じょうだん仙人
なにしろ、昔のことなので、この話が本当のことなのかどうかは分かりなせんが、その頃、おてんと様はまだ三角だったそうです。
ある小さな村のすぐそばに深い森があって、森には、じょうだん仙人、と呼ばれる老人が住んでいたのですが、 老人は、その名の通り、じょうだんを言うのが大変好きで、時々、村に遊びに来ては、冗談を飛ばして村の衆を笑わせておりました。
仙人の行くところ、そこにはいつも笑いの渦が巻き起こったのだそうです。
ですから、村の衆は、もう仙人の顔を見るだけで腹を抱えて笑うのですが、村の衆は、じつは、まだ、誰も仙人の顔を見たことがありませんでした。
なぜなら、仙人は、いつも白い頭巾を頭からすっぽりと被って、決して村の衆に顔を見せなかったからなのです。
今日も仙人は、取って置きの話をしに、村にやってきました。
村の衆ときたら、もう、じょうだん仙人がやって来る姿を遠くから見るだけで、すぐに笑い転げてしまう、という具合だったので、仙人の姿を見かけると、村の衆がすぐに集まって、そこには仙人の周りを囲む、二重三重の輪ができるという始末でした。
「仙人、今日はどんな話をしてくれるのかね。一番面白いのをたのむぞ」
「おおう」
仙人は、ぐるりと村の衆の顔を見回しながら話しだすのでした。
「昨日の夜のことじゃ、森の中で、手のない幽霊と、首のない幽霊と、足のない幽霊がばったりと出会って、最初は機嫌よく世間話をしていたのじゃが、どういう訳か喧嘩を始めたのじゃ」
「おう、それからどうした?」
「まず、手のない幽霊が言うのだ、『おい、お前らを、ひとひねりにひねり潰してやるぞ』とな」
「おう、それからどうした?」
「そしたら、首のない幽霊が言う『なんだと、お前らを、ひと飲みにしてやるぞ』とな」
「おう、それからどうした?」
「それを聞いていた足のない幽霊が『なんだ、なんだ、お前らを、この俺様が、あのお月さんのところまで蹴り飛ばしてやるぞ』と言うのじゃ」
「何じゃらほい、それじゃ、何にもできまいて。大きなくすの木の蔭で聞いていたわしは、思わず吹き出してしまうとこであったわい」
「わははは、面白い、仙人、もっと面白い話をたのむぞ」
「よしよし、分かった。次の話は、やっぱり森の中の話じゃがな。あのな、・・・」
「わはは」
「ふふふ」
「へへへ」
笑って、笑って、笑い転げて、腹の皮がすっかりよじれてしまって、一息ついたとき、ふと思い出したように、村の衆の一人が仙人に尋ねました。
「仙人、仙人は、どうしていつも頭巾を被っているのかね、その顔を一度、拝ませてもらいたいものだ」
そうしますと、村の衆のだれもが、声を合わせて言いだしたのでした。
「そうだ、そうだ、仙人、わしらに一目、仙人の顔を拝ませてくれんか」
すると、仙人は慌てて頭に手をやったのです。
「いや、なに、何でもないつまらない顔じゃ。見たところで面白くもなんともないものじゃ」
と言って、決して頭巾を取ろうとはしませんでした。
そんな風に言われると、なおさら見たくなるのが人情というものです。
なんとかして頭巾の下の仙人の顔を見ることができないものかと、村の衆の誰もが、ますます、そんな風に思ったのでした。
そして、ある日のこと、村の衆の念願であります、仙人の顔を見る絶好の機会がやってきたのでした。
ある朝早く、村の衆の数人が、田んぼに出かけようとして、森のそばの小川に差しかかった時のことでした。バシャバシャという水音がするのです。
魚でも跳ねているのかと思って、音のする方に目を向けた村の衆は、そこに仙人の姿を見つけたのでした。
村の衆に背を向けて、屈みこみ、仙人は、小川の水で顔を洗っていたのでした。
「おい、あれは仙人ではないか?」
小さな声で、村の衆は囁き合いました。
「おお、まこと、あれは仙人じゃ。わしら、運がよいぞ、今なら仙人の顔が見られるわい」
屈んだ仙人の足元には、白い頭巾が無造作に置かれていたのです。
