幕間その1 <うろんな客>
セイジたちがキーロッカーと語り合っていた丁度そのころ、
王宮内のセイジたちの宿泊所に、〝うろんな”としか言いようの無い訪問者が来ていた。
宿泊所は、高位の賓客や各国の特使など、大勢のお付きの者も含めた特別な客を滞在させるための建物で、王宮内部とはいえ外壁と中庭があり、それなりの門があって警備兵が守っている。
警備の兵も、黙って通したところを見ると、かなり高位の人間らしいが、兵の眉がかすかにいやそうに動いた。
やたら豪奢なマントだが、常時城内でつけて良いのは公王とその直系の血族だけで、それも常識として公王以外は普通はつけない。
カールした赤茶けた髪は、油でテカテカしているし、男にしては服もやたら装飾過剰で、白タイツがまぶしい。
平凡なふやけた顔の中年男で、二重あご。たるんだまぶたに目だけが嫌らしく、探るように周りを見ていた。
後ろには、何人もの目つきの悪い男たちがついてきていた。どれもかなり腕だけは立ちそうだが、血の匂いがしそうな凶暴な顔つきである。
外の入り口を傲然と通った客は、中の入り口手前で、ぎょっとした。
「ココカラサキハ、ナニモノモキョカナクハイルコトハユルサレマセン。」
「ゴヨヤクナキカタハオカエリクダサイ」
「ホンジツゴヨヤクノアルオキャクサマハアリマセン」
昨日搬入されたばかりの、3体の重機械式ゴーレムが立ちはだかったからだ。
「なっ、なんだきさまらは。我は前公王の直系にて、正当なる王の血筋のベンダン公爵なるぞ、下がりおろう!。」
「ココカラサキハ、ナニモノモキョカナクハイルコトハユルサレマセン。」
「ゴヨヤクナキカタハオカエリクダサイ」
「ホンジツゴヨヤクノアルオキャクサマハアリマセン」
ゴーレムに血筋も身分も関係ない。命令無き相手に従う義務はさらさらない。
「ちいっ、木偶人形が。おいっ。」
後ろの目つきの悪い連中が、前に出た。
ボコッ!
そして、ゴーレムの丸い手のジャブ一撃で、顎を割られて吹っ飛んだ。
「こ、このやろう!」
剣を抜いたやつもいたが、城内で大剣は御法度であり、ショートソード。で、ゴーレムにこれが何か役に立つのかというと。
ボコッ!
ゴーレムにはたかれて、安物の剣は砕け散り、本人の額が二つに割れていた。
「木偶人形がああっ」
素早く後ろに回ろうと、回避と反転をして剣を振り上げたのもいたが、
ボコッ!
それより早く、軽やかに回り込まれ、剣を振り下ろしながら背中から腎臓をどつかれて悶絶した。
「きっ、きっ、きさまら、公爵たる我にこのような不埒を働き、許されると思っているのかあああっ!」
「ココカラサキハ、ナニモノモキョカナクハイルコトハユルサレマセン。」
「ゴヨヤクナキカタハオカエリクダサイ」
「ホンジツゴヨヤクノアルオキャクサマハアリマセン」
同じ言葉を繰り返しながら、モノアイを光らせ、ズズッと詰め寄るゴーレム三体。
腰を抜かして、這いながら逃げる主に、『おぼえてやがれえええっ』とお決まりの捨て台詞で逃げ出す目つきの悪い連中。
警備兵たちは、悠然と元の位置に戻るゴーレムたちに、感動の涙をぐっと耐えて見送った。
彼らの無言の拍手と感動の涙を背に、ゴーレム三体は、何事もなかったかのように、静かに立ち尽くして主の帰りを待つのであった。
「あれ、ゴーレムの手に血がついてる。」
セイジたちが帰ってから、真っ先に気が付いたのはキアナだった。
「なんかあったのかな。」
「ゴーレム、留守中の記録はあるか?。」
「「「ハイ、ドノキタイガヒョウジイタシマショウカ?」」」
仕方がないので、それぞれレフト、センター、ライトと呼ぶことにする。センターに表示を命じた。
頭部の輪の部分にあるモノアイから、光が白壁に走り、映像が映し出された。
「うわ、すっごい。」
「こんな機能があるなんて、凄いです。」
「ど、どんだけ能力があるんだこれ。」
女性陣は皆びっくりだ。だが、映ったそれを見て全員げんなり。
「なんだこの白豚。」
「ベンダン公爵・・・」
「ユルユルのブヨブヨ、で白タイツ?。しんじられーん。」
「誰だ、ベンダン公爵って?。」
ディリエルに聞いてみると、前の公王のご落胤、ぶっちゃけると『遊んだついでにできちゃった』子らしい。
そういう証明を持って現れたので、一応公爵という地位と金だけは渡して承認したのだが、これが『自分は王家の正当な血筋である』と、どこに行ってもやたら主張を繰り返す。
要するに、『自分は王家を受け継ぐ正当な権利と血筋を持っている、今の公王位は私に渡すべきである』と言いたいのだ。しかしそこまで言っちゃうと、罰が下されるので、ぎりぎり主張だけにとどめて、執拗に執拗に繰り返し言い続けている。
