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第六話 <ドラゴンスレイヤーと呼ばれて>

なにぶん作者は桃色成分が多いので、その手の話がご不快な方はご容赦ください。

 静かな夜である。

 風もなく、闇の静寂があたり一面を満たして、ひそとも音がしない。


 パチパチ、パチ


 火が焚かれ、枯れ枝を集めた炎だけが、にぎやかな音をたてる。


「まさか、伝説のドラゴンスレイヤーを、この目で見ることになろうとはな」

「長生きはするものでございます。私も、見た光景が未だに信じられませぬ」


 敷物をたたんだ上に公王と公女が座り、前にたき火が焚かれている。

 側にはラドルビンのみが控え、温めた酒を差し出した。

 三方に、残った騎士たちと、イーラとセイジが立ち、歩哨を務めている。


「このような夜も、あれほどの夢を見ると、面白く思うものよ」


 温めた酒を飲み、ため息に似た息をつく公王。


 馬が狂奔して逃げてしまった以上、徒歩で夜の闇を歩くのは自殺行為。

 幸い、ドラゴンの到来でこの地域の動物はほとんどがその声から逃げる方へ逃走し、近くには何の生き物の気配もない。

 魔力の戻ったラドルビンが探査の呪文を使ったが、周辺3キロ以内には、今夜は近づく動物の気配が無い事を確かめている。


 街道とはいえ、街道を結ぶ都市は夕刻に扉を閉じて、夜が明けないと開かない。

 急ぎ使い魔で送った連絡も、おそらく真夜中に届くのが精いっぱいだろう。

 軍が急ぎ公王を迎える部隊を編制したとしても、到着は早くて明日の朝だ。


「ラドルビン様」


セイジが離れた所から声をかける。


「何用かな?セイジどの」


 ドラゴンスレイヤーとして認めたセイジに、ラドルビンの口調は極めて丁寧になった。

 彼が最大戦力である以上、彼の意識や行動は、即座に王の命に係わる。


「ドラゴンの肉は食べられるらしいので、これを」


 木の串に何個も刺した、小さな肉に塩を振ったものを差し出した。

 串の数も20ほどある。


「おお、これは申し訳ない。しかも空竜の肉など、誰も食べたことも無い最高のご馳走でございますな。」


 念のため、申し訳ないと断りつつ、探査の呪文で食べられることを確認すると、それを火にかざした。


「私も、若いころは冒険者として、野宿を何度もしたものです」


 香ばしいにおいが立ち、きゅるりとかわいらしい音がした。

 公女ディリエルが真っ赤になっている。

 色素が無いのではないかと思うほど白い肌に、痩せて淡い水色の目が目立つ公女は、髪も淡いプラチナでひどくはかなげな少女だった。

 体も小柄で、12歳ぐらいにしか見えないが、すでに14歳であるらしい。


「ほっほっほっ、ディリエルもお腹がすいたか」


 うれしげに笑いながら、公王は優しく髪を撫でる。

 公王には正室やその他から産まれた8人の子がいるが、この娘は頭は良いのに体が弱く、成人まで持たないだろうと医者に言われていた。

 それが不憫がかって、父である公王は猫可愛がりに可愛がっている。

 今回の騒動も、隣国バファレーンとの首脳外交のついでに、ディリエルを温暖な気候の港町ゴレーンで療養させるために連れてきたのだった。ゴレーンは公国の王都よりも北にある港町だが、海流の関係で一年を通して温かく過ごしやすいので、保養地としても有名だ。


 だが王都に戻る道中で、異常なほど次々と現れた魔獣の群れは、応援を呼ぶ暇もなく、王の警護部隊を削り尽くした。

 安全なはずの国内の移動であったために、ほとんどが警護部隊しかいなかったこともまずかった。


 警護部隊と言っても、直属の近衛騎士ではない。公王の移動用のきらびやかな御供おともというのが実情で、貴族子弟の箔づけと公王家への接近のための出世街道と信じられて、ろくに戦闘訓練もしていないお飾りに過ぎない。それが次々と襲い掛かる魔獣の群れに、対処できるわけが無かった。最後まで残った10人の騎士は、グシャーネン将軍が公王移動時、常時強引に割り込ませている近衛騎士で、これすら警護部隊からは、公王のお側に近づくチャンスを奪う敵扱いだった。

