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第十話 <意外な拾い物>

翌日、3人でベスメン商会へ出向いた。

ディリエルは目立ちすぎるのでフードをかぶせ、イーラはいつもの軽装、俺も腰にショートソードをつけているだけだ。


商会の受付でセイジ・リグマと名乗ると、受付の長い髪の美女が鉄色の目を見開いて、マジマジと見られてしまった。照れるぜ。


「少々お待ちください。」


と何故か頬を染めて、バタバタ慌てふためいて奥へ走った。

すぐに太った血色のいい丸顔の男を連れてくる。


「ベスメン商会代表をしております、リドフード・ベスメンでございます。おおっ、これはディリエル様まで!。」


ようやく分かったが、公王は俺たちの住居をベスメン商会に依頼していたのだ。

それをすまして聞いていたのだから、結構な性格だなとセイジは思う。


「キーロッカー氏にお願いがあってまいりました。」

「はい、今工房にいるはずです。」


油臭い工房は、かなり大きいが殺風景で、色々ごちゃごちゃと積み重なっている。

そのくせ、全部日付やメモがびっちり張られているのだから、かなりな職人肌のようだ。


「キアナ、キーロッカー爺さんを呼んでくれ。」


入口のテーブルで、何かを頭をかきむしりながら書いていた、ツナギ姿の人にリドフード氏が声をかけた。


「あいよ、じっちゃーん、じっちゃーーーん!」


甲高い声で気付いたが、それは女性だった。眼鏡にソバカス、肌は白いが作業で汚れていた。明るいブラウンの目に赤い髪をお下げにして、10代後半だろうか。油まみれだがスタイルはかなり良さそうだ。


「でっけえ声だすない!、聞こえてるよ!。」


下の地下室らしいところから、キアナの倍近いだみ声が響き、ぬうっとこれまたメガネに立派な鼻ひげとデカい鼻をした、頭頂部がつるっぱげのでっかい爺さんが出てきた。

これが、警備用品専門のキーロッカー氏らしい。


「キーロック・エドバンデスじゃい、なんでか呼び名がキーロッカーになっとるがの。」


見るからに気難しそうな、職人のオヤジである。

イーラもこの手の鍛冶屋はよく見るのか、うわーという顔をしていた。

剣を入手したり、手入れしたりするので、戦士と鍛冶屋はよく顔を合わせる。

特にドワーフ系の気難しい連中は、すぐ激高して手が付けられなくなるので、けっこう気を遣うのだそうだ。


「んん、噂のドラゴンスレイヤーの屋敷警護かい。ディリエル様がいて、か、こりゃあ、キアナの仕事だろよ。」

「えー、あたし?。使えんのかよこの連中に。」


ゴツッ


でっかい拳骨が、キアナの頭に響いた。痛そうだが、キアナはあまり痛そうじゃない。


「人にさせもせんで、先に疑うんじゃねえ。見てから物を言え!」

「ふぁーい。」


キアナは、そのまま俺たちを連れて奥の別棟に向かった。

彼女も見るからに職人気質というか、専門分野にのみ頭の全部がきてしまっているタイプのようだ。

先ほどの受付の美人とは、まるで逆の対応がちょっと面白かった。


「えっとセイジ様でしたっけ?。用意されている屋敷は、棟が3つ、各棟1階は部屋数が10、二階が14部屋あるので、外壁から中庭の警備が問題になります。というのは、入り込まれると外からは見えませんから。常時警備を雇うか、番犬などを飼うか、あるいは内部で警備を行う『手段』を置くか。」


