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超能力を使えるわたしが異世界に拐かされて神々の王様になる話  作者: ちょろんぞ/小野崎まち
第一部 幼年編――《ネコとウサギのダンス》
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06. お茶会 in 空中庭園


 ――少しお話しませんか。


 イツキのその言葉に、わたしとウサギはいったんこの場で休憩を取ることにした。

 いろいろ精神的に疲れる出来事が続いていたから、わたしにとっては渡りに船だった。

 現在わたしがいる場所も地上からは相当な高さに位置しているはずだが、お腹を抱えられた状態で飛んでいたときに比べれば何倍もマシである。

 空中に固定された足場は飛び跳ねてもびくともしないぐらいしっかりしているし、七、八畳程度の広さもある。

 さらに付け加えるなら、眼下には星神樹の生い茂った枝葉が広がり地上の姿を完全に隠してしまっていたから、高度を感じにくいという理由もあった。


「では、ちょっとした茶会でも催しましょうか」


 わたしたちの了承の言葉を聞いたイツキは、そう言うと軽く指を鳴らす。

 すると足場を作ったときのように地面から何本もの枝が伸びて複雑に絡み合うと、あっという間に人数分の背もたれ椅子とテーブルのセットを形作ってしまう。

 ちょうど円形の卓を、三つの椅子が等間隔で囲むような位置関係である。


 さらに変化は続き、今度はそれぞれの椅子の表面を緑の葉が這いはじめた。

 足元に広がる枝葉とは異なり、まるで糸のように細長い草葉。それが縒り合わさって作られた無数の縄がさらに網目状に編まれていき、シーツカバーのように椅子を覆う。

 次いでその上には、苔に似た弾力がありそうな植物がもこもこと生えて、それを隠すようにさらに草葉のカバーが被さり、また次にもこもこが生えて――というのを何度か繰り返すうちに、椅子はまるで一人がけのソファのような姿に変化していた。


「どうぞ、お座りになってください」


 まるで童話に出てくるような魔法に見入ってしまっていたわたしは、イツキに促されて恐るおそる近づく。

 間近で見れば見るほど、これが草木からできているとは到底信じられなかった。表面の手触りもすべすべサラサラしていて、棘や固さなどはまったく感じられない。高級なホテルのロビーにでも置いてありそうなソファにしか見えない。

 被っていた帽子を脱いだわたしは、ごくりと喉を鳴らして実際にソファへ腰をおろしてみた。


「……!」

 

 目を、見開く。

 驚くほどのやわらかさ。生まれて初めて受けるその感覚に衝撃が走った。

 どこまでも沈み込んでいき、そのままソファの中に埋まってしまいそうなほどのクッション性。

 お尻や背中だけでなく、身体の全てが包み込まれるフィット感。 

 一度座ったら、二度と立ち上がろうとは思えなくなるほどの(実際わたしは今、その気持ちに支配されている)、至上の座り心地。

 ここが涅槃か、とすら思う。


「そのご様子ですと、気に入って頂けたようですね」


 わたしから見て左手側の席に座ったイツキの、くすりという笑い声に、わたしはハッと正気に戻る。

 目を細めた彼は、ニコニコと微笑ましげにわたしを見つめていた。

 一方で右手側の席についたウサギは、ニヤニヤといやらしい笑みをこちらに向けている。

  

「相変わらずお前はコレが好きだな。今日はずっと気難しいというか暗いというか、今ひとつパッとしない顔ばかりであったが、ようやくやわらかな表情を見せよった」

「……べつに、そんな顔してない」

「ほーれ、その顔よ。またくさくさした顔に戻っているではないか」

「してないもん」


 わたしが言い張ると、ウサギは苦笑しながら肩をすくめた。

 まるで子供をあやすような調子にイラッとするけれど、これ以上言い募っても分が悪そうだったので、口を噤む。


「まあまあ、ウサギさん。かか様はアタラクシアに来たばかりですから。人の世界しか知らなかったかか様からすれば、神々が住まうこの世界は、慣れないことばかりで大変でしょう。お心が晴れないのも致し方ないかと思いますよ」

「お前は相変わらずネコに甘いな」

「ぼくのかか様ですから。というか、あなたも大概だと思いますけど」


 ふたりをの会話を聞いて、わたしは内心で首を傾げる。

 ウサギ、はいいとして、問題は星神樹の意思(化身のようなものなのだろう)だとかいうイツキのほうだ。先ほどから彼が口にしている言葉の意味が、いまいち不明だった。


「あの」


 わたしが声を上げると、弾かれたようにイツキはこちらに顔を向けた。

 その速さに、ちょっとびっくりする。


「はい、かか様。なんでしょう? ああ、もしかして喉が乾きましたか? でしたらちょっと待って下さいね。今、お出しします。かか様の好物のフルーツジュースでよろしいですね」


 こちらが返事をする間もなく一気にまくし立てた彼は、テーブルの表面を指でトントンと軽く叩く。

 するとテーブルの中心にちょこん、と小さな芽が顔をだした。それはこれまでと同じようにほんのわずかな時間ですくすくと成長すると、四、五十センチぐらいの青々とした葉を茂らせる木になった。

