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蒼き神の再誕 其の八

 妙な揺れを感じて俺は目を覚ます。えーとこれはそう昨日、船に乗っていた時と同じ感覚。体を起こそうと試みるも体が思うように動かない事に気がつく。そしてはっきりとした覚醒と共に自分の手足が縛られている事を改めて認識そして驚愕と同時に自分がおそらく、最悪な事態に巻き込まれた事を理解する。

「目ぇ覚めたか。突然、こんな事になってもうてすまんな。確か樋口君って言うたかな。君も災難やねぇ」

 俺は顔を上げ、声のする方向へ顔を向ける。そこには嘲笑と憐みを込めた嫌なな笑みを浮かべ、髪

をかき上げる巫 静留がそこに立っていた。先程までの浴衣ではなくジーパンにティーシャツといった簡素な服装だ。そして、ここは船の上で辺りの空が結構、明るくなってきている。時間は午前四時くらいってところか。

「あの、すみません嫌な予感しかしないので聞きにくいのですが、これはどういう状況?」

「おっ、なかなか鋭いやないの、君……ってこの状況でそう感じない人間なんておらんやろうけどな。簡単に言えば君を蒼神様の生け贄にする。つまり、君を蒼神の社の近くに生きたまま沈める。ドゥーユーアンダスタン?」

 最悪だ。本当にこれ以上ないくらい最悪だ。いきなりの死刑宣告に焦りと恐怖が全身を駆け抜ける。「ええなぁ。今の君の表情。死を目前に実感した時の人の顔って言うのはいつ見てもたまらんなぁ。なんというか嗜虐心をくすぐるって言うんかな。そういう事で君の命はあと、そうやな十分くらいって事。遺言や恨み言があるんやったら聞いたるで。せめてもの情けや」 何が、情けだよ。クソっ。けどダメだ。落ち着け、俺。拉致られてからそれなりに時間が経っている神馬さんが事態に気付いて、何か手を打つ可能性だってないわけじゃないっていうか、それが唯一の可能性だ。だったら俺に出来るのはただ一つ……

「こんな事して、一体、何になるっていうんだ。そんな蒼神なんているわけないっていうのに」

 そう、まずそこだ。昨日、蒼神の社の近くまで行き、実際、目にしてみたが霊的なものは欠片も感じなかった。少しでもそういう要素があれば感覚的に『何か』感じるものなのだがそれすらなく。神馬さんですら同様の判定だった。ここには何もいない。

「一つ目の質問についてやけど目的は調査と実験。昔はって言うても江戸時代とかそれよりも前の話らしいけど、この地域ではいわゆる人身御供の風習があって何年かに一回、蒼神に生け贄を捧げていたらしいんや。そしてその年の豊漁が約束されるとか。それに関しては別に私はどうでもいいんやけど本当にそうなのかなって」

「いや、そんなわけないだろう。さっきも言ったがそんなものはいない。あそこには何もいなかったんだ。、言ってなかったが俺はそういう霊的なモノを見たり感じたり出来る、そして、あそこには本当に何も欠片もそんな要素は見当たらなかった。神はいなかった」

 とにかくダメもとの説得だ。この程度でやめるとも思えないし、そもそも俺自身の霊的素養だって信じてもらえるかどうか……

「知ってるわ」

 一瞬、俺は固まる。どっちの事だ。俺自身の霊的素養か、それとも蒼神についてか。

「ちなみに蒼神がいない事もあんたの霊的素養についても全部知ってるわ。だからこその今回の行動、選択、この状況や。実験やからね。もしかしたら生け贄を捧げたら復活するかもしれへんし」

 そんな遊戯王じゃあるまいし。これはおそらく説得は無意味ですよ言われたと同義わけだが、そして今の会話で分かった事も結構あるがそれ以上にこのままでは真相うんぬん以前に俺の人生がグランドフィナーレを迎えてしまう。正直泣きたい。

