さらば愛しき友よ
「止めろ。俺の友を機械仕掛けの怪物にするつもりか!」
その声の主が誰であったかは今のペドロに思い出すことは出来なかった。
しかし、大勢の人間の前でペドロを友と呼ぶ以上は親しい間柄だったのだろう。
だが彼もエイリアンとの戦闘でペドロほどではないがダメージを受けていたはずだ。
重傷を負ったペドロは医療チームによって手術室に運ばれ、前からペドロをサイボーグに改造しようと画策していたペドロともう一人の男の上司は取り巻きたちに男を押さえつけさせていた。
「こんなことが許されると思っているのか、マッドサイエンティストめ。俺の親友を戦うだけの戦闘サイボーグ健康人間装置など、およそ人間として許されることではないっ!ドクターゴメス!」
そうだ。
自分と彼の直属の上司の名前がゴメスだったのだ。
ゴメスの彼に対する評価は、地べたを這うことしか能のない虫けら程度だった。同じくゴメスの部下であるナイフ一本で巨大人食いエリンギ人間と渡り合う人類最強の戦士 斎藤ペドロの存在もゴメスにとっては夏になったらそこらから湧いて出る羽虫程度のものでしかない。
ゴメスにとって重要なことは恐れや疲れや痛みを知らない無敵のサイボーグ軍団を結成し、敵国に勝利することだけだったのだ。
ゴメスは彼の取り巻きたちによってうつ伏せの状態にされた男の脇腹につま先を叩きこむ。
こういった生意気な輩は力で従わせるのが一番の特効薬なのだ。
「君にはつくづく失望させられるよ、ゲイリー。私の邪魔だけでは飽き足らず、親友のペドロ君の邪魔までするようになるとはねえ。これも反逆者の血のなせる業なのかい?」
ゲイリーと呼ばれた男は転倒しながらも懸命に懐に仕込んだいちご味のグミ・キャンディーを取り出す。
グミ・キャンディーのような弾力に富んだ物質の力でドクターゴメスと彼の部下のダウン攻撃をガードしていたのだ。
この事実からしてもゲイリーなる人物がかなりの賢さをもったやり手であることは疑いようがない。
もしも欠点があるとすれば腹がイチゴの香料臭くなることぐらいだろう。
ゲイリーは横転しながらドクターゴメスたちから距離を取り、イチゴグミを食して体力回復に努める。
「学校にイチゴグミを持ってくるだけでは飽き足らず、授業中に食するとは何たる反逆魂。やはり反逆者の血は争えぬということか」
ゴメスはコンビニで百年くらいで売っていそうな「あたりめの足」をクチャクチャと食べていた。そして、彼の左手にはなんとワンカップが握られているではないか。
「お酒は二十歳からだゾ?」
ゴメスはウィンクしながら同様にカップ酒を片手におつまみを食している部下たちに言った。
ゴメスはアルコールを摂取することによりゲイリーが脱出した事実から目を背け、メンタル面でのダメージを回復することに成功したのである。
塩辛いあたりめの足はアルコールで弛緩したゴメスの精神にぴりりと緊張感をもたらし、さらに部下に社会的な風紀や道徳を説くことで自らの行為の正当性を高めたのだ。
そしてゴメスたちがカップ酒を飲み干すころには、彼らは自分たちが犯した失敗について何も憶えてはいなかった。
「惜しかったな、ゲイリー。いやゲイリーJrと呼ぶべきか」
やや酒が入った状態でゴメスはゲイリーに語り掛ける。その表情には余裕と軽蔑が見られた。すっかり中身が無くなったカップ酒を逆さにして最後の一滴までも味わっていたのだから、ゲイリーがゴメスに対して絶対的な恐怖を感じていたのは当然だろう。
だが、運命の神はゲイリーとペドロを見捨てたわけではなかった。
ゴメス博士は過剰なアルコール摂取の為に足元さえおぼつかないような様子になっていたのだ。
さらにペドロの改造手術には心臓をブラックホールを内蔵した電動式モーターに交換しなければならなかったのである。
「そんな酒が入った状態で、サイボーグ手術が出来るものか。あきらめろ、ドクター・ゴメス」
ゴメスは赤ら顔で笑う。
それは酔っぱらいのそれとは次元の異なる神の如き力を得た圧倒的な支配者スマイルだった。
ゴメスは白衣ののポケットから「ソースカツ」を取り出し、バリバリと食べる。
あたりめの足からソースカツへのコンボ。これはもう長い間、こんな食生活を続けていたら成人病検診に引っ掛かることは間違いあるまい。
この時、甘党のゲイリーはバニラアイスにコンデンスミルクをぶっかけて食べていた。
