座敷牢の宵姫
※SM要素があります。苦手な方はご注意ください。
私があの男に落籍されたのは明治四年、抜けるような秋晴れの、風のひゅうひゅうと吹きすさぶ日でした。
地べたにそろりと足をつけた私を、世界は新しい色で迎えてくれました。小袖は羽のように軽く、ぐんと背を伸ばして仰いだ晴天の碧を今でも覚えております。
平々凡々な遊女だった私ではおおよそ考えられない身請け料に、店の主人は喜んで下さいました。千と二百両。これは俗にいう太夫が落籍されるときと同じか、やや上にあたります。
身請け話自体は嬉しかったのですが、分不相応な額は気持ち悪く、不愉快ですらありました。本来ならば威張るべきことなのでしょうが、残念ながら私には人並みの矜持というものが備わっておりません。十八年の人生、人に全く好かれないということはなかったにしろ、どうしてか己を尊ぶことができないのです。
その生まれついての気性を、あの男はよく見抜いていたのだと思います。
【1】
うますぎる身請け話には裏があるものです。御屋敷に向かう長い長い道中の間に男は云いました。
お相手するのは座敷牢に籠もられる方です。
元々人が座敷牢に入れられるのにはいくつか理由があります。長くなりますのでそれについては端折りますが、いずれにしても外界に出せない人物に廓の相手が必要でしょうか。淡々とした物言いをするその男に、社会的弱者への憐憫の心があるようにも思えません。にわかには信じられませんでしたが、そう考えるとあの眩暈すら覚えた金の山にも納得がいきました。身請け前に二、三度呼ばれた座敷で床を共にしなかった理由も解るというものです。
「のっぴきならぬ事情でもありんすね」と私が重々しく頷くと、男は郭言葉は金輪際使わぬようにとぴんと人指し指を立てました。遊郭から来たこともけして言わぬようにとも云います。買われた私は当然、恭しく頷くことしかできません。
吉原しか知らない私の感覚では御屋敷はあまりにも遠く、今いるところが江戸から幾里離れた場所かも分かりません。他に行くところがあるわけでもないので来た道も覚えておらず、その代わり、山道にそそり立つ椛の姿が脳裏に焼き付いております。そのときの私は残りの人生は半分、座敷牢に入るようなものだと考えていたので、頭上にかかる錦の紅がまるで業火の降るようにも見えていました。
愚かなものです。私の今置かれている境遇はけして地獄ではありませんし、その檻にはたとえ一晩、地に伏して乞うたとしても、入牢のお許しはもらえないのですから。
【2】
着いた先は武家風の質実に重きを置いた御屋敷でした。高い木塀に囲まれた敷地内はひっそりとしております。佇まいは立派なのに活気というものがなく、それは私を落籍した男にも通ずるところです。
無意識に身をすくませながら茅葺きの門を潜り、下働き用と思われる離れの一室をあてがわれると、真っ先に湯浴みを命じられました。旅の埃どころか数日の垢も流れ落ち、私の肌は白くつるつるになってようやく、初めて仕事に従事することができたのです。
正直に申し上げますと、初対面の私は不敬でありました。眉根を寄せ眦をつり上げて、四畳半の昏い部屋に造られた座敷牢を、嵌め殺しの格子の向こうを睨み付けました。けして見るに堪えないような状態だったのではありません。むしろ逆です。ひどく美しかった。
籠に入れられた小鳥という構図に、吉原に戻ってきたかと思った、とでも言えればいいのでしょうが、あれでは比するにも値しません。山で育った鳥には人が育てたのとは違う、生き物本来の伸びやかさがあるといいますがまさにそのようなものです。
着飾るでも化粧するでもなくただ普通の小袖を着ただけの御姿ですが、それでもいかなる花魁でも、じきに名を咲かせるであろう若く賢しい禿でさえも敵いません。あの場所ではつくりえぬ無垢の美しさがここにはありました。