 さらにイツキが指をトントンとすると、今度は色とりどりの花が咲いて、数秒後には儚く散り、実ができて、大きくなり――見る間に数種類の果実を生らせた。


 果実が大きくなるにつれて枝がその重みで大きくしなり、やがて耐えきれなくなった実が次々に落ちはじめる。

 それらをテーブルから新たに生えた枝が受け止め、一箇所に運んでいく。

 そこには、いつの間にかワイングラスの形をした木杯があった。

 複数の果実はその上に移動させられると、枝が全体を覆うように球体を作る。

 球体は段々と小さく、縮んでいき――やがて中の果実を押しつぶしはじめたのだろう、隙間から絞り汁が流れだして、真下の木杯に溜まりはじめる。

 ひとつが満たされれば二つ目の木器が現れて、それも一杯になれば三つ目と、結局絞り汁がなくなるまでに四つの木杯が必要だった。


「どうぞ、ご賞味ください」


 絞り汁で満たされた木杯がそれぞれふたつずつ、わたしとウサギの前に運ばれてくる(テーブルの上を滑るようにひとりでに移動してきた。仕組みは不明)。

 先ほど訊こうとしたことも忘れて、わたしの意識は目の前の杯に吸い寄せられていた。


 果実の甘く芳しい香りがあたりに漂う。

 ごくり、と喉が鳴った。

 屋敷を出てからここまで、次々に予想外のことが起きて意識する暇もなかったけれど、言われてみればたしかに喉に乾きを感じる。

 自然と、手が杯に伸びた。

 せっかくの厚意を無駄にする理由もないだろう。


「…………」


 縁に口をつけて、傾ける。

 

「ッ……!」


 途端、口の中に、蜜のような甘さが広がる。

 けれど、しつこさはまったく感じなかった。

 リンゴや桃のような風味の濃厚な甘みの中に、レモンに似た爽やかな酸味がある。それが甘さをほどよく中和し、後味もスッキリとしたものにしていた。

 口の中を空にしてほうっと息を吐けば残り香が鼻から抜けていく。芳醇なその香りは、残り香であっても頭がくらくらするほどに濃厚だった。


「おい、しい……」


 思わずわたしがそう呟けば、イツキは輝くような笑みを浮かべた。

 言ったこちらが照れてしまうほどの、素直な反応。

 なんとなく、彼の後ろのほうでふさふさの尻尾がぶんぶんと左右に大きく振られている様を幻視する。


「くふん。イツキ汁はいつ飲んでもうまい」


 ――と、突然ウサギがそんなことを言い出して、わたしはむせた。

 イツキが笑みを消して、ジト目をウサギに向ける。


「……その呼び方、やめてくださいって前にも言ったでしょう?」

「だがまちがってはおらんだろう? イツキの本体である星神樹から作り出した果実を絞った汁なのだから、ほれ、イツキ汁であろうが」

「なんだか語感がよろしくないでしょう。かか様も以前にそれを聞いたときは変な顔をなさっていました」

「なんぞ変なことでも想像したのだろう。こやつ、澄ました顔して実はけっこうエロいからな」

「ちょっと、人聞きの悪いことを言わないでよ!」


 ウサギがとんでもないことを口走ったのを聞いて、わたしは反射的に叫んでいた。

 顔が熱くなる。

 言うに事欠いて、え、えろいとか、わたしからは最も遠く離れた言葉である。


「ほーん?」


 ウサギはソファにだらしなく背中を預けて、疑わしそうな視線を向けてくる。


「まあ、今のお前はお子ちゃまだからな。そういったことに対する興味も薄いのであろうが、どうせすぐエロくなる。吾れは詳しいのだ」

「そ、そんなのわからないでしょ! わたしはえっちな人になんか、ならないからね!」

「そうですよ、ウサギさん。かか様に失礼な」


 横からイツキも加勢してくれた。

 わたしたちふたりの言葉を聞いて、偉そうにソファに身体を埋めたウサギは「くふん」と笑い声を漏らす。

 

「まあ、いずれわかるだろうよ。どちらの言葉が正しいのか、な」 

「……む」


 これ以上は、なにを言っても無駄そうだった。

 仕方なくわたしは溜め息を吐いて引き下がる。

 元々、そこまでムキになることでもなかったかもしれない。所詮、会ったばかりの相手が言うことだ。


「…………」


 ――そう思い込もうとはするものの。

 正直なところを言えば、この世界で出会う相手がことごとくわたしを以前から知っているような言動を取ることには、いい加減わたしも気づいている。

 ウサギだけでなくサクラもそうだったし、さっき会ったばかりのイツキでさえそうだった。

 なにがどうなってそうなるのかはわからないけれど、たしかに彼女たちは、わたしのことをよく知っているのだろう。

 けれど、きっとそれは今ここ・・にいるこの・・わたしではない――その、はずだ。

 わたしがこの世界を訪れたのは昨日が初めてだし、それ以前に彼女たちと顔を合わせたことはないのだから。


「大丈夫ですよ、かか様。ぼくはあなたがそういう人なんかじゃないって、知っています」

 

