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第十五話 <製紙組合>

セイジたちは王都に戻ると、さっそくキーロッカーやキアナの伝手でいくつかの工房に声をかけて、製紙の準備を始めた。まず賛同した工房主たちを集めて、話し合いを行った。


「目標は、同質以上の紙の値段を、今の10分の1以下にすること。」

セイジが掲げた目標に、集められた工房主たちはぎょっとする。


「10分の1たあ、下げ過ぎじゃねえですかい?」

工房主の一人、ダガントというドワーフが声を上げた。ドワーフは意外にケチと言うか欲深い事でも知られている。


「逆だ、そのぐらい下げたら、何が起こるか考えてみろ。売り上げは100倍じゃあすまないぞ。」

見かけはちっこいのに、声は比較的高いのに、セイジの言葉は何故か迫力があった。何よりその紫の瞳が、恐ろしく強い。こわもての多い工房主たちの視線を、平然と受けて、微動だにしない。子供の思い付きやでまかせでない事は、その眼を見るだけでも感じることが出来るのだ。100倍という数字に、全員が顔を見合わせ、そして目をぎらつかせた。


「ありそうだな・・・」


最初に声を上げたダガントが、見事な赤ひげをなぞりながら、真っ先につぶやいた。何かに気付いたようだ。


「何が起こる?」

「うちが真っ先につかいまさあ。そりゃあ便利でありがてえ。隣のパン屋も、向かいの布屋や肉屋も、注文や計算を間違えねえですみますぜ。」


バカ高い紙だが、仕入や1日の締めの帳面などは、誰もが泣く泣く使っている。ダガントだって、これが安くなってくれればと、どれほど願ったか分からない。

ましてや日常の注文や計算に使えるわけがない。


計算機など無いので、計算ができる主人か支配人あたりが全部、客の注文、代金、つり銭、仕入その他の計算をしなければならない。莫大な金を動かす大商人ならまだしも、小さな個人の店では、普通は板に書いて終わったら消すのだが、少しでも忙しくなると、次々と書いては消さなくてはならない。多くなると仕方が無いので『どんぶり勘定』なる、まとめて幾らというやり方でやるしかないが、本当は細かく計算をしたいのだ。メモ紙も無い状態でそうなったら、教育を受けているはずの現代人でもパニックを起こすだろう。それによる間違いや損失も、バカにならないほど多い。


紙に書いて、注文や計算を残せれば、店の仕事も経営も一気に楽になる。計算や字の書ける奴は、誰もが紙を使うようになる。


「それだけじゃあない、間違いなく国が今の100倍紙を使うようになる。」


セイジが断言すると、全員が息をのんだ。


「役所がどれだけ紙を使うと思う?。安くなったら税金を減らせるとか言っていたが、俺は信じてない。安くなった分、人を増やして開墾やかんがい整備、貿易や鉱山などの儲かる事業に回すだろうからな。今度は人の分どんどん紙がいる。紙が仕えるようになって面倒が減る分、さらに仕事が増やせる。逆にそういう仕事が増えないと税金が増えないから、俺たちが税を増やされてしまうんだ。」


「え?、紙を余分に使うのに、税金が増えないんですかい?。」

「今言ったように、紙を使うってことは、お金を産む仕事が増えるってことだ。仕事が増えたらお金が産まれて回る。その分の税収が国の懐に入るんだよ。お前さんたちだって、紙を使うのは損をしたくないだけじゃなく、商売を大きくしたいから、つまり儲けたいからだろ?。」


おー!と、全員が声を上げた。

風が吹けばおけ屋が儲かる式の話だが、さすがに日本の伝統的話術は効果がある。

ディリエルに聞いて確認しているが、公国が自分たちだけでは手が回らず、貴族たちに丸投げするしかなかった仕事がたくさんある。貴族たちが公国の儲けを上げるような仕事をしていればいいのだが、面倒を嫌がり、責任を取りたくないために、10年前と同じ仕事しかしないというのが現状なのだそうだ。公王としては、儲かる仕事は出来るだけ国の直轄化したいのである。