三畳にも満たない籠から、季節というものを知らないのでしょう、春を歌うようなさえずりが聞こえます。
「あなたが青桐が連れてきた、私のお友達ね」
そう鳴くと、白蝋梅がほころびました。
私のお相手は、齢十三の娘子でした。
【3】
娘子と戯れる時間は定まっておりません。明朝ということはないですが、夜更けに起こされることもしばしばあります。私に声をかけるのは決まって青桐です。最初は青桐の意向で決められているのかとも思いましたが、私の部屋を訪れる彼の様子からそれは違うと気づきました。青桐は表情に乏しく、生人形の方がまだ感情豊かに思えるほどですが、毎日顔を合わせていると心の機微が多少は分かるというものです。薄っすらと滲む不機嫌な声音に、どうやら私を呼んでいるのは娘子なのだと知りました。
さて私の仕事ですが、何ということはなく、ただ彼女の遊び相手になってあげるというものでした。書物の読み聞かせやごっこ遊びなど、姉妹のようにじゃれ合うのは楽しく新鮮な心地になります。
遊女だった頃は禿に対してあれやこれやと指図することはあっても、甘えることはできませんでした。私は敬われる姉女郎でなければいけませんでしたので、自然と肩肘に力が入ります。絶えず己を繕う生活は辛かった。分不相応な高飛車な振る舞いを、誰かに罵って欲しかったくらいです。
座敷牢の中は書物や遊具で溢れており、それらを娘子と嗜むのはささやかとも思える幸せでした。私だけでなく牢の中の彼女もあまりに楽しそうなので、当初は抱いていた家主への憤慨の思いも次第に薄れていきました。格子一枚隔てた戯れだとしてもそうです。
互いに慣れ親しんだ頃にはごっこ遊びから派生して、私は彼女のことを宵姫様と呼ぶようになっておりました。長くしっとりした濡羽色の髪が蜜蝋の明かりに煌めく様は、星光る宵という表現がぴったりなのです。
初めは戯れの延長でしかなかった呼称ですが、すぐに二人の関係に染み付きました。ある種、遊女の源氏名もそうです。嘘の呼び名でも互いに馴染めば、態度や振る舞いもそれに見合ったものになっていきます。ここでも同じで、宵姫様は名ばかりでなく姫様に、私は姿勢だけは立派な従者として十三の彼女に平伏すようになりました。
【4】
秋が暮れ、屋敷森の紅葉も終わりを告げた頃です。離れの広縁に座り夜に白い吐息を浮かべていると、青桐に、正確には宵姫様に呼ばれました。
母屋の二階、最奥にある座敷牢には昼夜問わず蝋燭の明かりが点いております。天窓から自然光も入らなくはないのですが、手入れされていないのでしょう、裏手に鬱蒼と茂る屋敷森が陽の光を遮るのです。
牢の床以外の一畳半は元々の畳を剥ぎ、板を打ち付けてあります。廊下側の襖が唯一の出入り口です。四畳半の部屋の右側は外壁と一枚になっており、左手と奥の壁の二面は黒い木板が打ち込まれ、狭苦しく牢の中の姫様に迫ります。
また、その二面の壁には欄間がありました。藤の透し彫りが美しい欄間です。間取りからも推し測れることですが、元々は隣と続いていた四畳半の和室を改装したのがこの座敷牢のようです。
部屋に入りざま膝をつき、いつものように従者を気取ってしずしずと格子に近付くと、頭上から爪切り鋏を渡されました。仰ぐように顔を上げれば宵姫様が、殊勝な面持ちでこちらを見下ろしています。鈍色の光を放つ繊細な造りの刃道具を受け取ると、少女もまた腰を下ろしてずいとこちらに手を差し出しました。手の爪を切れ、ということなのでしょうか。
「宵姫様。夜爪を切るのは縁起が悪うございます」
親よりも先に――というでしょう。
恐れ多くもそう述べ、両手でそっと鋏を隠すように覆うと、宵姫様は格子から出した細腕をぶらつかせて
「そんな迷信、信じてないわよ。貴女なら私に怪我をさせるなんてこともないでしょう」
