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第十六話 <妻たちの役割>

さて、紙の工房が稼働を始め、いろんな人がそれにかかわるようになってきた。

セイジは最初いらないと言ったのだが、開発者が一文もとらないのは仁義に反するとまでキーロッカーに言われ、しぶしぶ売り上げ利益の1%の額をもらうことにしている。

じいさんことキーロッカー師に言わせると、開発者が強欲でこそ、他の者も見習って、良い物を作ろうと必死になれるんだそうだ。


紙作りが広まると同時に、『黒髪の聖女』という噂が広がった。


黒曜石のような瞳に、ぬばたまの黒髪をなびかせた、世にも妖しく美しい女性が、工房で素晴らしい紙をすくというのだ。紙をすくリズミカルな音と、妖しくも美しい不思議な美女、彼女のそばにたどり着いた傷ついた戦士が、不思議の癒しに助けられ、恋焦がれていくというストーリィ(しかも失恋する)で、早くも吟遊詩人たちの流行歌の一つになっている。


その当人が目の前に来ていて、グリちゃんを抱っこして、ほのぼのとお茶を飲んでいたりする。

もちろんグリはセイジたち4人以外には、誰にも見えていない。


ちなみに彼女も王宮の宿泊所に一室を貰っている。ディリエルとセイジの公認に、反論できるものなどいないが、あまりに美人過ぎて、誰もが『セイジの新しい女』としか思わなかった。


まあ、確かに言われてみると、珍しい黒眼黒髪に、なめらかな肌はシミ一つないし、どこか男の心を蕩かすような優しげな美貌である。

物憂げな美貌と、質素な服でも隠しきれない女らしい体は、どこか淫らで、欲情をくすぐるしぐさがまたエロスを漂わせる。聖女と言うにはちとエロすぎるが。


「黒髪の聖女ねえ・・・」

「いやですわ、そんな噂なんて。」


ハイネさんは本当に困った顔をする。

自分が聖女などと全く思っていないし、そんな言葉は恥ずかしくてたまらない。

ただ、癒しの力が復活したので、けがをした人を治してあげたのがまずかったらしい。

とはいえ、彼女のことだ、またけがをした人をみたら、全力で治してしまうだろう。

代金など決して受け取らないので、貧乏な人たちにはまさに聖女だろうと思う。


紙すきの仕事は、決して楽なものではないが、ハイネは何かを作れるという仕事が楽しくてたまらない。

イキイキした彼女は非常に魅力的で、悲惨な過去の話を聞いていても、彼女の魅力の前にはどーでもいい。

ぼーっと見てたら、なぜか真っ赤な顔をして、頭を下げられた。


いかん、つい見つめすぎたか。セクハラ野郎と思われたら心外だ。

いや、そらいい女に興味はありますよ。

ええ、そうです。セクハラ野郎です!、ごめんなさい!。


湧きあがった欲情を沈めようと、セイジが席を外した時、イーラがそっとそばに座った。


「うらやましいのかい?」

「・・・・・・・・・」


グリちゃんを抱いたまま、もじもじするハイネ。


「凄く調子はいいんです。でも、時々たまらないほどドキドキして、そしてひどいことをされ続けた時の事を思い出して、それでも感じてしまった事が思いだされて・・・。」

「ハイネがセイジをちらちら見る時の目って、『したいっ!』てのが凄く出てるものね。セイジは鈍いから、ぜんっぜん気付いてないけど。」


穴があったら入りたそうに、真っ赤になるハイネ。


「他の男の人は、怖くて、でもセイジさんはとてもすてきで、優しくて・・・甘えたくて・・・」

「だろうね、あたしもだもの。いーよお、セイジは。甘えるし、甘えさせてくれるし、すっごく頼りになるし、元気有り余ってるし、あと5人は余裕で女を作れるわね。」

「うう、いいなあ・・・セイジさんいいなあ・・・。」

「だったら、あんたも入ったら?。私らは気にしないよ。」

「で、でも、私は、その・・・あんまり・・・」


どんどんしょんぼりしてしまうハイネ。普通一般の男が、ハイネのような過去を持つ女など、けがらわしくて嫌だろう。


「うんにゃ、あれは絶対興奮するタイプよ。暗ーい過去のある女なんて、燃えるだけじゃないかって、本気で姦りまくってくるんだから、姦り倒されたあたしが言うんだから間違いない。」

