第十一話 <紙を作ろう>
大きな湯船の中で、小麦色の肌が揺らぎ、薄桃色の肌がふるえ、真っ白な肌が恥ずかしげに身を隠す。
「こんなに大きなお風呂、私も初めてです。」
「う、うん、ただディリエル様、恥ずかしくない?」
「何がですの?」
高貴な姫は羞恥心が薄いというが、常時大勢の侍女たちに体の隅々まで任せていると、視線には鈍感になるらしい。
だが無邪気な仕草は、むしろほれぼれするほど美しく、控えめで細身だが可憐なまでの姿は一幅の絵である。
その横では、小麦色の爆乳を揺らし、体を伸ばすイーラ。
傷も多いし長身で良く鍛え上げた体だが、適度な柔らかさが肌を包み込んでゴツく感じさせない。
セイジにむしろ誘うように裸身をさらし、見事なベル型の胸を揺らして見せる。
「こんな大きな風呂に毎日入れて、体全体を伸ばせるんだから、ありがたいねえ。」
さすがになれないキアナは、俺の視線を本能的に避けようとしてしまう。
しかしそれがまた、良く締まった体つきと、ボッキュッボンの出る所は出て引っ込んでるところは引っ込んでる見事なバランスの良さ、そして青白さすら感じる真っ白い肌を湯船に跳ね返し、視線を引っ張られてしまう。
女体風呂のすばらしさを堪能しながら、遠慮なくディリエルとキアナを抱くことにした。
というか、ここまでされて何もしなかったら、相手に絶対に恨まれる。
俺に抱き上げられ、ディリエルは頬を染めて、水色の目をキラキラさせている。
「うれしい、ですう。」
キアナは、さすがに少し怯えていたが、抱き上げられると抱き付いてきて、体中でしがみついてくる。
「よ、よろしゅうに・・・」
意外だったのは、ディリエルが痛みにあまり頓着せず、むしろそれを快感に感じて、貪欲に新たな感覚を求めてきた事だろうか。
キアナは、一度目で痛みに必死に耐えて、ぐったりしていたので、無理はさせなかった。
風呂からベッドルームへ移動する。
「こ、こんなん慣れるんかな?」
なんだか妙な話し方で、レモンイエローのネグリジェ姿のキアナはひどい内股のまま、腰ががくがくしていた。
「最初は違和感が大きいと思うけど、だんだん慣れるわよ。むしろディリエルさ、いやディリエルの方が平気そうね。」
黒の短めのネグリジェが異様によく似合うイーラ。
「痛みはありますが、毎日あれだけ苦しかった事を思うと、今は物足りないぐらいです。」
ディリエルは少しだけ内股で、淡い水色のネグリジェでほわほわ歩いている。未だ夢心地のようだ。
「セイジ様の感覚が、まだ奥にあるみたいで、何だかうっとりしてしまいますぅ。」
「キアナ、つらいなら抱いていくけど。」
「だ、大丈夫、ディリエルが元気なのに恥ずかしいやん」
「んー、抱っこしてほしいですぅ。」
ディリエルは一気に甘えモードのようだ。
ちなみに、ベッドルームではイーラがメインで、二人はそれを興味津々に見ていたが。
この夜もたっぷり楽しんで、翌朝は気持ちよく起きた。
14歳って、こんなに元気だったのかと、自分の体にびっくりである。
ただ、ディリエルは完全に同居を始めてしまったので、王宮の中とはいえ同棲状態だ。
キアナは、さっそく運び込ませた重機械式ゴーレムの調査を開始。どうやって作動させたのかを説明したら、目を丸くしてなんだか尊敬されたような視線を感じた。
イーラは、体がなまるといけないのでと、剣の稽古を始める。これにつきあって、体が痛いが、まあ楽しいので良い。
体が軽く、筋が良いとイーラがほめてくれた。
『ご主人様、現在ヴェルムンガルド接続による最初期補助状態で推移しております。』
すると、左手が、言い始めた。
『私めの接続により、強化のレベルを選択できます。
現在は最初期補助状態です。