とじれったそうに双眸を細めました。
「信頼しているからね。ほら、ほら」
格子の一つに左手を掛け、右手はひらひらとこちらへ舞わせます。格子にしなだれ掛かるように誘う宵姫様は幼いながらも扇情的で、部屋の隅にある燭台の火がぐらりと揺れました。
ぱちん、ぱちん。
宵姫様のお可愛らしい爪が鋏の両刃にへし切られていきます。私は左手で姫様の小さく柔らかな御手を優しく支え、右手はごくごく慎重に鋏を動かしました。薄闇に浮かぶ姫様の白い肌を穴が開くほど見つめます。この夜半の暗い中、万が一手元が狂って傷を付けてしまっては大変だからです。
私が御手へ擦り寄る様を宵姫様はじっと眺めていて下さいましたが、右の親指から始まり五つの指を終えて、左の薬指へと差し掛かったときです。
つと天井を向いた宵姫様の指がぴくりと跳ねました。
あっ。
焦った私は鋏を取りこぼすと、両手で姫様の御手をひしと支えます。新雪のように柔らかで儚い手指。その先に付いた乳白色の爪の境目から、じわ、と鮮血が漏れ出して、ぷっくりと膨らんでいきます。
私の震える手に力が入りました。姫様の怪我を心配していながらも、それは縋り付くようでもありました。見捨てられたら死ぬ、体の方はわからないけれども、心は間違いなく死ぬ。無意識にそう思ったのかもしれません。姫様の表情を仰ごうと恐る恐る眼球を上に動かすと、姫様はまだ欄間を見つめております。
ひ、めさま。声にならず、音にすらならず、ただ掠れた息を吐いただけです。それでも幸いにも伝わったのか、宵姫様はこちらを見て下さいましたけれども、その目から感情を読み取ることはできません。勝手はあっても理知的な姫様なので、何か思惟があるに違いないのですが、今の御心が冷たいのか温かいのか、悲しんでいるのか怒っているのか、はたまた愉しまれているのか、検討も付かないのです。
「痛いわ」
びくり、私の身体は滑稽なくらい大きく跳ねました。心が凍る思いでしたが、姫様はやはり慈悲深く清廉なお方で、そこに憤りの色はありません。むしろ、
「舐めて、舐めてよ」
そのさえずりは甘やかな響きで私の耳の底を打ち、脳の髄を震わせました。
ぷちん、鳳仙花の種が弾けます。丸ぼったく青い実は少しずつ膨らみを増しながら、その機が訪れるのを待っていたのかもしれません。黄色く熟れ、思い切って口をぱくりと開けると気持ちよく、心は透き通るように晴れやかです。
鉄臭さを残しながら、私の口は姫様の指を進んで迎え入れておりました。姫様は遠慮なく、三つの指を巧みに用いて私を蹂躙します。
試しに舌を這わせると微かに甘い声が漏れ聞こえて嬉しくなりましたが、得意になったのも束の間、切られたばかりの爪の断面が私の舌を責め立てました。図に乗るなと言わんばかりに強く舌を摘まれ、ぐいぐいと咽頭に突き込まれます。それらははらはらと涙が出るくらい苦しかったのですけれど、抗う気持ちなど露ほども起きません。
このとき私は己の毛先一本まで姫様に心服しているのだと実感し、望んでいた安らぎはここにあると確信したのです。卑しい我が身を責められこみ上げてくる吐き気が、同時に脳を揺さぶる快楽でもありました。
「いい子、いい子」
姫様は私に突っ込んだのとは反対の御手で、この不届き者の頭を撫でて下さいます。ぷちんぷちんと熟れては弾け、熟れては弾け、ばらばらと撒かれる黒い種は、じきに水を得て萌え立つのでしょうか。
私はずっと、こうやって扱われたかったのです。
川淵の底に沈んでいくような姫様の施しはどこまでも続きました。恍惚の中で視界が真っ白になり、いつの間にか気を失ってしまったのでしょう、微睡みから醒めると宵姫様は部屋の隅で燭台と向き合っていらっしゃいます。
「父様も母様も、もう会いに来ないのよ。爺もそう。ある日私に青桐を押し付けたきり、ここには来ない」
