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超能力を使えるわたしが異世界に拐かされて神々の王様になる話  作者: ちょろんぞ/小野崎まち
第二部 始王編――《ネコとウサギのダンスⅡ》
21/28

プロローグ 01

 竜が、空を飛んでいる。

 漆黒と純白。

 人間などたやすく丸呑みにしてしまえるだろう巨体を有する、二体のドラゴンである。

 両者は時にぶつかり、時に離れ、またある時は光線ビームを放ちながら、大空をあちらこちらへと飛び回る。

 

 巨大な質量を持つ二体であったから、それらが一切の遠慮なしに正面から激突する際の衝撃は筆舌に尽くしがたいものがあった。

 なにせ、数キロ離れた地点まではっきりとその振動が届くのだから、相当なものである。

 加えて、相手へ攻撃を与えるたびに上がる咆哮、ビームをビームで相殺したときに生じる爆発なども合わさって、彼らが飛び交ったあとに四方へ撒き散らされる衝撃や騒音はまさに公害。

 そこにいかなる理由があろうと、被害を受ける周囲の者からすれば迷惑きわまりない行為だった。


 ゆえに。

 



「うぅぅぅぅぅっるさぁぁぁァァァァいッ、この駄竜どもォ――――――――!!」


 


 旅行鞄ポチに乗って一直線に飛んでいったわたしが、その勢いのまま彼らへ渾身の飛び蹴りを見舞ったのも、致し方ないことだと思う。

 

《――――――――!?》 


 足を振り抜いたあと再びポチの上に着地したわたしは、情けない悲鳴を上げて墜落していく白黒ドラゴンを見下ろして、告げる。


「これから、お説教だからね」

 

 その言葉が聞こえたのだろう、大地に激突する寸前の彼らの顔が(おそらく)絶望に歪むのを、わたしの目ははっきりと捉えていた。

 その金色の眼が「嘘だろ?」と言っていたが、そんなわけない。

 残念ながら当然である。

 わたしがその思いを込めて、拳を握って立てた親指を思い切り下に向けたのと同時。

 二体のドラゴンは地面に叩きつけられ、周囲に盛大な土埃を舞い上がらせるのだった。








 ちょっとした小山のようなサイズの巨体を縮こまらせ、雁首をそろえてお座りしている砂まみれの白黒ドラゴン。

 彼らの目の前には、堂々と仁王立ちしてその体躯を見上げるひとりの美少女がいた。

 年のころは十代半ば。

 背の真ん中あたりまで伸ばした混じりけのない黒――墨色の真っ直ぐな髪に、宝石オニキスの如く闇色に輝く、美しい黒瞳をもったほっそりとした体つきの少女である。

 頭には兎の缶バッジがついた麦わら帽子をかぶっており、身体には汚れひとつない真っ白なワンピースをまとっている。

 そして、そのかたわらには大きな旅行鞄がひとつ。

 

 この見目麗しい少女の名を、ネコと言う。

 この天上世界アタラクシアの唯一にして絶対の王であり、五年の時を経て、仮にも神竜と呼ばれる神的存在を一撃で沈めるほどの力を持つに至った、強力無比なる存在。 


 ――そう。つまりわたしのことである。

 

「あのね、これで今月何度目だと思う? たしか十日ぐらい前にも、こんなふうにお説教したよね?」


 項垂れたドラゴン――シロとクロにわたしがそう言うと、彼らはぐるるるると低い唸り声を上げた。

 わたしを見下ろすその眼には、なにやら物言いたげな光があった。

 このままスルーして説教を続けてもよかったが、一応向こうの言い分も聞いてみることにする。

 視線で促してみると、ぐるる、ごがぁ、ぐるると何度か咳払いしたあとで、まずクロのほうが口を開いた。


「……キング。今回の諍い、オレ様はな、ちっとも悪くないのだ」

「!?」


 反射的に言い返そうとするシロを手で押し留め、クロに続きを促す。  

 

