作戦その3 二人きりで町へ出かけよう!
「フェンネル隊長」
第二小隊、詰所にて。一人の隊員がフェンネルに話しかける。
「今日のティーナ副隊長のお祝いの件ですが」
「ああ、どうした?」
今日はティーナの年に一度の記念日だ。第二小隊では毎年仕事後に全員で祝うのが暗黙の決まりごとになっている。
「ティーナ副隊長は甘いものが好きなので、ケーキを買おうと思っています。最近できた評判の菓子屋があり、そこのケーキにしようかと」
「ああ、そうだな」
祝い事などめんどくさい! と言いそうなものだが、そもそもこの日を祝おうと言い出すのはフェンネルだ。自分の誕生日などは決して祝わせようとしないのに、ティーナのためにはひと肌脱ぐ。フェンネルがどれだけティーナのことを想っているか、隊員が再認識する日でもある。
「自分たちではどのケーキがいいのかわからないので、これからティーナ副隊長ご自身に買ってきていただこうと思うのです。ご自分が気に入ったものを食べられたほうが、喜ぶんじゃないかと」
「それがいいな」
「それにフェンネル隊長も一緒に行ってきてほしいのです」
「はぁ?」
フェンネルはこの日初めて眉をひそめる。
「そんなもん、一人で行かせりゃいいだろ」
「ダメですよ!」
隊員は強く否定した。フェンネルは怒ると怖いので逆らうのに勇気がいるのだが、これも二人をくっつけるための作戦なので、引き下がるわけにはいかない。
「ティーナ副隊長にお一人で行かせたら、値段を気にして数を制限するか、もしくはこっそり自分のお金を使うに決まっています!」
お祝いなので隊員たちで出し合ったお金で買うつもりだ。それを毎年申し訳なさそうにするティーナをフェンネルが忘れるはずがなかった。
「まぁ……確かにティーナの性格ならそうなるかもな。それならお前が一緒についていけばいい」
「自分たちはこれから見回りに出るので無理です」
「その見回りなら俺が……」
「フェンネル隊長は今日の午後に隊長会議があるとおっしゃっていませんでしたか?」
「ああ……そうだったか」
完全に忘れていたらしいフェンネルは頭を掻く。
「今ならそんなに危険もありませんし、見回りは僕たちだけで大丈夫です。フェンネル隊長はティーナ副隊長のケーキをお願いします!」
「ったく、しょうがねえな」
町に出ることを好まないフェンネルだが、自分でもそうするしかないとわかったのか、隊員の申し出を受けてくれた。
「おい、ティーナ」
隊員たちが見回りに出た後、フェンネルはティーナを呼ぶ。
「これから町へ出るぞ」
「? 町で何かありましたか?」
「ケーキを買いに行く」
「!」
ティーナの目が輝いた。戦闘狂と呼ばれようとも、こういうところはちゃんと女性なティーナである。
「今日が何の日か忘れたか?」
「忘れるわけがありませんよ」
ティーナは隊員たちにも見せることがない、穏やかな微笑みを浮かべながら目を伏せる。
「今日は私の入団記念日です」
二人は並んで騎士団本部を出る。王城の敷地内にある騎士団本部から、任務ではなく二人で出るのは久しぶりのことだった。
町へ出るとファンの女性がティーナの姿を目ざとく見つける。しかし、フェンネルが隣にいるとわかると直接声はかけてこずに遠巻きに眺めていた。
男の中でも背が高い上にがっちりとした体躯を持つフェンネルは町の女性が気軽に近寄ろうと思える風貌ではない。それに、ティーナに声をかけると睨みをきかせてくるものだから、大抵のファンたちはフェンネルが一緒にいる時には遠くで見守っている。
「あれからもう7年か」
町を歩きながらフェンネルが感慨深げに呟く。
「毎年お祝いしてくださってありがとうございます」
「ティーナ。お前いくつになったんだっけか?」
「今年で23です」
「そうか……あの小娘がな」
「ふふふ」
ティーナはリラックスした表情で嬉しそうに微笑んでいる。二人はちょうど10歳が離れているのでフェンネルは今年で33歳ということになる。
「誕生日は祝わなくていいのか?」
ティーナの入団記念日は隊員たちも知っているが、誕生日の日にちはフェンネル以外誰も知らない。聞かれてもいつも笑って誤魔化されるだけだった。
「隊員たちも疑問に思ってるみたいだぞ。何でティーナは誕生日を教えてくれないのかって」
「私にとっては誕生日より入団記念日の方が大事だって伝えているんですが」
