合わせて、ゆったりと杖を振る。
「……重っ、」
あまりに不協和音がひどく、杖を振る腕が重く感じる。
だがここで負けるわけにはいかないので、アキは自分の力も流し込みながら、やや強引にでも調律していく。
予想よりも手強い気の乱れに、アキは自分の消耗が激しいことを自覚する。
だが途中で手を止めてしまえば、それまで調律したものが無駄になるどころか、場合によっては悪化させることもあるので、多少の無茶をしてでも最後まで振りぬく必要がある。
いくらか息を荒くしながら、アキはひたすら調律を続けた。
「…………アキ?」
アキの消耗具合に気づいたのか、イズルが声をかけくるが、応じている余裕はない。
必死に調律を続けていると、ふわりと柔らかな風が体を通り抜けた。
「……癒やしの風だよ。少しは楽になるといいんだけど」
どうやらイズルが魔術で回復をかけてくれたらしい。
おかげで少し体が楽になったような気がする。なにより、助けてくれる仲間がいることが、アキを大きく元気づけた。
お礼を言う余裕もないが、せめて元気になったと伝わるように、にっこり笑って感謝を伝えておく。
そうして力を得たアキの調律は、最も不協和音がひどい場所へと差しかかった。
これが最後とばかりに、アキはありったけの力をこめた。
すると、徐々に雑音が薄れていくのが分かる。
(いける…………!)
最後に、すべての雑音を吹き飛ばすように、杖を振りぬいた。
「………………」
木の下に溜まっていた靄は消え、耳をすましても不協和音は聞こえてこない。
ほっと息を吐いたところで気が抜けて、がくりと地面に座り込みそうになったアキを、側にいたイズルが支えてくれた。
「お疲れさま」
「はい…………、さすがに今回はちょっと、疲れました」
力なく笑うと、イズルがよしよしと頭を撫でてくれ、杖を振って先ほどの柔らかな癒やしの風を再び起こしてくれた。
「アキ!」
それからすぐに、靄と戦っていたシロウが駆け寄って来る。
「シロウさん」
「よくやったな。大丈夫か?」
「はい、ちょっと疲れただけです」
「はいはい、じゃあ俺はあの木の下にあるものを処理してくるから、交代ね」
にっこり笑ったイズルが、シロウの腕へアキを受け渡す。
「シロウさん、怪我はないですか?」
「ああ。部下たちもみんな無事だ」
「そっか。よかった……」
「お前はここで大人しくしていろ。後はイズルがやってくれる」
「はい。シロウさんの腕の中なら、安心ですね」
「…………そ、そうか」
シロウはイズルたちが木の下のものを処理している様子を真剣に見守っている。
だが、その手はアキの頬をすりすりと愛しそうに撫でてくる。
(…………これも、無意識の行動というやつなのかな)
シロウの腕がぐっと体を支えてくれるのに、これ以上ない安心感に包まれているところへ、さらにその仕草からシロウの気持ちが伝わってくるようで、アキは目を細めた。
明確な言葉をもらったことはないが、これだけでもう、アキはシロウから好かれているのだと分かった。
アキは、シロウの体の中では、やはりあの鋭い武人の目が好きだが、触れてみればこの腕もとても良い。
そこでふと、この腕になら人生を預けてもいいのかもしれないと思った。泉のヌシへの恩返しは終えたのだし、シロウの側なら、調査隊の仲間たちとも共に過ごせるだろう。アキは今回の件でできた仲間たちを気に入っている。
それに、どうせ迷子なのだ。どこへ行っても、構わないだろう。
ひっそりと心を決めたアキが体の力を抜いて完全にもたれかかると、シロウは一瞬びくりとしたが、すぐに危なげなく支えてくれた。
アキは頼もしい腕の中で、しばらく目を閉じて疲労の軽減を待った。
休んで回復したアキがシロウの腕の中から起き上がったころ、最後の処理が終わったらしいイズルが戻ってくる。
「いやー、ようやく元凶を排除できたね」
「イズル、あれはなんだ? 岩のようにも見えたが。魔石か?」
「いやいや、あれは魔獣の毛玉だよ」
「毛玉?」
「猫がたまに吐き出す、あれ。たぶん、どこかの大型魔獣があそこで吐き出したんじゃないかな。魔獣は膨大な魔力を持っているから、体内から排出された毛玉にも並大抵でない魔力がこもっていたみたい」
「毛玉……」
「まあ、珍しい事例ではあるね。僕も初めて見た」
珍しい事例と言うのが魔術師の知識欲を刺激するのか、イズルだけが満足そうに笑っていた。
後処理をすべて終えて、さあ村へ戻ろうかというところで。
「アキ」
声をかけられ、なんだろうかと振り返ると、そこには真剣な顔をしたシロウがこちらを見つめていた。
「その、お前は、故郷に戻るつもりはないと話していたが、今もそう考えているのか?」
「そうですね」
「……では、俺と、…………」
そこで口ごもるシロウに、これはもしや先日のやり直しなのだろうかと、アキは気づいた。
再び中断されたくはないので、続きを促す。
「俺と?」
「……っ、俺と一緒に、王都へ来ないか?」
「それは、……軍へのお誘いですか?」
「いや、そうではないが、」
「では、なぜ?」
「その、…………」
「シロウさん、はっきり言ってくれないと、私は頷きませんよ」
すでに心を決めたアキに断る選択肢はないが、ここはしっかりと言葉にしてもらわないと今後に支障が出そうだ。シロウは言葉にするのが得意ではないようだが、今回は譲れない。
いつも以上に目を鋭くさせたシロウは格好いいが、それに絆されて先日のように流しはしない。
そう考え、言うまで頷かないぞという気持ちでアキはにっこりと微笑んだ。
「………………、くそっ」
その笑顔を受けて、シロウは悩ましげに濃藍の髪をかき回し、顔を真っ赤にしてアキの肩に両手を置いて叫んだ。
「…………っ、アキが好きだ! お前に俺の側にいてほしいから、一緒に暮らさないか!」
「はい、喜んで!」
望んだ言葉をもらい、アキはぎゅうっとシロウに抱き着いた。
「よしっ、よく言った、シロウ!」
「隊長さすがー!」
「おめでとうございます」
「やったっすねー!」
ふたりの雰囲気を察して静かに見守っていた仲間たちが、やんややんやと祝福してくれた。
シロウはそこでようやく周りに観客がいたことを思い出したようで、耳まで赤くしてうろたえている。
その様を少し可愛いと思いながら、アキは仲間たちの祝福に応えて、シロウの頬へ口づけを贈った。
これにて、「調律師と隊長」は完結です。お付き合いいただき、ありがとうございました!
また、週末あたりに小話を投稿させていただきますので、よろしければご覧ください。