今はこうやって、空竜の肉の串焼きを食うという希な経験が出来るが、将軍の配慮とセイジがいなければ、食われていたのは王たちの方であったろう。


 後日談だが、今回の反省を元に、警護部隊は近衛騎士に血の小便が出るまでしごかれるようになり、貴族たちは反論も言えず、耐え切れ無いのは全員辞職したので、問題は無くなった。



「はて、ドラゴンの死体が地に消えていくのは見たが、この肉はどうしたことなのかな?」


 何をいまさらという感じだが、公王が急に首をひねる。

 あまりに衝撃的な光景で、見ていた全員の意識がマヒしていたのが、脂の焼ける匂いでようやくほどけたらしい。

 ラドルビンが口を開こうとしたが、公王が手を上げて止める。


「よい。このような場所で、何より我らを救ってくれた方に細かい礼儀作法など失礼であろう。セイジどの、教えてくれぬか?」

「寛大なるご配慮、ありがとうございます。あれも魔術の一つ、魔力で袋を作り、影の中に入れてございます。」


 あの光景を見ていたのだから、どうあっても聞かれるだろうなと思っていたセイジは、用意していた回答をすらすらと話す。

 亜空間などと言っても、この世界に通じるわけがない。また、この世界にそういう言葉が無いので、言語に出来ないのである。

 『剣』なら『ゾイド』、『串』は『テッペ』など、元いた地球にあった物なら言葉に出るが、『亜空間』などというあいまいな言語はこの世界には存在しないらしい。

 ならば分かりやすく『影』とした方が、納得しやすかろうということで、イーラにも説明しておいたら、あっさり納得された。

 もっとも、イーラの視線と表情は熱を帯び、ボーっとしているようだったが、大丈夫なのだろうか?。


「ほお、影の中とは。では、ドラゴンの体全てがそこに入っておるのか」

「私めも、恥ずかしながらそのような魔術は初めて聞きました。いったいどのような?」


 公王は急に目を輝かせ、ラドルビンは初めて聞く魔術に興味しんしんである。あのドラゴンを倒した術にも興味はあるが、さすがにあれは(自分も含めた)並みの人に出来る範疇をはるかに超えてしまっていることが、ひしひしと感じられ、聞くのも恐ろしすぎる。


「はい、いつでも全部取り出す事が出来ます。ただ、この魔術は私の一族の秘術でございますので、説明はご容赦ください」


 ラドルビンはがっくりしたが、さすがに秘術と言われては仕方がない。

 実際、一般的な魔術師や公的な立場にいる魔導師も、他人には伝えられない『秘術』をいくつも持っている。

 それは、一族や許された弟子のみに伝えられる秘伝であり、いかに代償を詰まれようと、教えることはできないのだ。


「セイジ殿は異国から来られたのか」


 ラドルビンは確かめるような口調で尋ねた。セイジは金髪紫眼で、見かけはまあこの大陸でもさほど珍しいと言うほどでは無い。ダレルブレアン公国もだが、この大陸全体が比較的目や髪の色が薄いからだ。ただ、やたらその輝きは強く、内側から光を放つようでひどく目立つ。

 だが、空竜を一撃で倒すような、とんでもない力を持つ者が、この年まで噂にもならないなどあり得ない。そして筆頭宮廷魔道師であるラドルビンすら聞いたことすらない魔法。そう考えても不思議ではない。


「実を言いますと、私は野原に転がっていたそうです。己の名前と、どこから来たのかぐらいは覚えているのですが、その他がどうしても思い出せません。私を見つけて介抱してくれたイーラが言うには、海の近くだったので、流されたのではないかと言うのですが」