「どういうこと?」

「あのな、この腐れトカゲがな、呼吸をしていたのだ」

「うん」

「…………」

「……うん? 続きは?」


 急に言葉を止めてしまったクロに訊ねると、彼はきょとんと目を丸くして、その長い首を傾げる。


「終わりだが?」

「えっ?」

「ぬっ?」


 お互いに面食らったように顔を見合わせることしばし。

 ようやく言葉が足りないことに気づいたらしいクロが、「呼吸とはつまり、息を吸って吐くことだ。わかるか?」そう付け加えてきた。

 ……このドラゴン、遠回しにわたしのこと馬鹿にしているのだろうか。

 まあ、その真剣そのものの顔つきを見ればクロにそういう意図がないことはわかるのだけれど。

 まだこの世界に来たばかりのとき、ウサギが彼らのことを『脳筋』と称していた理由が、今ではよく理解できる。


「あのね……そうじゃなくて、どうしてシロが呼吸をしていたらあなたたちが喧嘩することになるの? その理由が聞きたいんだけど」

「いや、理由もなにもだな、こいつがオレ様と同じ空間に存在して一丁前に呼吸しているとか、生理的に受け付けなくない?」

「……んんん?」

「だからオレ様が、ついこいつがいるあたりにビームを撃ち込んでしまったのも致し方ないというか、そもそも呼吸しているこいつが悪いのだから、オレ様は全然悪くないというか、そんな感じなのだ」


 このドラゴン、本気で言っているのだろうか? 

 その目をじっと見つめてみる。

 意外とつぶらな瞳が見返してくる。

 ……残念ながら百パーセント本気で言っているようだった。

 軽く目眩を覚える。

 今まで聞いてきた喧嘩の理由の中でもダントツにしょうもなかった。

 

「……王。わかっていただけましたか? これが今回の原因です。この低能トカゲの理不尽にもほどがある一方的な言いがかりで、おれは襲いかかられたのですよ」


 それまで黙って聞いていたシロが、やれやれといった様子で口を開いた。これ見よがしに大仰な溜め息を吐いてみせる。


「自衛のために反撃しただけで、おれに否など微塵も――」

「だが先にちょっかいを掛けてきたのは貴様のほうだろう、陰険トカゲ」


 肩を竦めようとしていたシロの動きが、クロのその言葉で停止した。

 数秒、時間が止まったかのように凍りついていたシロは、やがて再起動するとぐるるるると呻き声を上げる。


「……いったいなにを根拠にそのようなことを? 十日前、王の手によって諍いを仲裁されてより、おれはそちらの領域に踏み入っていませんよ。必然、あなたと顔を合わせる機会も存在していなかったはずですが」

「直接はな。だが貴様、オレ様に嫌がらせをするよう他のやつに依頼しただろう?」

「はて、なんのことでしょう。とんと記憶にございませんが」


 シロが動揺していたのは最初だけだった。

 すぐにいつもの調子を取り戻した彼は素知らぬ態度でしらを切るが、最近では予知能力じみてきたわたしの勘によるとアウトである。

  

「貴様がそう言い張るのは勝手だがな、当の実行犯が吐いたぞ。捕まえてちょいと締め上げてやったら、訊いていないことまでペラペラと囀りはじめた。それで貴様の名が出てきたものだから、辛うじて抑えていた生理的嫌悪が限界を突破し、うっかり手を出してしまったのだ」

「その者の捏造でしょう。冤罪です。おれが依頼したなどという証拠はどこにもない。あなたはその者に踊らされただけにすぎないのですよ。いやぁ、まさに劣等トカゲに相応しい失態ではないですか」

