第九話 <俺は天下の素浪人>
公女ディリエルが陰湿な暗闘に明け暮れている頃、
セイジたちは、豪奢な賓客用の一室に入っていた。
「無駄に広いな・・・」
「うん・・・・・。」
外交の賓客、大貴族や王族を泊める部屋とはいえ、そういう付き合いなど欠片も無かった二人には、何とも居心地の悪い広さである。
柔らかい革張りのソファは10人は並んで座れそうだし、
黒大理石を磨いてモザイクにしてあるテーブルはそのままキングベッドサイズ、2ギトンぐらいはありそうだ。
天井は5メートルは上だし、この部屋だけで黒大理石のメインテーブルと、キングサイズソファ2つ、個人用ソファ2つ、
人が数人入れそうな暖炉の前は、足首まで沈む絨毯が転げまわれるぐらいの広さである。
それらの家具が、ちんまり見えるぐらい、部屋が無駄に広すぎる。
そしてその両側にはさらにもう少し小さい部屋があり、奥には浴室も設けられている。
手前奥はベッドルームで、天蓋付きの豪奢なしろものだが、これまた10人ぐらい平気で寝られそうなサイズである。
「公王様たちを見ても、特に巨人ってわけじゃないんだけど・・・」
「まあ、無駄に広くしないと、ケチにみられるのは嫌なんじゃない?。」
「だったら、財務卿もはじめっからケチらなければ良かったのにな。」
「あははは・・・」
『俺はこれで構いませんよ』というセイジに、
『それでは困るんですうううっ!』と、マジ泣きでしがみついてお願いするライザー財務卿。
嫌なもの見ちゃったなあと、イーラは苦笑いしか湧いてこない。
偉い人の失敗を見るとろくな目に合わないことは、奴隷時代にもよくあることだった。
結局、ライザー財務卿が最初に出した金額の、10倍余りの数字をお願いされ、呆れながら了承したセイジである。
1億ゴルド、元の日本で言うなら100億ほどになるだろうか。ただ、日本ほど経済は発達していないので、別な物品(例えば塩)などで換算すると、さらに10倍近く跳ね上がる。コンビニなどで全国共通価格があたり前の日本では想像もつかないが、中世程度の世界では地方へ行くほど流通する貨幣が少なく、物価全体が安いので、たくさん金を持っていると(100万ゴルド程度でも)、ちょっと田舎でも一切合財ありったけ買い占めることが割と簡単に出来てしまう。その時点で、地域全体の生殺与奪権がほぼ手に入る。
地球で細々と商売をしていたセイジは、その点にすぐ気がついた。『金持ち』というのは、彼が元いた日本では考えられないほど、強大な権力者になってしまうのだ。
現時点では、金持ち=貴族なのでこの世界の社会は安定しているが、地球の歴史では、庶民から大金持ちが生まれると、貴族社会は例外なく崩壊していく。セイジはちらっとその事を考えたが、とりあえず頭の隅においやっておく。
イーラに言わせると、『おそらくその3倍でも財務卿は首を縦に振らざる得なかったんじゃない?』との事だが、彼女は4ケタから上の単位を知らないので実感が無いだけである。酒場の賭け事で、ブラフ(はったり)をへし折られた相手があんな風だったとか。
『毎日1万ゴルド使っても、使い切るのに30年ぐらいかかるよ』と説明したら、青くなって巨大ソファにぶっ倒れた。ちなみに1000ゴルド払うと、そこらの街では一番大きな酒場を一日借り切ってもお釣りがくるそうだ。
主な通貨は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、魔法石、最低貨幣としてさらに真鍮などもある(こちらは重さの方が大事になってくる)。魔法石は、白金貨100枚以上に換算される大型の経済通貨だが、管理と換算が難しく、普通は流通しない。
日本的に言えば、銅貨が50円、銀貨が1000円、金貨が100000円ぐらいだろう。白金貨も100倍で、1000万ぐらいになる。
それぞれに10倍の板状貨幣もあり、今回の支払いは、白金板98枚と白金貨10枚、残りは金貨と銀貨で組み合わせてもらう。でないと、外でつり銭が999900円とかありえないので、使えないのだ。