「なんと、それは災難なことだったのう、して故国の名は何というのですかな」


 この辺までは、イーラにも言っているので、むしろ素直に言った方が良いだろう。


「日本の東京都江戸川区というのですが」

「ニホン・・・うーむ、ワシも聞いた事が無い国だのう」


 筆頭魔導師としては、忸怩たるものがあるだろうが、さすがに知らないものは知らないと言うしかない。

 イーラは解放奴隷と名乗り、ラドルビンはその印の神力を察知している。奴隷、あるいは解放奴隷に押された印はわずかだが神力を発していて、ある程度の魔法を使える者なら服の上からでも感じ取れる。ラドルビンほどの優れた魔導師ならば、離れていても感じ取れる。セイジがどこかの逃亡奴隷であったなら、ラドルビンに分からないはずが無かった。

 聞き入っていた公王が、割り込んできた。


「どうであろう、王宮に戻ったらそのドラゴン我に譲ってくれぬか。もちろん十分な代償は約束する」


 竜族の皮、牙、血、肉、その全ては貴重で重要な素材になる。

 ましてや、四代属性竜となると、超のつく貴重品。その中でも空竜はもっとも手に入れずらい。

 属性竜の中でも最速を誇る空竜は、他のドラゴンには絶大な効果のある対竜用装備や魔法兵器を、簡単にかわしてしまう。

 たとえ当てることが出来たとしても、風の精霊防護は簡単には破れない。


 他の属性竜は、土竜の外皮の強度や火竜の高熱、水竜の水中と粘液による弾きなどはあるが、それらは精霊力を内蔵することによる物理的な防護力である。


 空竜は、常時『飛行』のための風の精霊が取り巻いていて、まずこれを突破しないと攻撃が本体に通らない。

 矢やバリスタなど、空を『飛ぶ』兵器はほぼ絶望的と言えた。


 外皮や爪などには、風の精霊力や重量軽減の魔力などがあり、非常に珍重される。

 また属性竜の中で最高の視力を持ち、地平線の先までも視認する力があり、その眼を魔法で加工できれば、天空眼レーダーアイと呼ばれる超長距離視認用の魔道具が出来た。これを装備できた国は、戦争では相当な兵力差があっても負けないとまで言われている。


