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ルビィの独白1

こちらは外伝的内容です。本編の「犯人探しが終わりました」の裏ストーリーです。本編と違いシリアステイストで重く暗い話になっています。そういった類いのストーリーが苦手な方はご遠慮ください。短編のため、コメ辺は控えさせていただきます。

 12月ともなると、日が暮れるのも早い。夜になると気温も幾分下がるが、もともとこのダスティン領は温暖な地域だ。冬でも大掛かりな暖房器具は必要なく、各使用人部屋に支給される火鉢ひとつで十分事足りる。

 ダスティン男爵とロイが取り調べを終え、部屋を後にすると、ルビィの周囲はにわかに静寂を取り戻した。使用人棟は屋敷のすぐ裏手にあるが、ルビィの部屋からは反対側になっていて見えない。だから、あちら側での家族の団欒や、まだ働いている使用人たちの気配も届かず、それがルビィにはいつも安堵できる事象のひとつだった。


 この半年でダスティン家は様変わりした。理由はダスティン男爵が愛人との子どもを引き取ったためだ。それまで中年夫婦2人きり、たまに夫人の甥と姪が訪ねてくるだけの屋敷は、喧騒とは程遠く、同じことを毎日繰り返しながら淡々と過ぎていく、そんな日常を保っていた。そこへ小さな子どもがやってきたものだから、その変わり様は並大抵のものではなかった。もちろん、少女がひとり増えたからといって、やることが大幅に増えたとか、騒ぎが増えたとか、そういったわけではない。引き取られた少女は市井で平民として暮らしていたわりにはしつけも行き届いており、一通りのことは自分でこなせ、大人にそれほど手間をとらせない子だった。そして、まるで生まれたときからここで暮らしてきたかのように屋敷に馴染み、そこにいるのが当たり前になった。

 変わったのは周囲だ。男爵も夫人も、何かひとつ行動するにしてもすべて娘を優先するようになった。「娘が楽しめるか」「娘がどう思うか」「娘のために」−−−。家の中心がすべて少女に置き換わってしまった。それは子どもが生まれたら当たり前のことなのだと思う。そのくらいの常識は、結婚することも子を成すこともしてこなかった自分にもわかる。

 火鉢の調節をしたルビィはひとつ息をつき、窓際の机に向かった。古い机はこの使用人部屋に備え付けのものだ。半年ほど前に納屋の修繕で業者が出入りしていたとき、個別に頼んでニスを塗り替えてもらった。椅子の布は先月、マリサの知り合いに頼んでこちらも張り替えてもらった。もちろんすべて自腹だ。ルビィは古い物を修繕して使うことが好きだった。壊れたからといってさっさと捨ててしまうのでは味気ない。古い物は、手をかけてやりさえすればとても深い味わいが出てくるものだ。この部屋にあるものはほとんどが長年、愛着をもって使ってきたものばかりだ。取り立てて娯楽もなく、仕送りしなければならない家族も既になく、出かけるのも一年に一度の故郷の墓参り程度になった今、ダスティン家で働いたお給金はほぼすべて貯蓄に回っている。そうしたルビィにとって、この部屋を整えることは、唯一の娯楽かもしれなかった。

 綺麗に張り替えた椅子に腰掛けると、机の上に伏せたままの写真立てが目に入った。先ほど皆が部屋にやってきたとき、例の少女に見られそうになり、急いで伏せたものだ。ルビィは手を伸ばしてそれを元に戻した。


 そこに写っているのは2人の女性。ひとりは若かりし頃の自分、もうひとりは−−−。


(セーラ、今年はあなたのお墓参りには行けないかもしれない)


 どこか冷たいと称される自分の表情とは似ても似つかない、ふんわりと穏やかに笑う栗色の髪の女性。この髪色は彼女が敬愛する女主人と同じ色だ。なんの変哲もない黒髪の自分とは、こんなところでも似ていない。そう、セーラは、妹は父似だった。穏やかで人好きがする気性も、そのくせこれと決めたら譲らない猪突猛進的なところも、切羽詰まると状況が見えなくなるところも、何もかもが似ていた。そんな彼女を、自分は深く愛していた。伯爵家出の母が、子爵家の傍流の傍流、端っこにようやくひっかかっている程度の父に愛想を尽かし、離縁して家を出て行った後、5歳下の妹に、時には世話を焼きながら、時には協力しあって、激動の子ども時代を乗り越えてきたのだ。

 そんな大切な妹が亡くなって、もう25年になる。未だにあの頃のことをよく夢に見る。そして後悔するのだ。

 

 あのとき、状況など気にせず妹を救い出していれば、私がもっと妹の話を聞いてやっていれば、私に父のいつもの投資癖を止める力があれば……もっと遡って、妹が平民と結婚することに反対していれば、さらには妹の王立学院の入学を止めていれば−−−。


 写真の中でふんわりと笑うセーラ。彼女といるときだけは、私もいつもより穏やかな気持ちでいられた。自分の若い頃の写真は、嫁ぐ直前のセーラと撮ったこの1枚きりだ。残りはすべて処分してしまった。思い出したくない、でも忘れたくない、そんな不安定な心とこの25年、付き合ってきた。それは、どこか妹に雰囲気の似ている女主人の嫁入りにつきあってこの家に移ってきてからも、解消されることはなかった。消えることはないけれど、毎日の静かでなんの変哲もない日々はまるで修行のようで、1日の仕事を終え、この部屋でお茶を飲みながらお気に入りの小説を開いて過ごすくらいの平穏は取り戻せていたのだ。

 だがそれを打ち破ったのは、あの女だった。見てくれはすこぶる美しいが気性が荒く、自分の欲にだけ忠実でプライドが高い、貴族出身の自分に対してコンプレックスを隠そうともせず、何かにつけて突っかかってくる。メイドとしてやとわれたにも関わらず、仕事をほとんどしない、女主人である夫人の言うことすらきかない。挙句、男爵とねんごろになり、子どもまで設けた。貴族社会で血を繋ぐことは何よりも優先される。正妻と呼ばれる者の立場は、決して安泰とはいえない。それを、端っことはいえ貴族社会に生まれ、王立学院にも身を置いたルビィはよくわかっていた。だが、彼女の愛すべき女主人が、「仕方のないこと」とそれを飲み込んだとしても、夜な夜なひとりで泣いている女主人の背中をこっそりみていたルビィには承服しかねた。

 その恨みは男爵ではなく、愛人となり妊娠して夫人や周囲を嘲笑った相手の女と、生まれてくるであろう子どもに向けられた。なぜならそれは−−−そのよくあるストーリーは−−−、ルビィにとっても他人事ではなかったから。


 火鉢の炭が、かたん、と音をたてて崩れ、ルビィははっと息を呑んだ。手にはまだ写真立てを握りしめている。


 12月の夜は長い。どうせ今夜は眠れない。ルビィは観念したように目を伏せ、思い出すのも辛い、でも忘れることのできない過去に思いを馳せることにした。記憶にある一番古い場所から掘り起こしていけば、答えが見つかるかもしれない。自分は、いったいどこで間違ってしまったのか、ということに。





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