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第四話 <戦闘の光景>

 左手ヴェルムンガルドの警告と共に、脳裏にレーダーサイトのような円と光点が表示され、警戒信号を兼ねているのか、体が思わず飛び起きてそちらを見た。


『集団数は二つ、一方は馬車と人馬のようです。数は馬車が一つと人馬おそらく護衛は12。もう一つの集団は27、四足の動物です、おそらく狼。』

「え?、あ、何か来てるわね」


 イーラもそちらの方向へ感覚を向けると、無数の気配を感じ取った。


『馬車から強力な魔力、おそらく火炎系の魔法です。17匹が死傷、一匹が呪殺系の魔法を放出。自分と仲間の死と引き換えの強力な殺傷力のある魔法です。護衛10が死亡。』


 激しい戦いの気配が、こちらに近づいてくる。

 だが、狼が呪殺系の魔法?。しかも一気に護衛10が死亡って何事だ。


『おそらく群れのリーダーが、魔力の高い狼男系の魔物だったと思われます。ただ、あとは普通の狼ですが、かなり飢えているようで、護衛と激しく戦っています。』


 護衛が残り2で、狼10では数の差がきつい。だが、火炎系の魔法があるとすれば、なんとかなるのではないか?。

 脳裏にレーダーサイトのような光る小さな点が入り乱れている。左手ヴェルムンガルドが表示しているらしい。

 青の10の内二つが減った。


 ガラガラガラッ


 赤地に黒と金の豪奢な馬車と、二人の騎士、そして8頭の狼が視界に現れた。



「たまに狼が出るとは聞いていたけど、まさか昼間に出るなんてね」


 狼はかなり痩せていて、その分ひどく攻撃的な吠え声や唸り声を上げている。


 騎士は勇敢に戦っているようだが、あちこちから血を流し、傷だらけだ。何とか2匹切り殺したが、もう剣を振るのも精いっぱいのようだ。

 馬は本来臆病な生き物だが、鍛え上げられているのか、これも傷だらけながら一歩も引かない。



 イーラは背負っていた大剣ではなく、腰につけていたショートソードを抜いた。

 低い位置から狙ってくる狼は、こちらも素早く動ける方が有利だ。

 同時に前の留め具を外すと、大剣が落ちた。


 その音で、狼の動きが一瞬止まった。


 ザブシュッ、ズブッドスッ

 キャーン、キャイイインッ


 イーラが走り抜けると、3頭が戦闘不能になり、残りの5頭は突然現れた敵襲に混乱する。

 大柄な彼女が、恐ろしい速さである。

 投げナイフが2匹の腰椎に刺さり、2匹がまた腰骨を切り折られた。

 一頭がイーラの背後を狙ってとびかかったが、彼女は振った剣をそのまま回し、回転の勢いを殺さないまま振り向いて一撃を加えた。


 生き物が死ぬ光景は、元が軟弱な日本人のセイジには、かなりつらい。50年近い人生経験が無かったら、へたり込んでいただろう。

 だが、相手はこちらを食う気なのだ。

 あの骨が浮いた痩せ方を見れば、誰でもわかるだろう、食わねば死ぬ。

 食うか食われるか、それを怯えだけで逃げたら、死ぬしかない。

 そして今、死にたくない。


「すごいね、一人で8頭とか」

「あれぐらいはね、戦場ではもっとひどい状況がいくらでもあったわよ」


 彼女の体中に刻まれた傷を見れば、その過酷な人生の一端でも感じる。


 馬車と騎士たちが足を止めた。

 狼を退治してくれた相手を、とりあえず敵とはみなさない事にしたらしい。


「ディリエル様はご無事か?!」

「わが君!」


 傷だらけの騎士たちは、己の傷の手当てもせずに、馬車に駆け寄った。


 馬車の御者台には、黒フードの白髪の男性が、死人のように青ざめた顔で座ってる。


「陛下、ディリエル様、どうやら助かったようでございます」


 激しく息をつきながら、御者台の黒フードの老人は、馬車の内部に声をかけた。


「そうであるか」


 静かな声と共に、軽量の王冠をかぶった中年の男性が顔を出した。


「ラドルビン、そなたは大丈夫か?」

「はは・・・・・・年は取りたくないものですなあ、大火炎を放った後は、下狼獣の死の呪縛を防ぐのに精いっぱいでして」


 ひどく痛みを含んだ笑みは、無理やり作ったような表情だった。

 おそらく、護衛たちを守ってやれなかった事に、ひどい後悔を感じているのだろう。



「そこの女戦士が、残った8頭の狼を倒してくれなければ、我々も危ないところでした」

「そうであるか。そこの女よ、名は何という?」

「ダレルブレアン公国公王、レマノフサンダー様の直問である、直答を許す」


 フードの老人が、声を張り上げてイーラに問うた。


 イーラがその場に片膝をついた。


「直答のお許し、感謝の言葉もございません、解放奴隷イーラと申します」

「うむ」

「解放奴隷イーラよ、我は公国筆頭魔導師ラドルビン・ジェスメンじゃ。急なことじゃが、多くの魔物に襲われ難儀しておる。近隣の砦までの護衛を許す、随伴せよ」

「はい、連れがおりますので、その者も同行をお許し願えましょうか」

「同行のみは許す、だが、護衛を第一とせよ」


 イーラの返事も待たず、公王とかいう中年男は馬車の中に引っ込んだ。

 ラドルビンという魔導師は騎士たちに薬を渡し、自分も何かを飲んだ。


「イーラ、あれってこの国の王様?」

「みたいね、筆頭魔導師の方は一度だけ見たことがあるわ」


 ラドルビンが少しだけ顔色を回復させる。飲んだのは回復薬だったらしい。

「そこな子供よ、同行は許したが見聞きした一切の事は他言不要である、もし背けば、子供といえど容赦なく罰せねばならぬ」


 逆らわない方が良いなと、セイジは判断した。イーラの真似をして片膝をついた。

「分かりました。他言いたしません」

「うむ、よろしい」

 素直なセイジの態度に、少しだけラドルビンは表情を緩めた。

 心底疲れ果てているのが、その表情で分かってしまう。

 セイジを見かけどおりの子供と思っているから、気を許しているのだろう。


『まあ、老人に負担をかける気はさらさらないしな』


 なぜ公王たるものが、こんな街道を少人数でいるのかは、不思議というしか無いが、それを下手に聞ける雰囲気ではない。

 ましてや、解放奴隷の護衛すら必要というのは、相当追い詰められている証拠だ。

 イーラもセイジの手を握って『何も聞かないでね』と視線だけで送ってくる。

 肌を合わせたせいなのか、それがすぐ分かる自分に驚くと同時に、そういう女性が出来たことがとてもうれしかったりする。

 おそらく彼女は、これが何かのチャンスになると嗅ぎ取っているのだろう。




 ただ、まだ公王の苦難は終わってはいなかった。

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