仕方ないので、ベッドでイチャイチャすることにして、ふらふらするイーラの手を引いてベッドルームへ。
いや、やることほかに無いのかと言われそうだが、しばらくは城内で大人しくしていてくれと、ラドルビンの爺様から頼まれている。
甘くキスをしながら、触り合いをしていると、無粋なノックが。
「失礼いたします。グシャーネン将軍からお使いの方が来られています。」
あの筋肉ダルマ、良いところを邪魔しやがって・・・・。
「おお、早かったな。」
ところが筋肉ダルマ将軍グシャーネンの方が、早いと驚きやがった。
「ああそうか、そなた達は慣れてなかろうが、王宮では使いの者が来てから支度にかかるので、ふつう半日後ぐらいになるのだよ。いや悪かった。」
自分たちは、一般庶民の素浪人なんですがね、とぼやきたくなるのを抑えて礼をする。
「開発を任されている魔術師ギルドの連中が、空竜と聞いて、興奮してなあ、急いで解体させてくれとうるさいのだ。」
『興奮ねえ・・・大丈夫かいな。』
技術開発系、あるいはオタク系と呼ばれる人間は、興奮の仕方がかなり常人と違うのは、たぶんどこも変わるまい。
以前、知り合いに頼まれて、ガ○ダ○オタクのアメリカ人を、某公園に設置された1/1サイズ可動式ガ○ダ○を見せてやったら、いきなり土下座して拝むわ飛びついて登ろうとするわ、興奮状態で抑えるのにこちらもかなり痛い目にあったことがある。
恐らくそういう系統の人間があれを見たら、どうなるやら。
セイジが左手に命じて、ドラゴンの遺体をその場に出現させた。
そして、彼の心配は的中する。
「うおおおおおおおっ!」
「まだ血が赤いぞおおっ!」
「急げえっ、急げえええっ!!」
生物系の素材は基本的に、鮮度が高ければ高いほど、その価値は飛躍的に上がる。
特にドラゴンの血は、極めて貴重な回復や造血の薬剤となるが、鮮度の高い空竜の血など、誰も聞いたことが無い。
ところが、7日も前の遺体だというのに、赤い血の滴る状態など想定外だったギルドの連中は、発狂状態になって駆けずり回った。
「ガラスびんはどうしたああっ!」
「容器が足りないぞおっ、何とかしろおおっ。」
「お前らがどうせいらないといったんじゃねえかあっ!」
いや、これが魔術師系の最高ギルドの会話とは、信じたくないというか、聞きたくないというか。
あちこちで殴り合いまでおこる始末。
痩せてるみたいに見えても、魔術師って連中は、血の気が多いのだろうか。
「一度、影の中に収納した方がよさそうですね・・・。」
「・・・・ああ、面倒掛けてすまん。」
軍部でもちょっと見ないほど、ケンカや騒動が繰り広げられ、さすがの将軍も声が無い。
結局、容器を必要なだけ用意するには、1週間かかることが判明し、それだけ待たされた。
さて、一週間も待たされるとなると、暇だよね。
「というわけで、続きをイチャイチャするぞーっ!」
「と言ってバスルームってどういうこと?。」
ベッドルームへ行くかと思ったら、バスルームへ連れてこられ、イーラはきょとんとしていた。
お湯を用意して、体を拭ったりするだけの部屋なのだが、見てみるとイーラが見たこともない大きな木製のオブジェのようなものがある。
縦横2メートル以上あり、高さも1.5メートルほどで、真ん中が深く凹んでいる。
実はこれ、先日のドラゴンとの戦いで倒れた木の一部がドラゴンと共に取り込まれていて、結構いいにおいのする木だったので、惜しくなって確保しておいたのだ。
『ヴェルムンガルド、これを加工できるか?』
『はい、すぐにいたしましょう。どのように?。』
『じゃあ、角の取れた四角にして、真ん中を深く窪ませたこんな形で、撥水加工と水抜きの栓も付けて・・・』
要するに、風呂桶である。
亜空間で出し入れできるなら、いるときだけ出せばよいし、湯も適温で自在に作れると分かり、ぜひとも入りたくなった。
「俺の国で、バスルームはこんな形の中にお湯を入れて、家族で入るんだ。」
うん、嘘は言っていない。
