神の愛に対する私見
神話を紐解くと、人間に対する神々の愛は深いものを感じます。
まあ神話は人間の創ったものですから、ある意味では自己愛が肥大したものだと解釈できると思います。
それでも神話は僕たちに神の愛を教えてくれます。
旧約聖書の創世記では、神はこう言いました。『産めよ増やせよ地に満ちよ』と。人間を信頼して、肯定して、何より愛しているからこそ、言える台詞ことだと思います。
自分が創りだした最高傑作であるからこそ、愛らしく、愛おしく、愛しているのでしょう。
神の無限大の愛を『アガペー』と言います。これは人間では表現することができない、神特有の愛であります。
しかしその愛が数々の戦争や悲劇を起こしたことは否定することはできません。
たとえば、ユダヤ教の神は選民主義でありますし、イスラム教は神への愛を示すために異教徒を排除してしまいます。キリスト教は語るまでもありません。
十字軍、ジハート、ユダヤ人の差別。
神を信仰することによって、自分の命を捧げてしまうテロリズム。なんて愚かしいのでしょうか。
僕は宗教を肯定も否定もしない無宗教ですけど、これは間違っていると思うのです。
神はもっと大きな存在で大いなるものであるのです。
人間の選択に理解を示し、時には試練を与える。まるで親子のような関係であるのです。
人間は神を利用して殺人を行なうのは、有り体に言って間違っていると思います。
見守ってくれることに感謝を捧げるべきであり、人命を捧げるのはおかしく思います。
だからこそ、僕たちは一度、神について考え直すべきなのです。
みんなが幸せになれるような宗教は決して創れないですけど、不幸にしない宗教を創ることはできると僕は信じています。
人間の可能性を信じています。
宗教を創るのは小説を書くことと同じです。
何故なら自分の物語を他者へ布教して感情を支配するからです。
今の時代に新たな宗教を創ってくれる救世主の登場を待ちわびながら、僕は小説やエッセイを書き続けていきます。
読んでくださりありがとうございます