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愛ね、暗いね、納豆虫喰い・・・第三回・・・いじめはもう止めてください!

 ぼくは、丘の上までたどり着いた。

 そこから周りを見渡してみた。

 なだらかな高原地帯のような感じだけれど、人間の気配がまったくしない。

 家は全然見えないし、道路も、電線も川も見当たらなかった。

 第一、さっきまで、ぼくがいた、あの巨大なモニュメントはどこに行ったのだろう。

 青い月は、もう明らかに下に向かって落ちて行く姿勢になっている。

 穏やかではあるが、何となく、冷たい夜の気配が忍び寄る。

 

 特にこの状況に関係してないけれども、最近、世の中では『いじめ』の話題が多い。

 本当に冷たい、嫌な気配だ。

 ぼくは、退職前に職場でいじめられたとは、まったく主張しないけれど、今や、いじめは、社会的には、もうぎりぎりの線をはるかに越えてしまった、非常に切迫した大きな問題に間違いないのだ。

 むかし、小学生時代に遠方から転校してきたぼくは、高校生くらいまで、言葉の違いなどからなのか、いじめにあった。ただし、身体的な攻撃や、お金を取られたことは、無かったが。(皆無とは言えませんが・・・)

 先生からも、「お前はへそ曲がりで、回りの子と違う事ばかりする。」

 と事あるごとに叱られたものだ。

「ちゃんと、ここの言葉で話せ」と、誰かに言われたりもした。

 帽子を被れば、『他の子は今日は被っていない』と言われ、被らなかったら、『他の子は被っている』と先生から言われた。

「ま、おまえは変わり者だから、仕方ない。」

 考えて見みれば、この時点で、やっとぼくの存在を教師に認めさせたか、と喜んでしかるべきだったのかもしれないが、さすがにそこまでの度胸はなかった。

 確かに、同じ転校生でも、とても上手く対応する子供がいたことも事実ではあるし、先生がいつも悪いと言うつもりもない。めちゃくちゃ褒めてもらったこともある。

 放課後、何気なくゴミを片づけていた次の日など、まるでノーベル賞をもらった位に褒めてくれた。賞品までいただいた。

 ところが、次の日から掃除をしていると、周りの子供たちから、「先生に褒められたから、やってるんだー」と、またいじめられるようになった。本人としては、もうお手上げ状態と言うしかない。

 工作の作品を作ると、わざわざ壊しに来る子もいた。

 まあ小学校を卒業するまでコンな感じだった。

 中学生になってからは、先生からのご指導の方がむしろ問題であった。

「お前なんか、高校に絶対受かるものか。」

 と、英語の女性教師から授業中に立たされたまま、投げ捨てるように言われた事があった。何故そう言われたのかは、もう覚えていないけれども。あとで学校近くの駅前でГ先生、高校ちゃんと合格しましたよ。」と言ってやった時はいささか楽しかったものだ。先生は立ちつくしてしまっていた。

 家が学校に近かったことから、

「家からご両親が、立たされてばっかりいるのを見ているぞ。」

 なんて担任から言われて、大いに笑われたりもした。

 本人も笑ってはいたが、内心は煮えくりかえっていたのは間違いない。

 別の数学の先生の場合は、こうだった。どうしても意味がわからない問題があって、意を決して、職員室まで「どうか教えてください」と言って行ったぼくに、解答だけ、ささっと紙に書いて、ぼんと投げつけるように返してくれただけで、結局何も教えてはくれず、こうおっしゃった。

「誰くンは、授業中騒ぐけれど、あなたと違って勉強は出来るのよ。」

 と。ああ、じゃあ、ぼくはどうしろとおっしゃるのだろうか。数学なんて、もう、学校ではやってやるものですか。ぼくは近所の有名大卒のおねえさんに付いてマンツーマンで、問題集を片っ端から攻略してゆく作戦に出た。おかげで実際の高校の入試問題は、割と簡単だった。

 まあ、人間の思い出は、自分に都合の良くない事はきっと忘れているのだろうけれど。ただぼくは授業中に騒いだり、さぼったりはしなかった。確かに音楽と国語以外の成績は良くなかったのではあるけれども。