「あァ? なんだと腹黒トカゲ」

「なんです? 白痴トカゲ」


 相手を罵りながら睨み合って額をガンガンぶつけはじめた彼らに、軽くチョップを御見舞する。

 ボディのなるべく肉が厚そうなところを狙ったのだが、それでもいい感じに入ったらしく、「ぐるぅぉぁ」と呻き声を漏らして地面を転がりはじめた。

 「貴様のせいだぞ」「あなたのせいです」と、それでもなお言い争いを続ける彼らに、大きな溜め息が漏れる。


「……これは久しぶりに、みんなからの『お仕置き』が必要かなぁ」


 わたしがぼそりと呟いた瞬間、取っ組み合いを始めようとしていた彼らの動きがぴたりと止まった。

 かと思えば、がばりと勢いよく身体を起こして、必死の形相をこちらに向けてくる。


「キング! それだけはやめるのだ! あいつら近頃マジやべぇのだぞ! 絶対殺しに掛かってる!」

「そ、そうです! 尻尾から細かく切り刻んでいって、そのままおれたちの目の前で焼肉パーティーとかやりだすような輩ですよ!? 『このごろお前らが食材にしか見えなくなってきてさぁ(笑)』とか、あいつら平気で言ってくるんですからね!」

「……うわぁ」

 

 アタラクシアの有志を募って行われる彼らへのお仕置きタイムは、わたしには刺激が強すぎるからという理由で今まで参加させてもらえなかったのだが、そんなことをしていたのか……。

 それが本当であればたしかに『マジやべぇ』感じであるが、わたしの知っている彼女たちならやりかねないというのがなんとも。

 まあ、そんな目にあってもなお争いを止めようとしない彼らも大概であるが。


「ともかく、またお仕置きされたくなかったらしばらくは大人しくしておくこと。なんだったら、その間どっちかはわたしの屋敷に泊まりにきてもいいから」


 わたしがそう言うと、彼らは顔を見合わせて「むむむ」と似たような唸り声を出す。


「しかしだな、キング。キングの屋敷には、ほら、サクラがいるだろう?」

「あの方、王のことになると冗談が通じませんからねぇ。うっかりやらかしたりすると、笑いながらミンチにされそうで……」

「いや、たしかにサクラは過保護だけどそんな酷いことはしないよ。……たぶん」


 時々怖くなるけど。


「……あいつ、キングの前だといまだに猫かぶってるからな」

「いや、あれはあれで彼女が持つひとつの側面なのでしょう。……おれたちに見せる顔とは、大分ちがいますが」


 顔を突き合わせて、なにやらこそこそ言葉を交わす彼らを見て、呆れの感情がわく。

 いつもそうやって仲良くしていればいいのに。

 この二体のドラゴンはいつも喧嘩ばかりしているのに、妙に仲よさげに見えるときもあって、わたしはいまだに彼らの関係がよくわからない。

 ――それは彼らだけに限らず、この世界で暮らす神的存在のほとんどに言えることだけれど。 


「それで、どうするの? うちに来る?」

「いえ、今回は遠慮させていただくという方向でお願いします」

「だな」


 及び腰で答える彼らに、わたしは溜め息混じりに頷いた。


「なら、本当にしばらくは大人しくしておいてよね」

「……仕方なかろう。当分は休戦だ、白の」

「王にこう言われてしまっては、致し方ありませんね。承知しましたよ、黒の」


 互いにそっぽを向きながら、彼らは言葉を交わす。

 先ほどとは打って変わったその様子に、苦笑する。

 本当によくわからないドラゴンたちである。


 これで一段落ついたかな、と思ってその場をあとにしようとしたわたしは、しかし、ふと思い出すことがあって足を止めた。 

 

「そういえばクロ、さっきのちょっかい掛けてきた実行犯って、誰だったの? わたしの知ってるひと?」

 

 振り返って訊ねたわたしに、クロは「ああ」と頷いた。


「よく知っているはずだぞ。なにせキングのお気に入りだからな。まさか食ってしまうわけにもいかなかったから、あらかた吐かせたあとは解放してやったのだが……昨日はちゃんと屋敷に帰ってきただろう?」

「……それって、もしかして」


 わたしが視線をクロからシロへ移すと、彼は最初知らないふりを決め込んでいたが、わたしがじっと見つめ続けていると、やがて根負けしたようにがっくりと首を落とした。

 

「ご推察の通り。おれに嫌がらせの話を持ちかけてきた・・・・・・・のは、王のところの、あの者です」


 そうして、シロはその名を告げた。


「精霊神の眷属である――ミヤルラヘイオン」


 どうやらお仕置きされるべき相手は、ほかにいるようだった。 



 