「え、か、家族で入るの?。」
家族という言葉に、どっきどきしてしまうイーラは赤くなって、可愛い。
普段はきつめの美貌が、可愛く崩れるのがまたたまらん。
「ああ、お湯を沸かすのは大変だし、冷えたらもったいないからな。」
と言っても、ヴェルムンガルドでいくらでも作れるのだが。
ベッドや外ではあれだけ激しく求めあったイーラだが、戸惑っているのか、恥ずかしげである。
「あ、気持ちいい・・・」
川や湖で水浴びするぐらいならとにかく、温かい湯に全身を浸すという体験は、彼女をしても初めてだった。
彼の言う『フロオケ』と言うのは広く、二人で入っても余裕で動ける。
「うん、すばらしい。」
湯の中に揺れる小麦色の肢体、ぬれた肌がまたつやつやしていてきれいだ。
たゆたゆ、ぽよんぽよん、俺のだ、だれにもやらんぞ。
「え?、私の?」
「それ以外に何がある。あー癒される・・・。」
おっぱいは好きだ、大好きだ。大事なことだから二度言うぞ。
もちろん、こういう楽しいことがしたいから、フロオケを用意したのである。
「傲慢かとおもったら、甘えん坊になっちゃったわね。」
「イーラだからだ。」
ぽよんぽよんに後ろ頭の載せていると、抱きしめられた。
「うれしいわ。」
唇を甘くからみ合わせ、舌を差し入れて、吸い、舐めまわす。
やっとゆっくりできる気がした。
ただ、その途中で、ふとイーラが唇を離した。
「ねえ、もし子供が出来たら・・・」
「うん、俺とイーラの子だ。気にせずバンバン作ろう。」
どうせ避妊などの方法は無いのだ。
我慢なんぞしても仕方がない。
「うれしいっ!」
本気で泣きながらしがみついてくる柔らかでしなやかな肉体を、ぎゅぅっと抱きしめる。
もっとも、ゆっくりしすぎてのぼせそうになったが。
バスルームから出ると、お客様が待っていた。
俺が次の嫁さんに決めた、ディリエル公女である。
馬車から出たとき、別人かと思うほどきれいになっていたが、さらに美貌が増している。
痩せこけていた体つきも、急激にふっくらとなり、肌はつやつや薄桃色。『うわ~触りてぇぇ』と思ったのも無理はないほどツヤツヤプルンプルン。あのほっぺたは、ツンツンしたら気持ちよさそうだ。
白っぽく見えた白金の髪が、少し金が増えて光を放つようなプラチナブロンドになっている。
『あ、この髪の色は好きだな。』
ただ、誰もがそう考えそうなすばらしい色合いである。
柔らかさが増した顔つきは、一気に花が咲いたような艶があり、愛らしさと初々しさが混ざり合って妖精のような神秘性まで醸し出している。
そう、誰もが恋い焦がれそうな美少女。だが・・・・・これは問題あるか?。
彼女は八女とはいえ、公王の愛娘。周りが絶対黙っていないかもとセイジは考える。
「父上が、お食事にお招きしたいと申しております。セイジ様も慣れない場所でお疲れでしょうから、非公式にと。」
「お招きありがとうございます。では、用意をしますね。」
城のお針子が、俺とイーラの服やドレスは作ってあるので、そういう場所へ呼ばれても困らないようにはしてくれている。
「あの・・・・・」
ディリエルは、ふと声をだし、また止める。何か言いにくそうだ。
「その・・・・・」
イーラが何か言おうとしたが、視線で止める。言うまで待ってあげた方が良い。
「せ、セイジ様は、本当によろしかったのでしょうか?。私のような者で。」
『あれ?、都合が悪くなったとかじゃないのか。』
本当に都合が悪くなったとか言われたら、それはそれで仕方がないと思う部分がセイジにはある。
その程度の女性なら、欲しくも何ともないからだ。
イーラとディリエルを比べる気にもならない彼に、血統や地位など何の意味も感じない。
セイジがディリエルに感じる魅力は、あの夜、死の苦しみに耐えながら彼を求めてきた強烈な感情だ。
今のディリエルは確かに女性としては魅力的だろうが、痩せこけて、目ばかり光らせながら、死に物狂いでセイジを欲してくれたあの瞬間は、今でも忘れ難いものがある。自分の中の昏い感情が、ひどくそそられるのだ。
