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100文字小説 51-60

作者: 緋片 イルカ

五十一

「まあ、世の中そんなもんだよ」

 先輩はひっくり返したお好み焼きを、ぱんぱんとヘラで叩いた。もう十回はひっくり返している。すっかり焼け目がついているが、どこまで焼けば完成と呼べるのかわからなくなってしまったように、先輩は何度もひっくり返した。

 先輩の満足がいくまで焼きあげるのを僕は待つことにした。


五十二

 電話ボックスの中は音が遮られて意外に静かだった。

 わたしは一分以内で伝えるべき内容を整理した。

 バッグを盗まれたこと。ポケットにあった小銭で電話していること。東京駅にいること。とにかく迎えに来て欲しい。

 受話器をとって、十円玉を三枚入れて、愕然とする。

 実家の番号がわからない……。


五十三

 ビルの隙間にひっそりと残っている神社です。仕事帰りには必ず、ここで手を合わせます。それがわたしの習慣なのです。お社に何が祀られているのかは知りません。何だっていいのです。ただ手を合わせるという、その行いだけがわたしにとっては重要なのです。「今日も一日おつかれさまでした」と、心で唱えて家に帰るのです。


五十四

 ベンチに並んで座る老人が三人。年の頃は八十。

「なんだ、お前も弱くなったな」

「先に座ったのはお前だからな?」

 右端と左端が言い合っている。そこで真ん中が一言。

「なあ、いいかげん仲良くしたらどうなんだ。二人の張り合いはガキの頃から、かれこれ七十年。もう見飽きたよ」


五十五

「お前みたいのが父親になって虐待したりするんだろうな」

 俺は担任を殴って校長室に呼び出されていた。事情も知らないのだろう。校長は俺が悪いと決めつけてやがる。

「女子にセクハラしてる教師が許せなかったから殴りました」

 校長は俺をちらりと見てから、冷たく退学を宣告した。

 なるほど、事情は承知の上で俺を切るわけか。


五十六

 飯に行こうと銀座に呼び出された。なぜか母と妹は家において俺だけを誘ったらしい。

「母さんには内緒だからな?」

と、鮨屋につれていかれた。ウニが濃厚で死ぬほど旨かった。

 親父は食欲がないといってあまり食べていなかった。

 店を出てから、病魔に犯されていると聞かされた。


五十七

 スケート靴を平行にして立つのがやっと。これだって何回も転んだ末にようやく出来るようになったのだ。

「いいよ。そのまま、動かないで」

 彼は私の腰に手を添えると、後ろから押した。

 わたしの体は少し進んでからまた転んだ。彼が笑う。

 初めてだからって弄ばれるのは、くやしい。


五十八

 タクシーに乗り込んで、私は目的地を告げた。

「コチラデ、マチガイ、アリマセンカ?」

 後部座席の液晶モニターに、目的地の正面写真と地図が表示された。私はOKをタップした。

「ソレデハ、アンゼンウンテンデ、マイリマス」

 アンドロイド型の運転手がハンドルを握った。


五十九

 親指の爪ぎわにささくれができていた。人差し指でぐらぐらさせて、ぽろっと、とれてくれやしないかと願う。

 そのうち、そのうちと先延ばしにしている……あのこと。

 わたしは反対の指で挟んで引きちぎる。

 めくれた皮膚の裂け目からにじむ血の色を見て、これでいいはずと痛みを味わう。


六十

 黒板に数式を書いている先生に曲線的なまなざしを送る。

(問題。直線ℓと交わる点Pの座標を求めよ)

 振り向いた先生は、わたしと目を交差させてから、ぷいっと別の女子生徒を指した。

 それから四回わたしの方を見た。三回じゃなくて四回。

(答えはまだわからない。だけど脈はある)



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