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ペドロMARKⅡ   作者: ふじわらしのぶ 2017年度版
2/6

ドクターゴメスの島

 もしも私に純白の翼があるなら、誰よりも高く遠い場所に飛んで行きたい。

 左足につけられた鉄のアンクレットを見る度にひどく感傷的な気分になってしまう。

 女盛りは四十路からだ、と先日のF国の大統領選を取り扱ったワイドショーでアナウンサーがそう言っていたことを思い出す。

 でも男だから関係ないや、と割り切っていいものだろうか。成人を迎えた男性ならば翻って男も四十路からだと見栄を張ってみるのはどうだろうか。もう一度だけ男は自分の足首につけられた足枷と鎖つきの鉄球を見る。



「もしかして俺は本当に囚人なのか」


 男は誰に聞かせるというわけでもなく呟く。

 足枷だけでも厄介なのに、鎖つきの鉄球を引きずって歩いたら逃げるどころの騒ぎではない。

 男の閉じ込められた狭い部屋の外では違法な実験で生み出された怪物 ケルベロスが地獄の番犬よろしく内部の様子を常に窺っているのだから今さらジタバタと足掻いてもどうすることも出来ないのだろう。

 男は外のケルベロスに聞こえるように「はいはい。おとなしくしていますよ。決して逃げたりしませんよ」と己の身の潔白を語ってみせる。

 部屋の外では内部からの申告に動じる様子もなくケルベロスが侵入者と脱走者を見張っているだけだった。

 男は最初から何らかの期待していなかったので、しばらくすると仰向けになって寝てしまった。男は目を閉じながら、自分の意識が戻った数日前の出来事を思い出す。

 そう。あのおそろしい狂った科学者 ドクター・ゴメスとのファーストコンタクトを。


 目に見えるもの全てが霞みがかっている。

 これが朦朧状態というものだろうか。

 男の記憶は現時点以前のものを遡ることは出来なかったので、この感覚や認識といった曖昧な情報が正しいものかはわからなかったが兎にも角にも人生初体験だった。

 しかし、初体験という言葉に恥じらいなるものを覚えない以上は男が自分の年齢が三十前後であることを自覚しなければならない。

 その時、意識と無意識の両方で砂漠の砂嵐を想起させる光景がややしばらくの間だけ展開される。


 「高校までに童貞を卒業していない奴は雑魚」


 都会の若者がテレビの中で誇らしげに語っていたことを、男は思い出した。


 仮に一生童貞だったとしても本人が大人の男だと吹聴していれば信じざるを得まい。

 大体、男が童貞かどうかを調べる方法など存在するのか。


 男は自分が禿げ上がっている上にぶくぶつくと太った「ふじわらしのぶ」という如何にも加齢臭のきつそうな気持ち悪い男の白いブリーフを下げて童貞検査をしている場面を想像して吐きそうになった。


 「男が童貞か否か。確かめる方法がないわけではないわけでもないって言えばないし、あるといえばあるかもしれないわけではないのかもしれない。いや、むしろあるかもしれない」


 白衣の男だった。

 すその長い白衣を羽織ったみすぼらしい男。

 やつれた外見とは相反して妙にギラギラした一種の狂気のような光を宿す双眸が印象的だった。

 白衣の男は仰向けになった男へ、また一歩近づいて来る。

 男は仰向けのまま、やや警戒しながら白衣の男の様子を窺う。攻撃するような素振りを見せればすぐにでも起き上がって戦闘に応じるつもりだった。

 特に何かを思い出したわけではないが、自分はここで死ぬべき人間ではない。

 男は白衣の男の次の言葉を待つ。白衣の男は口元に笑みを浮かべている。目の前の相手の反応に満足しているようだった。


 「鮭の切り身を焼いたやつの皮を食べるのが童貞。非童貞はメンタル的な理由であれを残す。これはもう科学的に証明されているインターナショナル的な事実だ」


 そうか。


 そうだったのか。


 俺は食後のデザートとして鮭の皮に醤油をかけて食べる。

 つまり俺は童貞だったのだ。

 

