第5部 愛しかない世界で
今日完結
「美月……そんな泣くなって、俺まで泣きたくなっちゃうだろ?」
「うぅ〜……だって光と会えなくなっちゃうんだよぉ? 光は寂しくないの?」
「寂しいよ、俺だって。でも、最後ぐらい笑った顔見たいだろ?」
「う、うん……そうなんだけどさぁ………」
ーー俺が東京へ向かったあの日。
「美月、俺お前に渡したい物があるんだ」
「えっ? 何?」
「これなんだけど………」
ーー俺はこの手紙を渡した。
光は走りながら手に持った手紙を見つめる。
「な、何これ⁉︎ ま、まさか………?」
「ん〜……世に言う『ラブレター』ってヤツかな………」
「こ、これを私に⁉︎」
驚いた彼女は手紙をマジマジと見つめる。彼女の涙はいつの間にか止まっていた。
ーーあの時俺が渡した手紙がこの手紙。美月が死ぬ前に、俺が書いたこの手紙を母親に渡してくれと頼んだ………。
「そ、それとこれ………」
「え? まだ何かあるのーーってこれはーーー」
「お、お前から貰った万年筆だ」
「そ、そうだけど」
「俺はその手紙をこの万年筆で書いた! だから美月もこの万年筆で返事を書いて欲しい‼︎」
少し戸惑った美月はその万年筆を受け取ると優しく笑った。
「じゃあ、私からもお願い」
「えーー?」
「手紙の返事を受け取りに………」
光は通っていた学校の隣まで来ると、裏山を見つめた。
『また会いに来てね‼︎』
ーーハッキリと彼女の声が聞こえる。
『待ってるから‼︎』
電車に乗り込み窓の外を見ると、彼女が目に涙を浮かべながら笑う。
『ーー約束だよ‼︎』
走り出した電車の音にかき消され、彼女が最後に何を言ったのかは分からない。でも、
ーー結局俺の思い出の中の彼女はいつも笑っている。
真っ暗な夜空の下。光は裏山を駆け上る。ずっと走り続けて疲れを感じていた。しかし、その疲れは嫌にならない。
町の中を走り抜ける中で蝉の声が聞こえたような気がした。
墓場に入ると気温が少し下がったような気がした。
いつからか風を感じていた気がした。
しかしーー色はまだ見えない。
墓場の階段を登り、彼女の前へと歩を進める。息が切れていて胸が苦しい。その苦しみの中で光は喜びを感じていた。
「よぉ……。約束を果たしに来たぜ」
果たすのに遅すぎた約束。守る事の出来なかった約束。
彼女の前に立ち、光は笑っていた。
「久しぶりーー」
光はゆっくりと自分が美月に宛てた手紙を開く。その手紙は8年前の物だというのにどこも曲がっていなかった。
「大事に持っててくれたんだな……」
光は手紙にゆっくりと目を通していく。8年前の自分の言葉は何処かこそばゆかった。しかし、その内容は美月という人を見つめ、思っていた事を素直に綴った正真正銘の『ラブレター』だった。
「あはは、昔の俺。こんなこと書いてるよ」
光は手紙を読みながら時折美月に話しかけた。返事は絶対に返って来ない。あるのはただの墓石のみ。しかし、光はそれで十分だった。彼女の側に居られるだけで心から嬉しいと感じた。
手紙の最後の文を読み終えると、光は目を瞑り上を向いた。どれだけの悲しみを味わっても、どれだけの苦しみを味わっても出なかった涙。それが今の光には嘘のように感じていた。
「ーーでも、まだ涙は流さなねぇよ」
光は呟いた。
「美月……お前の返事を貰ってないからな」
都合が良すぎるのかもしれない。自分がいつまでも帰って来ず、彼女がどんな思いをしていたのか光は知らない。こういう時、彼女は何て言うのだろう? 何でも分かっていたという光の考えは全くの思い違いだった。
ーー俺は何も知らねぇ。
「ーー光」
優しく呼びかけられる。光は声の方を向いた。
「ーー樹」
「俺は光ーーお前がこの町に帰って来たら絶対一発殴ろうと思ってた」
樹は階段の上で光に優しく話しを始めた。
「でもやめたよ」
「………」
「ベッドの上で日に日に弱っていくアイツを見て、俺はお前の事を憎んでいったよ。美月の今の状態を何も知らないで呑気に東京で遊んでるお前を考えてな」
樹の声は震えていた。
「でも、今日お前がこの町に戻って来て分かった。一番何にも知らなかったのは俺の方だってな………。ずっと光が東京に行って、俺達の事忘れちまうくらい楽しい生活を送ってるんだと思ってた」
樹の拳が強く握られる。
「お前もあっちで美月と同じぐらい苦しんでたんだな」
樹は真っ直ぐに光を見つめる。
「美月の返事は俺が預かってた。お前がここにいつか現れると信じて」
光は樹から1通の手紙を受け取った。
その手紙からは美月の思いだけでは無く、樹からの熱い思いが伝わってきた。光は丁寧にその手紙を開くと文字に目を通し始めた。