「皆の衆、静かに、そおっと、後ろから、近づこうぞ」
村の衆は、農具をそっと肩からおろすと、地面を這うようにして仙人のそばに、ちょとずつ、近づいていったのですが、仙人は、そんなことには、まったく気が付かず、顔を洗い終えると、今度は川の水を両手ですくって口に入れ、がらがらぷーっと、うがいをし始めたのでした。
「いよいよ、仙人の顔が見られるぞ」
村の衆の胸はいやが上にも高鳴ってくるのでした。そして、仙人に手を伸ばせば触れるほどの所までやって来ましたが、どう言う訳か、誰も仙人の顔を見ようとはしませんでした。
わしらは、見てはいけないものを見ようとしているのではないか?なぜか、そんな思いが村の衆の頭の中を駆け回るのでした。
村の衆はたがいに目配せをして、お前がまず初めに仙人の顔を見ろ、いや、お前が先に見ろよ、と無言で言い合っているのでした。
村の衆は、顔を見合わせて、仙人の顔を見ることをためらっておりました。なぜなのか、その理由は村の衆にも分かりません。
今日は仙人の顔を見るのは止めておこう、そのうち、仙人が自分から見せてくれるだろう、そんな思いが、みんなの中にあったのでしょう。村の衆は顔を見合わせて頷き合ったのでした。
そして、村の衆が仙人のそばから離れようとして後ろに一歩下がったその時でした。
ポキリ、と村の衆の誰かが枯れ落ちた楠の小枝を踏みつけてしまったのです。
「うわっ」
物音に驚いた仙人が振り返ったのです。
その途端、暫くの間、鳥や、虫の声や小川の流れの音も止まった様に、しーんと静まり返ったのでした。
「ふふふ」
と村の衆の一人が笑いだしますと、それに釣られてみんなが大声で笑いだしたのでした。
「うわっはっは」
「はっはっはっは」
「仙人、仙人、仙人の顔は、仙人のじょうだんよりも面白いぞ、わっははは」
村の衆は腹を抱え、体を揺すって笑ったのです。
村の衆の笑うこと、笑うこと、走り出すやら、寝転がるやら、地面をとんとん叩くやら、みんな、笑って、笑って、笑い転がって、それは、それは大騒ぎになったのでした。
仙人の顔は真っ赤になって、その次には真っ青になったのでした。
そして、急いで頭巾を被ると、こそこそと森の中に逃げ込んでしまったのでした。
「いっひひひ」
「ふっふふふ」
「へっへへへ」
村の衆の笑いはいつまでも続いたのでした。
じょうだん仙人には鼻がありませんでした。のっぺりとしたなすびの様な顔で、驚いてぽかんとしている仙人の顔を思い出すたびに村の衆は笑い出すのでした。
そんなことがあってから、仙人は、ぱったりと村にやって来なくなったのです。
仙人のじょうだん話を聞くことを楽しみにしていた村の衆はとても寂しくなったのです。
仙人にすまないことをしたと思ったのですが、月日が過ぎるうちに、いつしか、じょうだん仙人のことを すっかり忘れてしまったのでした。そして、村から、笑い声が消えてしまったのでした。
ある年の夏も終わりの頃でした、金色の稲穂が風に波打って、村の衆の誰もが、今年は豊年満作、間違いなしと、稲刈りのときを楽しみにしておりました。
ところが、突然、昼と夜がひっくり返ったかのように、暗くなったと思うと、大粒の雨が降り出したのです。
雨は降り続いて止むことがありません。村の衆は、初めのうち、十日もすれば止むだろうと高をくくっておりましたが、なんの、なんの、十日どころか、二十日経っても止まず、三十日過ぎると、雨はなおさら強くなるという按配でした。
「おお、どうしたことだ」
このままだと、せっかく美しく、たわわに実った稲穂が雨に流されてしまう。
村の衆は大人も子供も皆、田んぼに出て水をかき出したのですが、掻き出す水の何倍もの雨水が流れ込んで、それを止める手立ては見つかりません。雨脚はますます激しくなるばかりでありました。
村の衆は何日も眠らずに働きましたが、その甲斐も無く、ただ、疲労と睡眠不足が残っただけで、村の衆をいらつかせたのです。
「やい、お前。どうして俺の田んぼに水を入れるのだ」