これは生命強化、精力増強、活力維持、身体補助というもっとも省エネルギーの状態でございます。
次に自動補助強化状態がございます。
これは最初期補助に加えて、平均的に全能力の自動強化を行い、特別な操作は必要がございません。
もうひとつがカスタマイズ補助強化状態でございます。
これはご主人様のご要望に合わせた強化や増幅が可能ですが、その分選択の幅も広く、ご要望に合わせた精密調整を必要といたします。これを実行することで、外宇宙飛行や高重力惑星探査なども可能となります。』
カスタマイズ・・・なんじゃそりゃ。いらんだろそんなもん。
ただ、最初期であっても精力増強があるのね。元気なはずだわそら。
『最初期補助状態で十分だ。』
『あの、それですとエネルギーが余りまして、私の使用期限がかなり伸びてしまうのですが。』
『どのくらい?。』
『普通、最初期補助状態でご使用になる方はあまりおられませんので想定外ですが、おおよそ5000周期(年)ほどになってしまいます。』
無駄に長いわ。
『じゃあ、子孫にお前を譲ることは可能なのか?。』
『物理的には可能ですが、実務的には非常に難しいかと・・・』
慇懃無礼のヴェルムンガルドにしては、珍しく歯切れが悪い返事だった。
『意味が分からんぞ。』
『所有者変更のパスワードは、下位次元世界の標準的な記号で、ご主人様でも使用可能ですが、その桁が12746桁ありまして、3回間違えますと100周期ほど再打ち込みが出来なくなります。』
無駄にケタがでかすぎるっ!。
パスワードは、ウェルムンガルドが打ち込むことはできず、持ち主が自分の指で打ち込まねばならない。しかし、一つ打つのに0.5秒かかったとして2時間弱・・・、前の持ち主って、本気でゴッドだったんだな・・・。
「セイジ、これはどういうことやろ?。」
ひとしきり練習が終わったところへ、ツナギ姿のキアナがゴーレムの事を聞きに来た。
出向いてみると、ゴーレムを横倒しにさせて、その底部を調べていたらしい。
このゴーレムには、キアナの要請通りに動くよう命じてある。
「足も無いのに、あの速い移動、これが動くせいらしいんやけど。」
ゴーレムの底部には2列、細い板状の物が並んでいる。
「前進と同じように動かして。」
ゴーレムに命じると、それが波打つように流れていく。
「この波がいつまでたっても終わらないんよ。なんでやと思う?。」
何で関西系なんだろうとおもいながらも、彼女の疑問の意味がやっとわかった。無限軌道構造は、前の世界でもかなり後、たしか20世紀の発明だったからな。
「これは輪になってるんだよ。幅の広いベルトと思ったら良い。」
「あ・・・・そうなんやね!!。」
さすがはマッド系技術者、この一言で理解したようだ。
「確かにこれなら、足がなくても早いはずやわ。二つあれば、向きも変えることができるし・・・」
前の日本と違い、真っ平らな地面なんてめったにない。ショベルカーや戦車もそうだが、でこぼこだらけの地面をスムーズに動くには、無限軌道構造は非常に有利だ。
「だけど、その構造だと凄い力がいる・・・。このゴーレムは地面から魔力を得ているから良いけど、うーん。」
首から下げた板の上で、何かを書き留めながら、首をひねりまくるツナギ姿のキアナ。
「板に直接書いているのか?。」
「ああ、紙や羊皮紙はすごく高いんよ、絶対いる物だけ写して、あとは消すねん。」
書いているのはチョークのような白い短い石だった。
聞いてみると、羊皮紙で銀貨、紙でも銅貨5枚は必要で、紙は輸入品なので量も全く足りないのだそうだ。
「紙か・・・、作ったら売れるかな?」
「え?、紙の作り方知ってんの?!」
「それは本当ですの?」