 



「お帰りなさい、ネコ」


 屋敷に戻ったわたしをいつものように縁側に座って出迎えたのは、和服を着た金髪美人だった。

 白地に桜の花が描かれた着物を身にまとった、黄金の髪と瞳をもったひと――サクラ。

 この世界にやってきて五年が経ちわたしは年相応に成長したけれど、彼女の容姿は出会ったときから少しも変わらない。

 若く、綺麗なままだった。

 その目で真っ直ぐ見つめられると、いまだにドキリとしてしまう。

 ずっと一緒に暮らしていてなおそうなのだから、その美貌はもはや魔力じみている。


「――! ――ッ、――!!」

 

 そんなサクラのかたわらに、なにやら声にならない呻きを上げる物体があった。

 彼女の髪でぐるぐる巻きにされて蓑虫状態になったモノ。

 大きめのヌイグルミといったサイズのそれは、もぞもぞと怪しげに蠢いていた。

 

「ああ、コレ? あなたが屋敷を離れた途端逃げ出そうとしていたから、捕まえておいたのよ」


 わたしの視線に気づいたサクラはそう言うと、ぺちぺちと蓑虫を叩く。

 その顔には呆れの表情が浮かんでいた。


「その様子だとどうせまたろくでもないことをしでかしたのでしょう? 本当にコレは学習しないナマモノねぇ。――ほら、あとはあなたが始末をつけなさい」


 サクラの髪の毛が伸びて、蓑虫をこちらに差し出す。

 「うん。ありがとう」と答えてわたしが両手を前に出すと、その上で髪が解けて、拘束されていた中身がころんと転がり落ちてきた。


「ぐへぇッ!?」


 わたしの腕に抱えられたそれは、頭が大きく手足が短く、背中にちっちゃな羽がある二頭身の生物だった。

 まるで動くヌイグルミ。

 光の当たる具合によって様々に色を変える不思議な色合いの髪に、ドブ川の水のように濁った黒い瞳、裸身にデニム生地のオーバーオールだけを身につけた彼の名を、ミヤルラヘイオン――ミャーくんという。


「ただいま、ミャーくん」


 突然蓑虫状態から解放されて目を白黒させていた彼は、掛けた声に反応して腕の中からこちらを見上げた。

 視線が、合う。

 彼の顔に「やっべぇ」という表情が一瞬浮かんだのを、わたしは見逃さなかった。


「お、おおおお帰りなさいネーさま! ず、ずいぶんとお早いお帰りでやしたね?」

「…………」

「お、お疲れではありやせんか!? 肩でも揉みましょうか!? なんならおみ足をペロペロして綺麗にしましょうか!?」

「…………」

 

 落ち着きなく目をきょろきょろさせて下品なことを口にするミャーくんの頭を、わたしは両側からがっしりと摑んだ。


「ひょ!?」


 そのまま持ち上げて、無理やり視線の高さを合わせる。

 タコみたいな口になった彼を、じっと無言で見つめる。

 

「…………」

「あの」

「…………」

「ネーさま、その」

「…………」

「だんだんですね、頭を挟む力が、強くなってませんか……?」

「…………」

「あれっ、これ、ちょっとマズいんじゃ」

「…………」

「ひぎぃ!? 中身が、あっしの大事な中身が零れちゃうぅぅぅ!」

「…………」

「ご、ごめんなさいネーさま!! あっしです! あっしがやりました! あの白黒トカゲどもっていつも偉そうにしていてムカくので、また争わせてネーさまにお仕置きされればいいのにって思って……あっ、ネーさま、まさか、それっ」