 実際のところ、家では毎日モーツアルトや、ベートーヴェンやシベリウスばっかり聞いていたから、そうなるのも無理はなかったのだが。もっとも、この分野だけは、先生よりも、遥かに詳しかったと思う。(部分的には、だが)いささか発達障害的な部分は、あったのかもしれないと、精神科の先生も、おっしゃってはいるが、もう六〇歳になろうという、今頃追及しても、仕方のないことでしょう、ともおっしゃってくださる。

先生方が、教員数全体が足りずに、沢山の仕事を分担しなければならなくなっていることはよくわかる。それは、ぼくの職場でもそうだった。職員一人が体調を崩すと、回りへの影響は大きい。だから病気になって休んでしまった職員に対する気遣いよりも、その後の職場の体制をどうするかの方が大切になるのは、当然と言えば当然だ。労働組合も、休職中の職員よりも、現場で頑張っている側に目を向けざるをえない。雇用者側と労働者側は、全体的に利害が一致することになる。休んでいる側としても、そこはいやというほど理解はできる。かつて逆の立場だったこともあっただけに。だから、自分が壊れてしまったら、その絶望感がより深まるのではあるけれど。

 僕が子供時代は、多少ましではあったかもしれないが、似たようなものではあっただろう。

 だから、先生を批判するのは気が引ける。

 もしぼくが、もう少ししつこくて、毎日放課後に”教えてほしい”と先生に迫っていたら、状況は違ってきただろう。

 そこも、そうだと思う。やり方がへたくそなのだ。

 そうしたことはすべてその通りだと認めたうえで、そうした不器用で扱いずらい生徒に対する心遣いを、先生方にはお願いしたい。

 職場で精神的な疾患によってうまく歩めなくなってしまった人に対する対応についても、確かにそうなのだけれど、まずは学校での対応を見直してほしい。

 義務教育の現場ではなおさらだ。

「ここは辞めて、また出直しましょう。」

 という訳にはゆかないのだから。

 小学校や中学校時代に自ら命を絶つなどという事態は、尋常なことではない。

 どんなに言葉を尽くしても、表現できない大変な事態なのだから。

 それが続いているとなれば、あまりにも残酷な状況になっているに違いない。


 ともかくも、時に反発したこともあったけれど、僕の場合は大事には至らならないで、それなりの方向に動いてくれ、そのまま進学できたのは、ぼくの知らないところで、なにかと、先生方や、親や、回りの方々のお力があったのだろうな、とは思う事にしている。

 まあ、自己弁護の為に言えば、各種受験前の必要な時にだけは、数学の個人レッスンも含めて、毎日毎晩、ほぼ徹夜で秘密の勉強をしたのも事実なのだけれど。でも、「勉強しています!」 なんて、人前では、特に教師の前では、絶対言いたくなかったけれど。

 やっぱり相当、へそ曲がりではあろう。

 職場でも、「もっと周囲から、影であなたが頑張ってるのが解るようにしなさい。」と、理解のある上司から言われた事もあるが、「そういうのは、嫌いです。」と、つっぱねていた。困った奴だ。こういうところは、大いに反省の余地がある。

 まあ、いずれにしても、何事も一方的に自分勝手な事を言ったら、罰が当たるだろう、と思う。

 ここのところは、十分申し上げておく。

 なにもかも、いつも周囲の方の善意で、やっと、ここまで生きて来られたのだ、と。先生方の真意は、結局はうまく通じたと考えるべきなのであろう。勿論、だから常に自分が正しかった、なんて言うつもりは、さらさらない。間違いの方が多かったに違いない。

 

 と、言いながら、もう一つだけ。大分後年になっての事だが、ぼくの結婚式では、出席者のどなたかから「地元の人間じゃない、どこの人間かわからない奴と結婚して!」と、言われたと、おじが後から、さかんに怒っていた。