 まさにその価値は計り知れない。


 今回、公国は多大な犠牲を出したが、空竜の素材が手に入るなら、それすらも埋めることが可能となる。

 そしてもう一つ、この目の前の大戦力をどうにか味方につけられないかと、密かに思案もしていた。


「喜んで提供させていただきます」


 セイジとしても、この世界の事がまだ良く分かっていないため、うっかり取引などしようとすると、知らずに大損しかねない。

 こういう取引なら、公王にも公国にも恩を売れるし、まず損はしないだろう。


「そうかそうか、感謝するぞ。そしてそのような事情なら、我が国に逗留いたすと良い。決して無碍なまねはせぬ、恩を知らぬと言われては、我の恥であるからの」


 公王の親切な言葉に、礼を返そうとして、ふと元の世界でのある言葉を思い出す。ああ、自分はこれだなと。


「私のような素浪人に、多分なるご厚意、感謝の言葉もありません」


 昔のテレビで、今はDVDコレクションにもなっている素浪人シリーズが好きだったセイジは、今の自分にはピッタリだろうと思う。

 それに恐らく、公王としても万の兵力を一掃するドラゴンを一撃で倒すような大戦力を、よその国に取られてはたまったものではないのだろうと想像する。

 意外にも、公王もラドルビンも素浪人という言葉を聞いたことがあるらしく、ほおという面白そうな顔をしている。


「あ、そろそろ焼けてきたようですよ」


 空竜の肉は、臭みも無く、滴る肉汁が強いうまみを含み、適度な歯ごたえととろける脂がたまらない味わいを持っている。

 塩だけの味付けが、むしろ肉の味を一切殺さず、噛めば噛むほど、口にあふれる肉汁のおいしさがたまらない。

 体が温かくなり、疲労までみるみる軽減していく。


「こ、これはうまいな・・・・・・」


 騎士は、初めて食ったうまさに仰天し、


「すごい・・・・・・こんな力の湧く肉は初めてよ」


 イーラは、体に湧きあがる力に口元を押さえる。セイジが焼きたてを持っていくと、かぶりついた3人は、目を丸くして喜んでいた。


 もちろん公王やラドルビンも、満足げに咀嚼しているが、それ以上に驚いているのは姫君の様子であろう。


「おいしいっ、こんなおいしいお肉は初めてですっ」


 目が転げ落ちそうなほど見開かれ、夢中で肉にかじりつき、次々と噛み砕いて飲み込む。

 ディリエルはだれもが心配するほど食が細く、一日一食しか入らない事も珍しくない。

 どうやら空竜の肉には、食欲増進の作用もあるらしい。


 公王レマノフサンダーは、目をうるませてその光景を見ている。

 子供が子供らしく、おいしそうに食べる様子は、父親としてこれ以上は無いうれしい光景だった。


 公王が死ぬまで秘めている事だが、最初はこの5番目の娘を、うとましいとすら思っていた。

 やせて顔色も悪く、可愛げも感じない娘。

 いや、娘とすらその当時は思っていなかったのだろうと、心から恥ずかしくなる。


 だが10年前、4歳の娘がまた激しい熱を出し、貴族の母親はたまりかねて実家に逃げるように帰ってしまい、たまたま娘の様子を見に来たレマノフサンダーは、淡い水色の目が涙を溜めて強く光っている光景に衝撃を受けた。