後は、紙の作り方や仕組みの話だが、目を血走らせて聞いている。これらについては、後日実地で教える事も約束している。

全員に渡した白紙を見て、さらに目が零れ落ちそうなほど丸くなる。


「こうしてタダで渡せるぐらいは作れる。どうだ、自分も出来ると思ったら、すごいだろ?。」


そして、セイジの取り分が売上利益の1%と聞いて、


「えっ?」

「ほんとか?!」

「マジですかい!」


全員騒然となった。ケチで知られたドワーフですら、この数字には驚いている。


「ふ、普通なら、1割や2割は取るところですぜ。」


商売の交渉でこんな言葉を出すなど、普通はあり得ないが、全員うなづいているところを見ると、かなりショックだったらしい。


「ああ、それ以上はいらない。この先契約する全員にも約束する。俺の分はお前さんたちが頑張って商売を繁盛させれば、勝手に増えていくんだ。それより今は、まず紙がたくさん作れるようにならないと、輸入紙に負けるぞ。大きく儲けてくれ、そうしたら俺も儲かるようになる。俺たちを、大儲けが待ってるぞっ!!」


 うおおおおおおおおおおおおおおおっ


工房主たちは、雄たけびをあげて立ち上がり、全員やる気が燃え盛っていた。


こうして製紙組合が結ばれ、紙の製造と品質管理、材料の確保と製造法や製造技術の発展のための協力、販売ルートの確立と、利益の適正な分配とセイジへの支払いなどがきっちり決められた。


実を言えば、セイジは紙の儲けはどうでも良い。それより彼には、以前の人生で一つの夢があった。それを実現させるには、どうしても紙が大量に必要になる。誰でも安く使える紙がいる。それこそが、彼の密かな楽しみだった。だが、今はまだ準備の時だ。





「うー疲れたぁ・・・」

湯船で、全身をクラゲのように投げ出し、ぼやく。

もちろん、枕はイーラのデラックスおっぱいである。


「よしよし。」

イーラは、慈愛のまなざしを向けながら、優しくその髪をなでてやる。


ただ、ディリエルとキアナは心配そうな顔をしている。

セイジが疲れたなどとぼやいたのは、初めてだからだ。


「あら、寝ちゃったか。」

こてっと、セイジは幼子のような顔で寝入っていた。だが、明け方まで全員を相手にしても平気な、普段の絶倫ぶりを知っているだけに、ディリエルは驚愕し、キアナは慌てて近寄り、その額に手を当てて、熱の無い事を確認した。


イーラが抱き上げて、全員で小柄な体をぬぐうと、急いで寝室に移動した。

途中でハイネも気づいて寄ってきた。


「あの・・・セイジ様どうしたのでしょうか?。」

ディリエルが心配そうに聞いてくる。イーラが何か感じているのを気づいたらしい。


「私の癒しを掛けましょうか?」

ハイネも、心配そうな顔だ。だがイーラがゆっくりと首を振った。


「こればっかりは、癒しでも難しいよ。体の疲れじゃないからね。この間の村でセイジが初めて人を殺しただろ。それが重いんだよ。」


ふっとイーラは首を上げた。


「あたしも、そういう初めての時は、ひどく重かったさね。」


戦場では最初の壁が、初めての戦闘時に来る。

初めて命がけで戦う。戦う相手は相手の軍勢でもなければ、目の前の敵でもない。己の死という敵だ。


その恐怖に勝てなければ、恐怖に殺される。

初陣の死亡率の高さは、どこの戦場でも同じだ。


だが、すぐに第二の壁が来る。


人を殺した、という重圧だ。


最初の戦闘を乗り切って、相手を殺す。つまり手柄を立てた人間は、酒や女を浴びるように飲み、あるいは溺れる。周りの者は、潰れるまで飲ませてやったり、あるいはそういう事に慣れた娼婦をあてがって、溺れさせてやる。そうしてやみくもに振り捨てる。でないと、次に殺されるからだ。