「本当に?」

「あたしも解放奴隷だからねぇ。それを第一夫人に据えるって、どういうもんかと思うんだけど、セイジはめんどくさいそれでいいって言うのよ。」

「その、ディリエル様って公女様ですよね。」

「そ、セイジは第二夫人にしてる。」

「う、うっそぉ・・・・」


この世界でいえば、驚天動地。大げさではなく、常識がひっくりかえるような事なのだ。

いくら世俗に疎い元シスターとはいえ、解放奴隷と結婚する男性はいても、それを第一夫人にして公女を第二夫人にするような男は考えられない。


「そういう男なのよ。」



セイジが戻ってきた。ハイネの顔がさらに赤くなって、倒れるんじゃないかなと思うぐらいのぼせている。


「セイジさん」

「ん、どうしたの?」

「今夜お部屋に泊めてください。」


蚊の鳴くような声だったが、セイジは聞き間違えはしなかった。照れくさそうに笑いながら、


「みんな一緒だけどいい?」

「は、はい!。」

「良かった、フられずにすんだよ。」


すーっとのぼせが取れて、頭が少しすっきりする。

そっかあ、みんな一緒なんだ。なら怖くないかな。


「うぉーい、大将。知り合いの工房がうちもって言ってきてんだ。」


じいさんの大声が響いて、はいはいとセイジが出ていった。



「凄く勧めてたけど、いいの?」


ハイネがフラフラと自室に戻った後、キアナがイーラに尋ねた。


「ん?、キアナは反対なのかい?」

「えと、新参者のうちが言う事じゃ無いんだけど、うちが入ってきた時、お情け(SEX)減らなかった?」


実に申し訳なさそうに聞くのは、新参者という引け目があるせいなのか。

ただキアナからすると、あとでウジウジもめて腹を立てるより、今すっきりしておきたいのだ。


「全然。」

「ですねえ。むしろ遠慮がなくなったみたいな。」


きょとんとしたイーラに、笑っているディリエル。


「あたしは、ディリエルが嫁にくるって聞いて、心配したんだよ。あたしですら、何度も姦り殺されるかと思ったぐらいだし、体が持たなかったらどうしようって。」

「幸い、セイジ様のおかげでとっても元気になれましたし、そちらはむしろ体に良かったみたいで。」

「同時にキアナまで来て、回数が減るかと思ったら、むしろ増えたぐらいだから。キアナは初めてなんで、セイジは遠慮してるよ。」

「え・・・あれで??。」


さあっと青ざめるキアラ。昨晩も失神するぐらいされたし、もちろん優しかったし、うれしかったが、あれで遠慮していたとしたら本気は・・・。


「最初、セイジも夢中だったみたいで、止まらなくてね、6回連続なんてされた夜には、翌日腰が抜けたよ。」


嬉しげにニコニコして語るのだから、これはおのろけだろう。


「私も、今度おねがいしてみようかしら。」


ディリエルが恐ろしい事を言うが、この姫様はマゾ系なので、苦痛が苦痛にならない。


「なんか、聞いてたのとちがうなぁ。友達から旦那のこと聞くと、どれも不満がひどかったりするんやけど。」

「いや、それが普通だから。セイジが特別すぎるだけで。」


なんだか焦り気味で、キアナの意見を修正するイーラ。

あれ(セイジ)を見本にしたら、普通の家庭が気の毒すぎる。

経験豊富なはずのイーラでも、さすがに比較できる相手がいない。イーラは『あと5人は』と言ったが、冗談でも何でもない。


「キアナが言うように、そりゃあ独占したいし、新しい人が入るのは不安もあるよ。でもね、あれだけの傑物が本気で暴れ出したらと思うとね。」

「私もおそばに仕えるようになって、良く分かるのですが、あの方強すぎます。普通なら、平然と王権を奪取して何の不思議も無いです。」


イーラは戦場を渡り歩き、色々な連中を見てきている。

