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動揺する女

「彼に付きまとわないでほしいの」


 登校してきたところを、正門前で背の高い美女に呼び止められた。

 ひと通りの少ない細道まで引っ張っていかれ、ようやくこちらをみた彼女は、開口一番きつい口調で涼子に向かってはっきりと言う。


「迷惑なのよ、あなた。こんなにも長く付きまとってるなんて信じられない。ストーカーみたいな真似しないで。綾小路君だって優しいから言わないだけで内心はうんざりしてるんだから」


 その言葉をそのまま星彦に告げてほしいと涼子は思う。

 ストーカーみたいに付きまとっているのは星彦で、うんざりしているのは涼子のほうなのだ。

 ストーカー王子のあだ名まで付いているのに、彼女はそれを知らないのだろうか。

 半ば憐みの目で見返すと、対面する美女は大きな瞳を釣り上げた。


「ちょっと、聞いてるの?!」

「…あの、あたし授業があるので失礼します」

「ごまかさないでよ。綾小路君に付きまとうのをやめてって言ってるの」

「それはあたしじゃなくて彼に言ってください」


 涼子だって望んで星彦と顔を合わせているのではない。何度断っても涼子の前に現れるのをやめないのは、彼なのだ。


 星彦に付きまとわれるのも、それを周囲に勘違いされるのも、そのせいで涼子が責められるのもすべて、うんざりだ。

 そう思えば、意図しないままにため息がこぼれた。


「…っ、ふざけないでよ!」


 そのことがどうやら、美女の気に障ってしまったらしい。ぱん、と気味のいい音を立てて、涼子は頬をひっぱたかれた。


「調子に乗るのもいい加減にして!彼に好きだなんて言われて、いい気になってられるのも今のうちなんだから。あんたみたいな女、綾小路君が本気で相手してるはずないのよ」


 本気で相手してるはず、ない。

 なぜか、その言葉が耳に残った。

 呼び出されて罵られることなら今までにも何度かあったが、頬をたたかれたのは初めてである。

 自分は動揺しているのだ、きっと。

 返す言葉が見つからないまま、涼子は自分をたたいた女を見つめた。


「綾小路君に付きまとわないって約束して。いい加減不愉快なの」


 だからそれは、彼に言わなきゃ、どうにもならないことなのに。

 理不尽だと主張したくなる思いを涼子はこらえた。その言葉では相手が納得してくれないのだから、堂々巡りになる。

 悔しいような悲しいような、不快な感情が胸の内をひっかきまわす。

 痛むほほを手でおさえて、涼子はきつい視線から逃れるようにうつむいた。


「…分かりました。ちゃんと、話してみます」


 なぜ、名前すら知らない女に傷つけられなくてはならないのか。

 なぜ、彼女のために言葉を選ばねばならないのか。


「言ったからには、守りなさいよ」


 うつむいた涼子に指を突き付けてそう言うと、美女はさっと踵を返した。

 二度と来るなと念じながら、涼子は彼女が遠ざかっていくのをただ待った。


「…授業、出よう」


 頬から手をどけ、自分に聞かせるためにつぶやく。

 学校に向けて運ぶ足がひどく重たいと感じた。


(本気で相手にされてない、か…)


 頬を張られたときに言われた言葉がまた、思いだされる。涼子を傷つけようという意図からすればまったく的外れであるはずのそれが、妙に引っかかっていた。


(本気なわけ、ない。そんなこと、言われなくたって分かってる)


 歩きながら、涼子は星彦のことを考える。

 大好きなアニメのヒロインに似ているからという、ふざけた理由で彼女に求婚する男。涼子が何度断っても、彼は付きまとうことをやめない。

 それはきっと、子供が人形を構うのとさして変わらない興味だ。アニメのミーナにそっくりな女と、ちょっと話してみたいという衝動。

 涼子も当然、彼が本気だなどとは思っていなかった。

 彼が毎日のように訪ね求婚している相手は“現世のミーナ”だ。

 二次元の少女の面影を現実の人間に重ねてしまうくらい彼はミーナを愛していて、その延長で涼子に好きだと告げてくる。

 彼が好きなのは『ミーナに似ている女』であって涼子ではない。彼が話しかけるのも会いたいと望むのも、すべてはミーナだ。

 涼子だってそれをきちんと理解していた。出会った初めのころ、彼は涼子を“現世のミーナ”と呼んで憚らなかったから。


 ――――間違えてしまったのはいつからだろう。


 毎日毎日、飽きもせずに告げられる言葉を聞くうち、涼子はそれを無意識のうちに、心のどこか奥のほうで、自分に向けてのものだと勘違いしてしまっていた。

 彼が“現世のミーナ”でなく“涼子さん”と呼びかけるようになったのもいけなかった。知っていたはずのことが、分からなくなる。

 彼が好きなのは“現世のミーナ”だと理解する一方で、彼が“涼子”に対して好きだと告げているようにも感じていた自分に、涼子はようやく気づいた。


(なにそれ)


 理不尽だ、と思う。

 涼子のことを本気で好きなわけでもない男の言動に、こんなにも振り回されている。さらに涼子はその男のせいで責められ、痛い思いまでしているのだ。


(あたしがなにをしたっていうのよ)


 この際、マグノリアの神でも構わない。

 この理不尽さを正してほしかった。

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