 男は両目に涙を浮かべながら事実を受け入れた。男の記憶はいまだに戻らない。


 さらに右頬を軽く撫でた時に残るかすかな傷の感触もどういった事情でそうなってしまったかを今後、思い出すことが出来るという理由はどこにもないのだ。

 そんな中で自分という存在を確固たるものにする情報を勝ち得たのだから、これほど心強いことはないはずである。


 「アイ・アム・チェリーガイ!」


 男は歓喜を言葉で表現する。

 白衣の男は目を伏せたまま拍手する。

 男はさらに叫ぶ。

 全てが失われたのではない。

 今、新たに彼は生まれ変わったのだ。真っ白な人生に乾杯。


 「トゥディ・イズ・マイ・バースディ!ナンカ、オタンジョウビ、プレゼントヲ、クダサーイ!」


 そして、どさくさに紛れてプレゼントを要求する。白衣の男はポケットから人間の赤ん坊くらいの大きさの注射器を取り出す。

 その注射器にはご丁寧にドクロのマークが刻印され、内部は紫色の液体で満たされていた。


 「さあ、お注射の時間だよ。斎藤ペドロ君。記憶が戻るまでゆっくりと私の研究所で休むといい」


 そう言うやいなや白衣の男は斎藤ペドロをうつ伏せにひっくり返す。貞操の危機を感じ取った斎藤ペドロ(仮)は一瞬にして上下を分離してこの場からの脱出を試みた。

 実はこの斎藤ペドロという男は以前に全身機械化手術なるものを受けていて、上半身と下半身を分離して活動することが可能な身の上になっていたのだ。

 脳みそと心臓がある上半身は識別番号「ヘクサヘッド」と呼ばれるペドロの試作機と交換可能だが下半身は何度でも交換することができる。

 いつの間にか下半身だけを敵に向かって自爆特攻させる「下半身アタック」という技まで出来ている始末である。

 尚、この技は実弾系の技なのでレベルの高いオーラバトラースキルを持った敵(具体的には仲間に入る話の直前くらいに登場するトッド・○ネス)にはスキル「切り払い」で対処されてしまうことがあるから要注意だ。

 端的に説明すれば白衣の男に何かされる前にペドロはペドロアタッカーとペドロナッターに分裂したのだ。


 白衣の男は二つに分かれたペドロの姿を見て満足そうに笑う。

 