ディリエルは公王のそばで、各国の代表や英雄クラスの人間を見ている。

強ければ強いほど、欲も強烈になる。これは避けられない宿命だ。

二人とも、セイジよりはるかにちっぽけで、格下な野郎が、見苦しいほど欲望にまみれて、それが叶えられずのたうち回るのを、飽きるほど見ている。


力や権力が強くなればなるほど、自分が普通の人間に見られることを極端に嫌がるようになる。

ところがセイジは、あれだけの桁外れの力を持ちながら、普通の人間に見られないことを極端に嫌がる。


力や権力が強くなれば、それを誇示し、世間に示して、自分を特別視させようとする。

暴力や虐殺、大征服など、その誇示をしたいがための行動は、歴史上枚挙にいとまがない。


にもかかわらず、セイジはそれがまるで無い。

だが、他から見れば彼は巨大な休火山のようなものだ、いつ大爆発しても何の不思議も無い。

英雄に大勢の女をあてがうのは、そういう激しい欲望を鎮めて抑えるためでもある。

イーラたちはそのことを言っている。だからハイネを迎えることは、むしろセイジと社会のためでもあると。

ハイネは、それを理解したようだ。


「ただね、セイジは学があるよね。私は無学だけど、セイジのそれはまるで賢者か隠者並だよ。」

「すごすぎるで、あれはバケモンや。うちもメロメロになってまう。」


イーラが言う学とは、知識の事ではない。人格、品格、そして知識を生かす未来を持つ目の事を言っている。

キアナが体を抱いて茶化して言うが、彼女こそ社会の知識階層である工房のサラブレッドなのだ。その彼女が言うのだからシャレにならない。


「力があって、学がある、それでもって権力に何の興味も無い。そんな人間見たことが無いんだよね。」


これは、知識を豊富に持つディリエルではなく、解放奴隷のイーラだからこそ気づいたことだろう。

セイジは今日も今日とて、紙を作る仕事に嬉々として動き回っている。


力や権力を持った人間は、それにしがみついて、最後は憑りつかれる。

力や権力が、最後は人間の主体になってしまい、暴走して破滅する。イーラはそういう人間を何人も見ていた。

そういう痛い歴史を、何度も何度も積み重ねてきたのが、人間の歴史だ。ディリエルはそれを王宮の歴史文庫で読み、公王のかたわらで見てきた。

だが、セイジはそういう歴史から逸脱しているとしか思えなかった。


「セイジ様の言うニホンジン・・・・・。」


ふとディリエルは考え込んでしまう。


寝物語に時々聞くのだが、セイジは隠すつもりもないのか、妻たちに淡々と話してくれる。


『イセカイ』とかいう前の人生も、


可愛がっていた姪を助けるために、力を使いすぎて死んだ事も、


この世界に再生したことも、


『イセカイ』のニホンという国の歴史や技術や文化の事まで。


セイジは左手にヴェルムンガルドとかいう使い魔のような者が宿っているらしいが、体に飼っている魔導師は別に珍しくない。王宮筆頭魔導師のラドルビンも同じ左腕に影魔シャドウエビルを飼っていて、ディリエルは見せてもらったこともある。体に飼っている使い魔は、魔導師の切り札の一つなので、めったに他人には見せないのですよと、ラドルビンは言っていた。


セイジの性質からして、呆れるほど不用心というか、信頼してくれているというのか、そこまで話していいの?とディリエルは思うのだが、確かに間近でその力を見てきた妻たち以外は、理解することすら無理だろう。ほとんど寝言を聞くような夢の中の事としか思えないはずだ。


聞いているうちに、キアラは科学技術の話に興奮して眠れなくなってしまい、またセイジに慰めて貰わなければならなくなるし、ディリエルには、ニホンという国が理想社会過ぎて、彼が言う問題点など、本当に「点」としか思えなかった。