「なにを。お前だって俺の田んぼに水を追いやっているじゃないか」
「なんだとお」
今までには喧嘩とか争いとかいうものは無かった村で、こんな争いがあちこちで始まったのでした。
「大変だあ、川が破れるぞお」
誰かが狂ったように叫びながら、あぜ道を駆けて行きました。村の衆は、なす術もなく、ただ茫然と立ち尽くすだけでありました。
稲穂は大方流され、あるいは水にぬれてそのまま腐ってしまったのでした。
その翌年も、同じころ、やはり雨が降りはじめたのでした。
「どうしたことなんじゃ」
どこかの霊験あらたかな神社から神通力を持った巫女に来てもらって、雨を止める祈りをしてもらったのですが、何の御利益もありませんでした。
村の衆はもうどうしたらよいのか分からず、ただ、おろおろと訳もなく歩き回るばかりでありました。
そんな中に、腕を組んでじっと空を睨みつけている男がいました。
この男、その名を「目太郎」と言いましたが、十里も離れた所から、蝿の目玉を見ることができるという目玉の持ち主で、どこまでも遠めの利く若者でありました。
その目太郎が膝をぽんと打って、大声で叫びました。
「おおい、村の衆、分かった、分かったぞう」
「何が分かったというのじゃ」
村の衆が次々と目太郎を囲むように集まって来ました。
「おてんと様が泣いているのだ」
「なに、おてんと様が泣いているだと?」
「ほう、おてんと様がのう」
「おてんと様が泣いているのじゃ、どうしようもないなあ」
「そらあ、仕方がないのう」
「おい、どうしたら良いのじゃ、目太郎」
「うーむ。そうだな、声次郎、お前、おてんと様に聞いてみろや」
この声次郎と呼ばれた男、村で一番、声の大きい青年でした。
「よしきた」
声次郎は、口に手をかざして、空を仰ぎ、まるですぐそばに雷電が光って落ちたような大声で叫んだのでした。あまりの声の大きさに、村の衆の誰もが耳を塞いだのですが、それでも声次郎の大声は塞いだ手を弾き飛ばして、つんざくように村の衆には聞こえたので、村の衆は皆、耳の中がじんじんと痛くなったのでした。
「わー、おてんと様、どうして、お前は、泣いているんだあ」。
村人は、一斉に耳をすませたのでした。暫くして、小さな声が返ってきました。
「これが泣かずにおらりょうかい」
村人は、集まり、みんなで額を寄せ合って相談しました。
「どうした、おてんと様はいま、何と言った?」
「これが泣かずにおらりょうかい、だと」
「それは、困った、何とかならんか、誰かいい知恵は無いか?」
「そうよなあ、おてんとう様を笑わせることができたらなあ」
目太郎がため息まじりにつぶやいたのです。
すると、村の衆のひとりが思い出したように、ポンと手を打ったのです。
「そうだ、仙人じゃ、じょうだん仙人がおったぞ」
「おお、そうだ、そうだ、すっかり忘れておった、ここはひとつ、じょうだん仙人に頼んでみようぞ」
「そうだ、そうだ、じょうだん仙人のところへ行こう」
村の衆が相談している間にも、雨は、ますます強くなったのであります。
村の衆は、皆して、仙人にいる森へとでかけて行ったのです。
「仙人、仙人、困っております、村を助けて下され」
村の衆が声をそろえて呼びますと、
「おう」
と言って、頭巾を被った仙人があらわれたのでした。
仙人は一つ一つ頷きながら、村の衆の話を聞いたのでした。
「そうか、雨が多いと思っていたが,おてんとうさんが泣いておったか。うん、そりゃあ、わしのじょうだんで、笑わせねばなるまいて」
「仙人、すまんが、いそいでくれ。今日、明日にも、川が破れそうだ」
仙人は腕を組んで、しばらく思案しておりましたが、静かに口を開いたのです。
「明日の昼までに、一方のはしから、もう一方のはしが見えない位、長いはしごを作ってくれるかの、村の衆」
「おう、仙人、村の衆みんなで力を合わせればたやすいことよ」
「よろしい。では、わしは、面白い話の準備をしておこう」
言うなり、仙人の姿は森の陰に消えたのでした。