『死にたくない』


 生命の声とでもいうのだろうか、何度も生死の境を超えた目は、強くそして必死に光っていた。

 誰かにすがるでもなく、か弱く嘆くでもなく、強く強く、光っていた。

 いや、この娘には誰もすがる相手がいなかったのだ。

 その時、彼は初めて子を愛する気持ちを抱いたと思う。

 気が付くと、そっと小さな手を握っていた。


「とお・・・・・・さま・・・・・・」

「だいじょうぶだ、だいじょうぶだよ」


 涙を流しながら、だいじょうぶだと言っている自分が誰よりも癒されていた。

 娘が初めて微笑み、そしてレマノフサンダーは『父親』を知った。


 それから10年、凡庸だと言われていた彼は、名君と称えられ、国父として多くの臣民から慕われるようになっていった。

 そのそばには、常に愛し手放さなかった娘がいたのである。


 ラドルビンも、竜の血が強い強壮作用を持つことは知っていたが、この姫君のためにぜひとも最上級の滋養強壮剤を作らねばと決意した。


「はい、僕のも食べてください。また作りますから」


 公王が自分の分を渡すよりも先に、セイジが焼けたての串をさし出した。


「あ、ありがとうございます・・・・・・」


 消え入りそうな声で、ほほを染めながら受けとるディリエルに、セイジも微笑んでしまう。


「ほっほっほっ、ディリエルはセイジ殿が気に入ったかな?」

「王!、ご冗談が過ぎますぞ」


 慌てて横槍を入れるラドルビンだが、ディリエル公女はさらに真っ赤になってしまった。


『さすがに冗談だよな?』


 ちょっと不安になるセイジである。





「あ、セイジ・・・・・・」


 イーラの処に戻ってきたセイジに、彼女は戸惑ったような表情をしていた。


『嬉しい、けど疑問?』


 イーラの表情は、そんな顔をしている。

 何しろ50年近い人生経験があるのだ、どう見ても自分を隠すことが下手そうな彼女の様子からは、よくわかる。


「こっちは私一人で大丈夫よ」

「イーラがいるから、ここでいいよ」


 ところが、イーラが息を止めた。そしてやっと深い呼吸をした。

 イーラは、自分の心臓の音が異様に大きく聞こえていた。暗闇で良かったと思う、顔がひどく火照っている。

 降るような星と三日月の空で、彼女のシルエットが、自分の胸を抱いて呼吸だけが深く続いている。


「でも、セイジは、ドラゴンスレイヤーなのよ」

「そんなもん知らないよ、俺は、セイジ・リグマだよ」


 彼女が何が言いたいかは察した。ドラゴンスレイヤーの持つ凄まじい意味。だが、本気でそんなもん知らん。

 胸からあふれ出すこの気持ちを、抑えることなどできそうにない。

『イーラは可愛いなあ』と、たまらなくなっている。


 幼い時、あるきっかけから掛金のはずれた超能力、呪いとも言うべきその力は、彼の全ての希望を奪っていた。

 少しでも暴走させれば、何かの多大な代償を奪われる。その力にどれほど苦い目にあってきたか。

 自分を恐れ、女性を愛することも恐れ、小さな店で細々と商売をして、ただ穏やかに過ごしてきた。

 その力のおかげで可愛がっていた姪を救えたのだから、最後は良かったとは思えたが、それでも年を取るほど、何もできなかった自分に悔しい思いはあった。


 だが、昨日からの騒動で、脳裏に浮かんだレーダーサイトのような光景や、ドラゴンを切断した異様な力の瞬間、本能的に超能力を引き起こしていた。

 これはもう、何かが飛んできたらとっさに手でかばうようなもので、反射的に起こる行動だ。直後にその反動で、めまいや立ちくらみ、頭痛などが過去には必ず起こった。

 能力そのものは左手ヴェルムンガルドが起こしていてもだ。

 それで、何も起こっていないなどありえない。もしあるとすれば、左手(ヴェルムンガルド)が関わっているとしか思えなかった。


『当然でございます。私めは、補助機能具でございますゆえ、ご主人様の能力拡大と調整を行います。ご主人様は肉体の力と能力の差が大きく、肉体の方が消費に耐え切れず故障を起こしておりましたので、以後は私めが万全のサポートをさせていただきます』