振り捨てられなかった人間は、戦えなくなる。


その時のイーラは、潰れるまで飲んで、翌日激しい頭痛に襲われ、ゲロを吐きながら、狂ったように殺しまくった。正直、どこかタガが外れていて、危うく死ぬところだったが、何とか生き延びた。そのおかげで、誰もイーラを侮らなくなり、彼女は戦場に場所を得たのだった。


「バカだよねセイジは。あたしらにぶつけて、荒れて、溺れて、振り捨てればいいのに、優しすぎるよ。」


いつものように優しく、いつものように楽しげに、かすかな翳りさえ隠して、妻たちにそれを背負わせないように、気を付けて紙作りの仕事に全力で走っている。


「たぶん、背負ってきた物が違いすぎるんだろうね。」

「セイジ様、言ってましたね。超能力ちからで誰かを殺したら、自分も壊れる。だから使わなかったって。」

「そのくせ、超能力ちからで可愛がっていた姪っ子を助けて、死んだってね。バカだよねえ・・・。」


茶色の目を潤ませ、イーラは何度もセイジの金髪を撫でた。


「ハイネ、忘れなさんなよ。セイジはこんな男だからね。キアナ、バカな男に一生を捧げたんだから、何が大事か見失わないようにしなよ。」


イーラが何を言いたいか、分からないような女はここにはいない。


ハイネのように、自分に自信が無ければ、ふとしたことに心が揺らぐかもしれない。だけどセイジは、己の禁忌を捨てて、妻たちとハイネのためにためらわず人を殺した。


キアナのように、代償として自分を払ったなら、その代償に迷うかもしれない。

だがセイジは、誰にも代償を求める事すら考えない。


セイジはそんな程度で計れるバカではない、ということを改めて理解した。





セイジは製紙組合の仕事で忙しいので、困っていたのだが、ミレン村での騒動については、ディリエルが直接グシャーネン将軍に連絡をしたので、何もすることは無いと聞いてほっとした。

あそこはローネン子爵と言う貴族の領地の一部らしいが、事は公王暗殺の大事に関わる。


『子爵におたおたされたら、調査どころか証拠隠滅されかねません。将軍と直属で調査専門の陰蛇部隊が調べるのが一番問題が少ないでしょう。』とディリエルも言っていた。しかし、ディリエルは良くそんな調査専門、つまりはスパイ部隊の事まで知っていたなと、ちらっと思った。


それと同時に、王都の南にあるはげ山と荒地の所有権を調べてみた。

グリちゃんに約束した森、そして後の紙作りにも必須の場所だ。


そこは軍の訓練地の一つにされていたが、実際には水源が無く使いづらいので、ほぼほったらかしの土地だと判明する。軍の激しい訓練を行う上で、大量の飲み水や軍馬に与える水をわざわざ運ばなければならないのでは、手間がかかりすぎるのだ。


「あははは、これはもうやれって事だな。」

「グシャーネン将軍なら、すぐにやってくれといいそうですねえ。」


ディリエルと二人で苦笑い。彼女は公女の立場もあるが、実に広い情報網を持ち世情に詳しく、とても病弱な引きこもりの姫君だったとは思えない。特に仕事の段取りを組むのがうまく、彼女なら立派に秘書がやれるとセイジは思う。


ディリエルはディリエルで、自分の能力を生かしてくれる夫に、心から感謝している。これまで人に世話を受けるばかりだったので、自分の力で誰かに何かを出来ることがうれしくてたまらなかった。