なるほど、日本でも高い塀を築くと、かえって中に入られてからが、カギをゆっくり壊されたり、侵入方法を安心して探されたりするとセイジは聞いたことがある。

『手段』という言葉を強調した彼女は、悪戯めいた笑みが浮かんでいた。


「手段って?」

「警備用ゴーレムです。」


石の塊のようなものが、いくつかそこに置かれていた。


「起動命令、スタート。」


ゴリゴリ、ゴリゴリ。


重たい石のすれ合う音がして、石が胴体、手足、顔などの部分を構成して、不格好な人間のように動き始めた。


「うわわっ。」


イーラが驚いて飛び退く。


「命令型ストーンゴーレム。起動させてスタンバイ状態にさせると、一定範囲内に侵入者があれば、攻撃するわ。」


なるほど、ゴーレムなら外にほったらかしでも、ただじっと待っていてくれるというわけだ。


「ん?、侵入者ってどうやって判断するんだ?。」

「主は、止めることができるわよ。」


要するに、細かい判断はできないけど、エリア内に入ってきた者を自動的に攻撃するだけか。


どすん、どすん、どすん、


だが動きは鈍重で、かなり遅い。

狭い通路などで置いてあれば、待ち伏せ要因としては役立つだろうが、広い中庭では・・・。


「んまあ、それが欠点なんだけどね。しかも最初に侵入者と認識した者を追いかけ続けるから、犬とか先に離して、追いかけさせるという手が使われたそうですよ。」

「だめじゃないか。」

「どちらかと言えば、脅しよね。」


平然とダメな理由を話すキアナに呆れて、工房の中を見回すと、奥の方にもう少し人間らしい形をしたゴーレムがある。

形は手と顔が丸く、体と腕は太い円筒状、ただ下半身は台座のような形である。


「あれはなんだ?。」

「ああ、あれはまだ無理。動かし方を研究中のやつでね。」


色も手と頭は灰色で丸く、頭には黒い輪のようなものがはまっている。

胴と下半身は黒で、強そうだ。


「古代遺跡の最深部にあったゴーレムだそうだけど、地水火風の四大呪文が全く効果が無くて、あんな形をしているのに、ものすごく速かったって。雷撃系の上級呪文を連発して、やっと止まったらしいわ。」

「どうやって動いてるんだ?。」

「それも研究中。あの台座の下はギザギザが並んでるだけなんだけどね。」


イーラが不思議そうに聞いたが、それすらも分からないとキアナは答えた。

『謎のゴーレムか。ただ、その構造はなんとなく分かるな。』とセイジは興味をそそられる。


「ちょっと見せてくれ。」

「見たってわかんないわよ。」


無視してゴーレムのそばに近づく。奥にもあと2体並んでいる。


人より2回り大きい2メートル50ほどのサイズか。

頭の輪は完全に球体の中にはまっていて、凸凹は無い。あれは視界確保か。

右脇の下の処に何か小さなくぼみと硬質な光るものがある。これがキーかな?。


左手ヴェルムンガルドをあててみる。


『ヴェルムンガルド、これの構造と仕組みは分かるか?』

『はい、ご主人様。下位次元世界標準からみますと、25世代ほど前の重機械式ゴーレムですな。何度も高レベルの雷撃を受けたために、安全装置のブレイカーが落ちておりますが、再起動すれば問題ございません。』

『再起動方法は?。』

『魔力を注ぎ込みながら、カギになる文字列を打ち込むようになっております。それに・・・このタイプは、文字列ナンバーが3つ決まっておりまして、製造初期にそのどれかをランダムで入れてあるタイプです。ですので、ご主人様が魔力を注ぎ込みながら、文字列を頭に浮かべれば、そのままセイジ様を持ち主として再起動いたします。あとは命令に従います。』