 全ては想定内の出来事だ。

 白衣の男はズボンの尻ポケットに隠していたリモコンを取り出す。そのリモコンには多数のボタンが存在し、ボタンの表面にはそれぞれの役割について文字が書いてあった。


 「ペドロ君。これが何だかわかるかね?」


 白衣の男は勝ち誇った表情でペドロにリモコンを見せつける。白衣の男は手の中にあるリモコンの「虚脱」と漢字で書かれたボタンに手をかけていた。

 ペドロは何故かそれが自分の脳内に埋め込まれたICチップを外部から操作する装置であることを思い出していた。

 咄嗟にペドロは自分の額の両端に手をやって電波の侵入を妨害しようとする。

 今のペドロの行動にほとんど効果はないが何もしないよりも幾分かはマシだった。

 白衣の男はペドロの無駄な行動に気分を害していた。何という醜態。これが銀河系最強のサイボーグ部の部長 斎藤・安美錦・ペドロのなれの果てなのか。

 ペドロの全盛期を知る白衣の男は記憶を失い、忘我自失の最中にある彼の姿を見て失望する。

 あのペドロならば、記憶を失ってもかつての自分の姿を言うならばペドロ性なるものを失わずにいられるのではないか。

 この何もかもが不確かなまま流れるだけの時間の中でペドロだけは決して変わらぬ、と白衣の男は信じ切っていた為に彼の受けた心理的なダメージはかなりのものであった。


 男はごふっ、と血を吐いたりもしてみせる。

 彼の心配したペドロが「涙は心のおもらし」と書かれた手拭いを白衣の男に渡そうとするが、白衣の男は断固としてペドロの真心を拒んだ。

 ここでペドロの厚意を受け取るのは白衣の男にとって屈辱でしかない。

 白衣の男としては一刻も早く彼の尻にでかい注射を打ち込んで自分の研究所に連れ帰らなければならないのだ。

 実験途中に逃げ出したモルモットの始末くらいは自分がするべきだ、と男はそう自分に言い聞かせる。

 しかし、男の脳裏に描かれたモルモットの姿は誰が見てもアライグマだった。


 「ペドロ君。おとなしく私に言うことを聞けば、君を元通りにしてあげようではないか」


 男は不敵に笑いながら、ペドロに自由の放棄即ち降伏を促す。

 自由をこよなく愛する男 ペドロは大いに悩んだ。

 本来ならばこのような不遜な提案はハンマーパンチの洗礼を浴びせて門前払いするだけなのだが、白衣の男の「元通り」という抗い難い魅力をもった提案が彼の判断を鈍らせる。

 果たして記憶の大半を失った今の状態が普段のペドロが掲げる真の自由たりえるものなのだろうか。

 もしかすると、今のペドロは上半身と下半身に分離・合体して粋がっている戦闘メカだけの存在なのかもしれない。

 熟慮というか一人問答の末に(大人の男性にはこういうことがよくあるのだ。みんな、勉強になったね!)己の存在意義を見失いかけたペドロは素直に白衣の男の提案を受けることにした。


 「お願い。部屋の電気を消して。初めてなの」


 ペドロは頬を紅潮させて、小さな声で言った。


 白衣の男は健気なペドロの想いに応えるために胸の奥底に渦巻く欲望を理性でコントロールする。


 やがて白衣の男は室内の照明を消す。


 「行くよ」と言うとゆっくりとペドロの上に覆いかぶさるのだ。



 「そういう余計な演出は要らねえんだよ!俺の名前はドクター・ゴメスだ。もう忘れるなよ、ゼリービーンズ・ボーイ!」



 ぶすっ!白衣の男は怒号を発しながら、ペドロの尻に巨大な注射を打ち込んだ。

 

 俺のアレは飴でコーティングされているのか。


 ペドロはドクターゴメスと名乗る男の精神が狂気の領域に達しているのではないかと考えた。

 その間にも、ゴメスがペドロの臀部に打ち込んだ注射器から体内へと紫色の液体が次から次へと送り込まれていく。

 ゴメスは瘴気を失わない最後の抵抗としてアへ顔ダブルピースのポーズでドクターゴメスに不屈の闘志を見せつけた。

 これにはゴメス博士も相当面食らったというか呆れてしまったようでペドロの股間に向かってパンチを叩きこむ始末であった。

 ゴメスの学者とは思えないようなマッシヴボディから繰り返し放たれるショートアッパーのラッシュは徐々にペドロかの精神を崩壊させていった。

 何とこの時、ゴメスは意図してペドロの男性的なイコンに向かってパンチしていたのである。

 マッドサイエンティストたる彼の残虐性は相当なものであった。彼は戦士のように雄々しく、もしくは名うての拷問理のように執拗にペドロのズボンのチャックがついている部分を殴り続けたのだ。

 対してペドロはもっとここにパンチしてくれ、と言わんばかりに自分の股間を指さした。

 この時のペドロは自身の男性的なシンボルに対する不当な扱いは断じてやめて欲しいと言っていたわけだが、ゴメスはそうと知りつつもペドロの提案を受け入れる気にはならなかった。


 「戦う気がないならリングに上がってくるな」


 ゴメス博士はペドロの士道不覚悟を責める。

 注射器の中身は全てペドロの体内に投与した。

 紫の液体の正体はエイリアンの体液である。

 ゴメスの研究によってエイリアンの体液を体内に注入された人間は外見がエイリアンのように変化して性格は凶暴になり、近くにいるものを攻撃することが判明している。

 ゴメスは半ばエイリアン化した人間を科学の力でコントロールして悪の兵器産業にでも売り払うつもりでいた。

 今回ペドロにエイリアンの体液を強引に与えた理由は世界最強の軍事サイボーグであり、改造される以前から人類最強と名高いペドロならばエイリアンに精神を支配されることなく人間の精神を保ったままでいられるのではないかと狂気の科学者は考えたのだ。