 左手(ヴェルムンガルド)に問いただすと、あっさりそう答えた。

 これまでは超能力が肉体を吸い尽くして壊してきたが、その危険はこれからは無いのだ。


 何もせずに、普通に物を見れる、左手が意識を集中せずとも動き、感じる。

 その当たり前のことが、とてつもなく、爆発しそうなほど、うれしかった。

 自分の、これまで制限し、抑え、何もかも諦めてきた当たり前の事が出来るのだ。


 もちろん、女性を本気で愛することも!。全身の血がドクドク鳴っている。


 ズボンの上から彼女の豊かな腰を抱き、昨日は溺れそうになった胸を掴んだ。


「えっ、ちょっと、まだ護衛を・・・・・・」

「どうせ近くには何もいないし、来ないよ」


 その場に押し倒されたイーラは、体にまったく力が入らなかった。


「『一生かけて貰うことを夢見るのが姓なの』って、イーラ言ったよね。だからリグマの名を貰って、一生を俺にくれ。それに一生を懸けてくれ」


 キスが、猛烈な熱を帯びていた。

 イーラはぐにゃぐにゃになって、なすがままに服をはだけられ、昨日の続きのように、激しく喘ぎ始めた。


 左手ヴェルムンガルドは、俺の好みのタイプと言っていたが、まさにその通りで、今やイーラは絶対に手放したくない。

 解放奴隷?、姓無し?、元日本人の俺は知らんよそんなもん。

 王たちとイーラと、どっちを選ぶかと言われたら、迷わずイーラを選ぶ。


 唇が絡み合い、蕩け合う。

 唾液の甘さが、たまらない酔いを走らせ、肌の温かさが熔けてしまいそうだ。



 ただ、二人の獣の交情を、息をひそめ、目を血走らせながら見ている少女がいた。

 手が足の間に入り、腰がひくひくと震えている。


 二人のうめきと、痙攣に合わせて、彼女も体を震わせた。


「・・・・・・なりたい・・・・・・強く・・・・・・なりたい」


 ひくつく体に喘ぎながら、涙と共に声を漏らす。



 イーラに思いっきり甘え、交わり、セイジはようやく落ち着いた。

 始まるとイーラも興奮が止まらなくなり、夢中になってしまったようだ。


 もともとが好みも体も相性が最高の二人だが、

 イーラはセイジの恐るべき実力に驚き、王族が好意を見せたことで、解放奴隷に過ぎない自分など『見向きもされなくなるだろう』とへこみかけていた。

 それが彼に「一生を俺にくれ」と言われたことで、嬉しさが止まらなくなってしまった。


 セイジを放したくないという気持ちと、自分が邪魔になるのではという恐れが激しく入り交じり、狂ったように求めてしまった。


 かすかな喘ぎと、甘いささやきが、二人の間に濃密で優しい時間を作り出す。



「はあ・・・夢中になりすぎちゃった」

「俺こそ夢中だったよ。ずっと一緒にいてくれ」


 しっかりと抱き合ったまま、とろりとした時間が流れていく。


「嬉しい」


 これからもだと、彼の言葉が体の奥まで染み込んでくる。

 東の空が赤くなっていく。もうすぐ夜明けだろう。


「セイジ殿」


 ラドルビンが息を切らせて駆け寄ってきた。

 半裸の二人に、ぎょっとして足を止める。


「すまん、お楽しみだったか」

「いえ、かまいませんが何か?」


 服を整えながら、悠然と聞くセイジと、後ろを向いて恥じらいながら、体の後始末をしているイーラ。

 とても10代前半の少年の態度では無く、ラドルビンはこの少年の年齢に改めて疑問を感じてしまう。


「公女様の様子がおかしいのだ、セイジ殿を呼んでおられる」



 セイジが駆けつけると、簡素な天幕の中で、おろおろしている公王と、そのひざ元で呻きながら苦しんでいるディリエル公女がいた。


「明け方からひどく苦しまれて、全身が激しく痛んでおられる。治癒の魔法を何度もかけたが、なかなか治らんのだ」


 父の公王が手を握ってやっても、そこから急激に赤く腫れ、激しく痛みだす。


「せ、セイジ様・・・・・・」

「そなたを呼んでくださいと、何度も言うのだ」


 公王も困り果てていた。

 激しい戦い、長時間の逃走、心労、天幕の一夜、寒い夜、このか弱い娘がどんな状態になっても不思議ではなかった。


 ディリエルは、熱でうるんだ眼をセイジに向けた。


「セイジ様、私は、一つだけ、願っていたことが、あります」


 息が荒く、言葉も途切れがちだった。


「何も、何もいりません、ただ、好きな人の、お嫁さんに、なりたいのです」


 暗闇の中で目が強く強く輝いている。


「私は、強くなりたかった、私は、あなたのような強い人がとても、好き」


 熱に浮かされながらも、薄い水色の瞳が、彼の紫の瞳にぶつかってくる。


「この世で、一番強い、あなたが、私はとても、愛しい、の、です」