とたんに、キアナとディリエルが食いついてきた。というかなんで?。
「工房ではねぇ、経営上紙代がバカにならんのよ。記録は取っておかなきゃならへんし、羊皮紙はちょっと質が悪いとカビが生えて腐ることがあるし。じいちゃんの工房見たでしょ、あれだけメモを張り付けんのも、お金張り付けてるようなもんなんよ。」
「国政ではさらに大変です。膨大な量の書類を作るのに、紙代だけで大変な額が消えるのです。羊皮紙は高い上に保存が難しく、保管場所もすぐいっぱいになるので、書類は基本的に全部紙なんです。条約や認可の重要書類ならば、羊皮紙で構わないのですが、税金や日常の業務にあれは使えませんし。」
キアナは、設計や計算、記録でたくさんの紙が必要で、それが工房の経営を圧迫することもあると訴え、
ディリエルは国政で経費が掛かりすぎていつも問題になっている事を訴えた。
紙が今の半額以下になれば、税金を下げることさえ可能だそうだ。意外なところに問題が起こるもんだな。
「とすると森へ行ってみる必要があるな。」
「森?、紙を作るのに何で??。」
「木の枝や皮がいるからだよ。」
まず繊維の取れやすい植物を選んで、潰して皮を取り、水と灰であく抜きをした後、それを良くまぜて、ざるのような平たい水の落ちる物の上ですいて繊維を重ねて厚みを作り、板に張り付けて乾燥させれば出来上がりだが、これは極めて大雑把な説明だ。これで『なるほど!』と理解してしまうキアナの方がどうかしていると思うのだが。
そのうえ部屋の道具ぐらいで、あっさり作ってしまうのがマッド系技術者のゆえんだろうか。比較的ぶわぶわだし、少し色もついているが、まぎれもない紙になった。
キアナはじっちゃんことキーロッカー氏の工房へ向かった。これこそ『なんで?』と聞く暇もなかった。
「じっちゃーん!、一大事一大事!」
「一大事って、もう戻ってきやがったのか?」
中からのっそり出てきたキーロッカー氏は、俺たちがついてきたことを見て、少し表情を和らげた。
「おう、孫が世話になってるようだな。」
「じっちゃん、そんなことより、紙だよ紙。紙が作れるんだってば。」
「え、そりゃあまじか。」
聞いてみると、キーロッカー氏は工房組合・鍛冶師同盟の総代表をやっていて、物づくりをする連中との関わりが深いのだそうだ。
「紙代がバカになんねえのは、どこの工房でもいっしょでよ。どうにかなんねえかって、船組合といつも大ゲンカよ。」
何しろ紙は軽そうに見えてかさばるし、値段の割に儲けも薄い。紙を増やせば、ほかの輸入品が減る。工房組合の気持ちはわかるがどうしようもないのだそうだ。
「じゃあ、紙を作ることになっても、船組合は困りませんね。」
「逆に喜ぶと思うぜ。ほかの物を運んだ方が儲けが大きいからな。商人たちも、紙は国内で取引した方が面倒が無いだろうしな。」
紙の作り方を説明して、その手の植物や製造につてがある工房が無いか聞いてみた。
「うん、まあ、そりゃああるが・・・・。」
うろんな表情というのか、なんかバカを見ているような目で、口を濁すキーロッカー氏。
「そこまで知っててなんでバラすんだ?。お前さんが作れば大儲けだろうが。」
「キアナが自分の全部を払って、ゴーレムの知識をくれって言ったんですよ。魔道技術の至宝を、単なる警備だけに使っていいのかってね。」
それに比べたら、紙の作り方ぐらいでガタガタぬかすな。
口には出さなかったが、そう思うと同時に、キーロッカーはギャハハと笑い出した。
「まいったぜ。わかった婿殿、植物ならベッグハー商会のドレンの奴が特に詳しい。あれに俺が紹介してやらあ。」
でかい口がふっと、ため息を吐いた。
愛おしげな視線を孫娘に向ける。
「背負った子に教えられるたあよ、俺も老けたぜ。」