1話 あの日から
「あづーい」
「信じらんない...今日何度だよこれ...」
今は放課後。部活中。といってもイスに座って机に張り付いているだけなのだが。
「あづーい」
「なんでクーラーつかないんだし...」
机にへばりつき、ずっと暑いと連呼しているのはこの部の部長、佐野いちごだ。
その横でクーラーのリモコンを連打しているのは、北瀬瑞菜である。
「瑞菜ちゃん、今日35度だってね...」
「おい、髪の毛貞子みたいになってんぞ。くし貸してやるから結きなよ。」
瑞菜からくしを受け取り、いちごは腰まで伸びている髪の毛を結き始めた。
もともと部員の少なかったこの部活。
その名も奉仕部。
この美凪高校内で依頼されたことはなんでもやる部活だ。
高校2年生となった、いちごと瑞菜ともう1人の計3人で活動している。
そのもう1人は遅刻している模様。
もうすぐ7月になるが、梅雨明けが早かったせいか、7月中旬並みの気温になることは珍しくなかった。
「暑いんなら涼しくなることしようか。」
瑞菜が提案する。
「どんなどんな!?」
結いたポニーテールを揺らし、目を輝かせるいちごに、瑞菜はにっこりと微笑み、
「怖い話するとか。」
と言った。
その言葉を聞いた瞬間、ガタガタっとイスから崩れ落ち、両手で両耳をふさいだ。
「ちょっと、涼しくなりたいんでしょ?だったらその手を離しなさい。」
いちごは両耳をふさいだまま、瑞菜のほうに顔を上げた。
「その言葉だけでもう涼しいよっ!」
怖い話が苦手ないちごは今にも泣き出しそうだ。
「これ聞いたらもっと涼しくなるよ。ほらほらとっておきのを話してやろう。」
そんなことは気にもせず、楽しそうに瑞菜は話し始めた。
「やめてぇぇぇ」
「んで?アノ話したの?」
奉仕部に依頼を...ではなく、遊びに来た同じクラスの早川柚季が2人を見る。
「いや、アノ話しようとしたんだけど、教室飛び出しちゃってさ。」
瑞菜は腕を組み、今なお震えるいちごを見ながら言った。
その様子に柚季はぶはっと吹き出した。
「そんで、飛び出した先にちょうど私がいて、泣きついてきたわけね。」
「ふぇぇ~ん!!瑞菜ちゃんがぁぁぁ!!」
ガバッといちごに抱きつかれた柚季は、よしよしと頭をなでてあげている。
「ていうか、柚季あんたバスケ部でしょ?行かなくていいわけ?」
瑞菜に言われ、一瞬、柚季の表情が暗く陰った。
しかし、パッといつもの笑顔に戻り、
「いーのいーの!私がいなくてもチームは強いから!」
と、明るく言う柚季。だが、どこかぎこちない笑顔だと瑞菜は思った。
「(部活でなんかあったのか...)」
誰にでも好かれるキャラで、次期キャプテン候補と言われている柚季。悩み事なんてありえないと思っていたが、そんな彼女にも誰にも言えないことがあるのだろうか。
そんなことを考えていると、ガラガラっと教室のドアが開いた。
「悪い、遅くなった。」
そう言いながら、1人の男子生徒が入ってくる。
「あー!陸人遅いよー!」
いちごは柚季から離れ、男子生徒のもとに駆け寄る。
実はこの男子生徒がもう1人の部員、藤崎陸人だ。
「ごめんって。色々あったんだよ...あれ?早川じゃん。」
柚季を見て驚く陸人。
「お邪魔してまーす。」
手をひらひらと振る柚季に、部活はと聞こうとすると、
「聞いてよ!さっき瑞菜ちゃんに怖い話されそうになったんだよ!」
いちごがムスっとした顔で陸人を見る。
「あーお前は怖いの大の苦手だもんな。」
はははと笑いながら、陸人はいちごの頭の上に手を置く。
子供扱いされたのが気に入らなかったのか、いちごはぎゃーぎゃー文句を言っている。
「本当、仲良いよね~あの2人。」
「昔から知ってるからね。」
微笑ましいよねと言う柚季に、当然といったかんじで瑞菜が答える。すると、柚季は思い出したように瑞菜にたずねた。
「あ、そういえば、3人は幼馴染なんだっけ。」
「まあね。」
最初に出会ったのは瑞菜と陸人だった。
幼稚園が一緒で、親同士仲も良く、家族ぐるみの付き合いをしていた。女の子の友達が少なかった瑞菜は、いつも陸人や他の男の子と一緒に遊んでいたが、周りの男の子は、1人だけ女の子の瑞菜を遠ざけることがあった。
それでも、陸人は変わらず遊んでくれていた。
おかげで、おままごとやお姫様ごっこなどはすることなく成長したのだが。
小学校に入学し、お互いに友達はたくさんできたが、相変わらず毎日のように2人で遊んでいた。
2年生になり、学校が終わってから公園で遊んでいた時。
砂場に1人でいる少女を見つけた。
瑞菜と陸人は、近所では見たことのない少女に興味が湧き、話しかけることにした。
「1人なの?僕たちと遊ぼうよ!」
陸人が少女に笑いかける。
少女は少し顔を赤らめながら、うなずいた。