『俺に魔力なんかあるのか?。』

『それは私めが出しますので。ナンバーは、3775、7735、5773のどれかです。』


 この鍵を作ったやつ、ここに出てこいやぁ。いーかげんすぎるわ!。


ひねりもなんもない、同じ数字の組み合わせだけ変えたナンバーは、最初の一回でピーと電子音を発した。


「サイキドウイタシマス、アナタサマヲ、セイシキナモチヌシトニンテイイタシマス。」

「なっ?!、なんでっ!!」


キアナは腰を抜かさんばかりに驚いたが、この仕組みとナンバーを知ったら、さぞ激怒するだろうなあ。


「俺の故郷に、こういう装置の伝承があってね。それを同じようにしてみたらなった。」

「・・・・・・・・」


唖然として声もないキアナ。

ゴーレム頭部の丸い輪の中を、光がクルッ、クルッ、と一定時間ごとに動いている。あれで周囲360度の視界を確認しているんだろう。


「後の二つもやってみるか。」


ただ、問題もあった。ナンバーが全部おんなじってなんやねん。


「というわけで、これは俺を持ち主として認識したので、俺が所有するから。代金はそちらで決めてくれ。」

「ちょっ、ちょっとまって、ちょっとまってっ!!」


キアナがようやく正気に返り、悲鳴のような声を上げた。


「まだそれの研究は始めたばかりなの!、そのゴーレムは魔道技術の宝庫なのよっ。持っていかれちゃ困るっ!!」

「動かない状態で、いくら研究しても意味は無いんじゃないのか。それにそのゴーレムは、起動者の命令しかきかないよ。」

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」


怒りと恨みで、こちらが殺されそうな視線だが、仕方ないだろうな。

よく見るとかなり美人なだけに、相当怖い。

左手ヴェルムンガルドが言うには、停止すると自己閉鎖状態になり、正式な命令以外は外からの干渉をほぼ受け付けなくのだそうだ。


『このタイプは、下位次元統括委員会の4ランクほど下の下部組織レベルでございます。』

『ってことは、これはこの星の人間が作ったものじゃないのか?。』

『良くあることですが、現住生物を無視してこっそりリゾート開発を行おうとして、下位次元統括委員会の監査に見つかり、急いで穴を掘って埋めてしまったのでしょう。』

『大規模鉄道事故を起こした、どこぞの常任理事国かよ・・・?。』

『ちなみに、統括委員会の下部組織は4ランクまでしかございません。最低ランクの組織ですので、監査を厳しくしないと、問題をよく起こすようでございます。』

『そいつらこそ、穴掘って埋めろよ。』


はしくれとはいえ下位次元統括委員会に所属する文明レベルの産物。少々の衝撃(ハンマーや対戦車ミサイルレベル)では壊れず、解体もこの世界の技術ではほぼ無理だ。


近寄ろうとしたキアナに、ぶんと丸い手が降られる。当たったら彼女の小さめの頭は、粉々だ。


「ゴーレム攻撃停止。自己保全に努めよ。他者からの攻撃に対する防御と反撃のみ許可する。」


セイジの命令に、ゴーレムはキアナの頭の直前でぴたりと手を止め、元の姿勢に戻った。

キアナは自分の危機すら忘れて、ゴーレムの足元に目を見開いている。ゴーレムが瞬時に2メートル近く移動していたからだ。


「後で屋敷に連れていくから、とりあえずここに置いておいてくれ。」

「くううううううううううううううううううううっ!」


城に帰る馬車の中で、ディリエルが心配そうに聞いてきた。


「あの方、ものすごく思いつめた顔をしてましたけど、大丈夫でしょうか?。」

「んー、まあ考えても仕方ないだろう。少なくともあれでゴーレムに手を出すとは思えないし。」


下手に手を出すと、間違いなく彼女が危険であるが、そこまで心配してやる義理もない。

リドフード・ベスメン氏は、あの場所ふさぎの動かないゴーレムが、高値(白金貨3枚)で売れたことに大喜びだったし。

値段の判定はベスメン氏ぐらいでは難しい所だが、普通はゴーレムを用意するより、警備の人間を雇う方がはるかに安くつくので売れないそうだ。

まあ、あの岩ゴーレムとかならそうだろうが、重機械式ゴーレムは、それよりはるかに高性能で、見たところ白金板以上の価値がある。あのまま動かせずに置くより、使った方がゴーレムも喜ぶんじゃないかな。



