作戦その5 夜に二人きり☆雰囲気で距離を縮めよう!2
ティーナは村の爪弾きものだった。親のいないティーナは孤児院に住んでいたが、そこはろくなところではなかった。
孤児院の目的は国からの援助金目当てに能力の優れた者を育て、国の機関に送り込む。就職が成功すれば謝礼が出るからだ。
反面、能力の優れない者への待遇へは酷いものとなった。頭も悪く、魔法も五大属性でなかったティーナは冷遇の対象だった。
その上、ティーナはそれを黙っていられる質ではない。反攻するティーナに手を焼いた大人たちは、度々蔵へ閉じ込めるなど扱いの酷さを増した。
その結果、ティーナは自分の身を守るために防御魔法を上達させていくのだが、どんな強力な魔法を打ち込んでも防いでくるので余計に大人たちの反感を買う結果となる。
森に魔獣が出たと聞いた時、村の者達はどうにか自分だけでも生き残りたいと誰もが考えた。だが、逃げたくても村の外にも魔獣が生息しているので安易に出ることもできない。そこでティーナの出番だった。
孤児院の大人はティーナを森へ放り込むことに決めた。魔獣も餌があれば黙る。対魔獣騎士団が到着するまでの時間稼ぎとしてティーナを使うことにしたのだ。
ティーナは逆らわなかった。村が世界のすべてだったティーナは、既に自分の人生に絶望していた。死ぬ時が来たというなら、それはそれでいいかもしれない、と。
「でも、死ねなかったんですよね」
夕食を食べ終えたティーナはお椀を地面に置きながら苦笑いをする。
「いざ魔獣が目の前に現れたら、反射的に抵抗してしまったんですよ」
自分を守る術しか知らなかったティーナだったが、それでは魔力が切れてしまう。時間稼ぎに、と持たされた剣を、見よう見まねで振り回し魔獣を倒していった。
そうしてすべて倒し終わった後に、フェンネルたちが到着したというわけだ。
「もう少し早く助けに行ければよかったんだが」
7年も前のことを申し訳なさそうに言うフェンネルに対してティーナはクスリと笑う。
「いえ、フェンネル隊長はちゃんと私を助けてくれましたよ」
大方の魔獣はティーナが倒してしまっていたので、騎士団の仕事は楽なものだった。そうして一日の滞在の後、村を後にしようとした騎士団の元へティーナがやってきた。
濁った瞳でじっと見つめるだけのティーナに声をかけたのはまたしてもフェンネルだった。
「戦う覚悟はあるか?」
まだ16の少女に何を言うのだろうかと騎士たちも注目する中、ティーナはただフェンネルを見つめ続けている。
「お前が望むなら、騎士団に入れてやってもいい」
訓練も積んでいない女を騎士団に入団させるなんて、何を言い出すのかと騎士たちが慌てて止めようとした。それを収えたのはティーナの涙。ティーナは強い瞳でフェンネルを見つめながら、一滴の涙を落とした。感情の見えないティーナの涙が騎士たちの目に美しく映ったのだ。
「訓練は厳しい。実戦で死ぬ可能性もある。すべてを捨てる覚悟でついてくるか?」
「元々私には何もない」
透き通った声でそう答えた少女はフェンネルに、
「私を連れて行って」
と、頼んだ。
「お前、名前は?」
「ティーナ」
「ティーナか。俺はフェンネルだ」
あの日のことをティーナは忘れることがない。自分を救ってくれたフェンネルの温かい手の記憶は、今でもティーナの胸の中心にある。だからこそ、ティーナは表情を取り戻すことができたのだ。
「私も初めは生意気でしたよね。なかなかフェンネル隊長に敬語も使わず、他の隊員と仲良くすることもせず」
「それを言っても今の隊員たちは誰も信じないけどな」
「そうですね」
ティーナは柔らかく微笑む。
対魔獣騎士団の訓練生として入団したティーナは厳しい訓練を受けた。態度は悪かったが、戦闘センスは光るものがあり、男たちに混じってもひけを取らない程のものだった。
だから、半年後にフェンネルが第二小隊の隊長となり、ティーナを訓練生から引き抜いて隊員として入れた時も、影で不満は上がっても誰も文句は言えなかった。第二小隊に入った後のティーナはフェンネルと抜群のコンビネーションを発揮し、みるみるうちに戦果を上げる。そうしているうちにティーナの態度は軟化し、隊にも溶け込んでいったのだった。
「7年なんてあっという間ですね」
それぞれこの7年間を思い出し、無言になっていた後にティーナがぽつりとそう言った。焚き木がぱちっと音を立てて弾けた。
「騎士になったこと、後悔してないか?」
「後悔なんて」
ティーナは笑顔で即座に否定する。
「遅かれ早かれ私はあの村で死ぬ運命でした。それを、自分の力で生き残るチャンスをくれたのはフェンネル隊長ですから」
「でも、俺じゃなくて貴族にでも拾われていたら、また違った人生が待っていただろうに」
「貴族があんな小汚い娘なんか拾うわけがありませんよ」
フェンネルが騎士団に誘ったことでティーナの人生は変わった。まだ少女だったティーナを戦いの世界に入れた。フェンネルがティーナの無邪気なところや女性らしい一面を見る度、その選択が本当に正しかったのかと不安に思っているのだ。
「ティーナなら今からでも人生をやり直せる」
「またその話ですか?」
フェンネルが何を言いたいのか察したティーナは苦い顔をする。
「やめてください。私にはここがすべてなんです」
「ティーナは戦わない人生を知らないだけだ」
「戦わない人生なんて嫌です」
「ティーナ……」
「怒りますよ」
ティーナはドスの利いた声を出す。隊員が聞いたなら震え上がりそうな凄みにフェンネルは苦笑いを浮かべた。
「わかったよ。でも、俺の考えは変わらないからな」
「私の考えだって変わりません」
この話題になるといつも平行線だ。そして、どちらかが去るのもいつものことだ。
「それじゃあ俺は寝かせてもらおうかな」
フェンネルはおいしょっと掛け声をかけながら立ち上がった。
「何かあれば俺を起こせよ。いいな?」
「わかりました。おやすみなさい」
背中を丸めたままテントへ戻っていくフェンネルをティーナは見つめる。そして、小さく呟くのだった。
「フェンネル隊長は何もわかってない。私は隊長のことが……」




