異境の地もしくは隔絶された空間(幕間) 前編
入った瞬間、俺は自分の目を疑った。いや、決して大袈裟な話ではない。この歳になれば余程の事がない限り驚愕したりはしないのだが、これは驚かざるえない。
部室に入った瞬間に俺に入ってきた情報の全てが考えうる想定事項の斜め上をいっていた。
廊下から見た部室の情景からして、てっきり教室に毛が生えた程度のものを予想していたが目の前に広がるのは六畳の間。しかも奥にあるのはどうも台所っぽい。部室というよりもアパートの一室だ。両脇の壁は置いてある本棚によりほとんど見えず、そこにはなぜか番号のみが書いてある本が隙間なく並んでいる。
そして鼻孔を刺激するこの匂いだ。まるで中華料理屋のような匂いが室内に充満している。奥から明らか、料理をしている音がしているところからそれが原因だろう。
そんな環境の中で部屋のほぼ中央にあるちゃぶ台の上にノートパソコン置きなにか作業をしている女子がひとり。なんなんだ一体……。
立ち尽くす俺。どこから突っ込んで、どう質問すればいいのか、混乱しそうな現場である。
「なに、ぼーっとしているんだ? とっとと上がれよ。まぁ聞きたい事は山程あるだろうがとりあえず自己紹介と部活の説明をした後であんたの質問をまとめて聞くわ。それでいいでしょ? 」
後ろにいた桜沢が軽く俺の背中を押しながら言う。
「ああ、分かった」
俺はどこか気のない返事をする。まぁとりあえず時間を置いてこの場の雰囲気に慣れるのを待つしかあるまい。今、思った事を質問したところで的確な質問は出来ないような気がした。
パソコンに向かっていた女子がこちらに気づき視線をこちらに寄越す
「潤、随分遅かったわね……そちらは?」
「ああっ後で説明する。樋口、とりあえず上がって適当に座っといて。水上ぃ! お茶とあと適当に切り上げて一旦こっちに来てくれない」
「うーっす」
奥の台所から気のない返事が聞こえる。声からして男子のようである。
とりあえず上履きを脱ぎ、上がってノーパソ女の前に座る。桜沢は台所の方へ行き、すぐ人数分の麦茶を持ってきてテーブルの真ん中に置く。もう一人の先程から台所のいた水上という男がほぼ間を置かずに登場両手にはなぜか山盛りのチャーハンののった大皿を持っている。
この匂いはあれが原因か、つーか何作ってるんだよ。ここが何部か忘れてしまいそうになる程、カオスな状況が続いている。
「よーし。全員、揃ったようだし、そろそろ始めますか」
そう惹かれるような笑みを浮かべながら仕切始める桜沢であったが俺の心中は不安でしようがなかった。
台所から出てきた男はそれぞれの前にガラスのコップを置き、お茶をついでいく。目の前には先程の大盛りチャーハン。一体、誰がこんなに食うんだよ。
先程の桜沢のセリフから今から会議のようなものが始まるようだ。
「本当はすぐにミーティングに入りたいところだったんだけど急遽、新入部員が入ったから今回はこの新入部員に色々、説明するけどいいかな?」
新入部員? 俺は確か見学としか言っていないはずだが何をいきなり……
そう思い、すぐさま口を挟もうとするとそれより先に対面に座っていたノーパソ女が発言する。
「彼は見学者だと聞いていたけど?潤も確か、昨日使えるかどうか確かめるって言ってたじゃない? 」
「うん。そう思ってたんだけど、使えそうだから今、入部させようと私が決めた」
「潤、またあなたそんな勝手に」
ノーパソ女は少々、困った顔をしながら呟いているがそれはこっちのセリフである。まぁ元々、入部する気だったわけだから別にかまわないのだが。
「いや、別にいいよ。最初からそのつもりだったしな」
「だってさ要。あっけど樋口、私はともかく要は一応、先輩だ。敬語な」
要とは多分、目の前にいるノーパソ女の事だろう。ダブっている桜沢と親しそうな感じからおそらく二年か。
「本当にいいの? ここ、少なくともあなたが思っているような所じゃないわよ」