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第七話 <二人の妻>

 夜が明け、500騎を超える部隊が、猛然と走り寄ってくる。

 補給も何も無視し、機動力だけを重視した騎馬部隊である。


 公国において、王の命は国のそれと等しい。


 王を保護した帰り道のみ、補給を用意するよう手配され、途中、事故や疲労で動けなくなった者はあとから回収されることで機動力を最高にしてある。

 もちろん、こんな無茶は国内でのみ、それも非常用の手段でしかない。


「陛下ーーーっ!」


 ひげ面で、巨漢。

 丸々と肥えているが、ビヤ樽のような体形はすべてこれ筋肉という、まさに筋肉ダルマ。

 それが転げ落ちるような速さで、馬を飛び下り駆けてくる。


『転んだら、陛下を転げ潰さないか?』


 セイジがそういう失礼な心配をするほど、その光景はちょっと怖かった。


「ご無事でございましたかああああああっ!」


 泣きながら駆け寄ってくる筋肉ダルマに、公王は苦笑しながら手を振る。


「うむ、大事ない。グシャーネン将軍、ご苦労であった」

「何をおっしゃいますか!。このグシャーネン、陛下のご無事ほど神に感謝すべきことはございませぬうううっ!」


 いささか暑苦しいぐらい強烈だが、土にまみれるのも構わず、公王の足元でオイオイ泣く光景は、その人柄がよく出ていると言えた。

 実際、公王の苦難を聞き、飛び出していくグシャーネン将軍に、うっかり止めようとした副将や近衛兵は、ふっとばされて医者に運ばれている。

 そのおかげで、こうも早く公王の保護が出来たのだから、この将軍もただのイノシシ武者ではない。


 二人しか残っていない騎士をみれば、助太刀がいなかったら王が無事ではないことも分かっていた。

 王が最初に現れたイーラを紹介すると、破顔一笑して大声で称えた。


「ほう、そなたが魔剣のイーラか!、初めておうたが、噂は耳にしておったぞ。このたびのこと感謝である!」


 だがしかし、さすがにドラゴンスレイヤーの事となると呆然となった。


「す、空竜スカイドラゴン・・・・でございますか?」


 まだ子供としか見えないセイジと、自分の敬愛する主の顔を交互に見て、理性と感情のぶつかり合いで混乱していた。

 この忠信極まりない男でも、主の言葉を疑う気持ちがどうしても抑えきれないらしい。だが、それを口にしたらさぞ後悔するだろう。


「セイジ殿、見せてやってくれぬか?」


 でないと可愛そうだと、王の苦笑が語っている。


「わかりました」


『ウェルムンガルド、ドラゴンの遺体を出してくれ』

『わかりましたご主人様、では近くの兵を左右50メートルほど立ち退かせてくださいませ。でないと出現時に飛ばされてしまいます』


「では、前を広く開けてくださいませ」


 王の命令で、左右に兵士たちが退くと、そこに黒い円が現れ、血なまぐさい風と共に、巨大な首とその胴体が現れた。

 剛毅極まりなしと言われたグシャーネンすら、思わず3歩下がったほどである。

兵士たちの上げた声は悲鳴に近かった。




 ゆっくりと走る馬車の中では、ディリエルが横たえられ、昏々と眠りについている。

 その向かいの席には、公王とラドルビンが並んで座り、ひそひそと話し合っていた。


「まずは何よりでございます」

「いや、犠牲は大きく、なぜこのような事態になったかの調査も必要じゃ」

