ルビィの独白4
セーラの見合い相手は、とある地方の裕福な農家のひとり息子だった。一家は小作人を大勢抱えて農場を経営しており、その地域では領主の次に裕福な存在として名を馳せていた。この頃父は、この地域で進められていた灌漑設備の事業に投資を計画しており、業者を通じてこの一家と知り合ったらしい。灌漑設備が完成すれば、農場を経営する一家はますます潤うことになる。投資してくれる存在が現れれば事業は加速する。父としても、農場経営という景気にそれほど左右されない裕福な縁者を得ることができる。父と一家の利害が一致した。農場の主人は、事業の利益もさることながら、王立学院出身の貴族の娘を嫁として迎えられることで、自分たちの家格に箔が付くと考えたらしい。その地方では領主一家のほかに王立学院出の者はいなかった。また王都から離れた地方であったことも幸いし、父の悪評も届いていなかった。
この話を聞いたルビィは当初、難色を示した。自分が平民以下の生活を送ったことがあるルビィは、相手の身分が平民であることは、この時点ではそこまで気にならなかったが、父が妹を道具のように扱おうとしていることが我慢ならなかった。それでセーラが幸せになれるとは到底思えなかった。
だがセーラは意外にもこの縁談に前向きで、相手に会うことを了承した。セーラは自分が姉ほど優秀な人間でないことをよくわかっていた。姉のように家庭教師として自立することは困難だし、かといってほかの仕事につける当てもない。事務員や王宮の女官といった仕事は優秀でないとなれないし、せいぜいが王宮や高位の貴族宅での上級メイドだ。だが上級メイドはいわゆる花嫁修行のようなもので、あまり身分が高くないとはいえ貴族である自分が長く勤められる仕事でもない。どうせどこかに縁付かなければならないなら、できるだけ裕福な家に嫁ぎたいと思っていた。そうすればこれ以上姉に金銭的な迷惑をかけずにすむし、仮にまた父が事業に失敗しても援助してもらいやすい。さすがの借金取りも、あんな田舎までは追いかけてこないだろう。貴族か平民かは、貧乏を経験しているセーラにとってもどうでもよいことだった。
セーラは前向きな気持ちで、この事実を姉に打ち明けた。ルビィはそんな打算めいた気持ちで妹が嫁がなければならないことが納得できず、そんな思いで結婚などしなくてもいいと妹を説得した。双方の折り合いがつかず、ひとまず相手に会ってから答えを出そうということで話がついた。
そして運命のお見合いの日。このとき、セーラの人生は大きなターニングポイントを迎えることになる。見合い相手に初めて会ったセーラは、ひと目で恋におちてしまった。
相手の男は当時23歳で、農場のひとり息子ということもあり、筋骨隆々とした体躯をしていた。その体型とは裏腹に顔つきは非常に甘やかで整っており、一見すると王立騎士団の騎士のような風貌をしていた。生まれ育ちのためか粗野な部分もないわけではないが、それも勇猛果敢な騎士のようだと思えば気にならない。体は大きいが態度は横柄ではなく、初めて目にする貴族女性という存在に対し、ひどく緊張していた。この日のためにわざわざ王都まで出向いてきた彼は、妹に何かプレゼントしようと、見合いの前日に王都中を歩き回ったらしい。初めて見る王都の人波に揉まれながら彼が選んだのは、おおよそ10代の娘には似つかわしくない、派手な色の石がついたごてごてしたネックレスだった。流行やセンスといったものに疎い彼は、おそらく王都の商人にいいように言いくるめられ、高い売れ残りの品を掴まされたのだろう。
だが妹はそのネックレスを大喜びで受け取った。品物もそうだが、彼の行動がとても嬉しかったのだと、見合いの後に照れ笑いを浮かべながら打ち明けた。
「私、彼と結婚するわ。彼となら幸せになれると思うの」
学友の中には政略結婚が決まった者も少なからずいる中で、自分は本当に幸運だと喜びを噛み締める妹の表情を見れば、ルビィも反対する気を無くしてしまった。何より穏やかな性分だが、一度決めると絶対にブレない妹の性格を考えれば、この縁談を反故にするのは難しい。王立学院出の貴族の女性という看板だけでなく、セーラを大事にしてくれる相手ならと、この微笑ましいエピソードごと、自分の義理の弟となる存在を受け入れることにした。
そして王立学院の卒業と同時に、セーラは嫁いでいった。独身最後の記念にと、姉妹2人で撮影した写真を握りしめてーーー。
ルビィは24歳になろうとしていた。
セーラにとってのターニングポイントとなったこの縁談が、とても重要な意味を持つことになるとは、このときのルビィは思ってもいなかった。