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作戦その5 夜に二人きり☆雰囲気で距離を縮めよう!1

 アレスの森まであと1日と迫った夜。


「おはようございます……」


 まだ暗い内に寝ぼけ眼のティーナが起きてきた。


「ティーナ、お前は相変わらず朝が弱いな」


 焚き火の前で座っていたフェンネルが苦笑いをしながら立ち上がった。


 野営はいつ魔獣や物取りに狙われるかわからないので、夜は常に誰かが起きて見張りをする。普通は寝落ち防止と戦力的な問題から隊員二人一組で見張りをするが、第二小隊では隊長と副隊長もそれに加わる。二人の戦力は一人で二人以上のものがあるので、一人で夜の番をするのが通例だ。


 隊員たちの工作により、フェンネルとティーナが交代するように順番が組まれた。ティーナは寝起きが悪いので、頭がしっかりと覚醒するまでフェンネルは交代しないことがわかっているからだ。夜に二人きりで過ごせば何かが起こるのではないかと期待しながら隊員たちは眠りについている。


「ほら」

「ありがとうございます」


 眠い目をこすりながら、ティーナはフェンネルが淹れてくれた濃いめのコーヒーを受け取った。


「フェンネル隊長はおやすみになって大丈夫ですよ。あとは私が見ておきますから」

「その状態で放って寝れるかよ」


 まだ目の開ききらないティーナを呆れた表情で見ながら、フェンネルはティーナの向かいに座った。


「フェンネル隊長の睡眠時間が……」

「俺はティーナと違って2時間くらい寝れれば大丈夫だ」

「羨ましい……」

「食いそびれた夕飯も食べるだろ? 用意してやるよ」

「すみません」


 フェンネルが手際よく鍋を温め直すのをティーナはぼんやりと見つめる。


「むしろ俺はどこでも熟睡できるティーナが羨ましいよ」

「確かに睡眠に関して苦労したことはありませんね。でも、一旦目が覚めればなかなか眠らないので、安心して交代してくださいね」

「それはわかってるけどよ」


 温まった鍋の中身をお椀に入れてティーナに手渡した。


「ありがとうございます。美味しそう」

「今日の当番はミリオだったんだが、夜の間暇だったから作ったやつにアレンジ加えといてやったぜ」


 得意げにそう話すフェンネルは普段よりもリラックスした格好だ。本当は襲われることを想定した見張りなので、ちゃんと戦闘用の騎士服を着るべきなのだが、自分に自信のあるフェンネルはインナー1枚という薄着だ。そのせいで、普段は服の中に隠れているしっかりとした筋肉やいつも身に着けている青い石のペンダントも見ることができる。


 それもいつものことなので、ティーナは特に咎めることもなく幸せそうな顔で匂いを嗅いでから木のスプーンで掬って口に入れた。


「おいひーです」

「口に物を入れたまま喋るな」


 フェンネルはそう注意しながらも、嬉しそうな顔でティーナを見ている。


「そもそも、俺は女が一人で夜の番をするのはどうかと思ってるんだ」

「? 私は負けたりしませんよ?」

「戦力の心配をしてるわけじゃねえよ」


 話を戻したフェンネルはやれやれとため息をつく。


「隊員からの信頼も厚いのはいいことだが、あまりに平等に扱われすぎてる。ティーナもそんな感じだしな」

「私は別に気にしませんけど……。テントは別にしてもらってますし」

「それは当たり前だろ」


 ティーナはフェンネルが懸念することがわからずに首を傾げる。


「隊員のことを疑ってるわけじゃねえが、男ばかりのところに女一人なんだぞ? 襲われでもしたらどうする」

「倒します」

「即答だな……」


 フェンネルは苦いながらも再び笑顔を浮かべる。


「まぁいいけどよ。おかわりいるか?」

「はい!」


 ティーナは早くも空になったお椀を差し出した。


「そういえばフェンネル隊長、私が夜の番をしている時、いつもこっそり見に来てくれますよね? もしかして心配してくださってるんですか?」

「俺は眠りが浅いから、目が覚めたら覗きにくるだけだ」


 隊員たちは自分たちの作戦で夜に二人きりにできたと思っているが、実はみんな知らないだけでいつもフェンネルはティーナの様子を見に来ていたのだ。だから、夜に二人きりというのは特別なことではない。