「じっちゃーん、じっちゃーーーん!!!」

「なんでえ、子供がおもちゃ取り上げられたような声だしやがって。」

「そんなんじゃないよっ!。だけど、あれは、あれは・・・」


孫の涙にあふれた目を見て、キーロックは口をへの字に変える。


「だけどよ、あいつはおめえが半年取り組んでもびくとも動かせなかったゴーレムをよ、あっちゅうまに動かしやがったんだぜ。」


キアナの歯がきしむほど食いしばられる。悔しさと、プライドの痛みが、きりきりと悲鳴を上げる。


「ありゃあ見かけはちっこいガキに見えるがよ、中身は相当なタマだ。だからよ、」


キーロックは体を折り曲げて、目線を合わせた。


「おめえの全力で説いてみな。ありったけ、ぜんぶだ。出し惜しみなんぞすんな。それで死んでもいいって決めて、説いてみな。」


キアナはバッと顔を上げた。それは決心した職人の顔。


「わかった、じっちゃん。」

「おおっと、そのまま行くんじゃねえ。えっと、どこだ、ああ、これこれ、昨年作ってやった奴、これでいけ。」




そろそろ夕食かなと思う頃、セイジに来客があった。


鮮やかな紫の絹と、黒の刺繍、少しいかり肩のラインをむしろ強調して美しく飾る羽飾りが印象的なドレス姿。

茶色の髪を結いあげ、ぎらぎらとした目が、挑戦的に燃えていた。

ドレスの色合いで、白い肌がますます真っ白に見える。

一瞬誰かわからなかったが、もちろんよくよく見ればキアナである。


『そういえば、ソバカスのある女性は、色白と聞いたことがあったっけ。』


ディリエルも白い肌だが、温かい薄桃色を帯びている。

キアナの白さは、青みすら帯びた透明感のある白だった。


「あんたと話したいことがあってきました。」

「ええ、まあ、どうぞ。」


これだけの正式なドレス姿で、面会を求められて、否と言える者はあまりいないだろう。


「白金貨3枚で、あのゴーレム3体を購入したことは聞きました。

 だけど、あれは、私らの知る魔道技術をはるかに超えるもの、この世の宝なんです。

 その価値は白金貨程度で測れるものではありません。」


ゴーレムの買い取り交渉に来たのかと思ったが、そうでは無いらしい。


「その宝を、ただあなたの警護のためだけに使って、良いのですか?!。」


真剣で切り込むような激しさで、キアナはぶつけてきた。

本気だな、だから、本気で返すしかないな。


「俺のためだけなら、ゴーレムなんぞいらないよ。」


キアナが、思わぬ言葉に眉をひそめた。


「俺の家と家族を、妻になった女性を守るためには、あのゴーレムが必要だ。」


思いっきり力を込めて、話す。


「俺がドラゴンスレイヤーになったからと、名誉や金を目当てに狙って来る連中は、俺の家族も同じように狙うだろう。

 俺の嫁の一人は王家の一員の血筋で、それを恐れる連中がやはり狙うだろう。

 四六時中ついていてやれないなら、せめて最高の装備で守ろうとするのが、おかしいか?。

 家族の敵にまわるなら、世界中でも敵に回してやるよ。」


それがせめてもの、俺の矜持。

キアナは、ぶるっと体を震わせ、すうっと息を吸い、静かに吐いた。


「分かりました。ですが、分かりません。」


なんだ、その分からない返事は?。


「だったら、せめてゴーレムの整備が必要でしょう。壊れたら、それでおしまいです。それではあなたの目的は果たせなくなります。」


彼女の言う事は分かる。


「その機能を少しでも解明して、再生や活用できる人間が必要でしょう。」


それはそうだ。


「だったら、その責任を果たしてください。あのゴーレムを所有する者の責任です!。」


だが、どうしろと。


「責任を、果たしますね?」

