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「だから、あなたと理香は血が繋がっていないの」
理香が大きなショックを受けた言葉。一時間程前、それと同じことを理恵は創大へも告げていた。だが、創大の反応は理香とは違った。理恵の想像とも。ただただ理恵を見ているだけ、ただ優しく見詰めるだけ……。当然だ。創大はもともと彼女の嘘に気付いていたのだから。それも含めて受け入れたのだから――。
「何よその顔! 創大はいつもそう、何でも解かっている、何でも受け入れるって顔して、そんなところが……」
嫌いなのよ! そう言いかけて理恵は口を噤んだ。それを言ってしまうと彼がもう思い通りに動かなくなるかもしれない。籠絡出来なくなるかもしれない。
どんな嘘も受け入れ、どんな酷い仕打ちをされようと微笑っている。創大はそんな男だ。でもそれは、こちらからの明確な拒絶がないからだ。恐らく彼も解かっている。理恵が自分を好きではない事を。それでも理恵のいうことを聞くのは、心のどこかに希望があるからだと理恵は思う。いつか自分に振り向くんじゃないか、いつか気持ちが通じるんじゃないか、いつか……。今、拒絶を明確に表すれば、その希望を撃ち砕いてしまう。そうなってしまった彼が、どういう状態になるのか想像もつかない。想像したところで、いい結果が待っているとは理恵には思えなかった。
「とにかく、あの子は私が引き取るから。それで良いでしょ?」
理恵はそう言って立ち上がった。多少無理矢理にでも、自分の言い分を通して切り上げようとした。それに創大は、顔色一つ変えずに返す。
「話しは解かった。でも、せめて一週間待ってくれないか?」
理恵は驚いた。理恵が知る創大は、彼女の頼みならばどんな内容であろうと、即答で全てYESと答える人間だったからだ。それに疑問や条件付けなんてものはありはしなかった。彼は従順な奴隷だった筈だ。それなのに……。
「なによ。彼方にとっては他人の子よ。今すぐ連れて行ったら何か不都合でもあるっていうの?」
理恵は動揺を覚られぬ様、意地の悪そうな言い方を強調して言った。
「申し訳ない。理香はどうも君を嫌っているふしがあるんだ。だから、あの子を説得する時間が欲しいんだ。僕としても、君と理香が仲良くいてくれるのが望ましい。だからもう少し時間が欲しい。それに……僕も寂しいんだよ」
悲しそうに微笑む創大を見て、理恵は初めて創大の心に触れた気がした。今迄どんなに近付こうとも、どこか無機質で、温もりを感じなかったのに、会っていない内にこんなにも人間味を感じる様になっているなんて思ってもいなかった。それを見て、理恵は嬉しくなった。にやける顔を隠すのも苦労する程に。創大は、より都合のいい存在に、利用しやすい犬となったと――。
「ただいま」
誰も居ない家に理香が帰り着いたのは、まだ夕日が眩しい時間、窓の西日が灯りもついていない部屋全体を照らしていた。
「さてと!」
理香は、手を洗い、買ってきた材料で夕食を作り始めた。こうやって忙しい父に代わって、食事の支度をするのは中学に上がった頃からの習慣だ。言い出したのは理香。何でもいいから父の役に立ちたかった。父の喜ぶ顔が見たかった。料理は小さな頃から出来るだけ父の手伝いをしていた為、全く出来ないという事はない。望んだとおり、父は毎回「ありがとう」ととても嬉しそうに理香の作った料理を残す事なく食べてくれる。それに気を良くし、今では父の居ない時には、家事全般を熟す様になっている。それらは全く苦ではない。父の喜ぶ顔が見られる。理香には、それだけで十分なのだ。
今日のメニューは、ビーフシチュー。キッチンペーパーを被せて肉や野菜をことこと煮込んでいると、あの言葉が頭を過った。
「あなたと創大は血が繋がっていないの」
どこか寂しい気持ちになり、胸が痛くなる。でも……でもどこか……。
「あああああああああああああっ!」
大声を出し、浮かんだ考えを打ち消す。『私は今のままで幸せなんだ』そう言い聞かせて――。