「私の、本当に、身勝手なお願いで、その、イーラさんのような素敵なパートナーがおられるのに、」
水色の大きな眼に涙を浮かべ、必死な表情で述べるディリエル。可愛らしいというより、本当に自身へのコンプレックスが、酷く彼女を苦しめている。おびただしい累々たる諦めの積み重なりが、感情の合間にほのかに見える。ああ、だから俺はディリエルを抱きしめたいんだろうな、とセイジは再確認した。
「ディリエル、どんな願いだろうと、聞いて納得したのは俺だ。」
わざと、敬称も何もない名前だけを呼ぶ。震える薄い水色の目をしっかりと見て。
「だけど言ったよな、『天地に何一つ持たない素浪人、ただのセイジ・リグマの妻でよろしければ』と、もう一度だけ聞くよ、それで良いんだね?。」
「はいっ!」
これ以上は無いぐらい、元気で、力に満ちた返事だった。ならば問題は無い。
この娘は非常に頭もよい、今の意味が分からないはずは無かった。
公女ではなく、ただの素浪人の妻になる。この世界で言うととんでもない話だが、俺にンな区別がつくわけがない。
「イーラも、良いよね。」
「私は全然問題ないわ。」
先ほどまでの楽しい時間も効いて、艶然とほほ笑むイーラ。
妻が何人いても、この世界では問題は無い。何よりイーラは自分が妻になれるなど思ったことすら無かったらしい。
「それに、ずいぶん元気そうになって良かった。本当は心配していたのよ。あんなに細くて大丈夫かしらって。」
「は、はい、がんばります・・・・」
真っ赤になってモジモジしながら言う彼女に、奇妙な違和感を覚えた。
こちらでも性教育ってのはあるのだろうか?。
「公的な場では仕方がないが、家の中ではみんな平等だ。何より俺は、生まれてくる子供たちに、上下格差なんぞつけられんからな。その点は覚悟してくれ。」
見かけ14歳ぐらいの少年が言うには、かなり落差の感じる言葉だろうが、俺の目を見て話す彼女たちは全く問題なさそうにうなづいている。
「私は末席で良いからって言ったんだけどね。」
「だ、だめですぅ、それなら私の方が後から来るのですから。」
これなら問題無さそうだ。
公王とディリエルと俺とイーラ、4人が同席して静かな食事会となった。
イーラの濃い赤いドレスはグラマーなスタイルもあってよく似合っているし、ディリエルの白い軽いドレスは似合いすぎて妖精じみている。体が宙に浮いていたとしても不思議に思えない。
こんな可愛い娘を嫁に出す公王は、さぞ複雑な気持ちかなと思いきや、うれし涙を何度も拭っている。
「セイジ殿、この娘が嫁に行ける日が来るなど、思いもよらぬ夢でした。
ディリエルが不憫で、何とかしてやりたいと思いながら、公王の力などこんなものかと、どれほど悔しかったことか。」
だが、ラドルビンやグシャーネンの話によると、凡庸だった王がそれによって非常な名君に変わっていったというのだから、人間何が幸いするかわからない。
ダレルブレアン公国は、南大陸でも豊かな国の一つだが、10年前まではかなり弱っていたらしい。
昔はかなり領土もあったらしいのだが、戦争で取られ、暗愚な君主が続き、かなり落ち目になっていた。
ところが、現公王のレマノフサンダーは、気弱で凡庸と周辺各国からも侮られていたが、ある時期から貿易を駆使し、産業を奨励、鉱山師に調査費を惜しまず捜させ、大きな金銀の鉱山を見つけたことで、一気に力をつけ、現在の公国は軍事力、経済力ともにかなりの強国となっている。
その陰の殊勲者は、王を変えたディリエルだ。
ただ強国になると、問題も増えた。
本来なら家族での食事とするはずだが、
「セイジ殿、そなたは天下の素浪人としてわが娘ディリエルを娶ると宣言してくれた。だが色々なしがらみが、そなたには降りかかってくるであろう。」
ディリエルも申し訳なさそうに、こっくりとうなづいている。
