第2部 夢もない世界で
光の前にボンヤリと外の景色が映し出される。
「ここは……公園………?」
その公園はまだ光が小さかった頃、よく遊んでいた公園だった。ブランコと砂場、滑り台が1つとそんなに大きくない、小さな公園だった。
すると、公園の真ん中で突っ立っていた光の前を、小さな子供2人が走り抜けて行った。
光はその光景を見て、過去の自分の姿と重なった。今は感情を表に出さず、ただ生きて行くのに精一杯の光だが、自分にもあの子供のように、元気に公園を走り回っていた頃があるのだ。
一体自分はどこで道を間違えたのだろうか? そんな疑念が光の中に浮かび上がる。
『本当の自分はこんな人間では無い』そう思っていても、今の自分を変える事が出来ないのだ。昔に戻りたいと思っても、そんな事は現実では出来ない。ただたまに淡い夢を見てその夢に浮かれ目が覚めた後、現実に絶望するのだ。
ーーきっとこれも悪い夢だ。
光は空を見上げる。瞳に映るものは灰色に染まった空間。ただその空間が何処までも続いていくのだ。
再び光の前を子供が走り抜ける。
ーーん?
光はその時何かを感じた。光の空っぽの感情の中に、新たな感情が芽生える。いや、芽生えたのでは無い。光の奥底に眠っていた、過去は感じられていた感情。その何かが光の中から溢れ出そうとしていた。
光は走り抜けて行った子供たちを目で追う。走っていた子供2人は砂場に着くと、そこに居たもう1人の麦わら帽子を被った子供と遊び始める。
何処かで見た光景ーーそれは昔の光自身だった。
もう絶対に手に入らない自分の『場』。二度と取り戻せないあの場所。
ーー俺はそんな場所を……自分で捨てたのか………?
光はその場で膝をついた。息が苦しい……。口元を手で押さえて、揺れる視界に必死で過去の自分を捉える。
その時光は気が付いたーー麦わら帽子を被った彼女がこちらを見ているのに。
ーーそんな、どうして……。
この灰色の世界では光の存在が見える者は居ない。でも、彼女はこちらを見ているのだ。
笑う訳でもない、怒っている訳でもない。どこか寂しそうな彼女は光の瞳をただジッと見つめていた。
『……約束だよーーー』
だんだんと暗くなる視界の中で彼女の声が聞こえた。
____________
光の意識がだんだんと戻ってくる。見慣れた天井、光の実家だ。
薄いバスタオルをかけられていた光は体を起こす。額には嫌な汗を掻いていた。
「あつい……」
光は熱を感じ、近くにあった扇風機の前へと移動する。
「あぁ、涼しい……」
そう声を漏らした後、光は気が付いた。自分が熱を感じ、風を感じている事に。その時、縁側に吊るしてあった風鈴が鳴った。光は音につられ、そちらへと目を向ける。
ーー音が鮮明に聞こえる………!
今まで何かボヤがかかっていた音すらも今の光には鮮明に聞こえた。そして何よりもーー
「空が……青い…………」
色が見えた。光には実に5年振りの色となる。青い空にいくつかの白色の雲が浮かび、その下には天にまで届きそうなくらいの木の緑。そして、縁側の隅っこに咲く黄色の花。
「目が覚めたのかい? だったら樹君の所へ行き、あんたをここまで運んでくれたんだからね」
光が外の景色に感動していると、後ろから光の母の声がした。のれんに隠れて顔は見えないが、何処か温かみのある声だった。
外に出た光は色づいた世界の中を歩く。
ーー雪野美月
雪の様に白い肌、そして彼女の年には似合わない何処からか漂う色気。光が彼女の事を思い出しても、彼女が笑っている所しか浮かばない。
ーー彼女が死んで5年………
光がこの町を出たのが8年前の事。この8年間、光は音信不通だった。自分の故郷へ帰ろうともしなかったし、頼ろうともしなかった。最初は心配をかけたくないという思いからだった。
しかし、時が経つにつれその想いは薄れていった。時期に光は自分の故郷を忘れ、東京という町に染められて行った。光がそんな事をしている間に彼女は死んでしまったのだ。
すると、外を適当に歩いていた光の足が止まった。
ーーここは、さっきの公園
そう、光の前には先程夢に出てきた公園があった。夢の中と何も変わってはいない。ただ色がついただけ。それ以外は、幼少期の光が遊んでいた頃と何一つ変わってはいなかった。
光は公園内にあるベンチに腰掛ける。
公園の砂場付近に生えた大きな木からは蝉の声が聞こえ。時折空から飛行機の通過する音が聞こえる。公園で遊んでいた子供達はいつの間にか消え、公園には光るだけが残されていた。
「おい、光!」
聞き慣れた声が後ろから聞こえた。光は懐かしさを感じながらゆっくりと振り返る。
「樹か?」
「ふっ、そうだよ。今まで何も連絡よこさなかったってのに、突然駅の近くで倒れてるんだもんな。……なんかあったのか?」
坂本樹。幼少時代を光ると共に過ごし、今は家の農家を継いでいる。人情難い男で、光の今朝の夢の中のもう1人の子供だ。
「先週、仕事を辞めた」
「おお。思い切ったな」
樹は光の隣に座ると笑った。それを見た光は胸がギュッと縮まるのを感じた。樹の笑顔は光には眩しすぎた。あの頃のまま何1つ変わっていない。
ーー昔の自分はあんな風に笑えていたのだろうか? 樹と美月と一緒になって………。過去の自分はどんな顔をしていたんだろう?
この時、光の中にある欲求が生まれた。
ーー美月に会いたい。
「ーー美月に会いに行く」
光は樹に告げた。樹はそれを聞き少し驚いた顔をすると、優しく言った。
「そうか……。多分アイツも会いたがってるよ」