「王を守ることができたのです、騎士たちも浮かばれましょう。家族には特に重く慰労をしておきますゆえ。

 調査に関しましては、グシャーネン将軍がすでに猛然と動いております。あの方は頭が良い。必ずや原因を突き止めまする」


 ある程度、予測のつくこともあるが、それはまだ口にできないラドルビンである。


「突き止めても、手の出せない事もあろう」


 公王も、予測はある。だが、それゆえに厭わしい。


「ですが、セイジ殿が現れました。じっとしていることはまず無理でございます」


 外の、馬車と並行して歩むグシャーネン将軍をちらりと見て、かすかに笑うラドルビン。


 その将軍はかなり興奮している。


 一つは、敬愛する王へのとんでもない害意とそれに対する怒り。

 一つは、貴重極まりないドラゴン、それも空竜の素材となると、伝説に近いような貴重品である。

 そしてもう一つは、それを成しえた少年の出現が、彼の心を大きく揺さぶっている事だ。


 グシャーネンの将軍としての能力は極めて高いが、何より大きな美点は『良きものを認める』性質である。

 組織で上に登れば登るほど、蹴落とし合いも絶対に無くならない。蹴落とし合いとは、同時にけなし合いでもある。

 そんな中で、なお良きものを認め、上に登れる人間は極めて貴重と言えた。


 公王もそんな彼を心から信頼している。

 それゆえ、今回の騒動についても、その後の大問題についても、つまびらかに話している。

 公女ディリエルが結婚すること、そしてその相手はドラゴンスレイヤーの少年であることも。


「『天地に何一つ持たない素浪人、ただのセイジ・リグマの妻でよろしければ、喜んで』だそうじゃ」


 グシャーネンは『素浪人』という言葉に、武に係わる者として強くしびれた。


 彼は学のある方ではないが、武に関係する言葉には当然関心が強い。

 極東、それも極めて文化の高い地域から伝わったこの言葉は、誇り高き男の匂いがある。

 地位も権力も無く、ただ武に誇りを持つ者が名乗る俗名。

 だが、名乗るからには戦いを挑まれても構わぬ覚悟ある者と聞いている。


 それを王の前でドラゴンスレイヤーである事を証明した若者が、平然と名乗るのである。

 グシャーネンにとって、これほど痛快なことはかつて無かった。


 何かを成し遂げた者は、それに見合った地位や権力を『当然であるかのように』求めてくる。

 自分の将軍位は過分だと思うのだが、どう見ても自分以下の者が『我こそ将軍位を!』と公王を困らせる。

 思ったような見返りが無い事に腹を立て、騒乱を引き起こしたり、略奪すら始める者もいる。

 中には、自分がある血筋だからという理由だけで、王権すら与えられない事が不当だと思うバカもいる。

 いや個人だけではなく、国が大きいからというだけで、さらにたくさんの領土や利益を得られるのが当たり前と思い、無理難題を押し付ける国すらある。


 そんな世間や風潮に、グシャーネンは密かに怒りすら感じていた。

 だがドラゴンスレイヤーであることに、何の特権も利益も感じていないセイジの言動を聞き、まるで心地よい風に吹かれたような気分だった。

 公女ディリエル様の健康上の事情も、それゆえに権力争いなどありえず、王権のしがらみが一切無い事も知っているため、むしろ公女の願いを聞き届けたセイジの男気の方が、はるかに好ましかった。


