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調律師と隊長  作者: 鳥飼泰
本編
2/11

1. 隊長は意外と可愛い

慣れない森の中を、さくりさくりと歩く。


この季節らしい爽やかな晴れの風が通り抜けていく様子は、普通であれば気持ちの良いものなのだろう。

だが、特別な能力を持つアキには、それがただの晴れの日の森だとは思えなかった。


調律師であるアキには、気の流れが音階のように感じられる能力がある。耳で感じる気の流れは、正常なものであれば意識にひっかかるような響きはない。

だが今の森の中は、わずかに不協和音が混ざったような不快な音がどこからか流れている。その不協和音の出所が、アキの目指す場所だ。



アキは、ここではないどこか遠くからやって来た。

数日前、家の近くを歩いていたはずが、気がつけばここへたどり着いてしまっていたのだ。

見知らぬ森に驚いていたところで、泉のヌシに拾われた。アキの故郷では、泉のヌシのような精霊の存在は珍しいものではないが、ずいぶんと高位の精霊らしい。

そして、ヌシから願われた。


森の気の流れを調律してほしい、と。


気の流れを調律することは、アキの家系が担う家業だ。故郷に帰る方法が分からない今、世話になっているヌシのために働くのは当然でもある。

そういうわけで、アキは森の中の気の流れを調律して回っているのだった。



目指す場所へ到着してみれば、そこは確かに気の流れが乱れていた。


「……怪異は、軽微」


気の乱れた場所にはよくない淀みが溜まるようで、怪異が起こることもある。昨日も、アキはうごめく黒い靄に襲われそうになったばかりだ。

今日は幸いなことに、多少の靄が漂っているばかりで、これなら距離を取っていれば問題ないだろう。


アキはさっと杖を取り出す。小枝ほどの長さの細い杖は調律師の仕事道具であり、これを振ることで気の流れを調律して正していく。

杖は調律師が自ら作り上げるもので、アキの杖は朝露を固めて作っている。まさに朝露そのままのような澄んだ水色が、調律の精度を上げてくれるのだ。


「………………」


呼吸を合わせて、ゆったりと宙に向かって杖を振る。

不協和音がひどい場所へは、念入りに。凝り固まったものがほぐれてきたと感じれば、次の場所へ。

この杖を振る動作自体でも流れを整えているし、いくらかアキが自分の力を加えて流れを促してもいる。


そうしてしばらく気の流れを整えていけば、不協和音が徐々に消えていくのが分かった。


「………………」


耳をすまして、気になるほどの不安定さが無くなったことを確認すると、アキは杖を下ろした。

まだ森全体の気は調律できていないので、どこかで乱れがあるような感じは残っているが、ひとまずこの場所は収められたようだ。


アキがほっと息を吐いたとき、がさりと茂みをかき分ける音と共に声がした。



「……お前、あのときの!?」



突然の乱入者に顔を向けると、軍服を着た男がこちらを見て目を見開いていた。


(まずい…………!)


その姿を確認して、アキは慌てて杖をしまい、走り出す。

調律師の力はこの地方では知られていないものなので、他の人間とはあまり関わらない方がよいと、泉のヌシに言われていたからだ。


だがもちろん、軍人として身体能力に優れている男の足に敵うはずもなく、あっさりと捕まってしまった。


「…………っ、待て!」

「ひえっ、なんで追いかけられるの!?」

「お前が逃げるからだろうが……」


アキの腕を掴んだまま、はあっと大きく息を吐く男。アキはぶんぶんと腕を振り回してみるが、びくともしなかった。


「おい、逃げるな。俺を覚えていないのか?」

「…………え?」


聞き覚えのある声と、こちらを知っているかのような言葉に、逃げようとしていた体を押し留め、男の顔を改めて見やる。

深緑の軍服をきっちりと着込んだ立派な体躯に、鋭い瞳と短い濃藍色の髪。この組み合わせには見覚えがあった。


「……あ、隊長さん?」

「そうだ。思い出したか」


アキの腕を掴んで仏頂面をしているのは、先日うっかり出会ってしまった、王都から派遣された調査隊の隊長だった。名前はシロウと名乗っていた。

アキは調査隊が怪異を収めるのをこっそり見たことがあり、そのときに素晴らしい剣技で靄を圧倒していたのが、この隊長だった。その鋭い目がアキの故郷で言うところのセキレイの目で、うっとりと見惚れたのを覚えている。

だから嬉しくなって、本人にもそう告げた記憶がある。


しかし、あそこでここの人間と関わってしまったので、これ以上は関わるまいと決意していたのだが、再び出会ってしまうとはどういうことであろうか。


「…………お前、村の住人ではなかったのか? あれからいくら探しても見つからなかったが」

「え、探した……?」

「あ、いや、…………」


もごもごと口ごもる様子にアキが首を傾げると、シロウはごまかすように咳払いをして、視線で返答を促してくる。やはり普段でさえ、武人らしい目をしている。


「あー、私、ちょっと迷子で。今は拾ってくれたひとのところにお世話になっているので、正確には村の住人ではない、です」

「迷子? 家はどこだ?」

「……だいぶ遠いみたいで」

「はあ?」

「自分でも、よく分からなくて。拾ってくれたひとが言うには、相当に遠い場所らしく」

「……まあ、それは後でゆっくり聞こう。それで、先ほどは何をしていた?」


故郷の話を保留にしてくれたと思えば、シロウは今度はさらに言いにくいことを聞いてきた。


「えー、あの、」

「おそらく、何らかの力で怪異を収めていたのではないか? 魔術ではないようだが……」

「あー、…………はい。気の流れを正していました」


見られてしまったのなら、もうごまかせないだろうと考え、アキは正直に話すことにした。

シロウはアキの大好きな武人の気配を色濃くまとっているので、きっと悪いようにはしないはずだ。なんといっても、セキレイの目を持っているくらいだ。この目を持っている人に、悪い人間はいない。