尋ねてみると、グシャーネン将軍は、ちょうど公王と昼食を兼ねた会話の最中だった。


「何事かな?。」


二人が来たことを、何か期待したような目で見る公王。


「父上、セイジ様が紙を作れる技術をお持ちで、それを王都の工房に作らせてみようと。」

「ほお、紙か。国内で作れるなら、安くなりそうか。」

「おお、紙ですか。事務方が予算に苦しんでおりますれば、軍としても助かりますが。」


紙が必要なのは、何も行政だけではない。

軍も命令、予算、指令、記録、数多くの紙が必要になる。これがまたバカにならない金額なのだ。


「王都の南のはげ山と荒地は軍の所有とお聞きしました。適正な価格で売っていただきたいのです。」

「あそこを買って何とするのじゃ。」

「材料を育てるのに、広い土地が必要なのです。」


紙の材料は、適した枝や木の屑だが、大量に使い続けるとすぐ枯渇してしまうので、将来を見越して育てることが肝要だとセイジは話した。


「ですが、あそこは水源がありませんぞ。早々育つ場所とは思えませぬが。」

「適材適所、ですよ。お任せください。あの土地を役に立てて見せますから。」

「ふむ、そこまで言われるならば、是非もありませぬ。軍としても2重に助かります。」


何しろ、水源も無い役立たずの土地なので、20キロ四方が全部で白金貨1枚という安さだった。

将軍はもっと安くても良いと言ったのだが、コネで安くすると後で色々問題になる可能性があるので、きちんと払った方が良いでしょうとディリエルが忠告してくれた。

セイジにも、今回ばかりは後で問題になりそうな予感があったので、軍の事務方と正式に契約を結んでおいた。




「というわけで、ここに森を作りたいんだが、グリちゃんどうかな?」

「おー、ひろーい。良いよここは。」


さっそくみんなとはげ山と荒地へ行くと、ハイネに抱いてこられた緑色の少女は、ポンと飛び降り、てててとくぼ地へ向かった。

小さいのに足の早いこと早いこと。


「いっくよーっ!」


しっかと足を踏ん張り、小さな手を振り上げると、ぶんぶん振りまわした。

その小さな手が、地面にゴスと当たると・・・・地鳴りがした。


 ゴオオオオオオオオオオオオオッ


地が揺れ、地面がバキバキと音を立て、激しい揺れにみんな立っていられない。


「きゃーっ!」

「わわわわわ」


これは日本に住みなれた悲しい特性なのか、体感的に震度5だと確信する。


ごぼごぼごぼと、地面から音がして、水がどっと噴き上げてきた。


「わいたー!」


水を浴びて、きゃっきゃ喜んでる様子は、子供らしくてかわいいんだが、こりゃ王都は大変だぞ。


戻って揺れ方を聞くと、王都は震度3程度だったらしいが、何しろ元々が地震の無い地盤の強固な土地なので、全く地震慣れしていない。

棚は落ちるわ、絵画は落下するわ、建物が傾いたり、壁もひびがけっこうあった。

特に陶器を扱っている店の被害がひどかったらしく、とてもじゃないが地震の理由は絶対口外出来ない。


ちなみにはげ山は、3日後にはもう緑に覆われ、山頂や山腹にも泉が数個生まれている。

その上に緑の大精霊が、遊びまわり、走り回っているのだから、何でもどんどん伸びる伸びる。


前にも述べたが、精霊には人間の常識は通用しない。

前の扉から出てったグリが、同時に後ろの窓から飛び込んでくるぐらい慣れっこになってしまっている。王都でハイネの膝に甘えながら、はげ山を走り回る程度の事は、当たり前に起こるのだ。


半年後には、林が密生し、一年で森になってしまった。

そういえば砂漠の植物で、樹高は3~4メートルなのに、地下数十メートルまで根を伸ばし地下水を吸い上げるたくましいのがいるそうだが、生命の精霊は地下深くの水を導くのが得意らしい。


1年後には、紙用の材料の採取は、いくら取っても取りきれず、前回刈った所がまず見つからないというほどの伸び方で、紙の製造の不安が無くなった。

思わぬ副産物だったのが、川が3つもでき、豊富な水量のおかげで、製紙に必要な水ばかりでなく、王都の水源としても重要な土地になったが、これはもう少し先の話になる。


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