「可能性が一%でもあるならチャレンジするのみ。それがゴメスのマニフェストなのさっ!受けろ、必殺マニフェストフィスト!」
ゴメスは口から一千億度の炎を吐いた。
ゲイリーは耐熱フィルムシートを使うことで何とかその場をしのぐことが出来たが、彼の持っていたコープの得用アイスは全て灼熱の炎によって溶けてしまった。
「うわあああああーっ!」
ゲイリーは泣いた。この涙は一気に失われたアイスとコンデンスミルクのために流された涙である。
ペドロは酔いどれのゴメスに戦闘サイボーグに改造され、ついでにアイスとコンデンスミルクは一千億度の炎を浴びて蒸発してしまった。
屈辱と悲嘆という文字が胸にペイントされたマッチョマンたちから首四の字固めと足四の字固めを一度に極められたような気分だった。
つまり、痛いけど声が出せないような状態だ。
そして、ゲイリーはあまりにショックな出来事が続いてしまった為に円形脱毛症になってしまった。
「そういう時はミ○ティアでも舐めれば、元に戻るぞ」
悪魔の囁きに耳を貸すゲイリー。
誰だってゲーハーになるのは嫌なはずだ。
中学の真ん中くらいから薄かった ふじわらしのぶさん だって本当はロン毛にしたかったのだ(この件に関しては少し自信がない)。
ゲーハー状態を回避する為にゴメスの戯言に耳を貸したゲイリーを一体誰が責められようか(いや誰もせめられまい)。
アイデンテティを失い、崩壊しつつあるゲイリーの精神に一条の光明がさす。
ゲイリーはすぐにでも帰宅して、家の近くの弁当とか売っている薬局で準薬用タブレットを買い漁る覚悟をする。たとえ非道の輩と言われようと河童のようなデモーニッシュな頭になるわけにはいかない。
この時ばかりはゲイリーも、宿敵ゴメスに感謝した。
「なんて嘘だよーん!もうこの際だから死んでチョーダイン!」
悪の改造超人ゴメスは人間タイプ、飛行機タイプ、戦車タイプの三種類に変形することが出来る。
人間タイプが汎用性が高く、運動能力が高い。飛行機タイプは空中戦が得意であり、戦車タイプは地上の遠距離戦が得意だった。
ゴメスはその中から地上の遠距離に特化した戦車タイプに変形した。
ゴメスの瞳の色が緑から赤に変わると、彼は犬の「伏せ」のような姿勢を取るとすぐに腕や脛から車輪が現れた。
その後ゴメスの背中が縦に割れて、内臓されていた大型ツインキャノンが姿を現す。
最後に死ぬ瞬間までゴメスに逆らい続けたゲイリーの息子を殺すのだ。
普通に殺してもゴメスの怒りは収まらない。
ゴメスはツインキャノンに対反逆者殲滅用の特殊砲弾「もう謝っても絶対に許さない一号」を装填する。
「俺がここで死んでもペドロがいる。俺の親友であるペドロが必ずお前を倒す」
ゲイリーはゴメスに銃を向ける。
彼の手の中にある旧式の拳銃に弾丸は入っていない。
これは最後までゴメスには屈しないというゲイリーなりの反逆魂の顕れでもあった。
ゴメスはツインキャノンのエネルギーチャージの為にマイクロウェーブを照射させる。
ゴメスの背中から生えている黒い蝶の翅のような器官はマイクロウェーブを吸収して「超亜空間バスター砲」という十二枚ある次元壁を貫通するほどの威力を持った恐るべき兵器の動力源になっている。
ゴメスは憎きゲイリーの息子をここで塵一つ残さずに処分するつもりだった。
「残念だったな、ゲイリーの息子よ。ここでお前は無意味な死を遂げて、ペドロは私の意のままに殺戮を行う戦闘サイボーグに改造されるのだ」
勝ち誇るゴメス。
わが友ペドロならば絶望の未来を変えることが出来る。
ゲイリーは目を閉じて、己の運命を受け入れることにした。
「人の世に無意味な死など存在はしない」
ゲイリーは最後に彼の父親と同じ言葉を言い残した。
直後、ツインキャノンから放たれた「超空間バスター砲」の光がゲイリーをこの世から消滅させる。
ゴメスの狂気に満ちた笑い声をあげる。
ゴメスにとっての目の上のたんこぶであるゲイリーの息子は死に、ペドロはゴメスの手の中にある。
希望は失われた。
しかし、ゴメスは自分の片方の目から流れ続ける涙に気がつくことはなかった。
「チャンネルはそのままで」
キュインッ!ゴメスは涙を流しながら、再びウィンクした。
なぜゴメスがカメラ目線のままなのか、この後ペドロがどうなってしまうのか。それは誰にもわからないのだ。