回想:花びらの舞う中で
何かを掴み始めている、穏やかな時
――ねえ、ギイ。
甘く呼びかける、彼女の声。
それは、人で言うところの『夢』に近いかもしれない。
現と記憶のハザマの時。
鮮明によみがえるのは、いつぞやの木漏れ日の下での一時。
あの時は、それがいつまでも続くと思っていた。
いつか潰えることだとは、微塵も思っていなかった。
もしもあの日に戻れるのならば、彼は自分に、もっと時を大事にするようにと忠告するだろう。
自分がどれほど彼女を愛しく思っているのか。
彼女と出会えて、どれほど自分は幸福を得られたのか。
それを余すことなく伝えるように、忠告するだろう。
きっと、どれほど言葉を尽くしても伝えきれない。
きっと、どれほど彼女に触れたとしても、伝えきることはできない。
それでも、彼は自分自身に忠告するだろう。
もっともっと、想いを伝えるように。
――ねえ、ギイ?
再び届けられる、その声。
ギーベルグラントは、ゆっくりと目蓋を上げた。
*
「マリーシア」
目を開いたギーベルグラントは、覗き込むようにしていた彼女と視線を絡ませた。
ペルチの木に宿ってしばらくの間は、マリーシアの声を聞くことができていたし、微かに触れることもできていた。だが、十年、五十年、百年と時が過ぎると共に、彼女の気配は薄らいでいき、今では、その笑みを――かつて温かな身体を持っていた頃と同じ笑みを、見つめることができるだけになっている。
「マリーシア」
応える術を失った彼女のために、もう一度、愛しい音を口にする。
名前を呼ばれ、彼女は嬉しそうに笑顔になった。
少なくとも、自分の声は届いていることにギーベルグラントは安堵する。
「今日はいい天気ですね。あなたも気持ちがいいでしょう?」
そんなギーベルグラントの言葉に、マリーシアはコクコクと何度も頷きを返す。
「こんな日は、あなたが眠るこの大地に私も溶けてしまえたら、と思います。そうすれば、いつまでも共に在れるのに」
半ば本気で、半ば戯れで、ギーベルグラントはそう口にする。
だが。
「ああ、すみません。そんな悲しそうな顔をしないでください。ウソです。ちょっと、言ってみただけです」
眉根を寄せて両手を握り締めたマリーシアに、言いつくろった。
「あなたを旅立たせた後も、私は在り続けます。いつまでも。そして、必ず迎えに行きますよ。いつか、約束したでしょう?」
だから、離れてしまっても待っていてくださいね。
そんな彼の願いに、彼女は微笑みながら深く頷く。
そんな彼女の声にならない言葉の代わりに、ひらりひらりと薄紅色の花びらが舞い落ちる。
ギーベルグラントはそれを手のひらで受け、目を閉じる。
あとどれくらい、残されているのだろう。
時は流れるものなのだということを知ってしまったギーベルグラントにとって、その過ぎ行くのはあまりに速く感じられる。
あと少し――あと少し。
そう願いながらも、自分の中で何かが固まりつつあることに、ギーベルグラントは確かに気付き始めていた。