村の衆には、仙人が、何のために、はしごを作らせるのか、その理由は分かりませんでしたが、兎に角、仙人の言う通り、みんなは力を合わせて懸命に働いたのでありました。
なぜなら、村の衆にとって、もう、仙人のじょうだんの力の他には、頼れるものは何もなかったからでした。
森の大木が何本も切り倒されて、やっと、はしごの準備ができたのは、翌日のちょうど昼でした。そして、仙人は現れたのです。
「村の衆できたかな?」
「おう。仙人、やっと今できあがったところだ」
「よろしい。では、そのはしごを、おてんとうさま目がけて、まっすぐに立ててくれ」
「ヨイショ、ヨイショ」
まっすぐに立ちあがったはしごの一方の端は、雲を貫いて、高く伸びていました。
仙人は、ゆっくりと、はしごを登って行ったのです。
途中、何度も休んでは、又登りはじめたのです。下では、村人がはしごをしっかりと支えています。
とうとう、仙人ははしごの頂上に上り着きました。村の衆の言うように、空の上では、三角のおてんと様が泣いていたのでした。
「おてんとうさん。どうして泣いておるのじゃ」
仙人が話しかけると、おてんと様は、答えました。
「これが泣かずにおらりょうか」
「何がそんなに悲しいのかね?」
と又仙人が問いかけますと、
「考えても見てくれ、この私は、何百万年もその上も空にいるが、ずっと、ひとりぽっちだ。これからもずっとひとりぽっちだと思うと、この頃急に悲しくなったのだ。だから泣くまいとしても泪が一人でに出て来る。ああ、この私はどうしたら良いのだ」
「うーんそれは気の毒だ。でもな、おてんとさん、あんたの泪で地上は強い雨になって、村の衆が迷惑してる。もう、泣くのはやめにしたらどうじゃ」
「泣くまいと思っても、ひとりでに涙が出てくるのだ、これが泣かずにおらりょうかい」
そこで、仙人は言いました。
「どうだ、わしの面白い話を聞かんか」
「どんな話かね」
「それでは、話そうかい、あるところに、めでたいことの好きな猟師がおったのじゃ、猟師は生まれてきた三人の娘に名前をつけた。上の娘に『うれし』、中の娘には『めでたや』、末の娘に『ありがたや』とな、ある時、うれしと、めでたやが、山に薪を取りに行って、末のありがたやと猟師は家におったのじゃ。ところが、ちょっとした病気で猟師は死んでしまったのじゃ。驚いたありがたやは、表に出て、山に向かって叫んだね。『うれしめでたや、おやじが死んだ』すると、山の上からな、『そりゃほんまかありがたや』と言う声が返って来たのじゃ。ワッハハ、どうかね」
「うん、面白い、が、やっぱり悲しい」
「それではこんな話はどうじゃ…」
仙人は森の中で考えて来た面白そうな話を次々と披露したのでした。勿論、手のない幽霊と首のない幽霊と足のない幽霊が喧嘩をした話もしましたが、おてんと様は、
「これが泣かずにおらりょうか」
と言って、涙を流すばかりでした。
じょうだん仙人の苦心の作は、どれ一つとして、おてんと様を、ニコリとさせることすらできなかったのでありました。
下では、村の衆が、おてんと様が笑い、雨がぴたりとやむのを、今か、今と待ちながら空を仰ぎ見ていることが分かっていますので、何とか笑わせたいと仙人は苦心するのでしたが、おてんと様に笑う気配はまったくありません。
そこで、仙人は、自分の顔を、おてんとう様に見せてやろうと決心したのでした。
顔を見せることは、仙人にとって、死ぬほど恥ずかしいことではありましたが、村の衆のことを思うと、そんなことを言ってはおれません。思い切り、頭巾を脱ぎ捨てたのでした。
ところが、どっこい、おてんとう様は、ちょこっとだけ笑いそうになったのですが、やっぱり又悲しそうな顔になったのでありました。
仙人の落胆は、それは、ひどいものでした。今まで、自分の顔を見て笑われることは、ひどく恥ずかしいことであったのですが、顔を見られても笑わないとなると、それはそれで、妙に悲しくなってしまうのでした。