 きっとペドロが人類最強ならゴメスは人類最高の知能を持った科学者なのだろう。

 ゴメスは苦痛に顔を歪ませるペドロの姿を満足そうに眺めている。

 海亀が出産の苦しみを堪えて涙を流すように、ペドロもまた新しい生物に生まれ変わる為の通過儀礼を受けているのだ。


 「あれはねー、別に泣いているわけじゃないんだよ。海水が目から滲み出てるだけだしー」


 ゴメスの背後で海亀が産卵の真実を教えてくれた。


 ゴメスは「サンキュー」と海亀に告げると、彼女の大好物であるバター飴をプレゼントする。

 海亀は綺麗に飴の箱が包まれた包装紙を剥がして、バター飴を舐めていた。

 そして、自分の役目を果たした海亀はミイラ化した浦島太郎を背中に乗せて海底のポセイドン神殿に帰って行った。

 その間、ペドロは自分の左手首を噛みながら必死に注射の痛みを我慢していた。


 「この程度の苦痛、何ともないぜ!」


 ゴメスは合体システムに異常がないことをチェックするとOSを「WINDOWS10っぽいやつ」から「WINDOWS13日は日曜日」へのバージョンアップを完了した。

 次にペドロはAパーツとBパーツに異常がないかをウィルス検査ソフトウェアで確認する。

 両パーツの破損率は60パーセントオーヴァー、明日くらいに電気屋に連絡すれば何とかなるかもしれないので放っておくことにした。

 ペドロは「PCが爆発する可能性があります」というアラートを無視して上半身と下半身を合体させた。


 「合体などさせんぞ!ペドロ少年!」


 左のビームローダーを激しく旋回させながらアルビ○オ・ピピ○ーデン少尉が○ムリアットで肉薄する。彼はほとんど同期だけど後輩みたいな赤毛の男に対して焦りを感じていた。男の早急な出世も数少ない動機の一つだったが、それ以上に一兵士として完成しつつある後輩の姿にかつてない危機感を感じていたのである。

 女帝の弟、成り上がりもの。

 そういった揶揄を周囲から受けながらもどうしてあの男は前に進んでいけるのか。


 「うおおおおっ!」


 シールドが、ビームシールドが存在する以上は遠距離での打ち合いに意味は無い。恐るべき空間把握能力をもつあの少年パイロットならば、こちらの位置などすでに掴んでいることだろう。

 だが、今回に限っては逆方向の山沿いから伏兵が配置されているのだ。いくらニュー○イプといえど完全に対応することは不可能だ。

 されど相手は少年。心の削り合いでは負けはせぬ。


 「ペドロ!山側にも注意しろ!何機か、隠れているぞ!」


 色眼鏡の男からの通信を聞きながら、ペドロはあえて上半身と下半身の向きを逆にしながら合体する。

 正面から迫る敵機に対してはビームサーベルの投擲を、左後方から急接近する敵機に対してはビームライフルで応戦した。

 今回はペドロの機転が功を奏した。

 ペドロの投擲したビームサーベルはト○リアットの手首に命中してビーム兵器の発射機構を破壊することに成功した。

 ピピ○ーデンは舌打ちすると誘爆を免れる為に愛機の左手をパージした。

 これによって彼はローダーの飛行を維持する為には戦線を離脱せざるを得なくなってしまった。

 ペドロは上半身を正位置に回転させて後方から迫る敵機に対応する。功を焦ったピピ○ーデンの部下たちはペドロに肉弾戦を仕掛けてきた。

 蓑虫フスキー粒子の庇護を受けて緩やかに降下するペドロは数度の回避と交差の末に敵機を次々と破壊していった。


 こうしてゴメスの注射によって幻覚を見せられたペドロは意識を失い、ゴメスの従僕である大男に担がれながら彼の研究所に連行されるのであった。

 

 薄れていく意識の中、ペドロは突如既知感に襲われる。


 そうだ。

 あの時はたしかエイリアンとの戦いで重傷を負い、サイボーグ手術を受ける羽目になったのだ。

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