 フェンネルはお椀いっぱいに鍋の中身を入れてティーナに再び渡す。ティーナは幸せそうな笑顔を浮かべながらおかわり分を口に運んだ。


「今年も始まりましたね」

「そうだな」


 この遠征は騎士団のシーズンの始まりと言っていい。王都に戻ればまた忙しい毎日の始まりだ。


「そういえばフェンネル隊長、今年もろくに休みを取りませんでしたね」


 騎士たちは魔獣の活動が大人しくなる冬に代わる代わる長期の休みを取る。故郷が遠い騎士たちは年に一度、そこで帰省することになる。


 しかし、ティーナの知る限りフェンネルは毎年ろくに休みも取らず、ずっと王都に残っている。


「休みなら取ったろう」

「休みと言いながら訓練場に来て訓練しているのは休みとは言いませんよ」


 いつも働いてばかりのフェンネルをティーナは心配している。だが、ティーナが何を言ってもフェンネルは休みを取ろうとはしない。


「フェンネル隊長の故郷は北の方ですよね? 帰らなくていいんですか?」

「いいんだよ」


 フェンネルは表情を曇らせて身に着けているペンダントに触れた。ティーナの胸がドクリと嫌な音を立てた。その自分の感情から目を逸らすように、ティーナはお椀に目線を落とした。


「そう言うティーナだって俺と同じようなもんだろう」

「私は故郷がありませんから、休みを取っても仕方がありません」

「故郷、な……」


 ティーナの故郷。二人は今、同じことを思い出していた。


「ティーナも逞しく育ったもんだよな」

「私がフェンネル隊長と初めて会った時から逞しかったと思いますが?」

「そんなことはねえよ」


 フェンネルは出会った時の様子を思い出しながら目を細めた。


「ティーナは怯えてたろ」

「あの状態を見てそう言ってくださるのはフェンネル隊長だけです」


 ティーナもスプーンを持つ手を止めて嬉しそうに微笑んだ。


 7年前、フェンネルが対魔獣騎士団でまだ一般隊員だった頃にティーナと出会った。ハイルシュタット王国の東の外れにある小さな村の近くで魔獣の目撃情報が出た。それも、大量に。


 このままでは村が危ない、と、フェンネルたち騎士が急行したところ、森から生臭い血の匂い。間に合わなかったか、と肝が冷えた騎士たちは目にした光景に戦慄することになる。


 一人の幼い少女が返り血をどっさり浴びて魔獣の死体の真ん中に立ち尽くしていたのだから。


「あの時のみなさんの顔ったら。敵が増えたかと思いましたよ」


 あの頃には考えられなかった穏やかな表情でティーナは微笑んだ。


 その少女はティーナだった。騎士たちは表情のないティーナに恐れを感じて近づくことができず固まっていた。そこで一番にティーナに近づいたのはフェンネルだ。


「お前がやったのか?」


 魔獣の死体を踏み越えてティーナの側まで行ったフェンネルが尋ねると、ティーナは冷めた目でこくりと頷いた。


「一人で?」


 もう一度こくりと頷いたティーナを見て、フェンネルは顔をしかめる。


「どうしてそんなことをした。一人でなんて危ないだろう」


 ティーナはやせ細った子供だった。袖から覗く腕は細く、頬もこけている。魔獣の血と同じ色の赤い髪の毛が特徴のティーナは、色の悪い唇を開いた。


「放りこまれたから」


 その一言でフェンネルを含む騎士団の面々は状況を悟る。この村の人間はこの森に魔獣が潜んでいることを知っていた。


 その上で幼い少女をこの森に放り込んだのだ。




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