少女の名前は佐野いちご。
引っ越してきたばかりで、来週から2人と同じ小学校に通うという。生まれつき髪の毛が茶色かったようで、初めて見たときは外国人かと思ったほど。
いちごが小学校に転入してきてからは、3人でよく遊ぶようになった。
初めはあまり喋らなかったいちごだが、2週間もすればよく喋るようになっていた。
お互いの家に行ってゲームしたり、なわとびで跳んだ回数を競い合ったり、誕生日には、いちごに内緒でサプライズケーキを用意したりもした。
こうして3人は小学校を卒業し、中学校に入学した。
中学に入ると、中間テストと期末テストがあり、3人の学力の差が出てきた。
いちごは2人よりもテストの点数が低いため、勉強会をひらいては2人によく教えてもらっていた。
そのおかげで、3年の夏には瑞菜と陸人が目指している高校にギリギリ安全圏で入ることができた。
そして、待ちに待った修学旅行の日。幸運なことに、クラスが3人とも一緒だったため、グループが同じになれた。
2泊3日で京都と奈良を観光し、たくさんの人に出会って、鹿にも会って、いろんな体験をした。
夜はみんなでガールズトークして暴露会なんかもして、楽しかった。
「瑞菜はさぁ、藤崎くんのことが好きなの?」
同じ部屋の女の子に聞かれると、ボっと顔が熱くなって
「ないないない!!陸人はただの幼馴染だから!!」
と、強く否定した。
いちごも同じことを聞かれたが、否定していた。
2日目。この日は京都の観光だった。
みんなで決めたコースで回っていると、他のグループと偶然会った。
写真を撮りあったり、これまでに見たものの話をしたりしていると、そのグループにいた1人の男子がいちごに話しかけている。そして2人でどこかに歩いて行ってしまった。その様子を見た瑞菜と陸人は顔を見合わせ、2人のあとを追いかけた。
バレないようにするのが、ちょっと探偵っぽくてワクワクしていた。物陰に隠れながら追い、2人の足が止まったところで息を潜める。
人気のない場所まで来ると、男子は深呼吸をしてから言った。
「佐野、お前のことが好きだ。俺と...付き合って欲しい。」
告白だった。
バレないように身を潜めていた瑞菜と陸人は、驚きのあまり声を上げそうになる。
「(まさか告白だったなんて...)」
瑞菜はいけないことをしている気分になった。
「ねえ陸人..」
戻ろうと言おうとして陸人を見ると、その顔は悲しげに曇っていた。
その瞬間、瑞菜の胸を突き上げてくる気持ちが溢れ出してくる。
「瑞菜、みんなのとこに戻ろう。俺らが聞いていいことじゃないだろ。」
そう言って、瑞菜を置いて陸人は走って行ってしまった。
しかし、瑞菜はしばらくそこから動けなかった。
「(陸人...いちごのことが...)」
胸に苦しい波が打ち寄せる。
薄々気づいてはいた。いちごを見つめるその目が、私に向けられる目とちがうんだと。
でも勘違いだと自分に言い聞かせて、今まで過ごしてきた。
なのに、
「(あんな顔してるの見たらさ...)」
「(いちごの事好きだって言ってるようなもんじゃん...)」
涙がぐっとこみ上げ声を詰まらせる。
声を放って泣きたい衝動に駆られるが、それをこらえるのに全力を注いだ。
陸人の気持ちがはっきりと分かり、それと同時にわかったこと。
「(私..失恋したんだ...)」
初めての恋と、初めての失恋だった。
「瑞菜ーおーい聞いてるー?」
柚季が瑞菜の顔をのぞきこむ。
そこでふと我に返る。
「あ?あぁ、ごめんちょっと考え事してた。」
「瑞菜が考え事~?どうせ、アイス降ってこないかなーとか考えてたんでしょ?」
柚季がニヤニヤしながら言う。
「んなこと考えないっつの。いちごじゃあるまいし。」
「確かにいちごなら考えてそう..」
「何なに!私がなに!」
自分の噂がされていると気づいたいちごが、瑞菜と柚季に詰め寄った。
「いちごはおバカって噂だろ。」
陸人が後ろから言うと、いちごはえっ!っと陸人の方を向いた。
その様子に、瑞菜と柚季は吹き出した。
「ははっじゃあ私そろそろ帰るね~。」
柚季は笑いながら教室を出た。
いちごは瑞菜に、本当なの!?と連呼していたが、瑞菜は笑っていて喋れなかった。
陸人はいちごのことが好き。
きっと、いちごも陸人には少なからず好意は持っているはず。
そこに私が入り込む隙間はないのかもしれない。
でも、まだ諦めきれていない自分がいる。
だから、この想いを心に閉じ込めておくことはできない。
いつかその日が来るまでは、陸人を好きでいる。
瑞菜はそう決めていた。
小説を投稿するのはこれが初めてです...
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