 一方このおじはおじで、自分の家系がいかに地元では有力か、などと必死に抗弁したらしい。

 まあ、どっちもどっちのような気がするけれど。


 これで、だからどうだなんて、言うつもりはないけれど、経験上も、是非、考えて見て欲しいことはある。

 報道で見ていたら、学校の先生方の中には、いじめられる側にも問題があると認識していらっしゃる方があるようだ。そこには、先生方なりの経験があるのだろうとは思う。でも、もし、本当に学校の先生方などが、いじめられる側にも問題がある、とお考えならば、それは、すでにもう、いじめに加担しているか、その兆候があると言うべきなのだ。

 学校でも職場でも、いじめで命を失ったり、心を傷める様な方が、これ以上、一人も出ないようにする位の気持ちで、みんなで、何とかしなくてはいけない時期が来ている、と思うのだが。

 権力や、利益や、競争や、家族や社会や、会社や国家のため、や、それこそ、いろんな言い分はあるだろう。

 人間はもともと、本能的に利己的で、集団的で、お互い争い合うものだと、それで進歩があるのだ、と、言う向きもあるだろう

 それは、それぞれは、それぞれで正しいのかもしれない。

 でも、願わくば、世界中が、ごく普通に、あたりまえに、いつくしみに満ちた社会になって欲しいものだ。

 危ない事は、テレビや映画、ゲームや小説やオペラの中だけでやって欲しい。

 学校や職場や国際社会での殺し合い、傷つけ合いは、もう御免こうむりたい。


 で、ぼくは、周囲を見回した後、その『白い家』に向き合った。

 家の周りは、これも白い木の柵でぐるっと囲まれていた。

 かわいらしい、背の低い『門』がある。

 そこから家まではすぐで、けっして豪邸ではない。

 窓には、当然のように白いカーテンが覗いている。

 表札などは見当たらない。

 ぼくは、ドアを叩いた。

 返事はないけれど、すっと玄関が開いた。

 でも、そこには誰もいなかった。

 こういうのは、普通明らかに危ないぞ、という兆候の設定なのだ。

 しかし、別にお化け屋敷と言うような感じもしない。

 青い月が、もう相当傾いている。

 時間はあまりなさそうだった。

 でも、ぼくは家に上げてもらう事にした。

「お邪魔します。」

 そう言って、ぼくは玄関から家に上がった。

 日本式に靴は脱いで上がる様式と見た。


 右側の部屋に入ってみる。

 綺麗に片付いた、応接間のようだ。

 高級ではないが、応接セット一式。

 でも、テレビもステレオもないようだった。

 ぼくは、ちょっとソファに座ってみた。

 いい感じだ。

 窓が半開きになっていたらしい。

 そよ風が吹きこんで、大変気持ちいいのだ。


「お帰りなさい。」

 声がした。

 一人の女性が、いつの間にか目の前に立っている。

 む、どこかで見たに違いない。

 違いないが、はて、どなただったかしら?

 下宿のおばさんのような、でも、さすがにちょっと若すぎる。

 母でもない。

 子供時代の、お向かいのおばさんでもない。

 昔の恋人でもない。

 誰だろう?

「よく、お帰りになりました。弘子です。お久しぶりですね。」

 ああ、そうだ、あの子だ。

 ぼくが、必ずいつか『書く』と約束した、その本人だ。

「ちょっと、大きくなりすぎて、わからなかったです。」

「まあ、ご挨拶ですね。どの部分を指して言っているのですか?」

 松村弘子、またの名前はヘレナ、その正体は、『火星の女王様』なのだそうだ。

 あくまで、本人の言い分ではあったが。

 ぼくが小学生時代に出会った、現実でも幻想の彼女。

 でも、あれが幻想だったのか、夢だったのか、それとも、本当に学校の中に存在していたのか、またはまさに宇宙人との遭遇のような、超現実だったのか、ぼくの勘違いなのか、そこのところは、もう判然とはしない。

 いつも夢見がちな、頭の中では音楽ばっかりが鳴っていた、ぼやっとした、出来の悪い少年だったぼくのことだ。

 けれども、確かにぼくの中に、彼女はその後、存在し続けてきた。

 辛くなったら、彼女の事を思い浮かべて、いったいどう書くのか、ずっと考え続けてきた。

 しかし、最近までは、まったく書き始められなかった。

 体調が悪くなり、めいっぱい薬を飲むようになり、『もう仕事は辞めよう』そう決めた時から、良いか悪いか、下手か、めちゃくちゃかは別として、なんだか書けるようになって来たのだ。