私の起床に気付いたのか、姫様はそう呟かれました。麗しい長髪はゆるい曲線を描きながらこちらまで流れていて、そこに薄っすらと天窓からの陽光が重なります。ただ、姫様は表情を見せては下さりません。
燭台の蝋燭はぐずぐずに崩れ、今にも消え入りそうな炎から白煙が細く長く燻っています。煙は天井へ向かってゆらゆらたゆたい、欄間の藤にかかる霞となりました。昨晩の爪を焼いているのでしょうか、体だったものが焼け焦げていく、その匂いが鼻につきました。
【5】
それから私は今まで以上に、宵姫様の施しにとっぷりと浸かるようになりました。何でもない会話や戯れの途中ふいに姫様が「痛い、痛い」と御手を掲げて面白がって、ちっとも痛くなさそうに仰るので、私は格子に顔を押し付けてだらしなく口を開けます。酸欠の混じる陶酔の中、気になったのは青桐のことです。
青桐は姫様の身の回りのお世話を零から十まで、全て一人で行っております。とある日の昼間、離れから門の様子をずっと眺めていたことがありますが、人の出入りといったら青桐だけで、日用品や数日分の食料を引き車に載せて帰ってきました。私の炊事洗濯は私でしておりますが、私の分もそこには含まれていたようでした。
これは初めから気付いていたことですが、青桐はこの御屋敷の主人などではありません。吉原に来ていた際はそれなりの格好ではありましたが、陰気な性格を抜きにしても、武家の若主人の振る舞いではけしてなかったと思います。そこは元の仕事柄で、人を見る目は確かなつもりです。
となれば、彼の立ち位置はここの下人なのでしょうか。家人、もとい宵姫様の御家族を私は見たことがありません。母屋には宵姫様に呼んでいただいたときのみ立ち入ることが可能で、そうして下さいと他ならぬ青桐に言いつけられています。
しかしながら、今の私はすっかり宵姫様の従者です。もはや彼に落籍された遊女などではございませんので、私は思い立ったその日のうちに、周囲に青桐の気配がないのを見計らって母屋に忍び込みました。名残惜しく姫様から離れた後、粗末で暗い渡り廊下から一旦離れに帰り、踵を返すようにして家人の生活区へと足を踏み入れたのです。
宵姫様を愛玩鳥のように閉じ込めているこの環境を知りたい。ただただそれだけでした。
【6】
母屋のどの部屋も閑散としておりました。夕闇の迫る時間帯でしたが、猫の影一つありやしません。そうなると最初は抜き足差し足だった私も次第に堂々とした態度になって、散策気分で見て回りました。ここに三人以外の人間がいないと分かったわけですけれど、怖いというよりはむしろ喉に引っ掛かっていた小骨が臓腑へと落ちたような、すっきりとした気分です。意識しないようにしていただけで、本当はしばらく前から分かっていたのかもしれません。
さて、私が遊女だった頃、店から足抜けしようとした女がいました。結局そのいい人との逃避行は失敗に終わりましたけれども、彼女が逃げた直後の女郎部屋に私は入っています。立つ鳥の跡を濁さないがごとく、寸前までの生活の匂いが綺麗に消えておりました。部屋主の意向があって消える場合、その部屋は初めから誰もいなかったように空気が沈静されるのです。
しかしこの御屋敷の空気はというと、そうではありません。目を瞑り想像を広げると今にも家主の生活音が聴こえてくるようです。文机に置かれた筆記道具が再び続きを綴っていくような、投げ出された着物がきちきちと畳まれ行李へ戻されるような、そんな日常のささいな光景が脳裏に浮かびます。そうやった後に部屋を眺めれば、生活の糸があるとき突然、ぶつんと捩じ切られた匂いがしました。
いえ、完全に切られたわけではありません。絹糸を思わせる艶やかで細い細いそれが唯一残っています。