「……気の流れ?」

「そうです。きちんと気が流れずにどこかで滞ると、不具合が生じて怪異が起こります。だから私のような調律師が、気を調律して正常に流れるよう促すのです」

「調律……」

「こちらでは一般的な職業ではないようなので、人には知られないようにしていました。隊長さんたちの邪魔をするつもりは無かったのですが、……すみません」


アキが話せば話すほどシロウの顔が険しくなっていくので、最後には、つい謝ってしまった。

やはり泉のヌシが言うように、未知の能力には警戒してしまうのだろうかと心配になってきたアキに、だがシロウはひとつ頷いて提案してきた。


「……分かった。先ほどの様子を見ても、たしかにお前は怪異を収めていた。であれば、俺たち調査隊の目的とも合致する。怪異は危険なものも多い。今後は共に行動するべきだろう」

「え?」

「とにかく、ひとりで行動するな」

「は、」

「いいな」

「あ、はい」


シロウがやけにぐいぐいと押してくるので、流れで了承してしまった。

それに、こうもあっさり調律師の力を肯定的に受け入れてくれるとは思わなかったので、アキはぽかんとしてしまう。


「なんだ?」

「あ、いえ、…………ありがとうございます」


この地方で初めて他人に受け入れてもらえた嬉しさが、じわじわとこみあげてきて、アキは笑顔を向けた。


「隊長さんに受け入れてもらえて、嬉しいです」

「…………そ、そうか」


アキの笑顔に、なぜかシロウは目元を染めて、掴んだままだったアキの腕にぎゅっと力を込めてきた。さすがに軍人の力は強く、アキが思わず痛みで声を漏らすと、慌てて腕を解放して謝ってくれた。

先ほどまでの凛々しい隊長としての顔からの落差がおかしくてアキは笑ってしまい、それにつられたのか、シロウもぎこちなく微笑んだ。




そういうわけで、翌日の調査にはアキも同行することになった。

集合場所で合流したアキを、シロウが四人の隊員たちに紹介する。


「事前に話したとおり、今日からこちらのアキが調査に同行する。アキには怪異を収める能力があるため、俺から同行を願った。そのことを承知した上で彼女と接するように」

「よろしくお願いします」


ぺこりと会釈をするアキに注がれる視線には、否定的なものはないようだった。

むしろ興味津々といった様子で、銀髪の男が話しかけてきた。緑青色のローブを羽織って、背丈ほどの杖を持っていることから、おそらく魔術師だろう。


「僕は副隊長のイズル。魔術師だよ。怪異を収める能力ってどんなものかすごく興味あるんだ。よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします」


にこにこと笑って差し出された手に握手を返すと、ぶんぶんと振られた。ずいぶんと人懐っこい。

あとの三人もシロウから紹介されたが、急には覚えきれないので、アキは赤髪、青髪、金髪の部下トリオと心の中で呼ぶことにした。



「アキ、もう出発するが、構わないか?」

「はい、隊長さん」


ぽんと頭に手を置かれて聞かれるのにアキが頷くと、横で見ていたイズルが声を上げる。


「……うわ、シロウどうしたの?」

「は?」

「同年代の女性にシロウが自分から触るところ、初めて見たよ……」


言われて、アキはシロウと目を見合わせる。


実は昨日、家まで送ると言ったシロウに、アキは迷子の自分を拾ったのが泉のヌシであることを話した。

とても驚きながら、シロウはヌシと話がしたいと言って泉までついて来て、いくらかヌシと会話をした。その結果、アキがはるか遠い場所からの迷子であることを理解して同情してくれているのか、放っておけないと認識したようだ。

こうして気軽に触れてくれるのは、距離が近くなったような気がして少し嬉しいので、アキとしては一向に構わない。


だがシロウはからかわれたと思ったのか眉をひそめ、頭に置いていた手でぐしゃぐしゃとアキの髪をかき混ぜると、ふいっと背を向けてしまった。


「では出発するぞ!」




森の中での道中、イズルは相当に調律師の力に興味があるようで、ずっとアキに話しかけてくる。

物腰の柔らかいイズルは、魔術師らしく知識の幅が広いので話題も豊富で、アキも楽しく会話していた。


「へえ。イズルさんは、隊長さんと同期で」

「そう。入隊時からの付き合いだから、もうずいぶん長いかな。僕が魔術師だから、こういった派遣隊ではよく補佐として一緒になるんだ」

「イズルさんと隊長さんは、意外な組み合わせのようで、しっくりきますね」

「あはは、よく言われるよー」


ふたりで笑い合っていると、後ろからシロウに声をかけられる。


「……おい、アキ」

「はい。なんですか、隊長さん?」

「…………」

「隊長さん?」

「…………」

「……あー、アキ。シロウと付き合いの長い僕から解説させてもらうとね、たぶん、シロウは自分も名前で呼んでほしいんだと思うよ」

「へ?」

「シロウはねえ、言葉にするのが苦手だから。面倒かけて悪いけど、察してやってくれるとありがたいな」


そうなのだろうかとシロウの方へ顔を向けると、ふいっと視線を逸らされた。だがその目元は少し赤い。


「シロウさん」

「……なんだ」


ここで視線を戻された。

鋭い目はそのままだが、少し嬉しそうに見えなくもない。


「じゃあ、シロウさんって呼ばせてもらいますね」

「…………好きにしろ」


ちょっと可愛いかもしれない、とにこにこしているアキの横で、イズルが堪えきれないように笑っていた。


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