「ああ、それは出来る限り努力する。」

「ならば、私を雇ってください。その代価はお支払いします。私の持てる物も、この命も、何もかもひっくるめてお支払いします!!。」


え・・・・・・?。


「いや、なんかそれはおかしい。雇う方が代価を払うんじゃないのか?。」

「これに秘められた技術の代価は、金額では私には払えません。たとえ一生かかっても絶対に無理です。だからその分は、私のすべてで前払いさせていただきます。」


つまり、ゴーレムを調べる権利をすべてくれと。

その為なら、一生奴隷で構わないと。


「キアナさん、正気か?。自分から奴隷になると宣言しているんだぞ。」

「構いません。それでこれを調べる事を許されるならっ!。」


キアナのブラウンの瞳が、狂気の炎を燃やして、セイジの紫の瞳を貫いていた。


『だーっ、これは本気だ・・・・。』


だが、その瞳は美しかった。

元の世界、地球にもまれにこんな瞳をした人間がいた。

思い定めた一点に向けて、自分の全人生を極限まで狙い、絞り込み、集中し、息が止まるまで突き進むタイプ。

狂気に自分のすべてを掛けて構わないという、灼熱の熱意。目が離せない。

そのギラつきにぞくぞくしてくる。


『くーっ、いいなあ・・・いいなあぁ・・・・』


体中がえも言われぬ快感に痺れる。いい女だ、これに応えたい。


そう思うと、たまらなくなった。

恐らく、自分はこの娘を好きになってしまったのだろう。

ディリエルが自分とよく似た境遇と共感を持って感じるなら、

キアナは自分が得られなかった狂気の高みへと挑むチャレンジャー、

思わずそれを応援したくなる。

これも、惚れたというのだろうか。こんなに惚れっぽかっただろうか?。


超能力という前の自分のタガが外れたのか、次々と現れる魅力的すぎる女性たちに、理性はひどく頼りない。


ゴーレムの整備は確かにする必要があるだろう。

だったら、整備士が専属で何も問題は無い。


『奴隷と言っても、ゴーレムのためだからな』


言い訳を考える自分のチキンっぷりが情けない。

それに、あれだけ憎しみの目を向けていた彼女だ、ゴーレムに仕えるのだ、いくらなんでも俺に仕えるのは嫌だろう。


「わかった・・・」

「それと、一つだけお願いがあります。」


急に顔色が赤くなり、少し上目遣いになる。なんだ?。


「私の扱いについては、どのようにされても構いませんしお恨みいたしませんが、子供は絶対に作らねばなりませんので、その点はご了承くださいませ。」

「は、子供?。」

「技術の伝承には、子孫が必要ですので。」

「え?、え?」


赤い目のギラつきが引っ込み、潤んだ心細そうな女性の目が現れた。

ドレスの肩が少し震えている。


『ちょっ、ちょっと待て、今さらそれは卑怯だろう?!』と言いたくなるほどキアナは豹変していた。


うろたえた、本気でうろたえた。

先ほどまでの狂気で強気なキアラはもういない。

はかなくか弱い女性をさらけ出して、抜けるように白い肌を震わせて、セイジにすがる目を向けている。


そんな心臓わしづかみの『お願い』をされて、男として引っ込みはつかないぞそれは。

『据え膳食わぬは男の恥』なんぞという言葉を思い出す。

いや実際、ここで逃げたら間違いなく、あの狂気で一生恨まれる。それはマジに恐怖だ。


思わずイーラとディリエルを見てしまう。


「どーして私を見るんですか?。」

「彼女は本気ですので、いい加減には出来ませんよ。」


イーラはこの手の技術系の狂気が、ドワーフを思い出して苦手意識がある。下手に突っ込んだら怖いのだ。彼女が入ってくることは、セイジにまた女が増えるのかと、ちょっと思うぐらいだし。