「普通は誕生日の方を大事にするだろう。俺だって自分の入団記念日なんて毎年忘れちまう」
「私はもう自分の誕生日を忘れましたよ」
穏やかに微笑むティーナの入団記念日を重んじる理由を知っているのは、この隊でフェンネルだけだ。
「私にとっての誕生日は今日なんです」
「それでいいのかねぇ」
そう言うフェンネルもどこか嬉しそうに微笑んでいる。
「7年前の今日は忘れることができません。あの時はこうやってたくさんの人に祝ってもらえるなんて思っていませんでした」
「あの時は俺だけだったな」
「はい。フェンネル隊長がケーキを買ってきてくださって二人で食べましたよね」
「ティーナは初めてケーキを食べると言っていたな」
「そうなんです」
ティーナの甘いもの好きはフェンネルが買ってきてくれたあのケーキから始まっている。初めて食べる幸福な味。あの時フェンネルが買ってきてくれたから、ティーナはここまで甘いものが好きになったのだ。
「いらっしゃいませ」
菓子屋に着くと若い男の店員が出迎えてくれる。ティーナは店員そっちのけで瞳を輝かせながらケーキのウィンドウを見つめる。
「あー、このケーキも美味しそう! でも、こっちも捨てがたい……」
「全部買ってやるからさっさと行くぞ」
「全部だなんて悪いです!」
「俺を長い間付き合わせる方がよっぽど悪い。今日は俺が買ってやるから。すみません、これと、これと、これを……」
フェンネルはティーナが視線を送っていたケーキに加え、ティーナの好みそうなものをいくつか選んで会計を済ませる。フェンネルはティーナの好みを熟知しているので、実はティーナなしで買いに来ても十分に選べたのだが、一人で菓子屋に行く柄ではないのであえて連れてきたのだった。
口には出さないがフェンネルは毎年この日だけはティーナを盛大に祝ってやりたいと、誰よりも思っているのだ。
「ありがとうございます」
店を出た後のティーナは申し訳なさそうな顔をしながらもやっぱり嬉しそうだ。
「こんなにたくさん甘いものを食べられるなんて……! 明日からまた筋トレを5セットずつ追加しないとですね」
「ティーナはもう少し太った方がいい」
フェンネルは真顔で、
「その方が身体も強くなる」
と、付け加える。
「そうでしょうか。それなら3セットにしておきます」
ティーナは真面目にそう返す。
「女の発言じゃねえな」
フェンネルはそう言って面白そうに笑った。とてもいい雰囲気の二人だったが、続くフェンネルの発言で空気が変わる。
「ティーナももう結婚していい年だ。俺みたいに行き遅れる前に、筋肉よりも女子力とやらを上げた方がいい」
「それは……私には必要ありません」
ずっと笑顔だったティーナの表情が曇る。
「そろそろティーナは騎士としてじゃなくて、女性としての幸せを掴むべきだ」
「結婚して騎士をやめろって、そういうことですか!?」
「……そうだ」
フェンネルが肯定したことで、ティーナの手が怒りで震える。その手をぎゅっと強く拳にしてティーナはこう言い切った。
「私は今が一番幸せなんです!」
「ダメだ。あと数年もしたら貰い手がいなくなる。そろそろ本気で考えるべきだ」
「いりません!」
ティーナの結婚について二人の見解はいつも平行線だ。ティーナはここでずっと騎士として生きていきたい。フェンネルの側で、彼に密かに想いを寄せながら。
しかし、フェンネルはティーナに女性としての幸せを掴んでほしい。その相手は年の離れた自分ではない、と思っている。
「ティーナはどうしてそう……」
「フェンネル隊長もおわかりでしょう!? 私は家族を作りたいとは思えません」
町の目抜き通りを歩いているというのに、二人の会話はもはや言い合いだ。通りがかった住民も険悪な雰囲気に「ヒッ!」と、身を縮めている。
「作ったら作ったでいいもんだぞ、家族ってのは」
「そんなのは……私にはわかりませんから」
「だからこそ作るべきだ」
頑ななフェンネルにティーナは悲しげに眉尻を下げる。
「私にとっては第二小隊がそれなのに……」
「んなもんは全然違う」
「……はぁ」
「……」
どう話してもお互いに譲らないことがわかった二人はその後無言で詰所へと戻った。ティーナの入団記念日パーティは開催されたが、険悪なムードを引きずる二人に隊員たちは気を使って疲れてしまったのだった。