もう仕方ありません。これだけやっても駄目なものは、もう何をしても無駄でしょう。
「駄目であったか、もう、話の種も尽きてしまった。残念だが、諦めるほかあるまいて、ここまでやれば、村の衆も、わしをうらむこともあるまい」
仙人があきらめて、梯子を降りようとしたときのことです。どっからか、にぎりこぶし程の大きな熊ん蜂が飛んできて、仙人の顔の真中をチクッと刺して飛び去ったのです。
これが、ほんとに、泣きっ面に蜂なのでしょう。
「いてててて」
仙人の悲鳴が遠くまで響いたのでした。そして、仙人の顔の真中に、いつの間にか赤い大きな鼻が出来上がってしまったのでした。
これを見たおてんと様の笑うこと、笑うこと、始めのうち、無い腹を抱えて、ウワッハハハと笑っていましたが、
「これは、たまらん」
と言いながら、そのまま、空を、ごろんごろんと転がりながら、笑い続けたのでした。
あんまりごろごろ転がるものですから、三角だったおてんとう様の角はすっかり取れてしまって、とうとうまんまるくなってしまったのでした。
おてんと様は、そのまま、カランカランと笑いながら、西の海の中に沈んで行ったのでした。
いつの間にか、雨はすっかり上がって、青空が広がっておりました。
おてんと様の取れた角は、小さな赤い光の粒になって、西空の隅々まで飛び広がったのでした。ですから、良く晴れた秋の夕焼け空はあんなに赤いのです。
仙人は、やっと安心して、はしごを下り始めました。村の衆の喜びようは、そりゃあ一通りではありませんでした。
「仙人、仙人」と言って、皆泣いて喜んだのです。
仙人はゆっくり、はしごを、下りて行きました。そして、はしごは段々、揺れ始めたのです。
村の衆は何日も田んぼの水を掻き出して、休まずに働き詰めでした。そのうえ、昨日から、はしご作りで、夜も寝ていません。
おまけに、今日もこのはしごを長い間下から支えていたのです。その上、雨が上がったのを見て安心したのです。
村の衆は、みんな疲れていました。
仙人が一つ降りるたびに、はしごは、ぐらあー、ぐらあーと、揺れたのでした。
仙人が、はじごの中程まで降りて来た時のことです、強い風が、ピューンと吹いて、はしごは一度、大きく揺れたのです。
「おお、仙人が落ちるぞ」
目太郎が、悲鳴を上げた時です。仙人は青白い一すじの光になって夕焼け空を飛んで、森の中に吸い込まれるように落ちていったのでした。
「これは、大ごとが出来た、仙人、仙人」
村の衆は、一晩中、森の中を探し回ったのですが、仙人の姿は、どこにも見当たりませんでした。
あくる日の朝のことです。
目太郎が村の衆に言いました。
「仙人は、森に落ちる寸前、真っ白な千切れ雲を呼んで、それに乗って、東の空に飛んでいきなさった。仙人はきっとどこかにおる。仙人を探して、村を救ってくれたお礼を言わんといかん」
それを聞いた、声次郎も大きな声で村の衆に向かって言いました。
「目太郎の言うとおり、仙人のお蔭で、今年は、豊作になるのだ、お礼も言わずにおられようか」
声次郎の大声は村の衆にとって、とても耳の痛いものでした。
「お礼に、うまいぼた餅を仙人に食ってもらうのだ」
目太郎と声次郎はその秋に採れた新米で作ったぼた餅を背中に背負って、仙人を探す旅に出かけたのです。
村の衆は、仙人はきっと森の中に落ちて死んでしまったに違いないから、やめとけ、やめとけ、と引きとめましたが、目太郎は、
「おいらがこの目で必ず見つける」
と言いますし、声次郎は
「おいらがこの大声で呼び止める」
と言います。
二人は、仙人を尋ねて、旅に出たのでした。村の衆は、村はずれまで二人を見送ったのです。
目太郎と声次郎は、長い一本道を、東に向かって歩いて行きました。道の向うの山の上には、おてんと様がまんまるい顔で、カランカランと笑っておりました。その後、目太郎と声次郎が無事に、仙人に会えたかどうかは誰も知らないのです。
※仙人の一口話は、九州民話集に掲載されていたものです。