『出来うる限り、私も保護してやらねばな』


 もちろん、武力ではない。様々なしがらみや思惑が、少年に絡みついてくるであろうからだ。

 ましてや伝説のドラゴンスレイヤーだ。おそらく想像以上に騒ぐバカ者が出るだろう。


「ダットビン、ブデン、一足先に王都へ迎え。陰蛇部隊の連中にバカ殿たちの動向を探らせよ。今頃慌てているだろうからな」


 グシャーネンの背後に控えていた騎馬の二人、一人は赤い髪と野性的なもみあげをつけた鋭い目の男、一人は陰気な細い顔つきに目だけをギラリと光らせた短い黒髪の男である。

 二人は、即座に『心得ました』と応えるや、馬を急ぎ走らせた。



 王都へ向けて、すでに暗闘が始まっているが、セイジとイーラは一つの馬にまたがり、のんびりと何も知らずについていっていた。

 小柄なセイジが前に座り、イーラが後ろで手綱を取っている。

 イーラの体は引き締まっているが、女性特有の柔らかさとふくらみは彼をすっぽり包むかのようで気持ち良すぎる。

 ただ、後ろからしがみつくのも、これはこれでかなり困る。イーラはお尻も綺麗で、魅力的なのだ。男性が後ろからしがみつくとなると、相当困る。


「イーラ、公女ディリエルについては、聞いたことある?」

「ああ、『薄命の』といつも言われる姫様ね。昨日みたいに、いつも公王様が手元に置いて可愛がってるけど、長生きできないって言われてるわ」

「うん、イーラもだけど、彼女も嫁にもらうことにしたから」

「え・・・・?」


 カチリとイーラの方が固まる。と言っても彼女の体は適度に柔らかいので気持ちが良いのは変わらない。


「イーラが第一夫人で、ディリエルが第二夫人だから」


 固まっていたイーラの脳に、徐々に言葉の意味が浸透してきた。顔色がざあっと青ざめる。


「いやいやいやいや、ちょっとまって。それ無理。無理だから!」

「言いたいことは分かるけど、そもそも素浪人の俺が公女を嫁さんにもらうってことが無理だから。イーラはもう嫁さん、異論は無いよな」


 イーラの顔が真っ赤になってしまう。


「な、なんか急に傲慢になってない?」

「考えたら負けだと思う事にした」


 何か悟りでも開いたかのような顔つきである。

 セイジはここ数日のトンデモナイ運命の変転に、流されっぱなし成るように成るしかないと思い定めている。

 どうせ一度は死んだ身である。若返って、美少年になって、こんな良い女まで側にいる。

 だったら、とことん流されてやろうじゃないか、と開き直った。


「第一だ第二だとやってられんし順番で良いよ。それにイーラは俺のもの、絶対に手放さないからそのつもりで」


 強烈な告白に、にへらと笑いがこみあげたり、いやいやどーすんのよと戸惑ったり、頭をかきむしりたくなったりと百面相を繰り返すことになったイーラである。

彼女はあっさりセイジに籠絡されていて、困ったことだが自分でも自覚している。

昨日の夜とその前と、たった二回抱かれただけなのに、彼のそばにいられないぐらいなら、もはや死んだ方がましだ。

 この先彼が何人女を持つことになろうと、妾の一人ででもいられるならそれでまったく構わない。

 しかし、公女を差し置いて、解放奴隷の自分が第一夫人??。今の社会の概念から言えば、とんでもなさ過ぎてひっくり返りそうだ。

 何より自分が第一夫人ってガラか!。


「た、ただ大丈夫?」


 その視線から、イーラは姫さんの事がかなり心配らしい。

 先日ちらりと見ただけでも、線が細く、痩せて今にも死にそうな娘である。戦士として鍛え上げたイーラですら腰が抜けそうな、セイジの強烈な性欲に晒されて、生き延びられる気がしない。