イーラに至っては、『セイジと、そんな国に生まれたかったよ』と、泣いてしまったぐらいだ。


ディリエルは、最近の戦争の事も聞いてみたが、セイジの国ニホンは、同時にいくつもの国と戦争をせざる得なかったと言っていた。

だけど、その後の状況や、情勢、そして今日までの凄まじい隆盛を聞いていくと、けた外れの知能を持つ彼女にしても最初、『全く理解不可能だった』。

彼女ですらそうなら、筆頭魔導師のラドルビンでも恐らく理解はできまい。




ここでディリエルの本質について語るには、公国の歴史から話さなければならない。




公王は、10年前から片時も彼女を側から離さなくなった。極めて大人しい子供だからと、大臣や官僚たちも気にも止めなかった。


だが、凡庸だった公王は名君に変貌した。


ディリエルのために努力を惜しまなくなったのは事実だが、莫大な知恵を与えたのが小さな娘だったとは、誰も気づかなかったし想像もしなかった。王は『知識』なら周りからいくらでも得られる。だが『知恵』は、現実に対応するための発想の転換は、王が自らひねり出すか、ひねり出せる識者をブレインとして得るしか無い。



貿易を重視し奨励する法令と制度を組立て、小国でも大国に負けない財力を持つことも、


国境を隔てる大山塊を、地方の伝承を元に鉱山師に多額の調査費を出して調べさせ、大きな金銀の鉱脈を見つけたことも、


豊富な水量を生かし、最も多くの人口を養える穀物『稲』を重点的に奨励する制度と、簡素ながら水路とかんがいの農地整備を整えたことも、


それらは全て、ひ弱で小さな娘の周りの者たちが組み上げた情報網と、娘の恐るべき知能から編み出された政策である。


その他も、彼女がほとんどを組み立てた優れた国策は、数十を超える。影響を与えただけなら、数える事すら不可能だ。

公王との何気ない対話の中から、『こういう話をメイドたちが噂しておりますのよ』と言うように、さりげなく教え、指導し、公王はそれを感心して自分の国土に生かしたのだ。


しかも、未だに誰一人、ディリエルの重要性には気づいていない。

まさに稀代の策士と言っていい。


名君となった公王をたたえ、優れた政策に感嘆する宮廷人たちを見て、密かに黒い笑いを浮かべる黒雪姫ディリエル。

彼女は、健康でないというただ一点において、あらゆる可能性、価値、地位を否定され、ひっそりと死んでいかねばならない宿命を背負っていた。

その絶望を唯一慰めてくれるのは、その優れた知能で父に影響を与え、国を変えていくという密かな満足しか無かったのである。



その彼女にしても、ニホンジンほど理解不能な民はいない。



始まりからの歴史において、

衣食住を始めあらゆる文化において、

恐るべき科学技術において、

そして大戦争から敗北し、無条件降伏をした後に大復活し、他国に侵略しない憲法を決めてなおその世界でトップクラスの平和と繁栄を続けていられるという不思議において、

彼女の知る限りの国家の歴史にほとんど当てはまらない。特に最後の部分は、どんな歴史学者が聞いても絶対に納得しないだろう。


セイジが言う、近隣の他国が理解不能なほどニホンを罵ると。

ディリエルに言わせれば当然だろう。欲まみれで玉座に座ろうなどと思う者にとって、絶対に有ってはならない平和と繁栄の手本が民に晒され続けているのだ。しかも、倒しても倒しても蘇ってくる恐怖。ニホンになるか、ニホンを否定するか、選択肢は二つしか無くなってしまう。そしてニホンになれば、玉座は民の選別で廃止されてしまう。選択肢は一つしか残らない。


セイジのもっとも恐るべき部分は、ドラゴンスレイヤーである力ではなく、彼のニホンジンというあり方そのものだろうとディリエルは思う。


それは、あらゆる者への凄まじい猛毒か、世界を激変させる劇薬か、彼女ですら予想がつかないあり方だった。

それゆえに、そのようなとてつもない男に抱かれ、その寝物語を聞くことが、彼女にとって最大の愉悦であった。


「ウフフフフ・・・・・・・・」


黒雪姫の笑いは、自分が仕えるに足る男を得た事に、ただただ満足そうだった。


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