蒼き神の再誕 其の四
「では明日の九時にここで……」
船は港へ戻り、私達は船を降り、神馬さんと蔵森さんは明日の簡単な打ち合わせのような事を喋っていた。
正直、まだやるのかよという気持ちもあったがまぁその辺はあきらめている。とりあえず何も起こらなかった現状を良しとすべきだろう。
そんな事を考えていると道路側の方向から誰かがこちらに向かって歩いてくる。どうやら女性のようだ。
「こんな所で何したはるんです?」
その女はいきなり、しかも俺に話しかけてきた。少し、戸惑った俺を見て苦笑いをしつつ、
「ああっ悪い悪い。いきなり挨拶もなしにびっくりさせてもうたか。いやな、ここに船とか珍しいな思てね。見たところ学生さん?」
その妙に馴れ馴れしい関西弁の女はショーカットの髪に太め眉毛と端正な顔立ちは古いタイプの美人、個人的な感性で言わせてもらえばおっさんとかに好まれそうな容姿でなぜか右側の耳にだけ付けている短冊のような形状の金色イヤリングが妙にアンバランスに見えた。歳は神馬さんと同じくらいだろうか。
しかし、こういう時どう返答すべきだろう。馬鹿正直に怪異の調査をしてましたとかは言えないしと逡巡していると
「私達は風羽高校の民俗学研究部で、今日はこの地域に伝わる神『蒼海の神姫』、通称『蒼神』祀られている言われる『蒼竜神社』の調査を行っている所なんです」
森先輩がうまいタイミングで助け船を出してくれた。しかも容姿がこの中で一番、真面目そうに見える森先輩が言うとなかなか説得力がある。
なるほどこういう時はあくまで部活のフィールドワークの一部と主張するわけか。覚えておこう。
「へぇ、なかなかおもろい事やってるんやね。でどうやった?なんかええもんとかあった?」
その女は興味津々といった様子で聞いてきた。しかし、この人、何者だろう。口調から考える地元民ではなさそうだが、旅行者?
「いえ、それが寂れた社があった程度で特には……」
「ふーん。そんなもんかね。書物じゃあ結構、大袈裟に書いてあったからどんなもんかな思てたんやけど」
その女は残念そうに軽く息をつき、空を見上げる。
「おーし、お前ら、今日泊まる旅館に……あんた誰だ」
こちらに近づいてくる神馬さんは胡散臭いものを見るような視線をこちらへ向けている。
「ああっ、すんません。私、大阪の方の大学で民俗学を専攻している者で巫 静留いうもんなんやけどあんたらがなんやおもろそうな事してたんでちょっと声掛けさしてもろたんですわ」
「で、そんな学生さんが私達に何か用?」
露骨に面倒臭そうな態度で問いかける。っていうか初対面の相手に対してその態度はどうだろう。
「いえね、私もここ一週間程、こちらの方に逗留して、その『蒼神』について色々と調査してるんやけどね、聞いたらどうもあんたらも『蒼神』を調査に来てるみたいやったからもしよかったらなんやけどお互いの情報交換させてもろて、そして……」
「もう一度、潜るなら自分もご同道したいと?」
「そうゆうことです」
「別に構わないが情報に関しては多分、あまり目新しいものはないと思うけど。あなた、一週間もここで調査してるんでしょ」
「構へん、構へん。なんやったらこっちの情報の見返りに潜水させてもらうって事でいいし。それやったらお互い、損ないやろ?」
「あんたがそれでいいなら。私達はこの近くのいすみ旅館に泊まっているからいつでもどうぞ。では。行くぞ、お前ら」
そう言いながら神馬さんは巫さんとすれ違い自分たちが乗ってきた車へ向かって歩き出す。慌てて俺達もその後に続く。
感じとしては特に興味がなく、どうでもいいといった印象か。まぁ別に俺達は『蒼神』とかいうものに興味はないわけであくまで現地の霊的現象の有無の調査の延長線程度に過ぎない。そこまで突っ込まれた話されてもというのが正直なところだろう。ではなぜこの話を神馬さんは了承したのだろうか。適当な理由でも言って、断ればよいだろうに。何か理由でもあるのかな。
俺達はそのまま車に乗り、旅館に到着、チェックインし、各々の部屋へ向かう。
旅館とは言ってもかなり年季の入った感じであり、どちらかと言えば民宿に近いイメージだ。部屋割りは俺と水上が梅の間、そして桜沢、森先輩、神馬さんが萩の間と当然と言えば当然の組み合わせで心なしか少しだけがっかり。全く我ながら何を期待しているんだか。
飯時まで自由時間と言われ、一時解散となったわけだがこんな辺鄙な所で自由にしろと言われてもなぁなどとか思いながら水上と共に部屋へ向かう。
部屋に荷物を置くと水上に部屋に備え付けの茶をいれてもらい、一息つく。
「さてと自由時間とは言ったものの、どうするよ」
「そうだな。とりあえず温泉はあるっ言ってたからそれに入ったらゲームコーナーの有無を確認するでいいんじゃないか」
名案というよりはそれ以外なさそうだな。車からのここまでの風景を見た限り旅館の外に何かあるっていう感じでもなかったし、コンビニすらあるかどうかってレベルの街だ。外へ出るのは愚行だろう。面倒な話だ。まぁ読みかけ本を持ってきているので旅先でゆっくりと読書というのも一興か。
そんな事を考えながら、俺と水上は風呂へ行く準備をし、部屋を出ると温泉へと向かった