『それに、まだまだセイジには女が増えそうだわ。』


ディリエルはディリエルで、力のある男性が多くの女性を従えるのは、当然と思っている純血の青い血の持ち主である。


『この程度の女性を御せなくては、これから先は大変ですよ』


と本気で思っているから怖い。


結局、3人目の妻が決まってしまったわけだ。




そのころ、キーロッカーの工房。


ボンッと、固く封をしていた特別な酒が開けられた。

キーロックのでかい鼻先に、コクのある深い香りが立ち上る。


治癒術師だったキーロックの娘が、医師だった夫と結婚した時に買った酒だ。

戦争で、二人して戦闘に巻き込まれ死んでしまってから、開ける機会を失っていた酒だった。


「グフフフ、今頃セイジの奴もおたおたしてんだろうな。」

「大将、どうしたんですか昼間っから。」


技師長のグスタフが、珍しそうに尋ねた。


「祝いさ。やっとこキアナも相手ぇ見つけたみてぇだしな。」

「な、なんですとーーーーーっ!!」


グスタフの絶叫を肴に、ぐっとあける。琥珀色の酒が、とろりとした甘みと、深い香りを乗せて、舌に、のどに、染み入る。


孫のキアナは、3つ4つの頃から、工房の道具で遊んでいるような子で、6つになるといっちょまえに工具を操れるようになり、10歳で完璧な設計図まで引けるほどの天才児でもあった。12で気難しいドワーフですらうならせる機械工房を自力で組み上げ、まさに工房の申し子と言っていい。だが『工具が恋人、製品は子供』と宣言するほどの工作バカで、あれだけの容姿に恵まれているのに、男に全く関心が無い。何より自分よりバカは我慢がならないと言ってはばからず、頑固なところは、キーロックそっくりと言えた。

 

『キリアよう、お前の娘はお前そっくりな恋をしてるぜぇ。』


含み笑いをしながら、今は亡き娘キリアに心の中で呟いた。


後に旦那となった『切り札』の異名を持つ凄腕の医師のアナエルに、治癒術師としてのライバル意識を剥き出しにして絡んで突っかかり、最初のころはケンカのように毎日わあわあ言い合いながら、あっという間にゴールインしてしまった。彼女もまた人並み外れた治癒術師で、初めて尊敬できる相手にぶつかってそうなってしまったのだ。その娘が、初めて自分の及ばぬ相手とぶつかり、生まれて初めて真剣に異性を意識したのだ。少しでも色気づくようにと昨年作ってやったドレスを渡された時の、あの戸惑い、考え込み、着付けと化粧の気合いっぷりは、母親キリアのゴールインした時とそっくりであった。


『セイジはちっこいガキ同然の見かけだが、目の力が尋常じゃあねえ。加えて〝魔剣のイーラ″まで側にべったりときてやがる。本気でとんでもねえ。』


じゃじゃ馬サラブレッドのような孫を乗りこなすには、このぐらいの異常な男でないとまず無理だと、一目見てそう思った。まだ自分の目は衰えてはいないらしい。


ただまあ、問題があるとすれば・・・


「親父さんっ!!」

「おやっさああああんっ!、マジですかいっ!」

「キアナお嬢さんにって、そんなことがああぁっ!!!」

「うるっせえええええええええええええええええええええええっ!!!!」


近隣の工房から押し寄せた、独身でキアナに惚の字の若者たちが、大騒ぎであった。


『おそらく、明日は全員ヤケ酒二日酔いで、仕事にならねえなこりゃあ・・・』





話は、セイジのいる王宮の部屋に戻る。


「では、そういう事ですので、今日からセイジ様にお仕えさせていただきます。あと、時間の許す限りゴーレムの調査にかからせていただきます。」


思いっきりが良すぎると言うか、とことん職人バカというか、キアナはこのままセイジの側にいると言い出した。


「えっ・・・、ちょっと待ってください。私もまだお側にお仕えできていないのですよ!。」


キアナが来ること自体は構わないが、さすがに後から来た女が、先にお側に飛び込まれるのは、ディリエルとしては哀しいものがある。


「いえ、私はもう全部セイジ様に差し出しています。もはや戻る場所も何もありませんので。」

「キーロッカー様がおられるでしょう?。」

「まさか。じっちゃんの処に戻ったら、何やってやがる!と殴られて叩き出されます。」

「(プチッ)・・・・・決めました、私も今夜からセイジ様に添わせていただきます!。」


なし崩しというか、なりゆきというか、いきなり女性たちと同居が決まったセイジは、


『まあいいか、今夜から全員でお風呂だ。』


楽しみを十分楽しむことだけ、考えるようにしていた。


『考えたら負けだと思う』byセイジ

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