 とうとう白状したミャーくんを無言で裸に剥いて、小脇に抱える。

 頭は後ろに、つるりんとした可愛いお尻は前へ。


「……悪い子には、お仕置きが必要だよね?」


 肩越しにこちらを仰ぎ見るミャーくんに、わたしはにっこりと笑いかけた。

 彼の青い顔が、絶望に染まる。

 ――そして。


「ちょ、まっ――ヒギィィィァァァァァ!?」


 お尻叩きの刑を、わたしは執行したのだった。








「ひぐっ……ひっく、うぐっ、ううぅ」


 仰向けになったミャーくんが、赤くしたお尻を晒したまま、めそめそ泣き続けている。

 お仕置きは、子豚さんみたいな鳴き声が泣き声に変わったあたりで止めておいた。

 それから結構時間が経っているのだが、ミャーくんはいまだにわたしのお腹に顔を埋めてぐずっていた。

 服も着ずに、裸ん坊のままである。

 縁側に座ったわたしは、そんな彼の頭を撫でて慰めていた。


「なんだか、いつかのネコを彷彿とさせる光景ね」


 隣に腰掛けたサクラがわたしたちを眺めて、そんなことを言い出した。


「わたくしの膝に縋り付いていたあのちっちゃかった子が、今ではこんなふうに慰める側になるなんて。……人の時の流れとは速いものね」

「……そうだよ。わたしだっていつまでも子供のままじゃないんだからね。身長だって、あと数年したらきっとサクラを追い抜くんだから」


 わたしがそう言うと、サクラは口元に手を当てて笑いを漏らした。


「さて、それはどうでしょうね。そろそろ成長期も終わりかもしれないわよ?」

「そんなことない。まだまだ伸びる……はず」

「だといいわねぇ。ネコがわたくしよりも大きくなったら、今度はわたくしがあなたに甘えようかしら」

「なにそれ。変なこと言わないでよね」 


 わたしたちがそんな会話をしていると、上空から屋敷に近づいてくる気配・・を感じて、わたしは顔を上げた。

 黒い翼が見えた。

 その姿は見ている間にどんどん大きくなって、やがて庭の真ん中に降り立つ。

 

「くふん。ネコよ、今日も吾れが来てやったぞ」


 翼をしまって・・・・こちらに近づいてくるのは、ちょうどわたしと同じぐらいの年頃の少女である。

 白に近い銀髪、真っ赤な瞳、両耳の上あたりから突き出て天に伸びる捻れた黒角。

 着ているのは左胸のあたりに兎のワッペンがついた白のタンクトップに、下は黒のショートパンツ。

 綺麗というより可愛らしい容姿で、屈託のない笑みを浮かべた彼女の名はウサギ。

 アタラクシアにおいて、わたしともっとも仲が良い――友達である。


「なんだ、またそやつがやらかしたのか。つくづく、懲りんやつよなぁ」

 

 わたしの膝の上のミャーくんに気づいたウサギは、呆れ顔になる。

 その彼女のもとに、駆け寄っていく姿があった。

 茶色い旅行鞄――ポチである。

 

「おう、ポチよ。今日も元気にしているようだな。よしよし、本当にお前は素直でういやつよ」


 しゃがみ込んだウサギはポチを抱きしめて、その表面を撫でる。

 当初はわたしぐらいにしか近寄らなかったポチも、今ではすっかりウサギに懐いていた。

 改めて、時間の流れを感じる。

 

「……五年、か」


 サクラに連れられてこの天上世界アタラクシアにやってきて、それだけの時が経った。

 膝の上のミャーくんを、隣で微笑むサクラを、じゃれあうウサギとポチを見やって、その実感を噛みしめる。

 ずっと居場所を求めていたわたしは、この世界でやっとたしかな場所を手に入れた。

 わたしがいてもいい場所。

 否定されず、拒絶されず、ありのままのわたしを認め、受け入れてくれる世界。


 そうしてわたしは騒がしくも平穏な日々をこの地で過ごしてきた。

 五年。

 あのころ十だったわたしは、ついに明日、十五の誕生日を迎える。

 

 それは取りも直さず、わたしのこれまでの日常が大きく変化することを意味していた。

 なぜなら十五になったわたしは、アタラクシアの王として正式に活動する必要があったからだ。

 

 ――明日、わたしは五年ぶりにこの世界の外へ出ていくのだ。

  

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