幕間:太陽の花
「ねえ、ギイ、見て!」
光の珠が弾けるような声が彼の名を呼ぶ。
振り返った先にあるのは、満開の、太陽を模した花。
そして、それに負けない輝かんばかりの笑顔。
「このお花、わたしよりもずっとずっと大きいわ。この中でかくれんぼしたら、きっと見つけられないよ」
そう言った彼女は、みっしりと茂る丈高い花畑の中に今にも跳び込んでいってしまいそうだった。
確かに、太い茎の天辺に大きな金色の花を一つだけ持つその花はギーベルグラントの胸の高さ辺りまであるから、彼女はいとも簡単にその中に埋もれて紛れてしまうだろう。
だが。
「私があなたを見失うことなんてありませんよ」
小さく笑ってそう答えると、彼女は両腕に抱えていた大きな花をグイとギーベルグラントに押し付けてきた。とっさにそれを受け取った彼を、彼女は腰に手を当て、胸を反らして見上げてくる。
「じゃあ、目をつぶって三十数えて!」
言うなり、彼女は駆け出した。
金色の巻き毛があっという間に乱立する緑の茎の中に消えていく。
ギーベルグラントは苦笑しながら目を閉じて、ゆっくりと数を数えた。
「――二十八、二十九、三十」
そして再び目蓋を上げて、彼女を想う。
刹那。
「え、え、なんで? いつの間に来たの? 足音もしなかったのに!」
小さくうずくまっていた彼女が、今日の青空よりも透き通った空色の目を丸くして、ギーベルグラントを見上げている。金色の頭を抱えた手を下ろすことも忘れているようだった。
彼はクスクスと笑いながら手を伸ばし、彼女を抱き上げた。
ギーベルグラントが立ち上がった途端、彼女は歓声を上げる。隙間なく咲き誇る黄金色の花の海を、ギーベルグラントの腕の中でグルリと見渡した。
「わあ、すごぉい! 金色のじゅうたんみたい! ギイにはこんなふうに見えてるんだ! いいなぁ」
心の底から羨ましそうな声。
彼にとっては何の変哲もないこの風景が、彼女には至上の宝のように見えるらしい。
しばらく彼女は目を輝かせてその光景に見入っていたけれど、不意にその眼差しをギーベルグラントに向けてきた。
「でも、なんであんなにすぐにわかっちゃったの? わたし、一生懸命走ったのに」
少し、不満そうだ。
「私があなたを見失うなどということはあり得ませんよ。言ったでしょう? 何処にいたって迎えに行く、と」
そう言うと、彼女の顔がパッと輝いた。
満開の花よりも華やかに。
その笑顔に、ギーベルグラントの胸の中には息が詰まりそうなほどの何かがこみあげてきて、思わず彼は彼女を抱きしめた。
花はいずれ枯れるけれども、彼女の光は失われることはない――決して。
何故ならば、彼が何ものからも、守るから。
そう、この自分から彼女を奪うなど、たとえ何が相手でも、赦しはしないのだ。