「あー、そういうのか。どこにでもいるよね。」
前の世界でも、アジアの某国の首脳で、ヨーロッパやアメリカに行くたびに、妄想で他国の黒歴史をねつ造して非難を繰り返していたのがいた。その実は『我が国に土下座して謝り、多額の金と技術援助を我が国に渡せ!すぐよこせ!私が大統領でいるうちにぃぃっ!!!』と言うのが本音。某国は財政と国政共にお先真っ暗に破たんしているので、責任逃れと金が欲しいだけだった。
「まともな貴族や官僚は、誰も呆れて相手にしないのですが、今の王家に不満がある分子が、とにかく王家の足を引っ張れれば良いと、密かに協力しているらしいのです。」
言いにくそうな口調に、思い当たる節があるセイジ。
「ディリエルには言えないんだろ、この間の魔獣襲撃騒動の背景は、公爵らしいって。」
俺がズバッと言うと、ディリエルはぎょっとした顔になる。何しろディリエルは当事者なのだ、下手なことを口にすれば、騒ぎになるのは間違いない。
公王とその娘の一団が、大量の魔獣に襲われ続けるなど前代未聞、ありえない。後から聞いただけでも、数十匹の魔獣の集団に3回も襲われたというが、それが偶然などと思う人がいたら、頭の中を調べた方がいい。他国か自国か、あるいは両方の共闘か、それも公王の移動ルートを知り、なおかつそれだけの魔獣を悟られずに集めるという難題をクリアしなければならない。魔獣は人に慣れたりしない。集めただけで騒ぎが起こる。人がいなくても、魔獣同士で争うのだから、まともに襲わせるには、よほど強力な支配力が必要だ。
こうなると、まず金。そして権力と情報、最後にかなりの人間を動かせなければならない。個人では絶対に不可能だろう。最後の陽炎熊と空竜は、さすがに偶然(できるぐらいなら、最初から襲わせて100%成功していた)が起こした奇跡だが、それ以外はよほどの権力が必要になってくる。
「だが、なんでディリエルの処に来たんだろうな?。」
「父に、8男の妻に欲しいと言ってきたそうです。昨年生まれたばかりの。」
「うぉい・・・・」
『それって、絶対妾だろ?!』
その意味が分かってしまう自分が、汚れてるなあと嫌になる。
ただ、イーラとキリアも、
「それって、自分のお妾さん目的だろ。」
「ぜったい自分で妾にするつもりやで。」
「え、それが普通なのか?。」
「きまってるやん、でないと生まれたばかりの子供に、なんでそんな年上をつけんねん!。」
「ヒヒ爺が年甲斐もなく若い妾を引っ張り込みたいときは、良くやる手段だ。あたしの知り合いで、それに引っかかったのがいてね。出があたしと同じく貧しかったから、つい騙されたんだ。仲間に頼まれて助太刀したんだが、助け出した時は、可愛そうに妊娠させられてたよ。」
「ひどいなあ、後はお定まりか。」
「ああ、おろさせられて、ずるずると奴隷にされてしまうんだ。でなければ妊娠が発覚した時点で、婚約者がいるのに不貞と言う事で、罰せられるのは女の方だしな。」
この世界はかなり女性に厳しいらしい。こちらに来て初めて、来たことを後悔した。いや怒りで腹が煮えくり返っている。
貴族に血族婚が多いのは聞いていた、婚姻が同時に人質の部分を含んでいる事も戦国時代のあり方から知っていた。純粋な青い血の持ち主であるディリエルが、その意味を知らないはずはない。だがまさか血族を、妾&人質としてよこせなどと言うバカまでいるのは想像外だった。十中八九、自分に王位を譲らせるための下準備のつもりだろう。ディリエルの美貌に目がくらんだというのもあるだろうが・・・。
だけど、妻たちの不安な顔を見ていると、怒りより守ってやりたいという気持ちが湧いてくる。
「俺は、絶対にお前たちと子供は守るからな。」
抱き寄せた3人は、こちらに抱き付いてくれた。
「私もセイジを守るよ。」
「絶対に離れません。」
「来てよかったと、思うで。」
何故かキアナまでも強く抱き付いてくる。
「来たばっかりで不安だと思うだろうが、キアナはすごいと思うし、大事にする。」
「ええて、そう言うてくれるだけで、これ以上は望まんから。」
キスを3人と繰り返し、キアナがそういえば続きはどうだったんと言い出した。
再生を続けさせると、
ボコッ、
ボコッ、
ボコッ、
全員大爆笑。
「いーなあ、この子達いいなあ。」
「く、くるしい、お腹がくるしいいい。」
「ギャハハハ、笑えるううっ。」
大うけであった。
ゴーレムたちも、大いに男を上げたようである。