 ゼエゼエと、息を切らせ、それでも必死に言葉を紡ぐ。


「私を、お嫁さんに、して、いただけ、ません、か?」


 細い白い指が、必死に伸ばされる。


 病魔に苦しみながら、彼女は『強くなりたい』と心から願っていた。


 他に何もいらない、ただ誰か愛する人の妻となって、子を産み育て、平穏な生活さえ送れるなら。

 だが、そのための最大の代償が『健康な体』なのである。

 誰もが当たり前に持っているそれが、彼女に唯一そして絶対に手に入らないもの。


 自分のひ弱な心臓は悲鳴を上げ、脈を途切れさせ始め、呼吸はすでに吸う事すら困難になってきている。

 悲しかった、悔しかった、そして今セイジに会えた事だけが救いだった。


 光を帯び、恐るべき力でドラゴンすら屠った勇者。

 誰よりもその強さを、彼女に見せた人。


 輝く髪と、愛おしくすら思える容姿を持ち、紫の瞳は、彼女の魂すら吸いこんだ。

 この人に会うために、自分はあったのだと、しかしそれが終ろうとしている。


 闇の中でもつれあうセイジとイーラの姿に、自分がどれほど願っても届かない事を知らされた。

 もう、自分の命は消える。

 だからこそ、せめてこの一瞬だけでも、彼にすがりつきたかった。


 震えながら、その生ある限り必死にのばされた手。セイジがなんでその手を振り払えようか。


『この娘は俺だ』


 泣きたいような気持で、彼は紫の瞳を向けた。

 超能力に苦しんで、一生を押さえつけてきたセイジ。

 誰にも理解されない病に苦しみ、その一生を終えようとしているディリエル。


 自分がそれから解放されて、解放されないでいる彼女に手を差し伸べてやりたい。

 この世を総べる誰かよ、傲慢だと笑わば笑え。


 『誰もかれも手を差し伸べるつもりか?』


 どこからか聞こえる疑問、それをセイジは鼻で笑った。


 『何度も何度も、手を差し伸べたさ』

 『何度も何度も、バカかと思うような後遺症に苦しんださ』

 『最後は、姪っ子のために命を落としたさ』


 傲慢けっこう。バカでけっこう。

 この娘に手を差し伸べる、そんなささやかな傲慢ぐらい、いいじゃないか。


 ラドルビンは泣いている。

 公王はただうなづいた。


「天地に何一つ持たない素浪人、ただのセイジ・リグマの妻でよろしければ、喜んで」


 姪っ子にその力をすべて差し向けたように、セイジは、その『左手』で彼女の細い手をつかんだ。


 その時、左手ヴェルムンガルドがささやいた。


『昨夜の空竜の肉が、この女性の体内で過剰反応を起こしているようです。セイジ様がパートナーと認められましたので、生体調整を行います』


 彼女の指先の神経に、微小の電気パルスが流し込まれ、脳と脊髄から全身の血流、ホルモン分泌、60兆個を超える細胞中のミトコンドリアのエネルギー生成機能に至るまで、様々な調整を瞬時に行っていく。


「あ・・・・・・?!」


 彼女の熱を帯びた体が、びくんっと震えた。

 白い無数の光が、その指先から突き抜け、痩せて細い体の全てを駆け巡った。


「あーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 それは、深い、とてつもない快感であり、絶頂であり、愉悦であった。

 どうにもならない体が、苦しみと疲労と冷えに満ちてた肉体が、

 湧きあがる光によって輝き、温かくふくらみ、あらゆる苦しみの鎖がすべて千切れ、飛び散っていく。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 それは、生命の絶叫。

 命の生まれなおす歌であった。


 彼女の体に足りないすべての物を、ドラゴンの肉が含んでいた。

 暴走していたそのすべてが、誘導されるままに、無数の鍵穴にぴたりとはまるように、合い、組み、はまり、彼女の秩序として解き放たれる。


 熱が去り、苦痛が消える。


 夜明けの光の中、熱に浮かされていた肌が、鮮やかで美しい薄桃色にそまる。


 そして生まれて初めて、甘い空気を吸い、静かに彼女は安らぎの眠りに落ちた。


「奇跡じゃ・・・・・・」


 ラドルビンは、公女が生まれた時から、呼吸機能に欠陥があることを知っていた。

 わずかな冷え、わずかなほこり、暖炉のわずかなススですら、彼女はせき込み苦しんでいた。

 それゆえ、彼女が成人できないとわかっていた。


 だが今の寝息は、極めて健康な人間の、深く静かな呼吸であった。


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