「ああ、それは大丈夫じゃないかな。先日食べさせたドラゴンの肉が、よっぽど体に合っていたみたいだし」

「んー、まあ空竜の新鮮な肉なんて、食べた人もいないんだけどね」


 串焼きを食べただけで、強力な回復剤よりも効いたのは、イーラも体感している。

 だとすると、なんだか厄介ごとが増えそうな気がするのは、気のせいだろうか?。


 その疑問が気のせいでは無い事を、イーラは王都についてから実感することになった。






「船が入るぞーっ!」


 水先案内の船が、大声を張り上げ、巨大なベルをガランガランと鳴らしながら、港に入ってくる。


 狭い湾の口を抜けると、深い青の広大な内湾が広がり、巨人の懐に抱かれたような穏やかさがある。

 広いだけではなく、非常に深さのある湾なので、どんな大型船も心配なく休むことが出来る。

 波の激しい外海から、この静かで広々とした内湾に入った船乗りは、一人残らず幸せな顔をしているという。


 港の巨大な桟橋には、おびただしい船が並び、はしけが行き交い、にぎやかに荷物の積み下ろしをしている。

 漁船が今日も大量の魚を水揚げしていた。


 正面にある街は、白く輝くような外壁を持ち、落ち着いた煉瓦色の屋根が整然と並んでいて、海の青と壁の白さと屋根の煉瓦色が見事なまでに映えていた。

 そしてその中心部に、白い石の壁がそびえ立つ。


 巨大な鉄の城門が開けられて、ドームや尖塔をもつ白い石壁の華麗な城が、多くの古木に包まれて白く輝いていた。

 ごく稀に、全く風の無い日。鏡のような海面に、この全てがさかさまに映し出され、世界の神秘の一つとまで言われる光景を作りだす。


 また海流は、この湾に入る太いゆっくりした流れを持ち、港の前で大きくカーブを描く。


 右に大きく分かれ、左に小さく分かれて、右側には狭く切り立った渓谷そっくりの隙間があり、大きな輸送船でも通れる深さと幅はあるが、大きく分かれた流れは早く激しくなり、船をぶつけないよう乗り切るにはそれなりの技量と度胸がいる。これを船乗りは『男道』と呼んでいる。軍関係の船は意地でもこちらを通る。

 左側には、同じような隙間があるが、こちらは流れも穏やかで、どんなに自信の無い船乗りでも、穏やかに外海へ押し出してくれる。こちらはもちろん『女道』と呼ばれている。老齢の船乗りや、大事な荷を運ぶ船は必ずこちらだ。


 この流れが、広大な内湾にさまざまな自然環境と、非常に多くの海の幸ももたらしている。


 ダレルブレアン公国の王都は、国名そのままにダレルブレアンと呼ばれ、世界でも類を見ないほど美しい港の都市であった。





 馬車の中で3日間、昏々と眠り続けた公女ディリエルが、宮殿の前についてようやく目を覚ました。

 迎えに並んだ群臣たちは、公王に続いて降り立った公女を見て、長年の宮仕えで鍛え上げたはずの鉄面皮を思わず崩してしまう。


「だ、だれだあれ?」

「しっ、オースチン卿、御前ですぞ。ですが・・・」

「いや、まさか、」

「ディリエル様なのか?!」


 ラドルビンとグシャーネン以外の全員が、不審と驚きにざわめいてしまうのも無理はない。


 痩せて目ばかり大きく、肌艶の悪かった小娘はもういなかった。


 身長も3センチほども伸び、肌は内側から押し上げるようにふっくらと張りを持ち、みずみずしく薄桃色に潤っていた。

 はかなく弱弱しかった白金の髪が、強く金色の輝きを増して光を四方に跳ね返している。

 背が伸びた反動で足りなくなったドレスから、露わになった足首の細さと色つやがドキリとするような色気を帯びていた。

 何より、満ち足りた微笑みが、見る男たちの魂すらさらいそうな美しさである。


「我も、わが娘も無事である」


 その傾国の美女が、『薄命の』と侮られていた公女ディリエルであることが、公王から正式に伝わっても、なおも全員信じられない顔つきであった。


「そして我らを守り、この国に新たな伝説を刻むこととなる勇者、ドラゴンスレイヤーを皆に紹介しよう。セイジ・リグマじゃ!」


 前もって言い含められていた通り、紹介と共に前に出たセイジは、横に空竜の巨大な首を出した。

 どよめく群臣たちは、もはやだれもそれを疑う余地は残っていなかった。

 何しろ腰を抜かした者すら、10人以上いたのである。幸い首に注目が集まっていたので、大恥をかかずにすんだが。


「多くの犠牲を払ったが、このドラゴンの素材を元に、我が国は更なる飛躍を遂げるであろう。

 我を守り、このドラゴンを倒しえた功は比類なし。

 我が愛娘、ディリエルは、かの者に嫁ぐことが決まったことをここに発表する」


 騒然となる王宮から、その騒ぎは王都全体へと伝わることになる。


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