「ああ、大体分かったって顔してるなぁ、ちょうど着いたし、あんた、理解力あってくれて助かるわ。理解せんでも別に結果は変わらんけどね」

 船室の方からおそらく漁師であろう、黒く日に焼けた中年の男が二人、こちらに向かってくる。

「ちょっと待ってって本当」

 多分、人生で一番焦っている。とにかく少しでも時間を稼がないとマジで死ぬ。嫌だ。それは本当に本当に嫌だ。死にたくない。

「待たへんよ。君らの保護者、えっーと神馬とか言うたっけ? あの女はおそらく結構なキレ者や。一瞬の遅れが命取りになりかねへんからね」

 二人の男が何やら俺の足に縄をさらに結ぶ。縄の先には結構でかい、コンクリートの固まりが付いており、いよいよ、本当にヤバいと感じる。

「っていうかなんで俺? だいたい古今東西、生け贄と言えば女だろう」

「おっ段々、地が出てきたなぁ。そう、その通り、そして君らの仲間の中に最高の生け贄がいた、があの騎士君の監視が厳しくてね。倒すのも厳しそうだったし。仕方がないから君で妥協したいうわけや。文献にも生け贄の性別は明記されてへんかったしね。もしかしたら条件が霊的素養だけかも知れないしね」

 俺の体が漁師によって持ち上げられ、体が宙に浮く。

「助けて、お願いします。なんでもしますから」

 死神の鎌がいよいよ、首に掛かった状況についに俺は今まで必死に保っていた冷静さが霧散し、パニくる。俺は身をよじり必死でもがく。

「じゃあな、青年。いい結果を頼むよ」

「嫌だーー」

 そう言い放ち巫 静留は手をバイバイと振る。それと同時に俺の体はコンクリートの固まりと共に空中へダイブ。着水と同時に感じた海水のあまりの冷たさと状況に絶望し、結構な速度で沈んでいく。死ぬのか。絶望と恐怖という色が俺の視界を塗りつぶしていった。



 巫 静留は船に揺られながら、静かに海面を眺めている。時折、周囲を警戒するような素振りも見せるが主な注意はやはり眼前の水面に注がれている。

 視線を腕時計に落とし、軽くため息をつく。

「やっぱ、あかんか。確かに生け贄ゆうたら女性やもんな。あーあ、妥協するもんやないなぁ」

 巫は船室の方へ行き、声を掛ける。しかし、中にいるはずの漁師達から返事も出てくる気配もない。妙な感覚と一抹の不安に表情を曇らせつつも、船室ドアノブに手を掛けようとした時だった。背後、しかも自分のすぐ、後ろに何者かがいるという気配がを察し、彼女の動きが止まる。思わず振り向き、驚きと恐怖の表情。

「な……」

 声を発すると同時に聞いたことのない、鈍い打撃音。右頬にめり込み、その美しい顔を無残に歪ませるその強烈な打撃は彼女吹き飛ばし、受け身もなにもない、無茶苦茶な転がり方をし、引きずるような音と共に静止する。

 綺麗だった顔は右半分が無惨に腫れ、まだぎりぎり意識は保てているのだろうか、虚ろな瞳が向く先には先程、重しをつけて沈めたはずの樋口 クロエが立っていた。

「な……ん……」

 巫は振り絞るような声で得心のいかない疑問をただ口にする。

「結構、エグい事になったな。えっ?加減するつもりだったんだけど、ついな。……分かってる。約束は守る」

 樋口は独り言のように何者か会話している。携帯は持っていないし、『視える』はずの彼女の目にも周囲にそれらしいモノはない。

「誰……と」

「因果応報とはよく言ったものだな。これはあんたが望んだ結末だ。文句は言えないぜ?」

 彼女は徐々にはっきりしてきた意識のと同時にある事に気付く、それは樋口の目だ。日本人ではあり得ない、蒼い眼。そして現状と樋口の言動。

「蒼き神は今日、ここに復活する。俺は今、『こいつ』に体を貸しているに過ぎない。まぁつまり仮の状態ってところだ。そして、今からあんたにするのは『こいつ』の霊体をあんたの魂魄に上書きするらしい。おめでとさん。あんた神になれんぜ」

 巫の表情に悲壮感と絶望感が一瞬にして表れ、そしてなんとかして逃げようと体を無理矢理動かそうとする。

 切石は彼女の胸ぐらを乱暴に掴み、無理矢理、体を起こし、顔を近づける。

「諦めろ。往生際のわりぃ」

「お願いします。なんでもしますから、それだけは……」

 女の振り絞るような涙を流しながら必死の命乞い。振る舞ってばかりいた彼女の初めて見せる本物の言動。

「その言葉が俺に届くわけがないだろう」

 樋口はそう冷たく言い放ち、巫の表情に恐怖が映る。

 こうして蒼き神は復活した。


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