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「パパただいま!」
そう言って抱きついた娘を創大はそっと抱きしめた。
「おかえり。学校はどうだった?」
「また告白されちゃった。面倒くさい……」
「そう言うな。理香の事を想ってくれる人が沢山居るのは、パパとしてはとても嬉しいんだよ」
創大はそう言って理香の頭を優しく撫でた。理香はそれをとても嬉しそうに受け入れている。
理香。彼女は、あの時の奇形児だ。あれから何年もかけ、十回以上の手術を行い、何軒もの病院や接骨院を回って歪んだ骨を整え、今では母譲りの美貌を持て余すほどとなっている。生まれた当初は、見た目はなんとかなっても内臓等幾つか障害が残るのではと言われていたが、二年前からは、通院もしなくていいほどにまでなっていた。
現在では極普通の美人な女子、言い寄ってくる男は山の様にいる。だが、当の本人にはその気は無く、十八歳の高校三年生という年では珍しく、父親にベッタリな状態だ。
創大は、今迄再婚もせず、ずっと彼女の為に生きてきた。再婚話しが無い訳でもなかったし、創大だって見た目としては人並み以上と言える。でも本人は理恵を忘れられないうえ、理香の治療費の事もあり、そういった話しは全て断っていた。理香の治療費は莫大なものだった。多額の借金もしたし、本業の他に幾つも仕事を掛け持ちして、倒れたのだって一度や二度ではない。それでも空いた時間はずっと娘の傍に居た。そうして二人の親子の絆は深まっていった。二人は、こんな優しい時間がずっと続くと思っていた――
「こんにちは」
下校時間。理香が校門を出ると見慣れない、でも見覚えのある顔がそこにあった。理恵だ。彼女はいかにも高級そうな車の後部座席から窓を開け、理香に声を掛けていた。確かに年月は感じるが、美貌という部分に関しては、寧ろ増している様に思える。
理香には、母親の記憶は無い。顔も写真で見た事があるくらいだ。でも、彼女が酷い女である事や自分と父を捨てた人間なのは周りから聞いて知っていた。
理香は母の言葉を無視し、その場を立ち去ろうとした。しかし、母を乗せた車は、その速度に合わせて付いてくる。
「ねぇ、その態度ってことは私の事は知ってるんだよねぇ。ねぇ、聞こえてるんでしょ?怒ってるの?」
愚問だ。怒っているに決まっている。つい一分前までは彼女の事を気にも留めていなかったし、その事を考えても怒りよりも呆れてしまっていた。でもいざ目の前にその顔を見たらとてつもない怒りが込み上げてきた。
「ねぇ、ちょっとでいいから話しを聞いてよ。謝るから。ね?」
その言葉に理香は立ち止まり、振り向いた。
「謝る?」
「うん!謝る!」
理恵の顔は笑顔に満ちた。
「謝罪はいらない。だから、死んでよ」
そう言い放つと、彼女はそっぽを向いて歩きだした。それと同時に後ろから「しょうがないわねぇ」と言う言葉が聞こえた気がした。