神様の言うことにゃ
2014/6/13 記号を変更しました。
神様の右手がボクの顔の位置まで上がると、人差し指を突きだし、額に当たる寸前で動きが止まった。
「本当にいいのかい?」
「はい!」
「しかし、君も見ていたから分かっているんじゃないのかい?君が選んだ母体は今、戦争の最中にある。なら、君が産まれてくるまでに、母体が死んでしまう可能性だってあるんだよ?それでは、何の取り返しもつかないこと位わかるよね?また直ぐに、魂に逆戻りするかもしれないのに、そう易々と許可証を発行する訳には……」
ボクはあの人の子どもに成りたいんです!!!
「……発行しない権限なんて私には無いか……すまない、要らぬお節介だったね。そんな顔でじっと見詰められては、他の管理者だって引き留めることなんて無理だろうね。まあ、管理者には引き留める権限なんてものは、本当に無いんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん、本当。魂を管理して、最低限の知識を与えて下界に送るだけ」
「え?じゃあ、なんで資料室なんてものがあるんですか?質問にも、ちゃんと答えてくれてたし……?」
「みんなが君の肩を持ちたくなる理由はそこなんだよね……君は生後3才で、ここに居た記憶が全て無くなるって聞いてどう思った?」
「ああ、そうなんだとしか……」
「3才で記憶が無くなるのなら、勉強は最低限でいい。勉強が終わったら、直ぐにでも気に入った母体を見つけて下界に行きたいって思うのが普通の子だよ。だけど君は書物を読み漁っていたね、何でかな?」
「ん~?理由っていう理由は無いんですけど、強いて言えば、なかなか気に入った母体が見つからなかったから、暇潰しにちょっと……」
「え?そんな理由だったの!?あはははははっ!!!」
「し、しょうがないじゃないですか!することも無かったですし・・・まあ、無駄になっちゃいましたけど」
「……無駄にはならないよ。ここに居たという記憶が無くなるだけで、ここで学んだ知識は消えないんだ」
……え!?
「そ、それってどういうことですか?」
「ん~じゃあ、君は知識ってどこに蓄えられると思う?」
「肉体でいう【脳】の部分だと思うんですが……」
「はずれ」
「?」
「だとすると、【脳】を持たない君たちに講義をする必要はあるのかな?そもそも、君たちと同じで【脳】を持たない私たちに、講義なんて出来ると思うかい?」
……あっ!
「分かったみたいだね。魂は、【精神】だって習ったよね?別の言葉に言い換えると【知的な働き】。つまり、【知力】ってことだね。まず君は他の子たちに比べて、かなり賢さを備えて生まれて来ることになるだろうね。それから、他の子たちが、これから知識を得る為に費やす時間を、君はもう既に得ていることになるんだよね。これは凄いことなんだよ?」
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「このこと、ボクに話してよかったんでしょうか?」
「たぶん、ダメだろうね。まあ、いいさ♪君は今から下界に降りるんだろ?」
「あ、はい!」
「なら、私からの餞別ということで」
「……わ、分かりました」
「うん♪では、始めるよ」
ボクの額に、神様の右手の人差し指が押し当てられる。
「我、神に代わりて、此の魂に下界行きを許可する!」
「許可証発行!!!」
すると、神様の指先が光り、額と指先の間に魔方陣が浮かび現れる。そして、それはゆっくりと周り始め、光を放ち出した。
「わぁ!見て!あの子のおでこ綺麗だよ」
光に気づいた他の天使たちが、喜びの声を上げながらボクの周りに集まってくる。しかし神様はというと、「はぁ」という声を漏らすと共に、顔に驚嘆と取るべきか、困惑した様子が伺えた。
(あ、赤色の光!?アールクラスか!!!まさか、ここまでとは……)
「あの~、なにか……」
「ん?いや、なんでもない。許可証を発行したから、直ぐにでも下界に降りられるよ。もう行くのかい?」
「行きます!」
「では、滑り台まで行こうか」
「はい」
ボクと神様が、天使たちに囲まれながら滑り台まで歩きだした。
「歩きながらでいいから、よく聞いて?母胎に入ったら何をするかは頭の中に入っているかい?」
「はい」
「母体の出産時に、君が取らなければならない行動も、頭の中に入っていると見ていいね?」
「はい」
「うん。じゃあ、上がって」
神様の指示に従って、高い滑り台の階段を一歩ずつ上がり、滑り板の手前で左右の側壁を掴み座った。滑り板の方を向くと途切れていて、その先には、無数の雲が浮かぶ空間だけしか見えない。
これ、先が無いんですけど……このまま滑ったら真下に落ちない?
ボクの引きつった顔に神様が気づき、
「大丈夫だよ。君が選んだ母体を見つめてごらん」
と、次の指示を送る。
ここも、神様の指示に逆らうことなく、ボクが選んだ母体を見下ろす。すると、先程まで無かった滑り板の先が、光輝く母胎まで伸びていった。
「降下中は、腹這いになったり、立ったりしないでね。転落したら、有無も言わせず魔界送りなってしまうよ」
「は、はい」
「じゃあ、お別れだね」
「はい!今まで、御教授の程、有り難う御座いました!」
「……何で最後だけ、そんなに堅っ苦しいの?」
「最後だからですよ。ボク的には大変お世話になりましたし……」
ほら!アレのことですよ!ア・レ!ね♪
「ふふっ♪分かったよ♪」
「では、行ってきま~す!!!」
ボクはそう大声で叫ぶと、母胎まで続く長い滑り板を、勢いよく滑り出した。寂しいけど、決して振り向かない。これから素晴らしい人生が待っているんだと心に決めて。
◆◇
「ああ、そう言えば君の質問に答えてなかったね」
ん?質問なんかしたっけ?
「さっき確認してみたんだけど、君の選んだ母体は魔族種だったよ」
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はああああああああああああ!!!!!?????
ボクは思わず側壁を強く掴み、降下しているのを止める。そして、向きを変え滑り板を登り始めた。
いやいやいやいや……あれは人種だったよね……?一緒に見てたじゃん……嘘言わないでよ……あれ?……そもそも、人種と魔族種って……どうやって見分けるんだっけ……えっ?……
「確か今は、魔族種があの大陸を治めているんだった。いや~管理者の私ですら、人種と魔族種を見分けるのが難しいなんて、困ったもんだね。……あっ!?ちょと、君っ!?それはルール違反だよ!?魔界送りになりたいの!?」
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抗おうとしていた気力が完全に失せ、側壁から手が離れる。そしてボクは、天界を見上げる姿勢で降下し、光輝く母胎へと、お尻から突っ込んだのだった。
読んで頂き有り難う御座います。