 そう言ったイツキはわたしを安心させるためか、にこりと笑いかけてくる。

 親しげな笑み、言葉だった。

 ……知っている、とはいったいなにを知っているのだろう。


「どうしてあなたは、わたしのことを『かか様』って呼ぶの?」


 だから、ずっと気になっていたことを訊ねた。

 わたしの言葉を聞いた彼は目を丸くしたあと、照れくさそうに頭を掻く。


「ぼくにとってあなたは、のような存在なのです。だから、ぼくはあなたを母様かかさまと呼ぶのです」

「わたし、子供を産んだことなんて、ないよ。……そもそも、まだ産める身体じゃないし」

「もちろん、かか様の本当の子供というわけではありませんよ」


 イツキは、くすくすと屈託なく笑う。


「ぼくにはね、あなたに何億年掛かっても返しきれない恩があって、何億年経っても色褪せることがないあなたへの親愛があるのです」


 そう告げる彼の瞳には、海の底のように、或いはこの空のように深い愛情があった。

 それは、本来であればよろこぶべきところなのだろうと思う。

 わたしにそれほどの親愛を向けてくれる相手なんて、今までひとりもいなかったのだから。


 でも、素直にそれを受け取ることはできなかった。

 わたしには、覚えがないのだ。

 イツキが語る『わたし』は、わたしではなかった。

 わたしの後ろに、わたしによく似た誰かを重ねて見ているとしか思えない。

 

 イツキもウサギも、サクラも。

 わたしではない『わたし』を、見ている。


 ――人違い。

 今朝にサクラと話していたときにも思い浮かんだ言葉が、頭を過ぎる。

 わたしが特別扱いされるのは。

 出会う誰もが親しく、優しくしてくれるのは、わたしの姿形がその誰かに似ているだけだったとしたら。


「っ……!」


 背筋が、氷のように冷たくなる。

 動悸が激しくなり、全身に冷や汗が滲んで、指先が小さく震えはじめた。

 とてつもない恐怖が、わたしを支配していた。

 視界の全てがぐにゃりと歪み、捻じ曲がり、外界の音が聞こえなくなる。

 ただ自分の心臓の音だけが鳴り響き、それは刻一刻と大きくなっていく。

 

 いやだ。

 わたしは、ここに、いたい。

 もうあんな世界には戻りたくない。

 ここが、わたしにとっての、最後の――。


 わたしの中でなにかが膨れ上がって、破裂しそうになった瞬間。


「大丈夫です、かか様」


 耳元・・で、その声は囁かれた。

 ふわりと、わたしの身体がソファよりももっと柔らかで温かなものに包まれる。

 草花の香り。


 いつの間にか、わたしは背後から抱きしめられていた。

 首元に回された腕にはふわふわとした羽衣が巻きついており、その相手がイツキであると悟る。

 つい一瞬前まで、左手側の席に座っていたはずなのに。


「不安に思わないでください。ぼくたちが見ているのは、紛れもなくかか様です。ぼくたちの王様になる資格があるのは、この広大な三千世界の中で、まちがいなくかか様ひとりだけなのです」


 囁かれる声は、ひどく優しかった。

 親愛と、信頼と、思いやりがあった。

 荒れ狂っていたわたしの心が、次第に落ち着きを取り戻していく。


「……でも。でも、わたしにはみんなの記憶なんて」

「それで、当たり前なのです。今のかか様はなにも経験していない、無垢の器なのですから」


 イツキの頬が、わたしの頬に触れる。

 温かさを届けるかのように、擦り付けられる。


「無垢の、器……」

「ええ、そうです。中身は、時によってのみ満たされる。いずれ、かか様にも理解できるときが訪れます」

「それは、今じゃない……?」

「はい。焦らずともよいのです。今はただ全てをありのままに受け入れて、素直に、お心のままに生きてください」


 イツキの言葉には、嘘も誤魔化しも感じられなかった。

 真摯な思いだけが、あった。

 

「……つまり、わたしはこの世界の王様で、特別な存在で、あなたのお母さんでもある?」

「吾れの友達でもあるぞ!」


 横合いから、得意顔のウサギが口を挟んできた。

 友達。

 その言葉に、胸を突かれたような思いを受ける。


 あちらの世界では、結局、そう呼べる相手はひとりもできなかった。

 だから、たぶん、誰かにそう言ってもらえたのはこのときが初めてだった。

 つまり、わたしの生まれてはじめての友達は『神様』ということになる。

 以前からは考えられないスケールの大きさに、おかしみを覚える。


「だから、どうか、笑っていてください。ぼくは、かか様の笑っている顔が、いちばん好きなのです」


 後ろからぎゅっと抱きしめられて。

 そう囁かれて。


「……がんばる」


 少し迷ったあとで、わたしはイツキの胸の中で小さく頷いた。


 わたしは面倒くさい人間だから、きっとすぐに変わることはできないだろうけど。

 その願いには、応えたいと思った。

 それはたぶん、わたしの願いでもあったから。

 わたしは、笑って生きていきたい。

 未来を夢見て、素直に笑うことができる人に、なりたいと思うのだ。

  

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