「私の子供たちも、ディリエルはいわば無いものとしておった。ところがセイジ殿のおかげで、このように元気に美しく変わり、その妻となる事になったが、その影響力を恐れて身動きが取れん。本来なら、長男のガーデンはおらねばならんのだが、今下手にそなたたちと面識を作ると、下の弟たちが王位継承権を変えられるのではないかと邪推する者もおってな。何しろ相手が相手じゃ、歴史に残るドラゴンスレイヤーとなると、王家に迎える気ではないかとな。」
うわ、めんどくせえ。そういうのは、やりたい人がやってくれれば良いよとセイジは思う。
もう今更自分を押さえつけるような事は、まっぴらごめんだった。
「自分は天下の素浪人です。王家の後継問題など知ったことではありません。お構いなさらずに。」
「ぶっふふふ、よくもまあ公王に向かって平気で言えることよ。ディリエル、そなたも面白い男を捕まえたものじゃ。」
地位と権力を求めるのは、男のさがのようなものだが、生憎日本人には、それ以前に自分の世界を求める人間がいるのだ、と心中だけどうそぶいておこう。
それを口に出せればかっこいいんだが、まあヘタレな俺では、思うだけだな。
「ただのう、ディリエルの血筋はどうしようもない。継承権は放棄できても、血筋としてはそうそう他国に出すわけにもいかん。」
下手なところに王家直系の血筋が行くと、それを理由に侵略されても不思議ではない。
何しろ、ありもしない昔の記録をねつ造加工して、他国の領地の所有権すら自分の物だと主張を繰り返す地球の21世紀の国連常任理事国があるぐらいだ。どこの原始人国家だよと言いたくなる。
ディリエルの結婚問題のような内部の紛争もだが、外からも問題が舞い込む。
特にダレルブレアン公国は、小国(と言っても日本より大きいようだが)のまま強国となった。
周りからすれば、侮っていた小国が気がついたら突然強国になっている。
これまで侮って、色々圧力や利益をせしめていた連中は、逆に脅されかねない立場である。
レマノフサンダー公王からすれば、過去のいきさつなど水に流して、順調な成長を願うところなのだが、他国は妬みもある、恐怖もある、そして何より小国は小国、奪えるものなら奪い取りたい。小国は小国に過ぎないのだと、屈服させて利益と名誉を同時に剥奪したい。そういう国がいくつもある。
ディリエルが国外に出るのは、間違いなくそういう問題の火種にされる。
「そなた達には、王都に居を構えて貰わねばならん。」
急に威厳を構えて重々しく述べる公王。
「良いですよ。私たちも別にどこに住まねばならないという事もありませんので。」
けろっと、まるで柳に風と受け流すセイジ。
逆に言えば、いつでもイーラとディリエルを抱いて、別の国へ逃げ出せる。
公王の顔がひくついた。どうやら逆の意味も悟ったらしい。
「で、できれば孫の顔はぜひ見たいかなと・・・。」
「善処します。」
親バカ丸だしだが、それが本音だと理解した。この言葉は気に入った。
しかも住居はすでに用意させているときた。
まあ、それは良いがあの様子だと、ディリエルの処にもかなり色々言ってきているだろうな。
「ディリエル」
「はいっ」
打てば響くような良い声だ。
「ディリエルの処にも、色々言ってきているだろうし、何より俺やイーラが対外的に出る用事も増えると思う。ディリエルには家を守ることを頼みたい。」
「はい、それはもちろんですわ。」
「ただ、できれば家を守る便利な方策もあると良いが、何か無いか?。」
メイドや執事もついてくるだろうし、恐らく、屋敷も見回りが来るとは思うが、それが買収されたら終わりだ。
俺が大金を稼いだことは隠しようがないし、ディリエルの存在もある。家を守る方法は最大限用意しておきたい。
「ああ、それならベスメン商会のキーロッカーさんが有名です。」
ベスメン商会とは、貴族向けの住宅や保養地のロッジを専門に用意する商会だそうだ。
その警備や保護に、キーロッカーという技師が非常に役立つらしい。
明日はその人に会ってみよう。
現在のところ、公王側もセイジをどうするか、ずいぶん困ってます。
まったく欲しがらないものを、無理に与えても嫌われるだけですしね。