私はその一糸を手繰り寄せるように二階の奥へと向かいました。
【7】
座敷牢のある御部屋の前に立つと、微かな話し声に混じって宵姫様の吐息が漏れ聞こえました。相手は青桐なのでしょう。そう思うとわずかばかり感じていた恐ろしさに勝って、嫉妬が心を占めていくのを自覚しました。赤黒い種が燻りはじめると、居ても立っても居られません。私はきっと振り返ると、音を立てないようにして隣の部屋へと入りました。
初めて足を付けた部屋でしたが、右手には釘打ちされた襖、それより上には欄間があることを知っております。ただ、その襖に添わせるように桐箪笥が置かれていることは新しい発見です。私は都合の良いそれの下段を数段開けて、箪笥の上によじ登ります。そして目の前に欄間がくると努めて息を潜め、透かし彫りの藤の花から座敷牢の様子を覗き込んだのです。
明姫様、ああ、明姫様。
なあに、青桐。
明姫様は私めのことをこうやって踏み躙って下さいますけれども、あの者にも同じようなことをしなさる。
それが。
青桐は嫉妬してしまいます。貴方様が女友達が欲しいと仰ったのでこの青桐、街中を回って、女という女を嗅ぎ分けて、ようやっとあの者を連れてきたわけではありますが、どうしても必要だったのですか。私だけではいけなかったのですか。
ふーん、嫉妬、嫉妬ね。……この痴れ者め!
格子から御御足を突き出していた宵姫様が、青桐の顔を強く蹴りました。踏ん付けられていた青桐の頭は大きく仰け反ってから、すぐに戻ります。彼は反動だけでない勢いでもって牢の前に平伏すと、歯をかちかちと鳴らしながら「申し訳ございません」と云いました。喉から絞り出したせいか何なのか、その震え声には恐怖に混じって隠しきれない歓喜の情が滲んでいるように思えます。
「少しでもあたしを崇める気があるのなら、そんな言葉は出ないはずよ。いつだか、私のものになりたいと云ったわよね。いいこと、ものは嫉妬しないのよ。ものは、自分は主人にとって使い勝手が良いかどうかだけを考えて、主人を満たすことだけに注力すべきで、自らが主人の心をどうこうしようなど考えないの。そんなこと、ここから出たことがなくたって知ってるわ!」
高飛車に放たれた言葉に、私は熱い吐息を吐き、先ほど抱いてしまった身に過ぎた情念を悔やみました。青桐の顔は床に伏せられていて分かりませんが、私と同じに違いありません。姫様の仰る通り、彼女の唯一になろうなどおこがましいにもほどがありまして、私どものような存在が姫様に認められ、使われ、慈悲を受けられる、それこそが至上の悦びなのです。
しんと静まると、青桐のすすり泣く声が聴こえます。
「ほうら、反省したらもう一歩こっちにいらっしゃいよ。いい子いい子してあげる」
青桐がずるりと一歩分床を這えば、姫様は格子越しに彼の頭を足裏で撫で始めました。部屋に満ちていく恍惚の色は、私がこの身でもって知っているものです。
卑しい心だと蔑まれながら、それでも与えて下さる慈愛にしがみ付きたい、縋り付きたい。格子から御手を、御御足を出して下さらない限りあの恩恵は得られません。私も青桐も、けして誰でもいいわけではないのです。一定の線を越えれば成る得るのか、あるいは組子細工のようにぱちりと嵌れば成り得るのか、その機構は自分でも分かりませんけれども、少なくとも姫様は宵姫という役柄にも明姫という役柄にも足る御人でありました。そして何よりこの関係は、座敷牢の中でのみ成立するものです。こうなってしまっては家人がどうなっているかなど、牢の鍵がどこにあるかなど、愚問でしかないのでしょう。
「ふふふ。青桐、今日はやけに愉しいわね」
籠の中の姫様は上機嫌にさえずります。
眼下の光景を哀れに思いながらも、既に青桐と等しいものに成り下がってしまっていた私は、そこに苛烈な親愛の情を覚えてしまうのでした。