「ここは、あなたの家です。」

「ぼくの?」

「そう、あなたの為にだけ、用意していた家。やっとたどり着きましたね。」

「あの、つまり、ここはどこですか?」

「『永遠の都』の果てのはずれ、です。」

「はあ?」

「だって、あなたちゃんと書いていたでしょう?ご自分で。」

 確かに、まだその存在をほのめかした程度だけれど、書いたことは書いた。

「だから、わたくしがお教えした通りなのです。で、時間がないので、申し上げますね。このまま、ずっと、永遠に、ここにいてくださってよろしいのですよ。ここで、わたくし達の事を、書き続けてくだされば、ね。ニ階にはパソコンもあります。あなたが望むなら、お家からあなたの大切なレコードやCD達も、楽器も、ラジオさん達も、そうしてお母様が、あなたにお作りになった『くまさん』も、お連れいたしましょう。ただし・・・」

 彼女は右手を上げて言った。

「この世では、あなたの存在は、終わります。勿論、お嫌なら、このままあのトンネルに戻っていただいても、いいのですけれども。」

「あの。」

 ぼくは言った。

「家に帰ることは、出来ないの?」

 彼女は、ギロットとぼくを睨みながら、答えた。

「出来なくはありませんわ。でも、それには、あなたの努力が求められます。トンネルから、やり始めなくてはなりません。」

「はあ・・・・・。なんか、すごく一方的なような。」

「よく、おっしゃいますわ。ご自分で飛び込んできたくせに、ですわよ。」

 まあ、そう言われれば、そうなのだけれど・・・

「あそこに、入口を開けていたのは誰なのかなあ?」

「ほほほ、まあ、そこは偶然だったのよ。妹のために待っていたのに、あなたが入ってしまうなんて、予想外だったのね。そこはまあ、この世の宿命と思ってください。そんなものなのよ。ネズミさんだって、まさかあなたが、仕掛けをしているなんて思わないでしょう?」

「ぼくは、ネズミさん並みですか・・・。」

「まあ、そうおっしゃらずに。さあ、時間が来ますよお。月はもうすぐ沈む。いいですか? 一度だけ、考えてくださってもよろしくてよ。どこかお望みの時間と場所に、お送りいたしましょう。そこから、トンネルに戻ることは、一回だけできます。あなたが望めば、そこからすぐにでも。で、その後、それなりに努力すれば、お家に帰れるようにいたしましょう。でも、それは、あくまで仮の出来ごとにします。そこからもう一度だけ、ここに来ることが出来ます。でも、チャンスはもう一回だけ。そこを逃したら、あなたの仮の現実は、本当の現実に戻ってしまうの。あとは、その現実の中で、わたくしの事など、ぼそぼそと書いて、やがて終わりになさい。」

「なんだか、コナン・ドイル先生の小説のような・・・・」

「あの方は、だって一度ここに来たのだもの。まあ、あれも偶然といえば偶然ね。」

「はあ・・・・・。」

「よおく考えなさい。いい?永遠に、チャンスは一回だけよ。このまま、ここにいれば、あなたは、わたくしに、また会えるわ。永遠にここで生活できるわ。食事も、収入も、社会的な事も、電気代も水道代もガス代も、何も気にしなくていい、でも、『この世』、まあ、ここから見れば『あの世』だけれど、あそことは、永遠にお別れなの。悪くないでしょ? さあ、どこに行きますか?これだって、一回きりのチャンスよ。」

「これって、夢?幻想?」

「あなたは、今でも、現実と夢と幻想が、あまり区別出来なくなっていますから、まあ、そこは気になさらない方がいいのでは? さあ、時間がありません、もう月は沈むわ。」

「じゃあ、1787年8月、ウイーンに。」

「了解、ああ、もしモーツァルトさんに会うつもりでおいでなら、わたくしの王宮にお連れなさい。入口はここですよ。女王陛下がお待ちとかなんとか言いなさい。火星って言わないほうがよろしくてよ。これプレゼント。じゃ逮捕されないようにがんばってね。では、レッツ・ゴ!」
































































































 





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